507. リリアナに及ぶ危機
僕、ライルが封印の間にアンジェラとリリアナと共に来たのは午後4時頃だった。
僕が自分自身をルシフェルに入れてみるという試みだ。
もし、それでルシフェルが目を開ければアンジェラが望みを伝えると言うもの。
普段はこの封印の間にある大天使アズラィールとルシフェルの石像は目を開けてもちょっとした励ましの言葉を頭の中に送ってくるくらいで、それ以外の事は起こらない。
もう、涙も流さないのだ。
「じゃあ、いいね。僕がルシフェルの中に入って、彼が目を開けたら、マリアンジェラの所へ僕を連れて行ってって言ってよ。」
「あぁ、わかった。」
僕がリリアナに、『僕がいなくなったら、一度アンジェラを連れて帰って』と説明している時だ。アンジェラが大天使ルシフェルの石像の前に立ってその胸に手を当てた。
アンジェラの体がガクッと下がった。
「え?えぇぇ?は、離せ、アンジェラ。」
僕は思わず叫んだが、間に合わなかった。アンジェラの体がルシフェルの石像にもたれかかり、力なく崩れ落ちた。僕が慌てて駆け寄るより先に、アンジェラを支えたのは、ルシフェルだった。
目を開けて、こちらを見たルシフェルは、無言のままアンジェラを自分の代わりに玉座に座らせ、乳白色の石像の体のまま立ち上がり、翼を広げた。その大きさと、威圧感に圧倒され、何もいう事が出来なかった。
アンジェラは自身の体からまるで幽体離脱するかのようにするっと抜け、ルシフェルの中に入ってしまったのである。
リリアナが数歩後ずさった。僕の影に隠れ、怯えている。
「ライル、怖いよ。」
リリアナは震える声で言った。僕は思い切って言った。
「ルシフェル、お願い。アンジェラを戻して、僕をマリアンジェラのところに連れて行って欲しいんだ。」
ルシフェルは少し目を細め、笑ったような顔を見せたかと思うと、無言でその場から消えた。
「あぁ…どうしよう…。」
僕は焦り、動揺した。しかし、選択肢は一つしかない。
僕は、リリアナを後ろに更に下がるように言い、僕は前に出た。
そして、大天使アズラィールの体に触れた。僕の体が金色の光の粒子になり、アズラィールの石像の表面を覆った。
次の瞬間、乳白色の石像である大天使アズラィールが目を開けた。
リリアナはびくびくしながらも、さっきライルが言っていたことを思い出し伝えた。
「大天使アズラィール、ライルをマリアンジェラとアンジェラのところに連れて行って。お願い。」
アズラィールの石像は立ち上がり、リリアナの方に歩いてきた。
リリアナの目の前まで来て、翼を広げ、大きく目を開き、リリアナの胸にアズラィールの手が触れた。イヤ、触れたのではない。胸の真ん中に、手がめり込んでいる。
『ゲフッ』
リリアナの口から血しぶきが噴き出した。
もう、リリアナは何も声に出せなかった。リリアナはここで命が終わるのかと覚悟した。
『私の大切なアンドレ、ジュリアーノ、ライアン…、それにリリィ、ミケーレ…、皆、愛してる。私、分身体でありながら、今まで自由に生きて来られて幸せだった。
もっともっと、アンドレと一緒に居たかった。ごめん…。』
心の中で、そう言ったリリアナの視界はその直後、真っ暗になった。
僕、ライルが大天使アズラィールの中に入り込んだ時、僕の視線はまさしくアズラィール側に変わった。しかし、体のコントロールはもちろんのこと、何も出来ない状態だった。
ただ、自分の腕がリリアナの胸に突き刺さり、何かを体の中でまさぐって、それを強く握っていることはわかった。リリアナの意識は無くなり、目から生気が消えた。
『僕がアズラィールの中に入ったばかりに、リリアナを殺してしまった…。』
アズラィールの体は、リリアナの胸に腕を突き刺したままリリアナの体を封印の間の中央にある円卓の上に乗せた。そしてようやくうでを引き抜いたのだ。
その手には、あの黒い核があった。
浄化しようとしたが、完全には浄化できずそのままリリアナの中にあったものだ。
アズラィールは無情にもその核を握りつぶしたのだ。
『っ…ひどい、ひどいじゃないか。なんで、そんなこと…。』
だが、それでは終わらなかった。
アズラィールは自分の羽を一本むしった。そして、そのするどく尖った根元を自身の腕に刺した。刺さったはねを抜くと、ポタポタとまるで血液のように、金色の液体が流れ出た。それを反対側の手で受け止め、ふぅっと息を吹きかけた。
するときれいな金色の球が手の平の中で光っているのが見えた。
アズラィールはその球をリリアナの胸に入れ、穴の開いた胸の中央に手を置いた。
手の先にジワジワと暖かさがにじみ出て、それが白色の光の粒子になってリリアナを覆っていく。
『なんだ、これは…。』
3分ほどそのままだっただろうか…。
アズラィールは手のひらをリリアナから離し、リリアナの額にデコピンをした。
『え?デコピン?』
石像にデコピンされる死体。ひどい話である。
しかし、その死体がしゃべったのである。
「いったーい。何すんのよ、あんた!全くもう、殺すつもり?」
『え?どういうことだ』
リリアナが目を三角にして怒り、勢いよく転移してどこかに行ってしまった。
リリアナは死んではいなかった。しかし、今の僕には状況が把握できない。能力が使えないので、さっぱりわからないのだ。
なんだか拍子抜けしてしまった。
いやいや、そんなこと考えている場合じゃない。
『僕をマリアンジェラとアンジェラのところに連れて行って。』
僕は心の中で念じたのだ。
その時、急に僕の前の景色が変わったのだ。




