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54. アンジェラの死再び

 未徠、徠人の親子の対面も果たし、ライラもおとなしくなっているからということで、父様が今後の話をした。

 人数も増えたので、部屋割りの変更をするという。

 三階の使っていなかった部屋を使うことにした様だ。

 おじい様はダイニングに近い今まで父様が使っていた広い部屋を使うことに。

 父様と僕とアンジェラは三階の部屋に移り。僕が使っていた部屋はライラ用に。

 ライラがおかしくならない限り、徠人とライラは別の部屋で寝るように釘を刺された。

 考えてみると、三人しかいない家にどうしてこんなに部屋がたくさんあるんだろうって思ってたけど、誰かが今の状況を予知したのかな?


 みんなが自分の部屋に戻るときに、僕はアズラィールとアンジェラと父様に話があると声をかけた。

 全員には話したくないことだったので、僕の部屋に来てもらえるようお願いして、その場は解散した。


 僕の部屋で待っていると、三人はすぐに来てくれた。

「ライル、話って何?」

 アンジェラはさっきみんながいるときにどうして言わなかったのか気にしている様だ。

「実はさ、さっきライラに触ったら、いくつかわかったことがあったんだ。それでこのメンバーには教えておこうと思ってね。」

 どうして徠人には教えないのか疑問に思っている様子だったが、その先を話して欲しいと促され説明する。

 触ると記憶が取得できる僕の能力、それによりライラの記憶が取得できたわけだが…。

「ライラは、緑次郎の娘、鈴の双子の妹の中にあった魂の核が、僕に憑依したものだったんだ。」

 僕は、アズラィールと鈴を助けに行った時に、腐った肉の塊と化した鈴の双子を鈴の体内から取り出した話をした。

 それを取り除く際、腐肉の塊から金色の光の球が出て、確かに僕の額にぶつかって来たことをみんなに教えた。

 ライラの記憶はそのあたりから鮮明に残っている。

 腹から取り出され、解放される様。僕の額への突撃。そのまま僕の頭の中にあった僕がコントロールしていない小さな体への憑依。そして、強い怨念。僕に対する強烈な嫉妬。

 ライラを触って感じたのは、主にそんなところだが、僕は一つ大きな驚きに行きついた。

 僕は双子じゃなかった。そう聞いていたのだが、実はもう一人が僕の脳の中にあったのだ。

 それは、すでに意識や魂を持っていないただの細胞の塊だった。その僕の双子の残骸に憑依したライラの魂は、その細胞を取り込み、ここ数か月の間、急速に成長し続けていたことを知った。僕の脳に良くない影響を与えていたのもライラだった。

 ライラの成長=細胞の増殖とともに、僕は自分の意識をライラの乗っ取られる場面が増えていった。アンジェラの変化の能力を得て少女の姿になった時、ライラはその体を自分の物にしようとしたのだ。

 そして、ライラには断片的に人間のこの世界に降りてくる前の記憶も存在していた。

「まだ全部わかったわけではないけれど、天使の複雑な三角関係から始まった呪いのような話であるのは確かだと思う。僕の頭部で成長していたライラが、アンジェラの能力で変身した僕を乗っ取ったんだと思う。」

