501. ハツユメ(4)
僕、ライルは現在マリアンジェラの夢の中に迷い込んでいると思われる。
しかし、夢だと言うのに…不思議な事が多い。
僕とマリアンジェラは、マリアンジェラの事を娘だという夫妻が住む大きな屋敷から逃げてきたところだ。
ちょうど、僕が最初に夢の中で気が付いた場所であるお花畑、というか、草原に戻って来て腰を下ろしたところだ。
「なぁ、マリー。こんな夢、今までに見たことあるか?」
「ゆめ?これってやっぱりゆめなんだよね?」
「いつもだったら、夢から自分で出ようと思えばいつでも目が覚めたんだ。」
「ふぅん。今日のは?」
「それが…今日は、『もう出よう』と思ってもダメなんだ。」
「マリーね、ここに来たことあると思う。さっきのお家、見たことある。」
「そうなのか?じゃあ、もしかして、本当にマリーはここの…。」
「ライル…、ここは夢の中なんでしょ?もしこんな場所を見たことがあってもそれはマリーじゃない、ずっとずっと昔の誰かで、今のマリーには関係ないよ。」
「そうだね。ごめん。マリーを生まれた時から見て来た僕がそんなんじゃだめだな。」
僕はそう言ってマリアンジェラを抱き寄せて額にキスをした。
マリアンジェラは大切な僕の宝物だ。どんなことがあっても守るよ…。
「マリー、どこかに出口があると思うんだ。」
「夢に出口ってへんてこだね。」
「そうだな、へんてこだ。でも探そう。」
「うん。」
二人で手を繋ぎ、翼で高く上空へ上る。さっきの邸宅の方向を見るとかすかに森の向こうの平坦な場所にその所在が見えた。
「今度は違う方向に行ってみよう。」
「うん。」
僕たちはあの邸宅とは正反対の方向に行ってみることにした…。少し先に進むと、広大な平野へと出た。そして、更にその先には、崖や切り立った岩場の連なる場所があった。すこしづつ高さを増していくその岩場…。
「ライル、あれって山かな?」
「さぁ、どうだろう…。近づいてみよう。」
「うん。」
僕たちは少し平坦なところに下りてみたのだが…。
「ここ、草、全然生えてないんだね。」
「そうだな。」
「それにしても、人がいないね。」
「マリー、ここ、本当に地球だと思うか?」
「うーん…わかんにゃい…?」
ここまで来るのに見た草木は普段見ているようなものと変わらないように感じるのだが、残念ながら生き物は人間も含め、さっきの邸宅にいた三人だけしか見かけていない。
更に翼で上昇していくと、岩でできた山のてっぺんが見えて来た。
そこは、下から見ていた景色とはかけ離れた場所だった。
大きさを例えるなら、一つの都市がすっぽり入るほどの平坦な土地。
しかし、そこにあったのは都市ではなかった。
まるで円形のお盆の様なその場所の、外側には青々と茂る森や樹木。そして内側には澄んだ水の小川が流れ、途中には小さな湖があった。
そして、一番驚いたのは、そこには蝶が飛び、小鳥がさえずり、森にはリスなどの小動物が走っていた。『生きた空間』とでも言うべきだろうか。
僕とマリアンジェラは地面を踏みしめて、先にすすんだ。
空気は澄んでいるがあたたかく、太陽は地面を暖かく照らし、信じられないほど高い場所にあるのに関わらず、風はほぼ吹いていないのだ。
少し進むと、薔薇や百合など、豪華な花が咲き誇り、まるで自然の香水の様な香りを辺りにまき散らしている。
「ねぇ、ライル。ここってミケーレの庭園みたいだね。」
「…。そうか、そうだよマリー。なんだか違和感を感じていたんだ。
不自然に居心地がいい温度、そして季節にあまり関係のない花の咲き方…。
そうだ、ミケーレの庭園だ。」
僕たちは更に奥へと進んで行った。
そして、たどり着いた先は、大きな邸宅だ。いや、宮殿か?
