512. 新たな同居人
1月3日、月曜日。
朝から、時差があるためバラバラに帰る者達を送って行く。
最初に帰って行ったのは、徠神、徠央、徠輝の三人だ。
翌日から徠神の経営する店が営業するため、買い出しなどもあるらしい。
徠央は今回の旅行で世界各所の郷土料理やスィーツを食べ、インスパイヤされたらしく、次の新作を作ることに意欲を燃やしていた。根っからのスィーツ好きである。
まず、この三人を徠神の店に送り届け、次に未徠夫妻と徠夢夫妻と徠紗、そして、かえでさんを日本の朝霧邸に送り届ける。
出発前にアンジェラがコソコソと父様に何かを渡していた。
マリアンジェラが言うには、赤ちゃんになっている時の僕と父様と留美さんが写った写真を従者にプリントに出すよう指示していたらしく、印刷が出来上がったものを渡したらしい。誰だよ、そんな写真撮ってたの…。どうやら犯人は未徠だったようだ。
そして、ドイツに住んでいるマルクス、フィリップ、ルカを送って来た。
祭壇はアンジェラが後から手配して設置するそうだ。
最後に、僕達、イタリアに住む家族となぜか、左徠、アズラィールとニコラスがうちに来ることになった。家に着いて荷ほどきしている時、フラフラと部屋に入って来た左徠とアズラィールに絡まれた。
「え、何…アズラィールは暇なの?」
僕の問いにニヤニヤ笑いながら答える。
「まだ大学が冬休みな訳よ。そんな時に家でゴロゴロしているとさ、おっかない徠夢ちゃんがギロッって睨むわけ。な、左徠。」
「まぁ、遠からずですかね。どっちが年上かわかんない位なんですよ。」
「あれ?左徠は途中で飛んじゃったから28歳くらい?」
「そうですね。」
「父様は35歳だから左徠が年下で合ってるんじゃないの?」
「あ、ツーことですね。了解。」
「ライルは15歳だろ?」
アズラィールが聞いてきた。
「そうだよ。」
「背、でかいよな。俺より10cmくらい…。」
「でも、もう1ミリも伸びないよ。」
「どうして?」
「体がないから。」
「それ、本当なの?どっからどう見てもこれは体だよな?」
僕の耳を引っ張ったり、お尻を触ったり二人でやりたい放題だ。
「やめろよ、セクハラ。」
「おー、冷たいなぁ、ライルちゃん。」
そう言ってアズラィールが僕にキスしようとする。そんな会話の中、マリアンジェラが着替え終わって僕の部屋に来た。
「あ、じいちゃん。いつまでここにいれるの?」
「一週間くらいかな…。」
「やった!マリー、じいちゃんとやりたいゲームあるんだ。」
「俺に勝てると思うなよ…ふふふ」
「マリーちゃん、僕には聞いてくれないんですかっ。」
「左徠ちゃんはいつまでいるの?」
「1月10日から仕事ですっ。アズと一緒に帰りますよっ。」
全く、軽いというか本当に医大生と研究者かと思う数々の発言と行動である。
そしてニコラスだ。なぜニコラスがここにいるのかと言うと…元々ドイツのマルクス達の所に世話になっていたのだが、ポンコツ扱いされていて肩身が狭いため、実の兄であるアンドレの所=アンジェラの家にしばらく身を置くことになったらしい。
その日の夜、ダイニングから超いい匂いがしてきた。
マリアンジェラに引っ張られてダイニングに行くと、アンジェラが料理をしていた。
温室のトマトが熟れすぎたため、トマトソースを作っているんだとか…。
今日はゴロゴロベーコンのトマトソースのパスタとカルパッチョとチキンのローストがメインらしい。
ニコラスは大企業のCEOであるアンジェラが、普通に黒のギャルソンエプロンを腰に巻いて髪を後ろで結わえて、トマトソースかき混ぜてるとは思わなかったらしく、すごく驚いている。
「アンジェラさん、お料理もされるんですか?」
「ニコラス、さんはつけなくていいぞ。私はお前の子孫に当たる者だ。」