 僕はそう締めくくった。


 三人は驚いた様子だったが、ここにいる全員が体験した人間の世界にはあり得ないようなファンタジーな現象などから疑う者はいなかった。

「ライル、これからどうしたらいいと思うんだい?」

「何が正解かわからないけど。おじい様のようにどこかに飛ばされちゃった人たちを助けるのが最初にやるべきことだと僕は考えています。」

「あと八人か…。」

「そんなにこの家に住めるかな?」

 アズラィールが真顔でそんなことを言う。

「まだ部屋余ってるし、私はライルと同じ部屋でいいし。」

 アンジェラは僕がまたライラに襲われるのではと心配している様だ。

「とりあえず早急に部屋を移動して、また問題があればその都度対応していこうか。」

 父様がそう締めくくって各自の部屋へ戻り、荷物を運び出す準備を始めた。


 翌朝、僕は自分の部屋で、自分の衣類や本、机の中の色々な物を出して段ボールに詰めていた。

 そこにアンジェラが入って来た。

「ライル、手伝うよ。」

「ありがと。アンジェラ。終わったの?」

「あぁ、そんなにいっぱいないからね。」

「あれ、これ誰の髪の毛だろ?」

 引き出しに入っていた髪の束を見てライルはそれを手に取った。

「あっ。」

 僕は、光の粒子に包まれその場から消えた。

 一瞬の後、僕はベッドに横たわる徠人の髪を掴んだ状態だった。

「ライル?ライルなのか?」

 ベッドの反対側に置かれた椅子に座っていた父様がすごい勢いで立ち上がって、僕に駆け寄る。

「え?どうしたの?これ…。」

「今は二〇二五年の六月だ。お前は一年前に死んだ。徠人に刺されて…。」

「え、どういうこと?言ってることがわかんないよ。」

「僕にもわからないんだ。どうしてこうなったのか。」

「アンジェラは?アズラィールは?」

「みんな徠人に殺された。」

「ライラは?」

「消えた。お前が殺される少し前に。」

「消えた?」

「父様、どうして徠人を治してあげないの?」

「本人に生きる希望がないんだよ。僕の能力は本人の生きる気が無ければ発動しないから。」

「ライラがいなくならなければ、こういうことにならないと思う?」

「わからない。ライラは突然、みんなの目の前で消えたんだ。」

「僕、どうしたらいい?」

「ごめん、わからないんだよ。ライル。」

 父様は僕を抱きしめて涙を流した。

「わかった。僕、なんとか頑張るから、こうならないようにね。だから、父様泣かないで…。」

「ライル…。」

「じゃ、行くね。時々状況の確認に来るから。」

 僕は、徠人の髪を放し、その場を後にした。


 部屋に戻った時、アンジェラはまた泣いていた。突っ立ったまま…。両目から滝のように涙を流して…。

「アンジェラ、泣かないで…。大丈夫だから。」

 突然戻った僕に驚きながらも抱きついて、苦しい…。

「どこに行ったのかと思って心配したんだから…。」

「僕の記憶にない髪の毛が机に入っててさ、触ったらそこに行っちゃったんだよ。」

「誰の?」

「徠人の。」

「どうして?」

「死にかけてるから。」

「それで…?」

「治してこなかった。」

「え?どうして?」

「未来の話だからね。もっと違うアプローチが必要かなと思って。」

 僕はアンジェラに協力してもらうために、未来に起こるであろう惨劇が起きないように対策を練るつもりだと言うことを正直に話した。

 偶然見つけた髪の束を触り、その場へ行って話を聞けたことはラッキーだったと言える。


 僕たちは早々に部屋を移動し、結局アンジェラと僕はその日から同じ部屋で過ごすことにした。

 僕の荷物の中にはアンジェラが少女姿の僕に買ってくれた服もあった。これはライラが持って行ったんじゃないんだ…。ライラの服は徠人が買ったものばかりらしい。

 アンジェラにカフェのランチを食べに行こうと誘ってみる。

「え、いいけど。小学生、学校サボってカフェでランチはまずいんじゃないの?」

「だから、この服着て行くことにする。」

「え?」

 くるっと回って変身する。ライラより五歳くらい年上になるように意識してみた。長身の美女になったと思う。