さっきみたいに全部がクリーム色になっていたりするわけではない。全てにちゃんと色がついている。邸宅の前の庭園には小さな湖や噴水などもあり、美しい花が咲き誇っていた。
「マリー、ここに入ってみよう。」
「うん。」
庭園とはちょうど裏手に当たる場所にあるドアが入り口の様だ。
僕たちは、ドアをノックした。
ドアは誰もいないのに、『ギィ』と開いた。
「うわ…ちょっとホラーな感じだな。」
「うひょ、ゾンビくる?」
「いや、ゾンビは来ないと思うけどさ。」
エントランスにはドアが三つあった。中央のドアを開けると大きなホールに出た。
その先は、明らかに先程の屋敷とは雰囲気が違っていた。
そこかしこに芸術的な置物や絵画が溢れ、そのどれもが『天使』をモチーフにしていた。壁画も天井画も全て天使、いわゆる『翼持ち』が描かれている。
マリアンジェラは天井を見つめ、ため息を漏らした。
「しゅっごい…パパとミケーレに見せてあげたい…。」
「そうだな…きっと喜ぶだろうね。」
その広間は幅が広く、もう庭園に面していた。部屋中金色の縁取りや装飾で眩しいのだが、そんなこてこて感を含んでいても、庭園が見えるその景色は絶景だ。
マリアンジェラは全てを見逃さないように、じっくり周りを見渡した。
「あ、あぁっ…。」
「どうした、マリー…。」
「こ、これ…この絵。」
そう言ってマリアンジェラが指さした先にあったのは、アンジェラにそっくりな天使の壁に描かれた絵だった。しかも、腰布一枚のお姿である。
「パパだよね。」
「うん、確かに似てる。」
その部屋の中には入り口とは違う方向に2つずつドアがあった。
どちらに行こうか迷っていると、そのうちの一つが『ガチャ』と開いた。
「うひょ…ビックリ。」
周りを見渡したが、監視カメラなどはない。やはり若干ホラーに傾向している。
開いたドアを通って来いという事なのだろう…。僕たちは恐る恐る先に進んだ。
次の部屋は紺よりも少し鮮やかな青い色で壁や建具が揃えられている客間の様な部屋だった。天蓋の付いたベッドに、ベッドカバーや絨毯、ドアの飾りも全て青と金で統一されている。落ち着いた雰囲気の部屋だ。
「あ、ライルのお目目のいろと同じだ。」
マリアンジェラがそう言って、周りをキョロキョロすると、また大きな声を出した。
「キャー、やっぱりぃ…いたいた。ほらここ。」
ベッドの横に置かれている燭台は、人がトーチを持っているような形なのだが、その顔が僕とそっくりだった。もちろん翼を持っている。
「でも、これ…。」
「ありゃ…女の人だ。」
胸がふくよかで、肩から布をかけ、ワンピースのようにしているが、片方のオッパイがポロリと出ている。
「…。」
更に先に進むと、部屋全体がクリーム色の部屋に出た。
「あれ?僕たち…あのシチューの効果がキレたのかな?」
僕が言うとマリーが言った。
「それ、とんでもなくラッキーだったかも…。」
マリアンジェラが指を指した目線の先にはベッドの中で仲良しの儀式の真っ最中の男女が…シーツの下で絡み合っていた。
思わずマリアンジェラの両目を手で塞ぎ、僕も反対側を向いた…。
「ライル…もう遅いと思う。もう見ちゃった。」
「え、マジ…。」
「これって…赤ちゃん作ってるところ?」
「ば、馬鹿…そんなストレートに言うなよ。恥ずかしいだろ。」
「え、いっつもパパとママがやってるから…見慣れたものよ。」
「ひぇ…マジかよ…。」
その時、今まで『ギシッ、ギシッ』と鳴っていたベッドのきしむ音が止んだ。
そしてシーツがハラッと横によけられた。『うそ…さすがに、それは…』
ライルの心の声である。ここの屋敷の主とその妻が繋がっている所は、さすがに見るのは気が引けた。
が…指の間からチラ見をしてみると…。
「うそでしょー。アンジェラとリリィ?」
ベッドの脇にすっくと立ちあがった全裸の男性と、ベッドに横たわる全裸の女性…。
そして、男性の衝撃の一言…。
「お前たち、聞こえているぞ。」
「えーっ、そう言えば、髪の毛黒い…。っていうか、アンジェラだよね?」
「パパ?うーん、ライル…この人、パパじゃないみたい。」
「え?じゃあ誰?え?誰なの?え?」
僕は、プチパニックだ。
「あはははは……。かわいい~。からかいがいがあるね、君たち。」
声が、なんだか変だ。
「え?はいぃ?そっち…男?」
ベッドに横たわっていた薄い色の金髪の女性がベッドの脇に立ち上がった。
「あれ?」
アンジェラ似の男性もその横に立つ…。
「あ、あれ?何もついてないよ…。二人ともつるつるだぁ。」
マリアンジェラが二人の股間を見つめて言った。
「ぶっ、ぶはははは~。愉快だな。」
金髪の天使が言うと、黒髪の天使が金髪の天使の腰に手を回して言った。
「アズラィール、服を着ておいで。」
金髪の天使はその場からフッと消えた。
「「アズラィール?」」
僕とマリアンジェラがハモった瞬間だ。
「え、じゃあ、じゃあ…パパじゃなくて、ルシフェル?」
「正解。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って…。僕達死んだの?寝てただけなんだけど…。」
僕は更に慌ててあわわわになった。
「いや、お前たちは死んでなどいない。」
「ね、ルシフェルのおじちゃん、これは、マリーの夢の中なんだよね?元に戻れるんだよね?」
マリアンジェラは冷静な顔でそう言った。
ルシフェルは、パチンと指を打ち服を着た姿に一瞬で変わった。
「うわ。」
「お前たちに話がある。ちょっと、隣の部屋に来てくれ。」
そう言って、ルシフェルを名乗った黒髪の天使は今僕達が入って来たのとは反対側のドアを開けて入って行った。




