537. 目覚めの時(3)
僕、ライルがクリスタルの様な体から元に戻って約1時間が経過した。
やはり、その状態だった時の記憶や痕跡はなかった。マリアンジェラは、どうして僕と同じ状態になってしまったのだろう。
じっとテントの前に置いた椅子に座り、テントのファスナーを開けて、中の様子を見ながら思考を繰り返す。
そんな僕をまた部屋の隅の机のところにある椅子に座り、黙って見つめる視線…。
ニコラスだ。
「ニコラス、そんなに見るなよ。穴が開きそうだ。」
「ははっ、ライルが冗談を言ったのか。不思議だな…。」
「ん?冗談ではない。本当に穴が開きそうだ。」
ニコラスは立ち上がると、僕のすぐ横に来て僕の頭を撫でた。
「子供扱いしないでくれよ。」
「してないよ。私は純粋にライルのことが大好きなんだ。」
「何だよ、それ。変態か。」
「ははは…ひどいなぁ…。でも話ができるように戻ってくれて本当にうれしいよ。
私はライルの笑顔が大好きだ。」
ニコラスは僕をからかうのが好きなのか、この頃からよく僕のことを好きだと口にするようになった。そして、ニコラスの容姿がどんどん僕に似てきたのもこの頃からだった。
静かな時間が流れている中で、突然スマホが鳴った。
アンジェラからの着信だ。
「ライル、言うのを忘れていた。お前、朝霧の家に行ってこい。亜希子がお前のことを心配しすぎて床に伏しているんだ。」
「そういうの、早く言ってよ。でも、マリーが…。」
「マリーはニコラスが見てくれるから、何かあったらすぐに呼ぶさ。行ってこい。」
イタリアではまだ朝の9時だが、日本は午後5時か…。
僕はニコラスに朝霧の家に行くと伝え、マリアンジェラのことを頼んだ。
ニコラスは笑顔で送り出してくれた。
「亜希子さん、きっと喜ぶよ。」
僕は朝霧邸の自室に転移した。部屋から出て、おじいさまとおばあさまの部屋をノックした。
『コンコンコン』
「はい、どうぞ。」
おばあさまの声を聞いてそっとドアを開けて顔だけ出した。
「ライル…ライルなの?」
ガバッと起き上がったおばあさまの体の負担にならないよう、慌てて側に行き体を支えた。
「おばあさま、心配かけてごめん。僕、よく覚えてないけど、変な状態になったみたいで…。」
「そうよ、本当に困った子ね、ものすごく心配したんだから…。マリーも目の周りが腫れてしまうくらい泣いて…。」
「え?う…そうなんだ…ごめん。」
想像したら笑いそうになった。僕はおばあさまの背中をさすり、同時に体を能力で確認した。精神的に落ち込んだせいか少しやつれている。1か月ほどで、お腹が少し目立ってきた。お腹の子は順調のようだが…。
「おばあさま、病院へは行った?」
「えぇ、旅行から戻ってすぐ、一度行ったのよ。」
「男の子か女の子か聞いた?」
「いえ、陰になっててわからなかったの。」
「うふふ、聞きたい?」
「わかるの?」
「父様に弟が一人生まれるようだね。」
「まぁ…。」
おばあさまは嬉しそうに顔をほころばせて、僕の手を握った。
少し近況などを聞いている時におばあさまが言った。
「ライル、一人で抱え込まないで、苦しいことは言っていいのよ。」
「…あ、うん。そうだね。」
「マリーは本当にあなたのことが好きなのね。あんなに小さいのに、大人の女性みたいにあなたの事すごく心配してたわ。」
「わかってるよ。おばあさま、僕にとってもマリーは大切だよ。」
ちゃんと食事をとるようにおばあさまに説教をして、僕は徠神の店に行った。
どうやら、僕のここ2週間ほどの情報はごく一部の人達で隠し通したようで、徠神は至って普通に新作スィーツを箱に詰め、持たされた。
その時、徠神はやたらとニコラスの事を気にしていた。
「ライル、ニコラスの様子はどうだ?」
「え?別に普通じゃないの?どうして?」
「いや…。年末年始の旅行でな、ドイツのじい様達がニコラスをひどい言い方してただろ?気にしてたんだけど、そしたら急にアンジェラの所に住むって言うからよ。
何かあったんじゃないのかと思ってな。」