「は、はい。」
「そんなんだから馬鹿にされるのだろう?敬語も使う必要はない。いいな。」
「はいっ。」
その後、何故か、ニコラスはミケーレと一緒にお皿を並べるのを手伝って楽しそうだ。
「ニコちゃんはゲームしないの?」
ミケーレに聞かれ、恥ずかしそうにニコラスが答えている。
「私は、まだこっちに来てから数年なので、色々なことになかなかなじめなくて…。スマホもちゃんと使えてないんですよね。」
「ふーん。大変だね、環境が変わると。」
「はい。でも、ユートレアにいた時より、便利で、楽しいことも多いんです。」
「そうなの?」
「はい、昨日のゾンビの映画も、あんなの昔は無かったし、遠くにいても電話で話せるとか、車だって…。本当にすごいものがいっぱいあって楽しいです。」
「明日、僕のヒヨコ見せたげるね。」
「はい、楽しみにしてます。」
夕食の準備が整い、リリアナ達もダイニングにやって来た。
ジュリアーノがアズラィールに襲い掛かる。
「ジュリアーノ、いい子にしないとどうなるかわかってるんだろうな。」
アンジェラが威圧的な物言いでジュリアーノを懐柔した。
「あい、ごめんちゃい。」
「すごい、いうこときいたねぇ。」
リリアナが嬉しそうに言った。アンドレがニコラスの横に座り話しかけた。
「ニコラス、お前、怪我したそうだな。」
「あ、はい、殿下。もうライルに治してもらったので大丈夫です。」
「おい、殿下とか言うな。ここではアンドレでいいのだ。」
「は、はい。」
そこへリリィが入って来た。
「お腹すいちゃってさ…ぺっこぺこよ。」
「もうできるぞ。」
アンジェラはそう言うと、お皿にパスタを盛り付けてはミケーレに渡し、ミケーレはどんどん配っていく。
カルパッチョは大皿で、中央に置き、アンドレが取り分けてくれた。
「そんなことまでしているのですか?」
ニコラスがアンドレを見て驚いたように言った。
「楽しいぞ。城ではこんなことさせてもらえなかったが、ここでは自由で、何でもやらせてもらえる。」
「はぁ、そうなんですね。」
アンジェラは、最後にオーブンからチキンのジェノベーゼソースのローストを取り出し、切り分けて大皿にのせた。
「さぁ、召し上がれ。」
「「いっただっきまーす。」」
子供達の声が楽しそうだ。マリアンジェラがニンマリ顔で言った。
「うほっ。パパ、今日のトマトソース、馬鹿ウマ。」
アズラィールも左徠も無言で食べている。ニコラスも食べ始めた。
「ん?お、おいしいです。」
「でしょ?パパのパスタおいちいのよ。あと、このチキンもおすすめ。」
マリアンジェラはまるで自分が作ったみたいに自慢する。
ニコラスはなんだか楽しくなってきた。今まで、自分の息子や孫と一緒に暮らしていたのだが、なんだか肩身が狭く、小さくなって過ごしていたのだ。
食事中にアンジェラがニコラスに話しかけた。
「ニコラス、お前、仕事は今どうしている?」
「時々、教会や結婚式場のチャペルで結婚式の立ち合いとかをやっているだけなんです。バイトって言うやつです。」
「そうか。よかったらここに住んで、私達を手伝ってくれないか?」
「え?どんなことをです?」
「今年の春に双子が生まれる予定だからな。あと、ミケーレとマリアンジェラは秋から学校に通うことになるんだ。ライルは多分大学に進学して寮生活になると思う。」
「でも、私でお役に立てるかどうか…。」
「大丈夫だ。乳母はいるから、保護者として二人を学校の門まで連れて行くサポートをして欲しいんだ。考えておいてくれ。」
「あ…あ、はい。」
アンジェラはきっとニコラスに居場所を提供しようとしているのかもしれない。
実の兄がいるここの方がニコラスにも安心できる場所になるかもしれない。