 ちょっとスカートは短めだけどさ。

「ライル…、私を週刊誌に売る気でしょ。」

 アンジェラが楽しそうに、そう言った。

「楽しそうでしょ?デートだよ。」

「覚悟はいい?」

「どういう覚悟だよ。」

「家の周りにまたうじゃうじゃ記者が集まるわよ。」

「いっそ婚約者だとか言っちゃえば、集まらなくなるんじゃない?」

「そうかな?そうかも…。」

 なんだか悪だくみをしているようで、二人は楽しい気分になってきた。


 二人で出かけてくると動物病院で働いている父様とアズラィールにメッセージを送って、普通にエントランスから二人で出る。

 まだ体力が完全に戻っていない僕をアンジェラが支えてくれる。

 靴が少しヒールのある靴のせいもあるけどね。

「アンジェラ、王子様みたいだね。」

「じゃあ、ライルはお姫様かな?」

「うわ~、それはイタいな。」

「お姫様抱っこで連れて行ってあげようか?」

「やめて~。」

 結局二人で手を繋いで、駅の近くのショッピングモールにあるカフェまでやって来た。

 うわ~、早速そこら辺の人たちの視線が痛い。

 まだお昼前だと言うのに、結構な人出もある。

 カフェにはギリギリ空いている席があり、小さなテーブルに向かい合わせに座って好きな物を注文した。

 アンジェラはグラタンとサラダのセット。僕はトマトソースのパスタとスープのセット。

 料理が運ばれて、食べ始めた。家では気づかなかったけど、アンジェラは猫舌らしい。

 猫舌のグラタン好きって、ちょっと笑える。

 大きな口開けて笑ってたら、野菜を食べなさい。と言って無理やりキュウリを口に突っ込まれた。

 パスタのトマトソースが口の周りについているのをぐいぐい拭かれたり、せっかくきれいなおねえさんになっているのに、いつもと同じ赤ちゃん扱いをされている気がする。

 食後はでっかいイチゴとチョコのパフェを二人でシェアして食べた。

「満足、満足~。」

 楽しかったし、おいしかった。

 二人でウィンドウショッピングを少しして、また歩いて家まで帰った。

 家に着いた頃、すでにインターネット上でアンジェラの記事が拡散されてた。

 僕の口の周りのトマトソースを拭いてるアンジェラの写真とか…。僕にキュウリを無理やり食べさせているアンジェラの写真とか…。

 僕にとってはイタい写真が多い。まぁ、僕だとわかるはずないので大丈夫だけど。

 まぁ、自分で言うのもなんだけど、金髪の長身美女とアンジェラは絵になっている。

 しかも、本当にイチャイチャしているように見える写真ばかりだ。

 おねえさんの姿のまま、部屋でそんな画像をチェックしてたら、アンジェラが電話で誰かと話しながら部屋に戻って来た。アンジェラは電話の相手にちょっと怒っている。

「どうしたの?もしかしてさっき出かけたことを事務所の人に怒られたとか?」

「いや、違うんだ。明日の夕方、ゲリラライブをやるって事務所が勝手に決めたらしい。

 以前襲われたから、不特定多数のいる会場ではやらないっていうことで合意していたはずなんだが…。しかもいきなり前日に言うって意味わかんないだろ?」

「確かに…。さっき外に行った時の写真とかは何も言われなかった?」

「あぁ、それは大丈夫だよ。逆に話題にのせておきたい時期だったのか、記者会見をしろとかさえ言ってきた。」

「え?なんの記者会見?」

「…。」

「え?何黙っちゃってんの?こわいよ、まさか、引退とか?」

「違うよ。婚約だ。」

「ぎゃ、どうしてそうなっちゃうの?」

「ゲイの噂が立つより、女がいた方がいいらしい。」

「へ~、そんなもんなのかね?」

「あぁ、その時は頼むよ。」

「えぇ?」

 アンジェラはその時の練習とか言ってくっついてきたけど、こちょばし合いになっておしっこが漏れそうなくらい白熱したところで引き分けとなった。

 ふぅ、容赦ないこちょばし合いであった。


 次の日、午後にマネージャーさんが車で迎えに来た。

 アンジェラは最後まで気が乗らないと言っていた。

 時間は教えてくれたけど、場所は本人も知らないんだとか…。

 インターネットでライブ配信するらしいので、見てみることにした。

