526. 過去からの訪問者(12)大天使アズラィールの警告
封印の間で錆色に変色した大天使アズラィール像を触り、『今すぐライルをここに…。』と石像に言われたマリアンジェラは、かなり冷静さを失っていた。
「マリー、落ち着くんだ。」
アンジェラに肩を掴まれ制止されても、ものすごい怪力でそれを引きはがす。
正気を失っているほどの動揺したマリアンジェラの顔をアンジェラは初めて見た。
ほんのいたずらのつもりでライルを赤ちゃんにして黒猫の着ぐるみコスを着てしまったが、それが原因で赤ちゃんニコラスがライルと合体してしまったのだ。
解決しないままもうすでに一週間が経っている。
そのうちどうにかなるだろうとタカをくくっていたが、大天使アズラィール像はこの間『神』との通信手段になると聞いたばかりだ。
マリアンジェラは一瞬の後、家に転移し赤ちゃんニコラスをリリィからむしり取ると、何も言わずに封印の間に戻って行った。
「ちょ、ちょっと、マリーダメよ勝手に連れて行っちゃ…。」
そう言うリリィの言葉など全く聞いていない。
リリィは逆にニコラスの世話を任されていたのに、連れて行かれてしまい、責任を感じていた。リリィは慌ててマリアンジェラの後を追った。
どこにいるかは気配を探せばわかるはず。
集中して転移すると、そこにはまさかの全員集合…。そしてマリアンジェラはものすごい怖い顔をして、赤ちゃんニコラスを大天使アズラィール像の前に差し出していた。
「何やってるの、マリー。」
リリィが言うより先に赤ちゃんニコラスの手が、アズラィール像に触れた。
赤ちゃんからキラキラした光の粒子が抜け出て像の中に吸収された。
石像はふわりと腕を伸ばし、転げ落ちそうだった赤ちゃんニコラスの体を受け止め立ち上がりマリアンジェラに渡した。
石像は内側からミシミシと音を立て、全身にひびが入ったところで『パァン』という音と共に粉々に砕け散った。
砕け散った破片は空気中で光の粒子になり消えて行った。
「うしょ…。ラ、ライルが消えちゃった。」
赤ちゃんニコラスをリリィに手渡し、マリアンジェラが床にペタリと座り込んだ。
「マリー、ライルだけじゃない…ニコラスもいなくなってる。」
ぐったりしてピクリも動かない赤ちゃんニコラスを抱きながら、リリィが言った。
王妃がプルプルと震えながら赤ちゃんニコラスへ歩み寄る。
「リリィ様、どういうことですか…。」
「私にもよくわからないけど…、私達には人間の体の他に天使の核を持っているの。
それが、今ニコラスの中にない状態になっていて、こういう状態の時は、この場所にいないと死んでしまうのよ。」
マリアンジェラが急に立ち上がった。
「パパ、行ってきて。ねぇ、この前みたいに行ってきて。
パパしか行けないの。上位覚醒してて、ルシフェルの核を持っているパパしか行けないんだから。お願い…ライルを助けてきて…。」
アンジェラは、リリィから赤ちゃんニコラスの体を受け取り、リリィにアンドレ達を先に家に帰してくるように言った。
「リリィ、ベビーベッドを持って戻って来てくれ。」
リリィは黙ってアンジェラに従った。泣き崩れている王妃と呆然と立ち尽くすオスカー王、アンドレとニコラスを家に戻すために一カ所に移動させる。
王妃がリリィに抱きついて泣きわめいた。
「わ、私のニコラス…。」
「王妃様、大丈夫よ。あなたのニコラス、ここにいるじゃない。」
大人のニコラスの肩をポンポンと叩いてリリィは安心させるように言った。
「ここに、ニコちゃんがいるってことは、無事に帰って来るってことだからね。」
リリィは王妃の背中をトントンとして落ち着かせ、家に皆を転移させた。
すぐにリリィはベビーベッドを持って戻って来た。
そこに赤ちゃんニコラスを寝かせると、アンジェラはリリィにキスをした。
「リリィ、行ってくるよ。」
「うん。お願いね。ここで待ってるから。」
リリィとマリアンジェラが見守る中、アンジェラは前回と同様、大天使ルシフェルの胸に右手を触れた。アンジェラの体から光の粒子で出来たアンジェラの魂が幽体離脱のように抜け出てガクッと体がルシフェルにもたれかかった。
ルシフェルの目が開き、アンジェラの体を受け止めた。前回はライルがこの場にいて見ていたのだが、リリィとマリアンジェラは初めてこの光景を見た。
ルシフェルはアンジェラを玉座に座らせ光の粒子になって消えて行った。
「まさか、アンジェラがこのままそこで祀られちゃったりしないよね?」
「まさかぁ…だってこの前一回そうやってマリーを迎えにきたんじゃないの?」
「そうだよねぇ…。」
二人で空いてる石の座席に座り、ボーッと考え込む…。
「ねぇ、マリー、さっきどうしてニコラスを連れて来てアズラィールになんかくっつけたの?」
状況をよく理解していなかったリリィがようやく理由を聞いた。
「アディが、『ライルを今すぐここに…』って言ったの。それに、さっきママも見たでしょ…変な色になってた。」
「見たけど…。」
「マリーね、もういたずらしないから…赤ちゃんライルの黒猫ちゃんがかわいくてまた見たかっただけらったのに…うっ、うぇぇん。ごめんちゃい。」
大きい体のまま、わんわん泣き始めたマリアンジェラにリリィもお手上げだ。
「わかったよ、わかったから…。確かにライルの黒猫コスは可愛かったね。
あんな赤ちゃんだったら私も抱っこしたくなるよ。」
マリアンジェラの背中をトントンしながら慰める事しかできないリリィだった。
「ところで、なんでこんなところに来たわけ?観光しに行ったんじゃなかった?」
リリィが聞くと、マリアンジェラが言った。
「パパが、今のユートレアも見せておくっていうから、城の中見てて…。
その時に、封印の間って知ってる?ってきいたら、知らないって言うから見せたげようと思ったの。そしたら、アディがサビサビの色で…。」
「そうかぁ…ニコラスとライルが合体したことで、何か問題が起きてるから大天使アズラィールが教えてくれようと思って変色したのかもね…。」
「うん…そうだと思う。」
「とにかく待つしかないね。」
「うん。」
二人はそのまま長い時間をそこで過ごすこととなる。




