516. 過去からの訪問者(2)
どうにか皆自室に戻り、就寝した後、僕だけが眠れずに、しかも赤ちゃんのまま自分のベッドでぐだぐだしていた。横には大きいニコラスが眠っている。
こいつ、結構図太いな…。ベッドに入るなり三秒で寝てたもの。
「はぁ…。」
どうして、こうなったのだろう?ニコラスが生命の危機に瀕していて、僕がそれを回避する立場だったのか?体が赤ちゃんのせいで、出来ることが非常に狭まっている。
高いところの物もいちいち翼で飛ぶ必要があったり、この状況で一番痛いのは着るものだ。今は、さっき寝る時に着たパジャマがそのまま小さくなっているが…。パジャマのままではいられない。
「はぁ…。」
もう一回ため息をついた時、ブランケットの中がモゾモゾ動いた。
「ん?」
ブランケットの中から、マリアンジェラが出てきたのだ。
「あ…。」
赤ちゃん姿の僕を見るなり、マリアンジェラが固まった。それを見て僕も固まった。
「ぷふぇっ。あぁ、息するの忘れてた…。へへ」
「何だよ…。」
「急にマリーたちのお部屋にじいちゃんと左徠ちゃんが来て、今日からこっちって言うから、何かあったのかと思ったのよ。」
「ご明察。」
「うっひょ、感じ悪い言い方だよ、それ。」
「じゃ、見てよ。どうして僕がこんなにひねくれてるかわかると思う。」
僕はそう言って、マリアンジェラの手に触れ、記憶の譲渡を行った。
マリアンジェラのピンクの可愛いらしい唇がニンマリと笑った。
「しょっか、ライルはニコちゃんの事、助けに行って元に戻れなくなってるんだね。」
僕は首肯してベッドの上に大の字になった。
マリアンジェラは僕の横に同じように大の字になって言った。
「まだ、やらなきゃいけない事が、昔のユートレアに残ってるんだね。
だから、元に戻らないんじゃない?」
マリアンジェラは真面目な顔で言った。
「ちょっと、パパとママに言ってくる。ライルと二人でもう一回昔に行ってくるって。」
「え、でも…。」
「大丈夫だよ。マリーは大きくなった状態で行くから。お着替えしてから行こうか…。リリアナに借りてるお洋服で可愛いのあったから持ってくるね。」
マリアンジェラはそう言って、パッと転移してしまった。
僕はイヤな予感を感じながらも、黙って天井を眺めていた。
何分経っただろう、またモゾモゾとブランケットの中からマリアンジェラが出て来た。
「その出方、怖い。」
「えっへへへ。持ってきたよ、お洋服。ちょっと目瞑ってて、着せてあげる。」
「どうして目を瞑る必要があるんだ…」
不覚にも、首筋を触られ、眠らされた瞬間だった。
ハッと気が付いた時には着替えも終わっていた。
なんだ…黒っぽいフェイクファーのジャンプスーツだ。冬にはちょうど良い感じの暖かさだ。
「じゃ、行こうか…。」
マリアンジェラが言った。
マリアンジェラは赤いコートにフードがついた、ド派手な状態だ。
「マリー、それ、目立つんじゃない?」
「そう?大丈夫よ。」
そう言って、どこに行くのかと思いきや、僕を抱っこして僕にキスをした。
「ん?」
僕はそのまま自分のコントロールの効かない僕の体を見ているだけの状態になった。
マリアンジェラは僕と融合した状態で、表面上に僕を出し、しかし意識は僕ではなく、マリアンジェラが握っている状態にしたのだ。
『マリー、ひどいよ。僕を閉じ込めたな…』
『閉じ込めたわけじゃないよ…。ライル、赤ちゃんになっているせいか、判断力いつもと違ってる感じするから、とりあえずマリーに任せてみて。』
『もぉ…。』
今までにない出来事に困惑気味の僕は、黙って見ているしかない状態だった。
僕がコントロールできない僕の手が、ニコラスの首筋を触る。
真っ暗な中に吸い込まれていく。
さっきと同じだ。でもさっきの自分とかち合っちゃうのでは?
そんな不安と共に目を開けたが、そこは少し様子が変わっていた。先ほどの状態とは違うようだ。
真っ暗だったのはブランケットを被った状態だったからだ。
僕はさっきの僕が王妃と赤ちゃんニコラスを転移させている最中の王妃の部屋のベッドの中に転移したようだ。
ドヤドヤと騒がしい音がして、男たちの声が聞こえる。
「おい、見たか?今の…。」
「あぁ、見たぞ。本当に、本物の天使がここの王族を守っているのか?」
「私も見たぞ、翼があった。小さいけど、白い翼で飛んでいたではないか。」
「わ、私たちに、天罰が下るのではないか?」
「神に背いた罪で、子孫が絶えるまで祟られたりするのではないか…。」
大柄の、大振りの剣を持ったおっさん達が、マジでビビっている。
そんな中、僕の体のコントロールを持っているマリアンジェラがいきなりブランケットを横に投げ捨て、立ち上がった。
男たちは一瞬ビビったが、僕の姿を見て、若干笑い顔になると言った。
「どうやら第二王子はここに置き去りになったようだ。」
『ちょっとー、マリー、どうするつもりだよ…。』
僕の脳内の叫びを聞いたのか聞いていないのか、僕の体は立ち上がり、堂々と言った。
「神に背くお前たちに、天使の末裔からの贈り物をやろう。」
言ったのはマリアンジェラだ。そして僕には何が起こったのか全く分からなかった。
その場にいた男どもはその場でバタバタと倒れたのだ。
『え?何?何?』
『めっちゃ楽しい~。』
マリアンジェラはひょいッとベッドから下り物質転移で男どもをどこかに転移した。
『え?どこ行った?マリー…』
『ライル、もうちっと待っててよん。』
僕の体は、小さい子供の歩幅でトコトコと歩き、傷ついている従者の前に立つと、あのレーザー光線の様な光を指から出し、次々と癒していく。ふと、歩いている途中に大きな鏡があった。自分の姿がそこに写った。
『う、うわぁ…マリー…これ…この服…。やったな。』
『ぷふぇぇっ、バレちゃったか。』
僕は黒ネコの耳と尻尾の付いた着ぐるみジャンプスーツを着ていたのだ。
ハズイ…。だけど、ここではニコラスだと思われているはずだ。
とりあえず、それは、どうでもいいかな…。
ぐちゃぐちゃの襲われた場所をとりあえず人だけ癒し、敵認定したやつはバタバタと倒れていくのだ。正直どうなっているのかわからない。
赤い目を使っているのか…。後で聞くとしよう。
少なくとも100人くらいを癒し、城の外に出たところで門からごっつい鎧を来たおっさんが走って来た。
『誰?』
『あれ、オスカーのおっちゃんだよ。』
『え?』
僕の体をヒョイと持ち上げ、オスカー王が涙を流して言った。
「ニコラス、無事でよかった。遅くなってすまなかったな。」
『この格好に突っ込まない所、結構気に入った。』
「まんま…」
「王妃はどこにいるのだ?」
「あんどりぇ…」
「あぁ、アンドレは安全なところに隠れているゆえ、案ずることはない。」
「まんま、いく?」
「王妃の所に案内してくれるのか?」
僕の体はコックリと首肯し、オスカー王の頬を触った。目の前がキラキラで覆われ、僕もオスカー王もその場から跡形もなく消えた。




