521. 過去からの訪問者(7)
「マリー、どうだった?」
リリィとアンジェラが駆け寄ってきた。
「あ、うん。おしっこ漏らしてて、超臭かった。マリーお風呂に入ってくる。」
「おしっこ…?」
リリィが聞くとオスカーがそれに答えた。
「あ、あぁ。マリアンジェラ殿が麻痺させていた者共が、牢獄でな、漏らしておるやつもおってな…。私も湯あみさせてもらおうかな…。ニコラスを呼んでくれ。」
アンジェラがニコラスにスマホで電話をかけた。
「ニコラス、オスカー陛下が呼んでいるぞ。」
オスカーはスマホを見て、また固まっている。
ニコラスはすぐに走ってきた。
「どうされましたか?あ、お早いおかえりで。」
「湯あみを頼む。」
「あ、はい。今すぐに。」
ニコラスとオスカーが客室に行った後で、アンジェラとリリィは顔を見合わせた。
「お手伝いさんみたいになってるね、ニコちゃん。」
「だな…。」
その後は夕方まで特に何もなく平和に時間が過ぎた。
午後には、ミケーレがオスカー王を連れて温室に行き、自慢のヒヨコ、ピッコリーノを見せていた。
結局、ライルは赤ちゃんニコラスに入ったきりだ。
一体、どうすれば、ニコラスとライルの合体を解くことができるのだろう。
アンジェラはとても心配だった。ライルの学校ももう少しで冬休みが終わる。
そんなに長い間休むわけにもいかないだろう。
お風呂から上りに部屋着に着替えてくつろぐマリアンジェラを捕まえて、アンジェラは何故ライルの中に入っていたのかを聞いた。
「パパ…、あのね。ライルがね。泣いてたの。」
「え、ライルがか?どうしてだ?」
「ニコちゃんが、可哀そうって…。パパとママと一緒に暮らせなかったり、会うことも出来ないで大きくなっちゃったのが、自分の小さい時のことと少し同じじゃないかって思ったんじゃないかな…。」
「それと、マリーがライルに入るのは何か関係があるのか?」
「あれは…ママに黒にゃんライルを見せたかっただけ…。まさかニコちゃんがライルにくっついちゃうなんて思わなかったの。ごめんちゃい。」
「どうしてライルは合体を解けないと思う?」
「ニコちゃんから合体したからかなぁ…。くっついた人の方が離れたいと思わないと離れないもん。まさかニコちゃんにそんな能力があると思わなかったのよ。」
「確かに、ニコラスはいつ覚醒したのだろうな。」
「わかんにゃい。」
「マリー、では、あの赤ちゃんの言語能力を上げることは出来るか?」
「それ、マリーにはできないよ。ママに頼んで。」
「そうか。わかった。」
アンジェラは、ニコラス+ライルの言語能力を上げて自分から分離するように説得しようと考えたのだ。
リリィを伴い、客間を訪問し、まずは王妃を説得する。
「王妃殿下、ライルがニコラスの中に入ってしまったのは、ニコラスの能力が原因と考えられるのですが、本人に自覚がないため、ライルを閉じ込めたままになっているようなんです。どうにか、会話が成り立つくらいにニコラスの言語能力を上げて説得を試みたいのですが、許可していただけますか。」
「アンジェラ殿…そんなことが可能なのですか。」
「王妃殿下、ライルが外に出られさえすれば、元の状態に戻すこともできますので、どうか許可をお願いします。」
「わかりました。このままではいけませんものね。やって下さい。」
リリィは、黙って赤ちゃんニコラスの額にそっと手を当てると、ライアンの現在の言語能力程度の知識をニコラスに注ぎ込んだ。
リリィはニコラスをベッドの上に置いた。
「ニコラス、ライル、聞こえる?」
「うん、きこえる。」
赤ちゃんニコラスがそう言うと、王妃はぎょっとした顔でリリィを見た。
リリィはちょっと苦笑いをしている。そう、かわいくないんだよね…べらべらしゃべる赤ちゃんって。
「ニコラス、お腹空いてない?」
「のどかわいた。」
それを聞いてアンジェラはオレンジジュースを持って来て渡した。
「さぁ、飲みなさい。」
「いいの?」
アンジェラが首肯したのを見て、赤ちゃんニコラスがジュースを一口飲んだ。
「おいちい。」
王妃がニコラスからコップを受け取り、アンジェラに渡した後ニコラスを抱っこしようと手をのばした。
「ニコラス、おいで。」
「まんま、ぼく、ねむい…。」
王妃に抱っこされ、ゆらゆら揺れているうちにニコラスはすぐに眠ってしまった。
ベビーベッドに寝かせ、王妃は眠っているニコラスを愛おしそうに見つめる。
「そんなに大切なら側に置いておけばよいのに。」
アンジェラが王妃にそう言うと、王妃が悲しそうな目をして俯いた。
「そう出来たらいいですのに。アンドレも同じ城の中にいても、なかなか抱くこともできません。育てるのは乳母、私は産んだだけです。」
ベビーベッドのニコラスが急にパチッと目を開けた。
「アンジェラ、たすけて。僕だよ。ライルだ。この体、うまくコントロールが出来ないし、意識も揃わないと何から何までダメみたいなんだ。ニコラスが強すぎて、僕、このままじゃ飲み込まれちゃいそうだよ。」
「ライル…。能力も使えないのか?」
「体のコントロールが効かないから、使えない。」
「ニコラスが自分の意思で分離しないと離れない様なのだ、今言語能力を上げたところだ、もう少し待っていてくれ。」
「あぁ、頼むよ。あと、オムツ替えてくれ。びしょびしょで気持ち悪い。」
王妃が固まってライルが話すのを聞いていたが、最後の一言で、一気に緊張が解けたようだ。
「フフフッ、笑ってしまってごめんなさい。」
王妃は自ら、黒猫の着ぐるみコスを脱がせ、オムツを替えようとしてくれている。
「すごいのね、こんなに吸い込んでも漏れないオムツがあるなんて…。」
紙オムツに感動している様だが、一体何時間そのままにしていたらそんなにふくらむのだというくらいの大きさになっていた。
「あ、お尻も拭いて。なんだか、かゆいよ。」
アンジェラは紙オムツの袋の脇に置いてあった『おしりふき』を王妃に渡した。
「まぁ、こんなものがあるのね。」
最後にベビーパウダーをはたくように王妃に教え、無事オムツ交換が終わった。
「ねぇ、あと、黒猫コス、暑いから普通の服にしてよ。」
ライルが言うと、王妃が『くすっ』と笑った。いくつか用意されてた中から服を着せた。
「ニコラスは何を着ても可愛いわ。」
『チュ』と頬にキスをされ、赤くなる。今起きているのはライルだからだ。
そこにオスカー王がどこかから戻って来た。
オスカー王は服を着替えたニコラスを見て目を細めた。結構な親ばかなのかもしれないとアンジェラは思った。




