524. 過去からの訪問者(10)
前日の午前中にアズラィールと左徠がリリアナに連れられて日本に帰って行った。
1月10日、月曜日。この日は朝から家の中がバタバタしていた。
アンジェラに頼まれたリリアナは、ローマの事務所の会議室に転移し、その近所に店を構えるデザイナーの店にアンジェラが注文した服を取りに行っていた。
「あ~ら、いらっしゃい。アンジェラ様の奥方の妹様?っていうか、そっくりね。」
ちょっとおねえ系のデザイナー、ゴンザレスの店だ。
「急な依頼ですみません、とアンジェラが言ってました。」
「本当よ~、夜中にメッセージで朝行くからとか…急すぎ。でも揃ったからよかったわ。」
そう言って大きな紙袋を10個ほど渡された。
「うわ、すごい量…。あ、ありがとうございました…。」
荷物を持ってまた事務所に戻り、そこから家に転移する。がさっと紙袋をアトリエのど真ん中に置いてアンジェラに電話をかける。
「持って来ましたよ。これ、何ですか?え?服?それはわかってますけど…。」
アンジェラがすぐに現れて、紙袋を客室に持って行った。
客室に紙袋を運び込んだアンジェラは、ニコラスに客間に来るように電話で言った。
ニコラスはすぐに駆け付け、説明を聞いた。
「オスカー陛下と王妃殿下に合いそうなサイズの服を用意してもらった。中国だと外は寒いらしいからな。コートも用意した。箱から出して準備してあげてくれ。
朝食後、10時頃に、最初に万里の長城に行く。その後、少し寄り道をして、エジプトは、暗くなってからにしようと思う。」
「わかりました。」
ニコラスの顔から思わず微笑みが零れ落ちる。よっぽどうれしいのだろう。
アンジェラはマリアンジェラにも同行するよう頼んでいた。三人を運ぶには心もとないからである。
マリアンジェラはライルの置きっぱなしのスマホで、万里の長城を検索すると、快諾した。
「マリーも行っちゃっていいの?うっひょ~。楽しみ…。」
リリアナと双子、リリィとミケーレ、そして赤ちゃんニコラス+ライルは留守番である。
「ニコちゃん、親子で楽しんできて。」
いつの間にかニコちゃん呼びになっているリリィに、ニコラスも嬉しそうに頷いた。
「僕も行きたかったなぁ…。」
残念そうなミケーレにリリィが言った。
「ミケーレは、ママと一緒に赤ちゃんが生まれた後で行こう。パパとマリーも一緒に。」
「うん。約束ね。」
「うん、約束…。」
「ミケーレ達が生まれる前、ママがパパと結婚した頃に、パパと一緒に夜のピラミッドの上を飛び回ったりしたのよね~。」
嬉しそうに話すリリィの顔を見て、ミケーレもなんだかうれしくなった。
あっという間に約束の時間になり、赤ちゃんニコラスはリリィが預かり、着替えてスーツ姿にコートを着たオスカー王とシックな黒のワンピースに赤いコートを着た王妃がアトリエにやって来た。
ニコラスはリリィに渡されたライルが少し前に着ていた黒の綿パンにブラウスとブレザーにダッフルコートだ。中学に入ったときのライルみたいで、思わずリリィが含み笑いをした。
「リリィ、なんで笑ってるんですか?」
「いや、なんかね、ニコラスが親戚の中で一番ライルに似てるんだなと思って。」
「そうですか?アズラィールだって似てますよ。」
「ま、そうかもね~。」
そこにアンドレとアンジェラがデザイン違いの黒のライダースーツと黒の皮パンツを履いて登場した。
「うわ、やばい。アンジェラが二人いるみたい。破壊力が凄い。」
ニコラスの意見である。
どうやら、アンジェラのお下がり、というか大きくなって着れなくなった衣類はそのままアンドレの物になっているらしい。
皆の前でアンドレがアンジェラの近づいてキスしようとしたのを、リリィが止めた。
「んっ、んんっ。アンドレ、チューじゃなくても合体出来るよ。忘れたか?」
咳払いからのダメだし。
「あ、そうでしたね。」
アンドレは、そっとアンジェラの唇に指を押し付けた。二人の姿が青い光の粒子に包まれ、その後実体化すると、プラチナブロンドのアンジェラになった。
「な、なんと…。」
