510. 神々の住む場所(3)
アズラィールに連れられて、朝見た夢と同じ邸宅の中を通り、サロンと呼ばれるグリーンで統一された部屋に入った。
「パパ~。」
マリアンジェラがアンジェラを見つけ、駆け寄り、膝の上にちゃっかり座る。
アンジェラは小さな丸いティーテーブルの椅子に腰かけ、その向かいには同じようにルシフェルが座っていた。
「ん?」
アンジェラの格好が変だ。アンジェラは体から出てしまったせいか、プラチナブロンドの髪色になっている。そして、あの、白い布を巻いたような、シンプルなドレスの様な姿…。『神コスプレ』状態だ。横にいる本物の『神』よりずっと神っぽい。
「プハッ…。」
僕は、思わず笑ってしまった。アンジェラはルシフェルの体から出た時、何も着ていなかったのだろう…。
「何がおかしいのだ。」
ルシフェルに言われて、ニヤニヤ顔を手で押さえながら説明した。
「僕も思わず自分の下半身をチェックしちゃったけどさ、アンジェラ、もしや出てきた時にマッパだったんじゃないかな…って思ったらこらえきれなくて…。」
そう、アンジェラは、封印の間で自分の体から抜けてルシフェルの中に入ったはず。
当然、服は着ていない。
「にゅ?」
マリアンジェラは、自分の座った父親膝の上から、後ろに手を伸ばし、股間辺りをモゾモゾと触り、言った。
「大丈夫、ついてるよ。」
「マ、マリー…今は洋服の話をしていたんだろう?」
アンジェラ痛恨の赤面だ。
「あ、そっか。パパ。ごめんちゃい。ここにくると無くなっちゃうのかと思って、確認しちゃった。へへ。アディ…パパは拘束されてないんじゃない?」
「そうとも言えないよ。多分、そこから動けないはずだ。」
「どうして?」
マリアンジェラがアズラィールに聞いた。アズラィールはアンジェラの方を見て言った。
「君、アンジェラ君、チェスの相手をしてくれって言われただろ?」
「あぁ、娘を探しに来たと言ったら、まずはチェスで勝ってからと…。」
「ほらね。ルシフェル。もう解放してあげなよ。この分じゃ、また前みたいに何年も彼が帰れないってことになるだろ?」
「何年も?」
マリアンジェラが驚いた顔で言うと、ルシフェルがニヤリと笑って言った。
「ここは暇なんだよ。いい遊び相手が出来たと喜んでいたのに…。」
「ほらほら、おやつを食べたら帰り方を教えるから。あと、君たちの世界に帰ったら、君、アンジェラ君のお兄さんのお店の新作スィーツとラビオリをどこの城でもいいから祭壇に置いてくれないかな?」
「え?どういうことだ?」
「あはは、聖堂の祭壇に置いてくれると、ここに転送されるんだ。」
いわゆる『お供え物』というわけか…。ちゃんと神の所に届いているのか…。
「私はワインを所望する。」
ルシフェルが便乗して言った。
「あぁ、ちょうど美味しいワインが手に入ったのだ…。」
「じゃあ、必ず飲ませてもらおう。」
なんだか、実家に遊びに来たみたいになってしまった。
マリアンジェラは色々な国のおやつを散々堪能し、そろそろ眠くなったところで帰りたいと言い出した。
「お嬢ちゃん、マリアンジェラ…。この場所は肉体を持って来てはいけない場所なんだ。他の二人は核だけがこちらへ来たようだけれど、下手をすると肉体を失う可能性だってあったんだよ。」
「でも、わざとじゃないもん。」
「そうだね、そして、君は生まれながらにして『神』であることが幸いしたのか、この場所に拒絶されずに済んだようだよ。さぁ、皆、こっちに来てごらん。」
アズラィールは大きな、あのエントランスの側の部屋に僕達を案内した。
そこには今来た方向とは逆の方向にドアがあった。
アズラィールがドアを開けるとそこには地階に下りる階段があった。
階段を降りると、それはらせん状に下り、最後にドアがあった。
ドアを開け、中に入ると、それは見慣れた封印の間だった。
「ここは…。」
僕がそう言うと、アズラィールが答えてくれた。
「ここは君たちの世界と唯一つながることが出来る空間、とでも言ったらいいかな…。」
玉座には大天使の石像が二体座っている。
「さぁ、アンジェラ君はルシフェルの方ね、ライル君は、私の像の方に立って胸の辺りを触ってごらん。あ、お嬢ちゃんは、そうだな…ルシフェルの膝の上に座っていて。」
マリアンジェラが石像の膝に座った。
アンジェラと僕が石像の胸あたりに手を置くと、体が吸い込まれた。
『ブワッ』と全身に鳥肌が立つような感じを覚え、その一瞬後それはおさまった。
「あれ?何も起きなかった?」
そう言って横を見ると、横の席に座るルシフェルの石像にアンジェラがつぶされていた。
あ、しまった。アンジェラの体をルシフェルの玉座に座らせてあったんだった。慌ててアンジェラの体の手を取り、自分の方に転移させた。
ぐったりとしたアンジェラの体を抱きかかえ直し、ルシフェルの像の方をもう一度確認すると、膝の上でマリアンジェラがコックリコックリと居眠りをしている。
アンジェラの体を床に寝かせ、マリアンジェラを抱き上げた。
「アンジェラ!どこにいる?」
するとルシフェルの石像の目が開いた。
「アンジェラ、出てこい。君の体はここだ。」
そう言ってもルシフェルの石像からアンジェラは出て来られないようだった。
マリアンジェラを脇に抱え、どうにかアンジェラの体を起こし、アンジェラの魂が抜けたのと同じ様な体制になるよう支え、右手をルシフェルの像につけた。
途端にルシフェルの像から青い光の粒子が浮き出て来てアンジェラの体を覆い、それがおさまると同時にアンジェラが目を開けた。
「ライル…ここは、どこだ?」
「多分、ユートレアの地下の封印の間だ。」
「戻って来れたのか?」
「うん。」
「マリーは?」
「おなかいっぱいで、眠ってるんだと思う。」
『スゥースゥー』と気持ちよいほどの寝息を立てて爆睡中の娘を僕から受け取り、愛おしそうに頬ずりしているアンジェラを見て、僕もなんだか胸が熱くなった。
「聖ミケーレ城に戻ろう。」
アンジェラの言葉に従い、僕は三人で城の僕が宿泊している部屋に転移したのだ。