 父様は仕事だったけど、アズラィールは休憩できる時間だったので、二人で僕の部屋でタブレットの画面で見ていた。

 ライブも終盤、相変わらず、家で僕を赤ちゃん扱いしているお母さんの様なアンジェラとは違って、滅茶苦茶かっこいい。

「ねぇ、アズラィール。アンジェラのギャップがすごすぎて笑いが出ちゃうんだけど。」

「まぁ、そう言うなよ。アンジェラは家族とずっと離れて暮らしていたからね。家族の前でだけ本当の自分を出せるんじゃないかな?」

「家でのアンジェラが素ってことね?」

「そっ。」

「そうだよね、ふふっ。」

 そんな和やかな時間が一瞬で終わりを迎える。

「パーン、パーン。」

 嫌な音がして、ステージにアンジェラが倒れている。

 たくさんの人の悲鳴、アップでアンジェラが映されると肩と腹部に銃撃を受けているように見えた。血がいっぱい出てる…。

 僕は無意識のうちに転移していた。

 アンジェラの元へ、翼を広げ、昨日外に行った時の姿になって。

「アンジェラ。」

 アンジェラはその時、もう息がなかった。目の光は消え、うつろな半開きの瞼…。

 僕は絶望の淵に追いやられたような気分になった。

 体の力が抜けた。気を失ったのか…。

「おい、おいどうしたライル。具合でも悪いのか?」

 僕はアズラィールに起こされた。

「え?」

 アンジェラがタブレットの画面で、歌を歌ってるのが見える。

 あ、まだ間に合う。

 僕は何も言わずにおねえさんの姿になり、翼を出して、アンジェラの歌っている会場に転移した。前回もぎりぎりだった。今回も急がないと…。

「アンジェラ。」

 アンジェラの横に飛んだ状態で出現し、アンジェラの手を取りきり思い自分の方に引く。

 そして転移して家に帰った。

「パーンパーン」

 アズラィールの手にしているタブレットから銃声が聞こえる。

 アンジェラは超間抜けな顔でポカンとしている。

「あれ?」

 ライブ会場の騒ぎはすごいことになっていた。

 セキュリティのスタッフが銃を発砲した人物を取り押さえているのが見える。

 しかし、騒ぎの原因はどちらかというとアンジェラがいなくなったことだろう。

「ごめん、大騒ぎになったみたい。」

「また、死ぬのを見たのか?」

 僕は小さく頷いた。

「今から戻る?少し前のステージの裏とかに戻れるけど。」

「いや、今この時間のステージのど真ん中に戻してくれ。キラキラ多めで…。」

「くすっ。それは、出来るかわかんない。」

 アンジェラは自分の翼を出した。僕はアンジェラの手を取り転移した。

 キラキラ多め、キラキラ多めっと…。

 ステージの中央に金色の光の粒子が広がり、見ている人達がどよめき始める。

 その瞬間、アンジェラと僕がステージに現れた。

 アンジェラはずるい顔をして僕を引き寄せ、額にキスをした。

 聞いてないぞ~。手を放し、僕だけその場を去った。

 家に戻ると、アズラィールが苦笑いをしながらライブ中継を見ていた。

「あ、おかえり。」

「アンジェラが営業モードになっててずるい顔して僕にチューした。もぉ。」

「まぁ、映像的には余裕たっぷりの演出って感じには見えたよ。」

「そっか、ならいいんだけど。本当に婚約させられたらたまんないよ。」

「え?」

「あ、あぁ。ゲイ疑惑を晴らすために、偽装の婚約を迫られてるらしいよ。」

「それで、ライルが相手に?」

「さあ…。」

 どうにかライブが終わり、一時間後、アンジェラから電話があった。

「また命を狙われたら嫌だから、迎えに来て欲しいんだけど…。」

「うん、いいよ。もう、帰れるの?周りに誰もいない?」

「あぁ。」

「じゃ、今行くね。」

 翼を出して、転移した。

 アンジェラの目の前に…。アンジェラが嬉しそうに微笑む。

「おいで。」

「え?」

 アンジェラが僕を引っ張って抱きしめる。

「ごめん。」

 パシャパシャ。パシャ。とフラッシュを焚く音が僕の後方から聞こえる。

「えー?」

 アンジェラの耳を掴んで家へ転移した。

「いててて…。耳が伸びる。」

「だましたな。あれは何だよ。」

「記者会見。」

「何の?」

「婚約発表。」

