520. 過去からの訪問者(6)
結局のところ、赤ちゃんニコラスと王妃、そしてオスカー王が現代の我が家に来てから半日ほど経った頃、アンジェラがアトリエでリリアナのピアノ演奏を聴きながらくつろぐ王と王妃に問いかけた。
「オスカー陛下、一度城に帰られて、家臣への指示などされた方がよろしいのではないでしょうか?城を長く空けておくのは得策ではないはずです。」
「そうだな…しかし、ニコラスが心配で、行く気になれぬのだ。」
それを聞いていたリリィが言った。
「どうするつもりですか?マリアンジェラが言っていたけど、煮るのも焼くのも首ちょんぱでもお好きに…とか。」
「謀反を起こしたものは処刑は通常である。しかし、小さい国であるから、全員を処刑していては臣下も何もいなくなってしまうのも事実だ。」
「あぁ、じゃあこういうのはどうですか?マリアンジェラが謀反を起こした人たちを完全に王に服従するように心変わりをさせられます。」
「あの小さい女の子がか?」
「はい。あの子はすごいんですよ。ライルと同じくらい。それに、毒も中和させないと、痺れてるんですよね、きっと。」
「そうか、もしすぐにできるのであれば、それを行った後にここに戻って来てもよいか?」
それにはアンジェラが答えた。
「もちろんです。私どもも、ライルがニコラスの中に入ったままではユートレアに行かせるのは心配です。能力が使える状態でもなさそうですし…。」
「では、どうしたらよい?でもあの小さい女の子ではなめられるのではないか?」
アンジェラは子供部屋でお絵描き中のマリアンジェラを呼びに行き、アトリエに連れて来た。
「マリー、大きい姿になれるか?そしてオスカー王と共に過去に行って悪い奴らを絶対オスカー王のいう事をきくように赤い目で命令して欲しいんだ。毒も中和してな。」
「にゅ?まぁ大丈夫だと思うけど…。大きくなるの?」
そう言ってマリアンジェラはムクムクといつもの15歳の姿になった。
「これでいい?じゃ、行こうか…。王の間でいいかな?こっちに居た分の時間が過ぎたところでいいね?」
オスカー王はまた口をあんぐり開けたまま固まっている。
マリアンジェラは返事を待たず、オスカー王の手を掴んで520年ほど前のユートレア城、王の間に転移した。
「おおっ…す、すごい…。」
「あ…ここはあんまり変わってないね。じゃ、歩いて牢屋の所に行こっか。」
マリアンジェラはまるで道を知っているかのように、スタスタ王の間から出て、謁見の間を通り進んで行く。
「マリアンジェラ殿…。」
「にゅ?」
「ちょっと待って下され。側近の者を一緒に…」
「あ、しょっか…。いいよ。呼んでも。」
オスカー王は謁見間にあるいくつかの紐の中から2本を引いた。
どこかできっとベルが鳴って知らせるのだろう。
バタバタと足音がして、5名ほどの中年の男の人と2名の若い男の人が走ってきた。
「陛下、いつお戻りでしたか?」
「あぁ、昨日一度戻ってな。ソフィーナとニコラスを安全な場所へ移してきたのだ。
現状を報告せよ。」
「そ、それが…謀反を働いた者が跡形もなく消えて、その者達に襲われた従者や騎士たちは瀕死の重傷を負ったはずだったのですが…切れていたのは服や鎧だけで、皆無傷だったのです。警戒はしていますが、まだ謀反人たちを見つけられていません。」
オスカー王はニヤリと笑った。
「マリアンジェラ殿。翼を見せてやってくれぬか?」
「あ、うん。いいよ。」
マリアンジェラが『ブワッ』と翼を出して広げた。
「おおっ…。こ、これは…。もしや、以前お話されていた天使様でございますか?」
「まぁ、その一人だ。」
「何人もいらっしゃるのですか?」
「えっと…9人?ちっこいのも入れてだけど。」
「おおっ…。」
マリアンジェラは早く家に帰りたいので、さっさと済ませようと思い、オスカー王に言った。
「もういい?開けても…。」
「あぁ、しかしどうやって開けるのか知っているのか?」