「大丈夫だよ。僕が秋から大学に進むことになったら、マリーとミケーレの学校への送り迎えとかをやってっもらえることになっていて、すごく助かってるんだ。」
「そうか。じゃ、お互い良かったんだな。」
「そう、そういうこと。」
徠神はアンジェラの兄として、僕達家族のことも心配している様だ。
「あ、っと…。これ、これも持って行って祭壇にお供えしてくれ。」
徠神が僕に紙袋を手渡した。
「何、これ?」
「いいから、中を見ないで、そのまま供えろ。」
僕は、スィーツの入ったお持ち帰り用の大きな箱と、その紙袋を持って家に戻った。
ダイニングテーブルの上にスィーツの箱を置き、紙袋をどこの祭壇にお供えしようかと考えている時、そこにリリアナが現れた。
「ライル!ちょっとー、良かった~。治ったのね。」
いきなり目の前に転移で近づいて僕にぎゅーっとハグする。なんだか力の加減がリリィに似てるんですけど…。
「ぐえっ、あばらが折れる…。」
「あっ、ごめん。最近ちょっと加減が出来なくて。え、ナニコレ?」
僕が持っていた紙袋を、なんの躊躇もなくびりっと破いて、中身を出した。
「きゃー、何、これ?変態。」
中身にはセクシーな下着が数点入っていた。
「うわ、ちょい待て。僕のじゃない。徠神がお供えしてくれって渡されたんだ。中見るなって言ってたんだけど…。」
後からわかったことだが、どうもマリアンジェラが徠神に神様の祭壇にお供えすると、神様がそれを食べたり使えると言ったらしい。ついでに、神様は裸でうろついていて、パンツも履いていなかったと…。
だからって、セクシー下着をお供えして着せる発想もないと思うのだが…。
あぁ…無理無理…夢に見そうで怖い。
僕はスィーツを食べてとリリアナ達に言って、スィーツを2つ取り出しお皿にのせ、フォークをのせて、自分の部屋に転移した。
「うわっ」
急に現れた僕にニコラスが驚く。
「あ、ごめんごめん。これ食べて。はい。」
とスィーツを一つニコラスに渡した。もう一つは…いたずらをするために持ってきたのである。
マリアンジェラが入っているテントのファスナーを全開で開け、スィーツをフォークでひとすくいしてマリアンジェラの鼻先の前で上下させた。
「あぁ…美味しそうなスィーツだなぁ…。でも僕はこれを食べても味がわからないんだよねぇ。こういう時に、マリアンジェラがいてくれたら、美味しいものも楽しく食べられるのになぁ…。」
そう言ってフォークを口に近づけた。
マリアンジェラの体の中心辺りに白い核が突然現れた。
『よし、来た。』
「あぁ…美味しそう…。でもなぁ…、マリアンジェラは眠ったままだしなぁ…。
仕方ないから、この辺にくっつけて…。」
そう言ってマリアンジェラの口の周りにスィーツをべちょとくっつけた。
「あぁ、食べられないのも可愛そうだ…。代わりに僕が…。」
そう言って、顔を寄せてそのクリームをペロッと舐めてみた。
一瞬、爆発が起きたかと思った。次の瞬間、顔を舐められていたのは僕だった。
「ぷはっ。」
クリームを舐めたのか、僕の顔全体を舐めたのかわかんないが、小さいサイズのマリアンジェラがちゃんと服を着た状態で僕の顔に乗っかっていた。
『ぷはっ』はマリアンジェラの息継ぎの音である。
「うぇ~、もう許してくれ…。顔がべちょべちょで気持ち悪い。」
「ふん。意地悪するからでしょ。」
ぷんぷん怒りながら、ちゃっかり皿を奪い取ってスィーツを食べるマリアンジェラだった。
「お、おいっ。君たち…そういうプレイは良くないと思うよ。」
半笑いで僕達をたしなめたのは、ニコラスだ。まぁ、ちょっと誰かに見られるのは恥ずかしいが…。マリアンジェラが僕の顔を舐めるのはいつものことだ。
そして、マリアンジェラがいないと何を食べても美味しくないと言うのも本当のことだ。マリアンジェラがいないと困るという事を聞かせれば、出てきてくれると思ってやってみたのだが…どうやら正解だったようだ。
マリアンジェラは一人でダイニングに行ってしまったが…。
僕はアンジェラにメッセージを送った。
『徠神のスィーツで大物が釣れた。ダイニングに行ったよ。』
アンジェラの歓喜する声がすぐに廊下に響き渡った。




