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535. 目覚めの時(1)

 1月28日、金曜日。

 私、ニコラスはライルのへやに住み始めて3週間以上が経った。

 そして、1月13日の事故を起源とするライルに起きた異変から2週間が経った。


 アンジェラが懇願したため、私はライルの部屋に住み続け、部屋の真ん中に置かれたテントとその中に2週間前の状態と変わらずにいるライルとマリアンジェラの形をしたクリスタルのような透明な天使の像を隠したまま、部屋に鍵をかけて、なるべく必要のない時は部屋から出ないようにしていた。

 そして、不思議なほど誰も私の元を訪れなかった。

 時々アンジェラは電話で連絡をよこしてから部屋に来て、二人の様子を確認した。

 私は、口には出さなかったが、アンジェラはリリアナに頼み、リリィやアンドレ、そしてミケーレにライルとマリアンジェラが本当にライルの療養のために留守にしていると暗示をかけているのかもしれないと思った。

 時間ばかりがある私にできる事と言えば、祈る事しかない。

 司教として事故が起きるまでの数年ではあるが、神に祈りを捧げていた者として、毎日ライルとマリアンジェラの前に跪き、神に二人を返してくれるよう祈り続けるしかなかった。


 この日は、朝食を食べにダイニングに行くと、ミケーレだけが食事をしていた。

「ミケーレ、おはよう。」

「ニコちゃん、今日は遅いね。」

「そうだね、朝のお祈りに時間をかけてしまったみたいだ。」

「ふぅん。」

 私はなるべく時間をかけないよう手早く朝食を済ませ、またライルの部屋に戻った。

 朝だと言うのに、この日はひどく雲が厚く、窓からは光が入ってこない。

 今にも雨が降り出しそうだ。

 私が今住んでいるこの部屋からは海が一望できる。海に面した壁はガラス張りになっており、スイッチを入れると曇りガラスになるという不思議なものだ。普段は落ち着かないので窓は常に曇りガラスにしてあるのだが、今日は外の雲行きを見ようとスイッチを操作し、窓ガラスを透明にした。

 やはり、見える範囲の空は暗いグレーでさっきまで薄く陽が差していた部分も黒く覆われている。嵐になりそうだ。

 遠くで雷の閃光が海の上に向かって落ち始めた。遠くで『ドォーン』という音が鳴り、ここまで少し振動を伝えてくる。

 イヤな天気だ。

 窓ガラスをまた濃度の濃い曇りガラスに戻し、夜のように暗くなってしまった室内でもう一度お祈りをしようと思い、テントのファスナーを開けた。


「あっ…。」

 私は、目を疑った。明らかに今までとは違う状態にあるライルを目にしたからだ。

 急いでアンジェラに電話をかけた。

「も、もしもし…アンジェラ…。ちょ、ちょ、ちょっと、い、今すぐ…。今すぐ来てくれ。」

 アンジェラは私の電話で慌てたのか、ドアの鍵を壊しそうな勢いで開けようとした。

 私が鍵を開けると魔王の様な形相で言った。

「何があった?」

 怖すぎる。顔が…。私は暗いままの部屋の中にアンジェラの手を引いて入って行った。

「アンジェラ、私が気付かなかっただけではないことを祈るよ。

 見て、ほら。ライルの胸のところに核が、戻っているんだ。」

 アンジェラはテントの中のライルの胸元を見て、安堵のため息を漏らした。

「よかった…。希望が見えて来たな。」

「そうだね、アンジェラ。暗いから見えただけだと思ってたけど、ほら、見て。

 さっきより核の明るさが増しているような感じがしないかい。」


 最初は半透明な球の中に薄い虹色のガスが渦巻いていたような様子だったが、見る見るうちに球の輪郭がはっきりしてきた。

 思わずアンジェラの手を取ってブンブン振り回して喜んでしまった。

 アンジェラの少し驚いた顔が見えた。

「ニコラス、キャラ変したのか?」

「え?きゃらへん?って?」

「お前は聖職者らしく、真面目で物静かで、でもいつもおどおどしていて…。」

「あぁ、ポンコツっていいたいの?」

「いや、そういうことではなく…。」

「私は、ここに来てライルと関わって、なんだか自分が恥ずかしくなったんだ。

 真面目なことも、気が小さいことも、全部自分を守る殻だったのかもしれない。

 自分でいうのもおかしいけど、私とライルはすごく似ていて、違うところを探す方が難しいくらいだと思い始めたんだよ。それなのに、ライルは僕なんかよりもずっとずっと他の者に優しくて、責任感が強くて…。」

「ニコラス、お前だってライルに負けないくらい優しい心を持っているではないか。」

「あ、ありがと。でもライルは別格だよ。ライルは僕の太陽なんだ。

 いつも照らしてくれないと、不安になっちゃうんだよ。だから早く帰ってきて欲しい。こういうのなんて言うんだろ…。」

 私がそう言うと、アンジェラが急に私の手を離し、私を抱きしめてくれた。

 ぎゅーっと強く、あばらが折れそうなくらいに。

「うっ、アンジェラ…苦しい…。」

「おぉ、すまん。つい加減が…。」

 僕から離れた後に、アンジェラが真面目な顔で言った。

「『愛』だよ。それは…。お前もライルに愛されているし、お前もライルを愛しているということだ。」

 なんだか、すごく恥ずかしいけど、うれしかった。私を愛してくれる家族がいることに、幸せを見つけた気がした。そんな幸せを感じながら、僕はライルの体に触れた。

 僕の手が触れると、その透明な体の触れた部分に、青い光が発生した。

 それはまるで植物の葉脈のようにライルの体の中で伸び、核に向かって幾本もの繋がりを作った。

「アンジェラ、見た?今の…。」

「あぁ、もう一度やってみてくれ。」

 私はもう一度ライルの腕に触れた。そうすると、私の触れた個所が発光し、まるで養分が吸い取られていくようにそれが血管のような管を通って核に向って行く。

「アンジェラも触ってみて。」

 私が言うとアンジェラもライルの腕に触れた。同じように何かが伝わって核に吸収されていく。私は接触面が広い方がいいのではと思い、テントの中に半分体を入れ、ライルの背中の方からライルを抱きしめた。

 直接肌に触れている部分から青い筋が何本も一気に明るくなるほど幾重にも連なって核へ向って行った。

 そして、それは起きた。

 一度離れて、テントの入り口で見守っている時だ。

 ライルの核から強い輝きが溢れて、それは核の周りで炎のようにゆらゆらと揺れ出した。見たことのない状態の核だった。度々ライルやマリアンジェラが私達親族の体を半透明にして確認するとき、核を見たことがあるが…。こういう炎の様なものが、周りに揺れているのは見たことがない。

 それは、まるで何かの映画で見た、CG再現された太陽のようだった。

 その核から出始めた炎が、まるで氷をとかすかのように核の周りの組織の色を取り戻し始める。それはジワジワと広がり、30分ほどで全身に達した。


 私とアンジェラは二人でその一部始終を見守った。

 アンジェラはマリアンジェラの様子もずっと確認していたのだが、そちらには変化は見られなかった。


 そして、とうとうライルの長くてきれいなまつ毛がファサッと音を立てるように開いたのである。

 その開いた瞼の奥から、透き通る海の底の様な濃いブルーの瞳が動き、開いていた瞳孔が縮み、私とアンジェラの方を見た。

 その白く透き通るような美しい肌の少年は、口を動かして言った。

「エッチ」

 ライルの像は確かに裸だったが…。私たちは慌ててテントから遠ざかり、ライルの下着と洋服をクローゼットから持って来てテントの中に放り込んだ。

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