 アズラィールがあきれてアンジェラにげんこつをかましてから仕事に戻って行った。

 あそこにいたメディアは事務所の息のかかったところだから下手な記事にはしないと言っていたけど、アンジェラはなんだか今日少し変だと思う。

 僕もなんだか今日少し変だ。


 夕食の時に今日あったことを父様に報告する。

 父様はどこのどいつかわかんない人と婚約させられるよりは安心だなんて笑ってたけど、それはおかしいと思います。

「それより、アンジェラ。あの発砲した男はどうなったんですか?」

「警察に連行されたけど、本人は自分が誰かもわからないって言い張ってるそうだ。」

「とにかく無事でよかったよ。」

 アズラィールは僕が家から消えて、ネットライブに出てきたときはかなり焦ったそうだが、あれは本当に紙一重の時間勝負だった。

「今日のライブは告知なしだったんですよね?」

「あぁ、そうだ。自分でさえ場所を知らされていないんだ。」

「事務所で怪しい人物とかいないですか?意図的に場所と時間をリークしたりするような…。」

「どうだろう…。基本的に事務所の人間は私が拾って育てた人間だ。裏切るとは思えない。」

「そうなんだ。その割に色々やらされてる気がするけど…。」

「はぁ~。」

 大きなため息をついてたけど、アンジェラは何となく機嫌がよかった。

 夕食後、部屋に戻って順番でお風呂に入る。

 先に上がった僕がパジャマに着替えて少し勉強をしてると、シャワールームからアンジェラが出てきた。

「あー、ビールが飲みたい。今日は疲れた。」

「珍しいね。いつも飲まないのに。」

「最近、家でぬるい生活してるからかな、イベントとかすごい疲れる。」

「そっか。じゃ、持ってきてあげる。」

 ダイニングの冷蔵庫から缶ビールを二本とおつまみのチーズをゲットして、部屋に戻った。

 アンジェラがまた電話で誰かに怒ってる。

「はい、どうぞ。」

「サンキュ。」

 ビールを飲みながらアンジェラがぽつりぽつりと話し出した。

 長く生きてると人間不信になるらしい。

 友達だと思っていても、金が絡むと裏切られることも多かったようだ。

 だから、長い人生の中で、自分を裏切らない人たちが必要だったと言っていた。

 それがスタッフ=養子らしい。実際には別の人名義での養子なので、アンジェラの財産をもらえるわけではないそうだ。

「楽しい事だけあればいいのにね。」

「そうもいかないのが人生だよ。」

「そうだね。」

 僕はアンジェラの死んだ姿を思い出した。さっき、僕の目の前で起きた事実。一度死んだ顔を見た。悲しくて悲しくて、どうしてこんな事が起きるんだって、世の中が無くなっちゃえばいいと一瞬思ったほどだ。

 アンジェラが僕の様子に気が付いて頭を撫でてくれた。

「ありがとな。もう三回目だ。天使様。」

「やめてよ。当たり前のことしただけだし。僕にとってはアンジェラはものすごく特別だからさ。」

「…。」

「何?なんで無反応な訳?やだな、もう。恥ずかしいじゃん。」

「おいで。」

 アンジェラは僕を側に引き寄せて、ため息をついた。

 僕もなんだか今日はすごく疲れた。

 アンジェラのため息が終わるころには、僕は夢の中だった。


 すごく楽しい夢を見た。

 大好きな大好きな人と一緒に色んな所に旅をして、華やかな色とりどりの世界の不思議を見てまわり、いつもその人と手を繋いで、暖かな気持ちを大切にする。

 そんな夢…。こんな幸せが夢じゃなく、覚めなければいいって思った。

 大好きな人が自分の事を一番に思ってくれて、自分も相手を一番って思う。

 あぁ、大好き…。

 いやだな、僕、まだ小学生なのに、こんな夢見ちゃったりして…。

 あぁ、でも幸せ。

 そして、あったかい。

 ん?あったかい?アダムはアズラィールの部屋に預けてあるんだけど…。

 そこで、目を開けてみた。

「うわっ。アンジェラ、びっくりした。酔っぱらってるの?」

「ん、酔っぱらってなんかないよ。どうした?」

 そう言って僕の顔を引き寄せる…。まぁ、いつも通りといえば、そうだけど。

 あれ、床に座ってたはずなのに、ベッドに入ってるし。え?あ?え?

