528. やっと帰った過去からの訪問者
僕、ライルはどういうわけかニコラスの中に入っていた…そして、どうやら、『神々の住む場所』で助けられたようだ。目が覚めた時には大天使アズラィールのベッドの上で股間に枕を投げつけられたのだから…間違いないだろう。
枕で股間を隠したままユートレアの封印の間に戻ったときは、正直驚いた。
アズラィールの体から飛び出した僕の目の前に、アンジェラが小さなブランケットを持っていて、すかさず大事なところを隠してくれたのだ。いやはや、それに関しては、感謝しかない。
結局、羞恥プレイを体験し、そのまま自分の部屋のベッドに転移してきた。早く下着を着なければ…。そう思っている所へ、足元がモゾモゾと…。
「や、やめろ。何も履いてないんだからそっから出てくるなよ。」
「にゅ…ごめんちゃい。」
そう…マリアンジェラがベッドの中まで追いかけてきたのだ。
「マリー、ベッドから出てよ。僕何も着てないんだ。」
「はい、これ。」
そう言ってマリアンジェラはベッドから這い出て僕の下着と部屋着を出した。僕は無言で受け取り、ベッドの中でモゾモゾと下着を着た。
「ライル、ごめんちゃい。もういたずらはしないから…。ウッウッ…うぇぇん。
ライルがいなくなっちゃうとこらったぁ…。ご、ご、ごめんちゃい。」
本気の泣きべそを見て、僕は困った。別に怒ってはいないのだ。
黒猫コスは恥ずかしいと思ったが、まさかニコラスが『合体』の能力を持ち、それが中途半端で僕の核が蝕まれたなんて…。偶然が重なったとしか思えない。
しかも、最初に520年前のンニコラスの所に赤ちゃんの大きさで飛んだのは僕自身のせいだ。その時にニコラスが起きていたら、危うかっただろう。過去のあの暗い馬小屋の部屋の中で僕の核は消滅し、世の中から消え去っていたかもしれない。
「マリー、いいんだよ。皆の前で合体したから助かったんだ。だから、もう泣かないで。赤ちゃんニコラスには能力を15歳になるまで封印するよう暗示をかけよう。
周りに教える者がいないのに色々な能力を持ってしまうと危険が伴うからね。」
「うん。本当にごめんちゃい。」
マリアンジェラと僕が二人で客間に行くとリリィがちょうど赤ちゃんニコラスをベビーベッドごと王妃に渡しているところだった。
「リリィ、ニコラスに15歳になるまで能力を使わないよう暗示をかけようと思うんだけど。」
「あ、そうだね…。その方がいいかも。」
その場にいたオスカー王にも同意を求めた。壊れた物を修復する能力まで発現したと聞いて、ますます能力の封印は必要だと思ったのだ。
そんなすごい能力があるとわかれば、絶対に誘拐されるだろう。
僕はオスカー王にニコラスを抱いていてもらい、暗示をかけた。ニコラスの目に赤いわが浮き出た。もうこれで大丈夫だ。
アンジェラもその場に戻り、詳しいいきさつをオスカー王に説明していた。
その中でニコラスはものすごく強い生命力を持っているとアズラィールが言ったということが驚きだ。核は個体の年齢や、経験によって大きくなっていくのだ。
アンジェラの核はかなり大きい、卓球の球くらいだ。マリアンジェラと僕の核は同じくらいで大きめのスーパーボールくらいだ。リリィの核は僕のより少し小さい。ミケーレの核は更に少し小さいラムネのビー玉程度だ。そしてライアンやジュリアーノ、そして赤ちゃんニコラスに至っては、パチンコ玉程度の大きさしかない。
そのパチンコ玉にスーパーボールが食われそうになったのだ。
こう言うことがあるから気をつけなければいけない。
赤ちゃんニコラスはご機嫌で皆に抱っこしてもらっている。
それは僕にも回ってきた。抱っこしてやると、満面の笑みで笑い、手足をバタバタさせた。頬に触れると、僕の手が金色に光った。
どうやら新しい能力がコピーされたのだろう。
大きいニコラスの夢に入った時、ニコラスに触れたのに何も起きなかったのは、過去から連れて来たニコラスがここに来て刺激を受け、新しい能力を発現したからなのかもしれない。本人もそんな能力持ってないって言ってたしね。
少し遅くなったが、アンドレとアンジェラ、ニコラスとマリアンジェラはオスカー王と王妃を連れて、暗い中ライトアップされたピラミッドの周りで空の散歩をしてきたようだ。
