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533. 目に見えない恐怖(3)

 1月14日、金曜日。

 日本時間の朝6時、アンジェラから電話が来て亜希子がライルの部屋に様子を見に行ってから10分が経った。

 なかなか帰って来ない亜希子を心配し、未徠がライルの部屋に入った時、クローゼットのドアを開けて、その前で亜希子とマリアンジェラが号泣している姿が目に飛び込んできた。

「どうした?なんで泣いてるんだ?」

 未徠が駆け寄りクローゼットの中を見て、言葉を失った。

 未徠も亜希子たちと同じように床に膝をついて座り込んだ。

 アンジェラからまた亜希子のスマホに着信があった。亜希子の代わりに未徠が出た。

「未徠か、アンジェラだ。さっきから亜希子に電話していたんだが、出ない。何かわかるか?ライルを探しにマリアンジェラが行っているはずなんだが。」

「あぁ、来ているよ。二人とも。ただ…」

「ただ、なんだ…。」

「すまないが、リリアナとアンドレに来てもらえないだろうか。その時に話す。」

 そう言って未徠は電話を切った。

 この現実をアンジェラやリリィに知らせることを、少しでも先延ばしにしたかった。

 未徠はリリィが出産を控えていることを考え、見せるべきではないと思ったのだ。

 亜希子も妊娠がわかったばかりで、精神状態が心配である。


 未徠はとにかく床に座り込んだ二人をベッドの方へ移動させ、座らせた。

 未徠はマリアンジェラに事情を聞いた。

「マリアンジェラ、何があったか教えてくれないかな。どうしてライルはここに来たんだい。」

「うっ、うっうぇっ。今日ね、幼稚園にお試しで行ったの。」

「ほぉ、そうか…。ミケーレとライルと一緒に行ったのか?」

「パパとニコちゃんとミケーレと行ったの。ライルは学校に行ったの。」

 亜希子に渡されたティシュで、ズビズビッと鼻をかみ、呼吸を整えてマリアンジェラが続けた。

「学園のぉ…となりの…。ううっ…。工事のトラックがぁ…。う…。」

 亜希子がマリアンジェラの背中をさするとマリアンジェラは大きく息を吸い込んだ。

「でっかいゴロゴロが回ってる車にぶつけられてぇ…、幼稚園の方に飛び込んで来ちゃったのぉ…。う…。それでぇ、トラックにのっかってた鉄の棒が、バッてこっちに飛んできて…。はうっ…。」

 亜希子はもう一回マリアンジェラの鼻をかみ、涙も拭いた。

「ミケーレがぁ…時間を止めてぇ、ライルがお手伝いしてくれてぇ、みんなが助かったのにぃ…ふ、ふえっ…うぇっ…。」

 マリアンジェラは手をぎゅっと握って、つぎの言葉を絞り出した。

「時間がぁ、動き出しちゃって…。トラックのガラスが割れてぇ、飛んできたのを…止めるためにぃ…ライルが翼を出して、飛んで、ちからを使ったの…。

 そ、それをみんなに見られちゃったの。」

「翼を出して飛んでいるところを見られたんだな?」

「うん、おじいちゃま。それを…ライルが気にしててぇ、捕まえられて食べられちゃうとか…じっけんされるとか…。うえっ、うえっ…。」

「それでここに逃げてかくれていたんだな。」

「うん。でも、マリーにパパがおまかしぇしてくれたから、あそこにいた人の見たことを全部消せたの…。それをライルに教えるために、来たんだけど…もう、冷たくなっててぇ…。うぇぇん。」

 マリアンジェラは、そのまま泣き続けた。


 泣き続けて15分ほど経った頃、朝霧邸のライルの部屋にリリアナが転移してきた。

 アンドレではなく、アンジェラを伴っている。

 アンジェラは無言でマリアンジェラを抱き上げ頬にキスした。

 マリアンジェラは鼻水も涙もどろどろの顔をアンジェラの胸元にぐりぐりこすりつけてきつく抱きついた。

 アンジェラはマリアンジェラを抱いたまま、クローゼットの半開きの扉を大きく開き、中のクリスタルの様な輝きを放つ美しい天使の彫像を見て言葉を失った。

「どうして…こんな…。」

 アンジェラは少し上を向いて涙を堪えている様子だったが、急にマリアンジェラの方に向き直り言った。

「マリー、もしかすると…。」

「パパぁ…何?」

「リリィが上位覚醒した時に状況が似ていないか?」

「え?」

 そう、アンジェラは思い出していた。リリィの姿で高熱にうなされ、生きているかもわからない状態になり、次第に石化した時のことを…。

 その時は、まさか覚醒がそんな症状を起こすとは思いもしなかったのだ。

「あの時は熱だったが、今度は逆に冷たくなっている。

 それに、ライルにはもう生身の体がないというのに、この姿を形成している状態で一体何が起こっているのか…、マリー、そう思わないか?」

「あ…。パパ…しゅっごい、頭いい。マリー気づかなかった。」

 アンジェラは、ライルは死んだりしていない、きっと何か理由があって今はこの状態でいることが必要なんだと言った。

 何も根拠はなかったが、双子であるリリィやリリアナに何も影響を及ぼさず、ライルが一人で死んでしまうなど、あり得ないと思っていたせいもある。

 しかし、そこにリリアナが少しネガティブなことを言った。


「アンジェラ…ちょっと言いにくいんだけど。」

「なんだ。」

「実はこの前、私の元々の核を壊されてしまったのを知ってる?」

「あぁ、ライルに見せてもらったよ。お前はその後大丈夫なのか?」

「そ、それが…。」

 リリアナは少し俯いて話し始めた。

 今までは、リリィやライルに何かがあると何かしら感じたのが、今では感じないということ、そして、なんだか今までに感じたことのないような感情が毎日湧き出て来ては消え、喜びや悲しみ、苦悩や怒りなど自分で感情がコントロールできないときもあるのだと言う。だから、ライルに何かがあっても感覚で知り得ることがないと言うのだ。

「私、多分もうリリィの分身じゃないんだと思う。体の調子は問題ないし、今までの記憶も全部あるし、能力はそのまま使えてるけど、一人になっちゃったって感じるの。」

「リリアナ…、お前は一人じゃないぞ。アンドレも、子供達も、私達も家族じゃないか…。」

「あ、ありがとう…。」

 リリアナの目から涙がこぼれた。クールで毒舌マスターなリリアナが泣いたのだ。

 マリアンジェラが驚いて豆鉄砲をくらった鳩みたいな目をして固まっている。

「マリー…」

 アンジェラがマリアンジェラの頭をそっと撫でた。

「大丈夫だ。ライルはきっともっとすごいものになるために今頑張っているんだよ。

 家に連れて帰ろう。な。」


 アンジェラは、未徠と亜希子にライルの状態については徠夢と留美にも言わないでほしいと言った。もし、数日でまた元に戻るなら、要らぬ心配をかけたくないというのもある。そして、せっかく少し呪いの様な関係を改善し始めた親子にとって、この現実は酷だと思ったのだ。

 もしかしたら、ライルはこのまま戻らないこともあるのだ。


 こうしてライルの形をしたクリスタルのような透明で無機質な天使の像はアンジェラの家に持ち帰られたのだった。

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