 僕はおねえさんの姿でパジャマを着てて、アンジェラと同じベッドに寝ていたのだった。

 僕は、焦ってセキュリティカメラで確認する。全部の部屋につけててよかった。

 え?あら?ま、間違いない、間違いなく自分でおねえさんになって、先にベッドに入って、床に転がってるアンジェラの足首を掴んで引きずりこんでる。

 恐い、ホラー映画のワンシーンの様だ。しかもすごい馬鹿力だと思われる。

 とりあえず、セキュリティカメラのこの部分の画像は削除しておこう。うん。

 そ、それからアンジェラにも口止めしよう。

「ねぇ、アンジェラ。」

「ん?」

「何したか、覚えてる?」

「何もしてない。と思う。いつベッドに入ったかも覚えてない…。ところで、ライルはどうしておねえさんになってるの?それでか、あったかい面積が大きいと思った。」

「そうだよね…。はははっ。」


 朝、目が覚めた。

 アンジェラはいなかった。

 僕は何か変な夢を見ていたのかな?

 でも、僕はまだおねえさんの姿だった。きっとアンジェラは重いから、おねえさんにならないとベッドに乗せられなかったんだろう。と自己完結し、そのままの姿でベッドの上でグダグダしてたら、いきなりドアが開いた。

「ライル、なんでそんな姿で、ダラダラしてるんだい?」

「あ、と、父様。いえ、寝てる間に変な夢でも見たのか、こんな風に…。」

「そうか、ま、そのままの姿の方が都合がいいから、とりあえず服を着て下に降りて来なさい。」

「え?」

 いまいちどころじゃないくらい意味不明だけど、アンジェラに買ってもらったかわいい服、今日はオレンジのワンピースを着て、一階へ行った。

 一階には警察の人と、アンジェラの事務所の人が来ていた。


 みんな一斉にこっちを見る。

 げげげ、何が起きているのか…?全然わかんない。

 父様が手招きをする。こそこそとそっちへ移動…。

「昨日のライブの動画がバズってしまったらしく、あれは何かのパフォーマンスなのか?