オスカー王と、王妃は若干白目がちになった。
「では、参りましょう。」
そう言ってオスカー王と王妃の手を取り、マリアンジェラにニコラスと共に後を追いかけるよう言った後、転移して消えた。
「す、すごい。アンジェラとアンドレにも転移能力があるんですね。」
「合体した時だけできるらしいよ。」
マリアンジェラは白いもこもこのコート姿で大きい姿になり、ニコラスと手を繋いだ。
二人は一瞬でその場から消えた。
アンジェラ+アンドレは万里の長城の見たり台の様な所の上に降り立った。
一瞬で目の前の景色が変わり、果てる事のないずーっと先まで木々が広がる大地を目にし、オスカー王と王妃は感動と驚愕の表情で棒立ちだった。
すぐにマリアンジェラとニコラスも到着した。
ニコラスは転移には慣れているものの、ここの景色には感嘆した様子だった。
スマホを出して、王と王妃の写真を撮りまくる。
「陛下、もっとこちらに寄ってお二人でくっついてください。」
ニコラスがそんなことを言った時、オスカー王が言った。
「ニコラス、陛下ではなく、父と呼んでくれないか?」
「え?」
「そうよ、ニコラス、私のことも母と呼んで欲しいわ。」
「はい?」
その時、アンジェラとアンドレの合体が解かれた。
「アンドレ、あなたもよ、母と呼んでくれないかしら。」
「お、おかあさま…。」
アンドレが言うと、ニコラスも震える声で言った。
「おかあさま。おとうさま。」
王妃と王はニコラスとアンドレを抱き寄せギュとハグした。
マリアンジェラはその様子をライルのスマホで動画撮影中…。
落ち着いたところで、アンジェラが言った。この上を飛んで、少し景色を見ましょう。
アンジェラがオスカー王を、アンドレが王妃を、マリアンジェラがニコラスを後ろから抱え、翼を出して上空へ昇り、そのまま万里の長城に沿って、しばらく進んだ。
何個か目の見張り台に降り立ち、寒くないか確認した。
「少し顔が冷たいけれど、気持ちよかったわ。なんて神秘的で素晴らしい景色なんでしょう…。」
王妃は嬉しそうにアンドレとニコラスと手を繋いだ。
オスカー王も満足げに微笑んだ。
「生きているといいことがあるものだな…。」
「少し、歩いてみますか?」
アンジェラの提案に、みな同意した。
石畳の上を歩くと、また趣が変わって素晴らしい景色だった。
相変わらず、ニコラスは写真を撮りまくっていた。
そんなときだ、ヨーロッパから来ているような観光客が、アンジェラに気が付いた。
「キャー、うそーアンジェラ様…が二人もいらっしゃるわ!」
「どこどこ、わー、どうなってるの?」
徐々に人が集まって来て、観光どころではなくなってしまった。
その様子にオスカー王は驚いた。ニコラスがオスカーに耳打ちして説明した。
「アンジェラさんは世界的に有名な歌手なんですよ。いつもはアンドレが変装してるんですけど、今日は変装するの忘れたみたいで、騒ぎになってますね。」
アンジェラは失敗したな…と思ったが、どうにもならない。
「マリーこういう時はどうしたらいいと思う?」
アンジェラがこっそりマリアンジェラに言った。
「マリーにおまかせしてくれたらやったげる。徠神おじちゃんとこのプリン買ってくれる?」
「わかった。頼む。」
「じゃ、ちょっと一カ所に固まって。後ろ向いて。」
マリアンジェラの言われるとおりにした。後ろで白く眩い光が見えた気がした。
一瞬ののち、アンジェラ達一行は徠神の店のVIPルームに転移してきたのである。
「マ、マリーあそこにいた人達は動画とか撮っていなかったか?大丈夫だろうか?」
「え…あぁ、うーん多分大丈夫。だと思う。気づかれた前くらいから消えるまでの時間、あそこにいた人達記憶も記録も全部消したから。ねぇ、パパ早くプリン買ってきて。」
「あっ、あぁ…。」
アンジェラは言われるまま、プリンを箱詰めしてっもらいマリアンジェラに渡した。
「むふふ…。ラッキー」
マリアンジェラが一瞬消えて戻って来た。家の冷蔵庫にプリンを入れて来たらしい。
「で?次はどこに行くんだっけ?」




