500. ハツユメ(3)
今まで普通に会話していたマリアンジェラが、金色の光の粒子に覆われ、あっという間に他のそこら辺の物質と全く同じクリーム色の発行体になってしまった。
僕は、慌ててマリアンジェラを抱き寄せようとしたが、僕が触ると手がすり抜けてしまう。そこに、マリアンジェラの形をした物体があるのにである。
「マリー、マリー。」
いくら叫んでも状況は変わらない。
『ハッ』と気づいた時、座っていたメイドが立ち上がり、マリアンジェラがなってしまった物体の所に駆け寄った。
『お嬢様、一体こんなに長い間、どこに行かれていたのですか。』
『え?えっとぉ。オジョウサマ?』
マリアンジェラはこのクリーム色の発行体の人から見えるようになったのである。
二人の会話は聞くことが出来るようなので、僕は今の状態のまま、ついていくことにしたのだ。
『お嬢様、いいから、早く旦那様と奥様の所へ行って、どこに行っていたかきちんと説明してください。』
『え?誰よ、旦那様とか奥様って…。』
『あなたの、お父様とお母さまに決まっているではありませんか。』
マリアンジェラは腕を引っ張られ、別の部屋へと連れて行かれたのだ。
行った先は、大きな書斎だった。
このお屋敷は、この辺一帯を治める領主かなにかの邸宅なのだろうか。
色が全部クリーム色なのでよくわからないが、全てが豪華な造りなのはわかる。
『コンコンコン』とノックをし、開いていたドアを通りメイドが室内に話しかける。
『旦那様、お嬢様がたった今お戻りになりました。』
『何?本当か…。』
そう言って、室内から勢いよく駆けだしてきたのは、さっき建物の外にいた男性…かな?色が薄くて顔の表情も細かいところもわからないけど、さっきの男性が年を取った感じだ。別人か、本人かで判別がつきにくい。
その男性はマリアンジェラを抱きしめると涙を流しているようだった。手の甲で涙を拭きながら嗚咽を漏らしている。
マリアンジェラはその男性の行動にギョッとした様子で言った。
『あの~…多分、人違いですよぉ。私はこの家に来たの初めてだしぃ…。』
男性がそんなこと聞いてない風にマリアンジェラの手を引き、書斎の高そうなソファに座らせ、メイドいお茶とお菓子を用意するように言った。
『およ?ケーキもある?』
『あるとも、好きなだけ食べたらいい。カミラ、早く用意するように。ケーキもたくさん持って来なさい。』
『かしこまりました。旦那様。』
メイドはそう言ってその場を後にした。
少し、沈黙の時間があり、マリアンジェラは部屋の中をキョロキョロと見ている。
『それで、今までどこに行っていたんだい。怒らないから言ってごらん。』
『えっと…。イタリア?』
『イタリア?それはどこにある町の名前だい?』
『ん?イタリアは国の名前で、私の生まれたところだよ。』
『どうしたんだ、お前、頭でも打って記憶を失くしたのかい?』
『ほえ?頭なんかぶつけてないし…生まれた時も、生まれる前のも記憶はあるけど…。ここは知らないよ。おじちゃん、名前なんていうの?』
『私はお前の父、ゼウスだ。忘れてしまったというのか…。アフロディーテ。』
『ええええっ?アフロディーテ?あの白いの?』
『何を言っているのだ、娘よ…。』
僕は聞いていてドキドキした。ここは、オリンポスの神々の生活していた時空なのか?
あるいは、マリアンジェラの生まれるずっと前の記憶の中から創り出された夢の中なのか…。
そこにメイドが女性を一人連れて来た。
女性はマリアンジェラにやはり抱きつき、涙ながらに言った。
『よく戻って来てくれました。我が娘よ。』
『おばちゃん、だあれ?』
『お、おば、おばちゃん?どうしたのですか、アフロディーテ。頭でも打って…。』
『…。うっ、うっ…。うぇぇん。ライル…。たしゅけて…。』
『ライル?誰ですか…それは…。』
『マリーの大切な人なの。うぇぇん。』
マリアンジェラはとうとう泣きじゃくって僕の名前を呼び始めてしまった。
あぁ、どうするべきなのだろう…。僕がこの場に出て行くには、さっきマリアンジェラがしたように、スープを飲めばいいのだろうか?