 本当に襲われたのかの議論になっているらしい。」

「ですよね~。」

 どうしよう。まずいな…。

 あ、アンジェラがいた。エントランスでスタッフと話してたみたい。

 あ、こっちに近づいてきた。え?アンジェラが小声で話す。

「君の名前はりりィだ。いいね。ドイツから来ている私の従妹で恋人だ。」

「う、うん。」

 警察の人と事務所の人にアンジェラが僕を紹介する。

「私の婚約者、りりィです。ドイツから来ています。」

「こんにちは。りりィです。」

 って、従妹で恋人と婚約者は=じゃないよ~アンジェラ~。

 父様も知らん顔してるし~。


「それで、何を聞きたいと言うのですか?」

 アンジェラが警察の担当刑事に真顔で質問をする。

「昨日の発砲事件は、あくまでも本当の発砲事件で、やらせでもショーでもないとおっしゃるんですよね?」

「そうです。命を狙われて、なぜ私が犯人をかばわなければいけないんですか?」

「そ、それでは。あの、なぜ、その婚約者さんは突然現れ、お二人で姿を消したんでしょう?パフォーマンスだとしか説明がつきません。」

 アンジェラはちょっと怖い顔をして反論する。

「私の婚約者は本物の天使です。」

 あれ?何言っちゃってるんですか…アンジェラさん。

 もしも~し、ちょっと待ってくださ~い。朝っぱらから言うことではありませんよぉ。

 とりあえず、静かに見守る。

 アンジェラが僕に近づいてきて耳打ちする。

「ごめんね、一人にして。」

 いやいや、それはいいからさ。そして、アンジェラがみんなに聞こえるように言い放つ。

「本物の天使がいたら、誰もがうばいたくなるでしょう?だからお見せするのはこの場だけにしてください。彼女を奪われたら、私は生きてはいけません。」

 アンジェラが僕に優しくささやいた。

「さあ、りりィ、翼を広げて皆に見せておあげ。」

 すごい芝居がかってて笑っちゃいそうなんですけど…。

 え?いいのかな?うーーー。誰も止めてくれないし…。

 バサッ。とりあえず、翼を出す。

「おおっ。」

 皆どよめく。

「りりィ、そうだ、ピアノでも弾いて見せてあげてはどうだい?」

 え?ここで?ひぇ~、無茶ぶりすぎるだろ~。こんな素人のピアノ聴かせて…。

 渋々ピアノの所へ飛んで移動する…。どうせ皆さん、下手くそなピアノ聴かされてごまかされるとお考えでしょうから…。演出は少し派手に…。

 ピアノの蓋を開けて、渋々座る…。ここまでくると、開き直るしかないね。

 こういうときはぁ、テンペストピアノソナタ17番 第3楽章で行ってみよ~。このおやじギャグ的なセンス、誰かわかってくれるかな?

 弾き始めると、その場にいた全員が目を奪われた。ピアノが上手とかそういうレベルではない。本当の嵐=テンペストがピアノの上に発生しているのだ。

 しかも、金色の光の粒子がホール中央に渦を巻き、音と一緒に揺れ動く。

 演奏の山場に合わせ翼が広がり、粒子が渦を巻き小さな竜巻が起きる。。

 観ていた人たちからため息がもれる。

 そして、クライマックス…。

 一気に光の粒子が散って消滅する。そして、僕も転移で自分の部屋に…。

 あ~っ、疲れた。朝っぱらからさ~。


 さっさと自分の姿に戻ろう…。としたのだが…。ん?

 あれれ?戻れません。おーこれは、すごくヤバい。

 父様に電話をかけようとしたら、アンジェラから着信があった。

「恥ずかしがらないで、出ておいで。転移で。」

 それは、もしかして、わざと見せるためでしょう???

 わかりやすすぎる~。

 はぁ…。元に戻れなくなったことを伝えるべく、アンジェラの横に転移。

 にっこり皆さんに笑顔でチラ見した後にアンジェラの耳を掴んで転移して部屋に戻る。

「アンジェラ~。元に戻らなくなった…。うぇーん。」

 アンジェラは僕の目を見て、優しく肩を抱き寄せ、真顔で宣言した。

「いいだろう、結婚しよう。」

 は?何を言ってるんでしょうか?

 アンジェラはひい爺さんの弟だから、結婚できなくはないと思いますが、って、できるわけな~い。男と男だよ~。それに「いいだろう」って何?

 そこへ父様が部屋へ入って来た。

「どうしたんだい?」

「自分の姿にもどれないよー。」

 アンジェラが父様に向かって頭を下げ、しんみりと言う。

「徠夢、すまん。私としたことが、ライルに手を付けてしまった。ここは責任を取って、ライルを一生大事にすると誓うよ。」

「…。」

「手をつけたとか、言うな!!!もう。」

「そ、そんな。ライル。ひどいじゃないか。私だってこういうのは初めてだったのに。」

 え?百三十年も生きてて初めてってこと?ですかい?というか、何もしてないし。

 頭が、かーっとなって、恥ずかしくなって、クローゼットの中に逃げ込む。

「ライル…。出て来て。お願い。」

「一分待って。」

 僕は昨夜のベッドに入った後の時間帯のクローゼットの中に転移した。

 そっとクローゼットから出る。

 自分とアンジェラの濃厚なキスを目撃…。あらやだ。キスしちゃってたってことか

 背後から二人の首に手を当てる。いい夢、見てください。ごめんなさい二人とも…。

 クローゼットに戻り、現在の時刻に戻る。何かが変わっているといいけど。


 ガチャっとクローゼットの扉を開けて出た。

 アンジェラが本気の顔で俯いて悲しい声で言った。

「ライルが嫌なら、仕方がないけれど…。」

「だから、そういうんじゃないってば。キスしたぐらいで…。」

 アンジェラは僕の口を手で押さえて、とろけるような笑顔で抱きしめてきた。

 むぐぐ、家族も騙そうっていうのかな?


 警察の人と事務所の人は、さっきの転移の後に、アズラィールが赤い目でおさめてくれたみたい。最初っからそうしてればよかったじゃん。


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