518. 過去からの訪問者(4)
1月4日、火曜日。
朝6時、お手伝いさんが出勤して、朝食の準備を始めた。
その少し後、ちょっとした騒動があった。
「おい、誰かいないのか。」
廊下で、オスカー王が大声を上げている。仕方がないので、僕、ライルが対応に向かった。
「どうしたんですか。」
「あ、あぁ、ライル様。誰か湯あみの準備をしてもらえぬかと思って声をかけたのだが、ここには従者はおらぬのか。」
「あ、僕、お湯入れますよ。滞在しているお部屋の中に浴室があるので…。」
オスカー王を伴い、部屋に戻り、目隠しのようにせり出した壁の裏側にある浴室の入口へと進み、バスタブにお湯を張る。
この部屋はアンジェラの所有する高級ホテルのスィートと同じグレードの家具や調度品を使った部屋だ。バスタブも猫足の雰囲気のあるもので、バスルームの中にも床暖がついている。
水圧が高く設定されているので、数分でお湯も溜まり、準備ができた。
「こちらにタオルがあるので、使い終わったら、このカゴに入れて下さい。じゃ、何かあったらまた呼んで下さいね。」
「あ、ちょっと待て。」
「はい?」
「誰が洗ってくれるのだ?」
「え?いつも誰かが洗ってくれるの?」
え…それも僕がやるの???ひえぇ…と思っていると。その時、ニコラスが入ってきた。
「ライル、私で良ければ、やりますよ。」
「ニコラス、いいの?じゃ、お願いするよ。」
「ニコラス?」
「はい、陛下。アンドレの弟のニコラスでございます。」
「お前もここにいたのか?」
「アンドレ殿下はこちらでもう5年ほど住まわれていますが、私は昨日来たばかりです。」
「そうか…。」
なんとなく気まずいまま、オスカーの入浴タイムが始まってしまった。
オスカーは昔の人のわりに大柄で、ゴツゴツの筋肉マッチョという感じだ。
まぁ、大きいと言っても僕より小さいので180cmちょっとくらいというところか…。
ニコラスはオスカーの世話をやき、最後にバスローブを羽織らせて出て来た。
「あ、一応下着と、着れそうな服をアンジェラが用意してくれたから、これ使って下さい。」
僕が、クローゼットの棚にそれらを置いた後、ニコラスは椅子にオスカーを座らせると、下着を履かせたり、髪を乾かしたり、とにかく細かく世話をやいた。
「陛下、他に必要なものがあればお知らせください。」
そう言ってニコラスが下がろうとした時だ。
「ちょっと待て。」
「はい。」
「お前はアンドレの弟だと名乗ったが、それは私の息子という意味か?」
「あ、はい。私は殆ど陛下と過ごしたことがございませんので、その方がわかりやすいかと…。」
「そうか…。」
「お食事ができておりますので、ぜひ召し上がって下さい。」
「わかった。」
ニコラスは王妃にも食事の準備ができたと声をかけ、部屋を後にした。
その後、30分ほどしてオスカー王、王妃、赤ちゃんニコラスがダイニングにやって来た。
ちょうど、アンジェラが忙しく子供達の食べ物を取り分けていた時だった。
オスカーに気づいたアンジェラはエプロンを外し、オスカーに挨拶をした。
「オスカー陛下、昨夜は遅かったのでご挨拶を控えさせていただきました。
私はこの家の主、アンジェラ・アサギリ・ライエンでございます。リリィの夫で、現在ユートレア城の城主もしております。」
アンジェラの顔を見てオスカーがまた固まっている。
「あ、アンジェラ殿…、あなたはアンドレと同じ顔…ではないか。」
「私達は全員ニコラスの直系子孫に当たります。」
そこへアズラィールと左徠も起きて来た。
「アンジェラ、昨日、どうして急に部屋をチェンジしたの?…って、誰?」
「父上、こちらはアンドレのお父上でオスカー・ユートレア王だ。」
「え?えーーー…どっから連れて来ちゃったの?つーか、そっちのご婦人は?」
「その奥方でアンドレのお母上である王妃様だ。」
「ちょっと…待って、祖先大集合?」
少し沈黙があった後、オスカーが口を開いた。
