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534. 目に見えない恐怖(4)

 私、ニコラスは、つい先日から自身の直系子孫であるアンジェラ・アサギリ・ライエンの家に身を置き、その家族たちと共に生活をするようになった。

 そんな中で、自分と容姿も似ているが、精神的に弱いところや、頼まれれば嫌と言えないところなど、共通する部分が多いと感じる子、ライルに対して、今までに持ったことのない興味を感じていた。

 別にいかがわしい感情を持っているわけではない…。どうしても気になるのだ。

 そして、心の底から大好きだと感じるのだ。


 そんなライルが、たくさんの人々の命を救うところを目の当たりにした。そして、人々に翼を出しているところを目撃され、姿を消してしまった。

 ようやく見つかり帰宅したと思ったのに、それは、今朝まで自分の横で優しい顔で見守ってくれた大好きなライルとはかけ離れた姿だった。

 私は、自分の太陽を失ったような気分になった。


 ライルの部屋にいた私にアンジェラが話しかけた。

「ニコラス、ライルの部屋にしばらくマリアンジェラが寝泊まりすると言っているんだ。悪いが、そっとしてやってくれるか。」

「アンジェラ…あの、私は、別の部屋に移った方がいいでしょうか。」

「いや、ライルの部屋にいるのはかまわない。逆にマリーの様子を見ていて欲しい。

 かなり落ち込んでいて、変なことをしないか心配なのだ。」

「ライルはそんなにひどいんですか?」

「…。私達にわかる事ではない、と言った方が正しいのだと思うぞ。

 希望は捨ててはいないが、どうにかできるものでもないのだ。」

「はい。」


 私がアンジェラとの会話を終えた少し後、マリアンジェラがソファの前のテーブルをどかして、なにやら一人でやっていた。

「マリー、私にできることがあったら言っておくれ。」

 マリアンジェラはチラッとニコラスを見た。

「だいじょうぶ。マリー自分で出来るから。」

 そう言って相手にされず、遠くから見守る事しか出来なかった。

 マリアンジェラは度々アンジェラに何かを確認すると、一瞬でどこかに消え、また一瞬で戻って来る。それを何度も繰り返していた。


「パパ…、マリーのお城の暖炉のお部屋にあった、あの白いやつ持って来てもいい?」

 マリアンジェラがアンジェラに何かを聞いていた。

「好きにしなさい。必要なものがあれば買ってあげるから、言いなさい。」

「ありがと。」

 そう言っていなくなったマリアンジェラが持ち帰ったのは…白熊の頭がくっついた毛皮の敷物だった。

「わ、わあっ、マリー…それ、どうするんです?」

「あ、ニコちゃん…。今日からマリーね、ここのお部屋のこの場所でしばらくキャンプをするのよ。でも、床が寒いから、もふもふが必要なの。」

「え?キャンプ…もふもふ?」

 どう考えてもふざけてるようにしか聞こえないが、マリアンジェラは少しも笑っていない。その後もどこかに消えたかと思ったら、アズラィールの部屋から大きなテントを借りて来たらしい。

 この部屋はかなり広めの部屋で、大きなベッドが2台並んでくっつけてあるが、それ以外の部分には、ソファやテーブルの他に大きなロッキングチェアーが置かれ、ベッドのすぐ横にもデスクと椅子が置かれている。

 マリアンジェラは、そのソファの前のテーブルをどっかに運び出し、空いたスペースにテントを広げた。本気なんだ…。

 私はマリアンジェラが何をしようとしているのかわからなかったが、そのテントの中にさっきの白熊の毛皮ラグを敷いていた。頭だけ隙間から飛び出している状態だ。


 その後、またどこかに消えたマリアンジェラは、いつの間にかテントの中に戻って来た。テントの中の上部にLEDのランタンを吊るした様だ。

 そして、次の瞬間、私には生涯忘れられない光景を目にしてしまった。

 一瞬、また消えたマリアンジェラが何かを持ってテントの中に直接戻って来た。

 弱い光を放つLEDのランタンに照らされ、影がゆれている。

 そこにはうっすらとライルの影が見えた。私にはライルが今どんな状態かは知らされていない。テントの中に腰を下ろしているように見えた。しかし…翼を出したまま、膝を抱えているようにも影からは見て取れた。

 4歳の割には大きなマリアンジェラではあるが、ライルの座る横に立つとマリアンジェラの方が少し大きく見えた。

『テントでキャンプごっこか…。具合の悪いライルに怒られないだろうか…。』

 そんなことを想いながら、影絵の様なその『ごっこ』を見ていた。

 マリアンジェラはライルの前に跪き、両手を祈るように合わせていた。

 暫くの間、テントの中の動きはなかった。話し声などは全くしなかった。


 アンジェラからメッセージが届いた。

『マリーの様子はどうだ?』

 私は見た通り説明した。

『ライルをテントに入れて、その前でお祈りをしているように見えるよ。』

 そのメッセージを送り終わり、私は視線をテントの方へ戻した。

 少しマリアンジェラに動きがあった。マリアンジェラが翼を出したのか、テントの中でバサッと音がして、影が揺れた。

 そして、マリアンジェラの顔がライルの顔に近づき、キスをしているように重なり合った。

 たまにタコみたいな口をしてライルにチューを迫っているが、今日もそうなのか…と私は内心おませなマリアンジェラがふざけているのかと思ったのだ。

 しかし、その後だった。マリアンジェラとライルの影は重なったままだ。

 かといって、『キス』を咎めたり、テントを開けて注意するのは私の役目ではないと思った。

 私はアンジェラにメッセージを送った。

『マリーはライルに長いチューをしている様だ。さすがに何分もは長すぎる。』

 直後、アンジェラが猛獣の様な勢いで走って来た。

『ドドドッ』と音がしたかと思うと、無言でテントのファスナーを開けたのだ。

 そこには、まるで氷の様な透明で無機質で、膝を抱え座っている痩せた美しい男の天使の像の頬を両手で優しく抑え、キスをする透明で無機質で、美しい大人の女の天使の像があった。

「マリー…。」

 アンジェラは床に膝をついて崩れるように座り込んだ。

 私は、今、何を見ているのだろう…。これは絶対に夢であるべきだ。


 私は太陽の様な私の直系の子孫であるライルとマリアンジェラを失ったのか?

 今まで生きて来て、こんなに悲しいことは無かった。

 アンジェラの体は震え、声にならない様な声で、ブツブツと何かを言っている。

「アンジェラ…。すまない。私がもっと介入していれば、こんな…。」

 思わずアンジェラに近づき、そう声をかけた。

 アンジェラは振り返って、私に消え入るような声で言った。

「ニコラス。このことは誰にも言わないでくれ。ライルとマリアンジェラはしばらく別の場所でライルの精神状態を安定させるために隠れることにしたという事にしてくれ。」

「しかし…そんなことをしても、リリィ達にはわかってしまうんじゃないか。」

「そうかもしれない…しかし、兄と娘がもう戻って来ないと、私はリリィにとても言えない…。」

「アンジェラ…。」

 アンジェラは、気休めだが、部屋に鍵をかけてくれと言ってその場を後にした。


 どうやら、ライルの長期欠席届けを出したり、マリアンジェラとミケーレのPre-K入園を先延ばしにすることにしたようだった。

 私は、アンジェラの言う通りに部屋に鍵をかけ、必要な時以外は外に出なくなった。

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