「あ、うん。パパが見つけたからやり方聞いてるよ。」
そう言ってパッと転移して消えたかと思ったら玉座の後ろの方の壁が、ガガガッと開いた。この時代、電動とかがまだついていないので、裏手に回ってカンヌキを外し、数人で石の化粧扉を避け、金属の扉をスライドしなければいけないのだが…。実はオスカー王も、この場所があるのは知っていたが、開け方を知らなかった。
マリアンジェラが物質転移でこじ開けたこの時が、ここにいる全員初めてこんな場所に通路があると知った時なのである。
「中暗いから、みんなろうそく持ってね。」
マリアンジェラに続いて、皆ゾロゾロと通路に入る。木で出来た古いドアを開けると、中は広く、更に奥には鉄格子がはまった牢獄が二つあった。
そして中にはきれいに横たわった謀反人たちの体が…。
半日以上経っているので、おもらししちゃっている者もいた。全員微動だにしない。
「マリアンジェラ殿…まさか死んでいるのか?」
「あ、大丈夫。死なないくらいの麻痺をさせてるの。えっと…じゃあ、一人一人がいいかな…。」
そう言うとマリアンジェラは室内に放置されている古い木の椅子を真ん中に置いた。
そこに牢獄の端っこにいる者を物質転移で椅子に座らせた。
そして白い光を指先から出して、毒を解毒する。
「ウッ。何をする。」
そう言って立ち上がろうとした男にマリアンジェラが指先から光の矢を放った。
それは胴体を突き抜け、体と椅子を固定した後、体に巻きついた。
「おおおぉ…」
オスカー王も家臣も感心しているのか、恐怖でなのかはわからないが、どよめいた。
「マリーにお任せしてくれる?」
「も、もちろんです。」
マリアンジェラはオスカー達にわかるように口に出して言った。
「お前はオスカー王とその家族のために、命を懸けて一生仕え、自分の家族にもそれを義務付けるのだ。裏切り者を見つけたら殺せ。」
マリアンジェラの目が赤く光り、椅子にくくりつけられている男の目に一瞬赤い輪が浮かんだ。
「これでいいかな?他の人も裏切ったら殺されちゃうから気をつけてねん。」
マリアンジェラが光の矢の拘束を解く。男はふらふらと立ち上がりオスカー王の前に跪くと、頼りない声で言った。
「命を懸けてお仕えいたします。」
そして、フラフラと脇に寄り地面に座った。
そこからは流れ作業だ。一人ずつ同じことを繰り返し、全部で23人の謀反人は懐柔された。
「結構人数いたね。おもらししちゃったの、この人たちだったんだね。くっさー。」
外に全員を運ばせ、家に帰るようにオスカー王に命令させた。
皆、超素直にオスカー王のいう事を聞いた。
「そう言えば、アンドレはどこにいるの?」
「ソフィーナ、王妃の実家、少し離れた小国の王家で預かってもらっているのだ。」
「そうなんだ。じゃあ、とりあえず、ここの事は大臣さんたちに任せて、一週間くらい外出して戻らないって言っておいた方がいいよ。」
そう言うと、マリアンジェラはさっき開けた牢獄への扉を元に戻したのだ。
家臣たちも皆持ち場に戻り、オスカーとマリアンジェラだけになった。
「じゃ、戻っていい?」
「あ、あの…ちょっと待ってくれないか?」
「にゅ?今度はなに?」
「マリアンジェラ殿たちは本当に私達の子孫なのか?」
「うーん…半分正解、半分不正解みたいな感じだと思うよ。」
「どういうことだ?」
「マリーたちは、多分だけどね、元々はオスカーちゃん達の子供のニコラスとアンドレに、天使の能力が付与されたんだと思う。」
「それがどうしてか、知りたいのだ。」
「ここがね、この城の場所がね、神が住む場所に繋がっているからだと思う。あと、双子だったからってのもあると思う。天使は双子って決まってるんだって。
あまり話すと怒られちゃいそうだから、これくらいにしておくね。」
マリアンジェラはそう言ってオスカー王の手を取った。
二人は一瞬でアンジェラの家のアトリエに転移したのだ。
マリアンジェラはすぐに小さい姿に戻った。




