51. 終わりの時
美術館に急ぎ到着した石田刑事はセキュリティカメラの映像を見て自分の目を疑った。
つい先日まで小学生の男の子だった子が、少女になり、しかも絵画の中に光となって消えてゆく映像だ。
まぎれもなく、ごまかしようのない証拠だった。
しかし、行先もわからないのに、どうやって探せというのだ。
「メールは送ってみたのか」
「電波が届かない。」
警察で電波の確認をしたが、忽然と電波は消えていた。
手がかりがない。
僕はうっすらと黄色く光る石でできた部屋で目を覚ました。
寒くも暑くもなく、空気の流れもない不思議な空間だ。
なんだか大きい声を出してはいけないと思い、そっと周りを確認する。
壁際にある、まるで玉座の様な石造の椅子に色が透き通るように白い男が座っている。
いや、座らされている。
本人には意識があるようには見えない。
更に目を凝らすと、玉座の左右に円を描くように全部で十二の椅子状のくぼみがあり。玉座より少し低い位置にあるそれには全部ではないが、人が座っている。
ここはどこだろう?
どうしてここに来たんだろう?
多分、これは夢の中だ。
玉座以外の人の様子を近くで見ようと近づいた。
「え?何?父様?アズラィール?誰?」
そう、そこには自分と同じDNAを持っているであろう九人の男たちが座らされていた。
彼らが生きているのかさえ分からない静かな空間だ。
僕は思い切ってそのうちの一人を触ってみた。
その人から情報があふれてくる。
遠い昔のヨーロッパにいた人の様だ。予知能力を持っているらしい。
肩に杭を打ち込まれ、椅子に固定されている。
杭を必死で引き抜き、能力を使って傷口を癒す。
傷口がみるみる塞がっていく。きっと命も助かるはずだ。
その人に声をかけてみる。
「大丈夫ですか?」
その人が目を開けた。そして、僕の手に手を乗せる。
「ずっと待ってた。天使様」
その人は目を黒色に光らせ、僕の手を離した。
「ありがとう。」
そう言って、その人は光の粒子になり消えて行った。
次の椅子に座っている人は、胸を杭で打ち付けられていた。
「かわいそうに。今すぐ外すからね。」
杭を素手で外すのはとても大変な作業だった。
徠人が着せてくれた白くてふわふわのワンピースは、だんだん血の赤に染まっていく。
傷に触った時、その人の記憶が僕に流れ込む…。
古い戦争に行ったことがある人だ。
どこかの国で大臣をした人のようだ。転移が出来る能力か。
傷を癒し、声をかける。
「他に痛いところはありますか?」
「あぁ、長かったよ。天使様。ありがとう。」
その人の目は紫色に光った。そして体は光の粒子になり消えた。
次の人はスネを杭で打たれていた。
「こんなひどいことを…。だれが…。」
杭を抜き、傷を癒す。大きな船を所有していた人だ。
天候を能力で操作できる人だったんだ。
「遅くなってごめんね。」
「天使様、ありがとう。」
その人は瞳が黒く光った。そして体は光の粒子になり消えた。
その次の人は、手のひらを杭で打ち付けられていた。
「悔しかっただろうね。ごめんね、遅くなって。」
杭を抜き、傷を癒す。
この人は人や猛獣を操ることが出来た人だ。
アズラィールの父親のマルクスだ。
「アズラィールは今日本で暮らしているよ。安心してね。」
「天使様…。」
瞳が赤く光った。そして体は光の粒子になり消えた。
次の人は腹を杭で打たれていた。
「痛いよね、ごめんね。」
杭を抜き、傷を癒す。
この人は僕のおじいちゃんの未徠だった。
父様と似た人体透視の能力を使うようだ。
「遅くなってごめんね。ライルだよ。おじい様。」
「ライル…。」
その人は瞳が白銀色に光った。そして体は光の粒子になり消えた。
おじい様、どこに行ったんだろう?