「アンジェラ殿、その…言いにくいのだが、そちらのニコラスと殆ど同じ顔をした若者が貴殿の父上なのか?」
「はい。私たちはある一定の年齢に達すると、年を取りません。私も今年で138歳です。私の父は過去から途中現代に連れて来てしまったため、実年齢は40代後半。
ここにいる大人のニコラスは40歳手前といった年齢です。」
「なんと…年を取らぬのか?興味深い。」
静かに見ていたリリィが急に口を挟んだ。
「お話し中悪いんだけど、マリーが空腹で気を失う寸前みたいなんだけど、座って食事にしない?」
「あぁ、すまん。ここは、城ではありませんので、何かとご不便かと思いますが、私達の日常を見学するつもりで、ご一緒にお過ごしくださればと思います。」
アンジェラは大きなダイニングテーブルの好きなところに座るようオスカー達に促し、朝食の準備を続けた。
今朝の食事はスペイン風オムレツとちょっと固めの丸い白パンにハムやチーズが数種類用意されている。あと、プチトマトのオリーブオイルがけに粉チーズとドライハーブを散らしたサラダだ。
『待て』を解除されたごとく、マリアンジェラのお皿の上にあった丸パンがどんどん消えて行く。
サラダ用の小さなボールを途中で手の空いたアンジェラにヌッと差出し、しっかり山盛りに盛ってもらっていた。
焼きたての白パンに、チーズとハムを挟むと最高だ。
アンドレもちびっ子たちの世話をしながら、食べ始めた。恐る恐る王妃もパンを手に取り一口食べる。
「あ、柔らかい…おいしいわ。」
「焼きたてなんだよ。冷めても美味しいけど、ハム挟むとおいしいよ。」
飲み物を配る役目の途中でミケーレが王妃に話しかけた。
「お、おおっ。ここにもアンドレが…。」
「僕、ミケーレ。アンジェラは僕のパパで、リリィが僕のママ。マリアンジェラは僕の双子の妹だよ。」
「双子ばかりなのか?」
「あ、そう言えば、そうだね。」
僕は軽く返事をした。オスカーは少し俯き気味に言った。
「ニコラスもこの時代に生まれていれば良かったのかもしれぬな。」
「ん?どういう意味?」
僕が質問すると、アンジェラが代わりに答えた。
「双子が不吉なものとされた時代が世界中に長く続いたという事さ。
今でこそおしゃれな感じだがな…。」
「そうなの?」
「あぁ、王族となれば、ますますその傾向は強いのではないか?」
オスカーは無言で首肯した。
そうか…命を狙われる意外に、そういう理由もあってニコラスは大聖堂の中で隠れて育てられたのか…。僕はニコラスが気の毒だと思った。
そんなこと知らないのだろう、赤ちゃんらしい赤ちゃんニコラスは、王妃の膝の上で、トマトを食べてうきゃうきゃ喜んでいる。
意外にもその会話に一番反応したのはニコラスだった。
「え?そうなんですか?双子だとそういう感じだったんですね…。」
なんだか他人事のようでもあるが、『なーるほど…』と頷いては考え込んでいる。
「どうした、ニコラス。」
アンジェラが声をかけると、ニコラスが少し恥ずかしそうに言った。
「いえ、あの…。私は嫌われていて、厄介者なので城から追い出されたのだとずっと思っていましたので、少し救われた気持ちになりました。それに、昨日から小さい僕のこと、王妃殿下がとても大切にしてくれているのを見て、うれしく思います。」
え…あ…ううう…ヤバい…泣きそう。微妙に自分の今までとオーバーラップしてしまい、感情移入してしまった。そして、僕は涙を堪えて、変なところに力が入ってしまったのか、暴走してしまった。
『ブワッ』という音と共に、髪がプラチナブロンドになり、翼が飛び出した。そして全身からキラキラが…。
「ひやぁっ。今度はなんだ…。」
オスカー王がビビッて変な声をだした。
「あ…あ、すみません。ちょっと動揺しちゃって、」
僕は慌てて自室に転移した。翼を引っ込め、髪を元に戻し、ブランケットを被って目を瞑った。
ニコラスには、ここで幸せになってもらいたい。ずっと前から考えていたこと…その一つがこれだという事が、今自分の中ではっきりした。




