522. 過去からの訪問者(8)
その後、何の進展もないまま5日が過ぎた。
1月9日、日曜日。
ライルの学校は1月6日、木曜日から始まってしまったため、体調不良という事で休むと連絡を学校に入れた。
オスカー王とその王妃は、自分の息子であるニコラスと、今までとは全く違う関係を築いているように見えた。
あの、オスカー王でさえオムツを交換するほどになっていたのだ。
この日も朝食の後、オムツを交換したのはオスカー王だった。
「ニコラス、気持ちいいか?」
「あい。とうちゃま。」
「ほぉ、そうか。」
そう言ってベタベタ抱っこしてはチューしまくっている。
散策に出かけるというマリアンジェラやミケーレ達にも同行するようになっていた。
さすがに1月、風が冷たいのだが、ライエン家の子供たちは元気いっぱいで、気づくと海の生き物を狩ってくる。
毎日がオスカーにとっては夢物語と言ってもいいほどの楽しい刺激が満載の日々だった。
まだ、よちよち歩きのニコラスが、砂浜でヤドカリを見つけ、しゃがんで観察していると、海鳥が飛んできて、ヤドカリを食べようとした。
「あぅ、やーの。あっちいくのー。」
ニコラスがヤドカリの危機をギリギリ手前で救った時、ニコラスの体が金色の光の粒子で包まれた。
オスカー王は自分は奇跡を見たのだと悟った。
ニコラスは間違いなく天使の末裔で、今目の前で覚醒したのである。
何ができるようになったのかは全くわからなかったが、オスカーはニコラスを誇りに思った。
そして、散策を終え、家に戻った時に、その能力の片りんを見る事となる。
アンジェラが、オスカー王の鎧に付いた血などを洗い流し、外に干して置いたものを、客間の方に持ってきた。
「陛下、乾いたようですので、お持ちしました。」
「そうか、すまぬ。そこら辺に置いておいてくれ。」
「この鎧、ずいぶん、痛んでいるようですね。」
その鎧は何度もの戦に使い、大振りの剣で叩かれ凹んだ箇所、剣先で穴が開いた関節部分など、結構な痛みようだった。
「私の国は小さいからな、無駄遣いはできんのだ。まだ使えるであろう。」
そう言ったオスカーの脇をニコラスがテチテチと歩いて行き、鎧に触った。
「ピカピカになあれ。」
そう言ってニコラスが鎧に触ると、鎧が光の粒子を纏った後、新品のような黒い艶を放つ物へと変化したのだ。
見ていたアンジェラ、オスカー、そして、王妃は口が開いたまま驚愕状態だ。
「見ました?」
「見たぞ。うぉぉぉぉっ。すごい、すごいぞニコラス!奇跡だ。」
そう、それは、怪我ではなく、壊れた物を直し、新品に戻す能力だったのだ。
アンジェラは以前、リリィにニコラスは未来を予言できるけど、あまり正確じゃないと聞いていた。多分、今回発現したのは二つ目の能力なのだろう。小さい時に刺激を受けると能力が発現する機会が多くなるのも事実だ。
アンジェラはニコラスの能力がユートレアにとって有益で、ニコラスの居場所が出来ればいいと考えていた。
複雑な心境だったのは大人のニコラスだ。
自分には『なんとなく未来が見える』くらいの予言の能力しかないと思っていたのだ。
ニコラスは、アンジェラが『赤ちゃんニコラスが物質の修復をするのを見た』と夕食時に言った時には心臓が飛び出そうなくらいドキドキしたのだ。
「私にも世の中のお役に立てることがあるかもしれません。」
少し恥ずかしそうだが、嬉しそうに話すニコラスが印象的だった。
その日の夜遅く、ニコラスは一人でサンルームのソファに座り、海に面したガラス越しに、遠くで光る船の漁火や、空に瞬く星を見上げていた。
「ふぅ…」
少しため息をついて、また星を見上げていると、後ろに人の気配があった。
オスカー王だった。
「あ、陛下、何かお手伝いが必要ですか?」
「いや、ニコラス、何をしているのだ?」
「あ、えっと…。景色や空の星を見ていました。ここの景色、夜も昼も素晴らしいんです。」
「そうか…。」
「はい。」
「ここでの生活はどうだ?」
「まだよくわかりません。でも、陛下と王妃殿下と過ごせて、貴重な体験をさせていただいていると思っています。」
「ニコラス、お前は大聖堂で司教になったと聞いたが…。」
「はい。17歳で司教になり、18歳で山賊に襲われて記憶を失うまでですが…。」
「記憶を?」
「はい。崖から落とされて、死にかけたようで…。頭を打って記憶が無くなりました。ですから、助けてくれた女性と恋に落ち、子をもうけたのです。司教は本来結婚することは許されておりませんので。」
「そうだったのか…。」
「考えてみれば、なかなかこのような面白い人生もないものだと思います。
山賊に襲われなければ、ここにいる皆に会うことも、この時代に来ることもなかったのでしょうから。」
「私の事を恨んでいるか?」
「え?どうしてですか?恨むなんて…。あの時代の当たり前だったのです。正直寂しいとは思いましたが…。母上も7歳を過ぎた頃からお会いできなくなり…。」
「ニコラス、戻って王位を継ぐ気はないか?」
「ありません。私は争いの中に留まることを好みません。すみません。」
「そうか…。」
「ここでの暮らしは平和そのものです。王太子殿下も、いつも楽しそうで、私のことも気遣ってくれます。」
「…。」
二人の会話が少し途切れた時、そこにワインとグラスを3つとコールドプレートを持ったアンジェラが来た。
「陛下、よかったら、飲みませんか。フランスの私の所有しているワイナリーのワインです。当たり年のとっておきを持ってきました。」
「ほぉ、いただこうか。」
アンジェラが二人が腰かけるソファの前に小さなワインテーブルを移動し、3つのグラスにワインを注いだ。
そして、凝った彫刻の木製の椅子をその横に置き、座った。
「どうぞ、飲んでみてください。ニコラスも。」
「あ、でも…私は…。」
遠慮するニコラスにアンジェラが言った。
「もう司教じゃないのだから、遠慮せずに飲め。」
「あ、はい。いただきます。」
そう言って、男3人の宴が始まった。