しかし、出て行って攻撃でもされたら…。僕はここの家では部外者だ。
翼を出したままだった僕は、さっきの従者の食堂の様な場所に飛び、お玉でスープを飲んだ。
本当だ、シチューみたいな味だ…。
僕の体がキラキラで包まれて行く。
キラキラがおさまると、僕の目の前の景色が一変した。
そこは、まるで中世ヨーロッパの大邸宅とでも言った方がいいだろう、素晴らしい調度品に囲まれた色のある世界だった。
城にも劣らない豪奢な造りだ。
僕は急いでマリアンジェラが入った書斎に戻った。
「マリー。」
そう言って思いっきり部屋に突入したが、マリアンジェラは涙のあとはのこっているものの、ケーキを爆食い中だった。
「あ、ライル。ライルもケーキ食べる?」
のんきにケーキを勧めるマリアンジェラの横に座っている二人が立ち上がり、僕の方に向かって言った。
「お前がうちの娘をかどわかしたライルという者か。」
「あ、あなた…。この男…翼が…。」
「何者だ…。」
そう言うと、ゼウスは壁に掛けてあった剣を手に取った。
「きゃー、やだやだ。おじちゃん、やめて。マリーの大切な人に何するつもり?」
「アフロディーテ、マリーとは何だ?お前の名前はアフロディーテ。この神、ゼウスの娘であり、私の伴侶ディオーネの娘でもある。」
僕はこのままでは捕まってしまうと思い、マリアンジェラに言った。
「マリー、おいで。ここから出よう。」
「うん。」
そう言ってマリアンジェラがこっちに走りかけた時、それをディオーネが阻止しようとした。
「ダメよ、アフロディーテ。あなたは私たちの娘。私たちが決めた相手と結婚しなければいけないの。もう、逃げられないわ。」
マリアンジェラは僕の方を見た。そして言ったのだ。
「おじちゃん、おばちゃん。マリー…私はマリアンジェラっていうの。
アフロディーテじゃない。『地球』っていう星のイタリアっていう国で生まれて、パパは世界的に有名な画家で歌も上手で、ママはおっちょこちょいだけどかわいくて、二人とも、マリーのこととても愛してくれてるの。それにね。私は、ライルと結婚するって決めてるの。」
「何を言っているんだ…。」
ゼウスは僕に斬りかかって来た。
「ライル!」
マリアンジェラが叫んだ時、僕はマリアンジェラの横に転移した。
「マリー、ここは危険だ。ここから出よう。」
「うん。」
そう言うとマリアンジェラも翼を出した。
ゼウスとディオーネがそれに驚き、後ずさった。
「ど、どういうことだ?アフロディーテ…お前、どうなっているのだ?」
「おじちゃん、おばちゃん、ごめんね。マリーはずっとずっとずーっと昔にその名前だったことがあるけど、今は違うの。天使の子供として生まれて、とっても幸せに暮らしてるのよ。だから、悲しまないで…。」
「「アフロディーテ!」」
二人の叫び声をその場に残し、僕はマリアンジェラを連れて外に転移したのだ。
その場所に来る時に見たのはアフロディーテが小さい時の彼らの記憶なのだろうか…。
色を取り戻した緑輝く丘の上を翼で羽ばたきながら、少し思いを巡らせる。
あの二人は、アフロディーテの両親なのか…。アフロディーテは、両親が決めた結婚相手と結婚するのが嫌で逃げたのだろうか。
マリアンジェラと繋いでいる手が温かい。
二人でゆっくりと空を飛び、僕が元居たお花畑に出た。
一度そこにおり、しばらく休憩する。