次の人は首に杭を打たれていた。
「ひどい。」
杭を抜き、傷を癒す。。
この人は未徠の弟、左徠だった。
まだ覚醒していないらしく何が出来るかわからなかった。
「今まで気づかなくてごめんね。」
「天使様。」
その人は瞳が緑に光った。そして体は光の粒子になり消えた。
次の人は足の甲に杭を打たれていた。
「待っててね。痛いね。」
杭を抜き、傷を癒す。
この人は徠央、ライルのひいおじいさんだった。
変化が出来る能力を持っているようだ。
「長い間、辛かったね。」
「天使様。」
その人は瞳が青く光った。そして体は光の粒子になり消えた。
次の人は脇腹に杭を打たれていた。
「もう少しだよ、待ってて。」
杭を抜き、傷を癒す。
この人は徠央の双子の弟徠輝だ。
覚醒はしていない様だ。
「痛かったね。ごめんね。」
「天使様。」
その人は瞳が緑に光った。そして体は光の粒子になり消えた。
そして、最後の一人は背中に杭を打たれていた。
「痛いね、ごめんね。」
杭を抜き、傷を癒す。
この人はアズラィールの息子、アンジェラの兄の徠神だ。
予知能力があったらしい。
「徠竜も徠牙も元気に暮らしているよ。」
「天使様、お待ちしておりました。」
その人は瞳が黒く光った。そして、他のみんなと同じように光の粒子になって消えた。
僕の着ている服は、まるで最初から深紅であったかのように紅く染まっていた。
「ズキン!」
頭に痛みが走る。
その時、頭の中でこれから起こることが再生された。
僕は、玉座に座る男の前で、その男、いや我々の主である
大天使ルシフェルに新たな心臓を提供するのだ。
僕の腹の中で脈打つ黒い球を核とした心臓は、僕の能力により十二人の能力をコピーした力を持つものだ。
目の前に座る者は肉体だけの入れ物であり、自分はその抜け殻を復活させるために核を培養するための入れ物として使われたのだと悟った。
僕は自分の腹からその新しい黒い心臓を取り出し、主の胸にそれを潜り込ませ最後の力を使って、肉体と融合させるのだ。
そして、自分は死ぬ。
ズキン
また頭に痛みが走りふと我に返る、今のは幻影か少し先の出来事を見たのか、まだ黒い球を核とした心臓は取り出されていなかった。その時、どこかから、声が聞こえた。
「おい、どこにいる?」
もう、誰の声かもわからない。
懐かしいような、くすぐったいような気持になる声だ。
その時、地の底に響くような違う声がする。
「よくぞ目的を達成することができた。はやく、我に心臓を入れよ。」
従うほかない。
僕は自分の腹に手をめり込ませ、黒い心臓を取り出す。
痛みと苦しみと悲しみとで息ができない。
また、どこかから声が聞こえた。
「…愛してるよ。戻ってきてくれ。」
誰かわからない声なのに、涙があふれてくる。
これで全部終わり。
「そうだ、お前の役目はこれでおわりだ。」
自分を愛してくれている人の事を思いだそうとして、その場から前に進めなかった。
あと二歩も進めば、主の体に心臓を埋め込み、すべてが終わる。
「愛しているよ。」
その時、我らが主ルシフェルと目が合った。
金色に赤い瞳の悪魔の様な目だ。赤く光るその目に吸い込まれそうになり、一歩、また一歩と進む。
「帰っておいで。」
また歩みが止まる。
ズキン。頭が痛い。意識が遠のく。
「お前がいないと、俺は生きていけない。」
頭の中に話しかける声が、そう言ったとき、僕は右手の中の黒い心臓を握りつぶしていた。とてもとても大切だったはずの心臓を…。
その瞬間、ルシフェルの肉体はガラスの破片の様に割れ、飛び散ったあと、跡形もなく消え失せた。
「いやっ、どうしてこんな…。」
こころの底から感じる喪失感、だが意識が薄れ、次の瞬間には主であったはずのルシフェルなど、その時の自分には興味の持てる存在ではなかった。
僕の体は力尽き、そこで僕の肉体も光の粒となって消えた。
その場に残されたのは、魂だけになった私だった。
誰もいなくなったその部屋で、玉座に座る。
私の名前は、破壊の天使 ライラ。自分が何者であったかを思い出す。
これから、永遠にこの場に、この玉座に座り、過ごしていくのであろう。
その時、小さな光の粒が空中から集合し、私の前に姿を現した。
「ライラ様。お忘れですか。約束を…。」
それは、白い小さな蛇、私の従者だった。
「もう、私には何も思い出せないのだ。」
「聞こえませんか?あなたを呼び続ける声が…。」
「わからぬ。何も。」
白い蛇は続ける。
「時間がありません。あの者が自ら命を絶つ前に、これを手に取って下さい。」
そこには蒼黒い髪の小さな束が置かれていた。
また、どこかから声が聞こえる。
「どこかで会えると信じているよ。さよなら、僕の愛する人。」
いてもたってもいられなくなった。
思わず、その髪を手に取った。