僕とリリィは子供達の世話をしながら夕食の準備を手伝った。
その時にキッチンのカウンターに置いてある小さなテレビで放送していたニュースで、『今日、中国の現地時間夕方4時頃、観光客が多数いる中、集団ヒステリーと思われる現象がおきました。急に司会が真っ白になり、その前後5分間の記憶が無くなったというのです。』と放送されていた。
「そんなことあるんだね~。」
とリリィと話していたら、リリィがマリアンジェラが僕のスマホで撮った写真を見せてくれた。
「ゲッ…万里の長城行ってるじゃん。しかもアンドレ変装してないし…。」
これはマリアンジェラが犯人で確定だろう。
僕がリリィの調理を手伝っている間、ミケーレと赤ちゃんニコラスはダイニングテーブルの上にスケッチブックを置いてお絵描きをしていた。
赤ちゃんにお絵かきは少しハードル高かったが、ニコラスが時々意味のある言葉を話していたのをミケーレは聞いていた。しかし、敢えて報告はしなかった。
「らいるちゃん、だいすき。」
「らいるちゃんとおねんねしたい。」
「かえりたくないよぉ…」
マリアンジェラのライバルが増えてしまうからである。それに、変な道にそれちゃいそうだからである。
『大きいニコラスはライルを襲ったりしないだろうし…。』
ミケーレは自分の心にだけそれを留めることにした。
ピラミッドから戻って来た6人を含め、みんなで夕食を食べた。
リリィが気を利かせて、その日撮った万里の長城の写真を印刷しておいてオスカー王に渡した。
「な、なんと精巧な絵画がこんなに短い時間で…」
驚きっぱなしのオスカーにニコラスが説明していた。スマホで撮影して見せてあげている。オスカー王もまだ30歳になっていない年だと思うが、なんだかニコラスと兄弟みたいだ。
そうだ…ニコラスとアンドレはこの人たちから生まれているのだ…。
僕はまじまじと顔を比べた。
なんとなくだが、オスカー王はアンドレと輪郭や目の周りが似ている気がする。
瞳の色も薄いブルーで、髪色が濃い金髪だが、親子と言われればそうかも…。
ニコラスの瞳は王妃のその瞳と同じ濃い青色だった。薄い金髪の色も似ている。
もしかしたらこの人たちのDNAを使って天使を作り始めたのかもしれない。
楽しい日々は通り過ぎて、翌日の朝、マリアンジェラが王と王妃、そして赤ちゃんニコラスを元居た場所へ返しに行った。僕が連れて来ちゃったのに…。
すぐにマリアンジェラは戻って来て嬉しそうに言っていた。
「ニコちゃん15歳になるまでお城で暮らすことにしたんだって。」
それを聞いていたニコラス本人が不思議そうな顔をしていたが、一晩寝て起きたら、すっかり記憶が変わっていて、毎日城でアンドレと一緒に学び、5歳になってからリリアナが来るようになってからは、三人で勉強をしたらしい。
司教になってからの記憶は変わっていないようで、記憶をなくし助けてもらった女性と子供をもうけてその後また記憶をなくし、一度大聖堂の司教に戻ったが、聖職を捨てて奥さんの所に戻って行ったのもそのままの様だ。
1月12日、水曜日。この数日でニコラスの雰囲気が少し変わった気がする。
なんだか僕の後をついて回っている気がするのだ。どこに行くにもついてくる。
ベッドに入っている時も、気が付くと背中にぴとっとくっついている。
奥さんが早くに亡くなって寂しかったって言ってたからな…。きっと誰かと一緒に居るのがうれしいんだろう…。
なんて…軽く考えていたある日…。
マリアンジェラとニコラスが喧嘩を始めた。
「ニコちゃん、もうあっちのお部屋が空いてるんだから、あっちで寝たらいいんじゃないの?」
「どうしてマリーがそんなこと決めるのさ、僕はライルと一緒がいいんだよ。
それにお客さんが来たときに部屋が空いていた方がいいだろ?」
会話は平行線…結局ニコラスの希望通り、引き続き僕の部屋で過ごすことになったのだ。
どうせ僕はアメリカの学校に行くから、夜は遅い時間になってしまうので、勉強するときは寮の部屋でするようにしようと思うし、起きている時はそんなに一緒に居る時間は無いんだけどね…。
とりあえず、明日から学校に行くことにした。少しダメージがあったのか、体がだるかったが、それも元通りになったからだ。




