499. ハツユメ(2)
小高い丘になっているそこは、草も土も木々も何もかもがクリーム色の発行体でできていた。まるで封印の間の中のようである。
そして、空も青くはない。曇っているわけではないが白い柔らかな光である。
雲は無く、風も吹かない。そりゃそうか…夢の中なのだ。
それにしても、ずいぶんと広いお花畑である。
濃淡の違いがあるにしても、全てが一色なので、どこからが土で、どこからが花かもわからない。僕、ライルは足元の野花を一輪手折り、手に取った。
よく見ようと顔に近づけると、それは黄色の光の粒子になり、サラッと風に吹かれるようになびいて消滅した。
そして、元あった場所にまた咲いているのである。
『不変の背景』とでも言うところだろうか…。
一歩一歩進むと、間違いなく草を踏んでいる感覚と音がする。
『カサッ、カサッ』草は踏まれ、足跡のように踏みつぶされるが、数秒後には光の粒子になり再生されるのだ。
なんとも不思議な夢である。
「マリー、マリアンジェラー」
僕は大きな声でマリアンジェラを呼んだ。でもそこは声もほとんど響かず、辺りのざわめきもない、静かな空間だ。
マリアンジェラの返事もなかった。
僕は、少し不安になりながら、翼を出して空からマリアンジェラを探すことにした。
翼を出し、大きく広げる。僕の翼の周りに、地面から金色の光の粒子がジワジワと集まってくる。力が漲るような感覚を覚え、空に飛び立つ。空中から何かないかと探しながら、どんどんと木々が深くなる方へと進んだ。
森という表現が合っているのか、どうかはわからないが、深い木々の間を抜けると、そこには大きな屋敷があった。
その屋敷、いや宮殿とでも言うべきか…。
お姫様系の絵本が好きなマリアンジェラが見そうな夢だと思いながらも宮殿の前の庭園に下りた。一色で構成されるその世界で、たった一人、僕だけが色を持っている。
なんとも不思議な光景だ。
庭園には、薔薇や百合や、色々な花が咲いているが、花も葉も茎も、土も、石畳やベンチなど全てがクリーム色の発行体でできており、どこを見ても同じなのだ。
長い庭園の通路を通り、屋敷の入り口付近に到着した。
すると僕の目の前に、屋敷の中から飛び出してきた人物がいた。
若い男女だ。しかし、印象的なのは、彼らもその辺の草花と同じクリーム色の発行体でできている点だ。そして、彼らはまるで僕に気づいていない様子だった。
『ゼウス、ね、あっちに行ってみよう。』
『あ、待ってよ。ディオーネ…。』
ん?なんか聞いたことある名前だ。僕はなんとなく二人の後を追った。
二人は恋人同士の様だ。あれ?
小さい子供が、走って来て男性の方に飛びついた。
『おとーちゃまっ、』
ま、…マリアンジェラ?いや、ちょっと待て…あの子もクリーム色の発行体だ。
違う…あれはマリアンジェラではない。似ているが…うーむ、マリアンジェラにそっくりだ。ここは一体どこなんだ?彼らは誰だ…?
そんな事を脳内で思考中、いきなり僕の左脇に何者かが後ろから頭を突っ込んできた。
「う、うわぁっ。」
頭が回転し顔がこっちを向いた。
「にゅ?あ、やっぱりライルじゃん。」
それはいつもの小さいマリアンジェラだった。ちゃんと色のついている僕のマリアンジェラだ。
「マリー、探したんだよ。ここは、一体どこなんだ?なんだか、全部が同じ色で、動物や昆虫もいない、そして、草や土まで同じ色のすごく変な世界だ…。」
「むむ…確かにちょっとというか、かなーりヘンテコな色した世界だね。」
そう言いながら、ちゃっかり僕に抱きついて抱っこされている。
「マリー…なんだか今日のマリーはいつにも増して重いよ…。」
「まぁ、しっつれいだこと。」
そう言いながら僕から下りて、自分の足で立ったかと思うと大きくなった。
さて、どうしたものか…。
マリアンジェラに気を取られているうちにさっきの三人を見失ってしまった。
「マリー、どうも彼らには僕は見えていなかったみたいなんだ。」
「え、そうなの?じゃあ、お家の中に勝手に入っても気づかれないんだじゃない?」
確かに、そうとも言える。マリアンジェラがぼくと手を繋ぎぐいぐい引っ張って行く。
開きっぱなしだった屋敷のドアから、中に入った。
「うわぁ…中も全部同じ色だぁ。」
そう言って、更に奥に入って行く。
僕は段々不安な気持ちになり、マリアンジェラを制止した。
「マリー、ちょっと待って。ここは多分、夢の中だとは思うけどさ…それでも自分勝手にどんどんやるのは違う気がする。」
マリアンジェラはキョトンとして少し考えてから言った。
「じゃあ、ここに住んでる人を見つけて、お話ししてみよう。」
「あ、あぁ、うん。それだったらいいかな…。」
僕達の事を見えていないかもしれない人たちに会ったところで、お願いを聞いてもらえるとは限らないが…。まぁ、いいだろう。そう思い、マリアンジェラの進む方向に行ってみることにした。
入り口の大きなホールを抜けて少し奥まで来ていたが、左右に廊下が伸びている。
「じゃあ、右から行ってみよー。」
ノリノリのマリアンジェラは『おー!』と言いながら空いている片手を上げている。
楽しそうだな…。今まで見た『夢』の中には、その日読んだ絵本のストーリーに近いものや、少しアレンジが加わったもの、普段の生活とほぼ変わらないものが多かった。
そして、僕にはその夢を操作する能力があるのだが、今回はただマリアンジェラの今見ている夢に入り込むという事しか考えていなかった。
一人で脳内思考を繰り返していると、急にマリアンジェラが立ち止まった。
「あ、ライル…あれ見て。」
廊下を右に進んだ少し先の左手に開いたままのドア、そして室内にはテーブルとイスが三脚。どうやら従者用のキッチンの様な感じだ。部屋はさほど大きくない。
そのテーブルの上にスープ皿の様な食器が置かれていた。
そして、部屋の奥からテーブルに着いた人物がいた。さっきの三人とは違い、エプロンを着けているメイドの様な服を着た人物。この人もクリーム色の発行体でできている。
マリアンジェラは躊躇なくその部屋に入って行った。
僕も手を繋いでいて引っ張られながらである。
「たのもー」
マリアンジェラが普段絶対使わない様な言葉で話しかけた。
テーブルでスープを飲み始めたそのメイド服の女性は、やはり僕達の姿を見ることがなく、声も聞こえない様だ。
「ライル、やっぱり聞こえないし見えないみたいだね。」
「そうだな…。しかし、マリー…『たのもー』ってウケるんだけど。」
「ぎゃはは…やっぱり?この前『どうじょうやぶり』って言う人がね、他の道場に入ったときに言ってたんだよ。大きい声で呼ぶときの掛け声みたいな感じでしょ?」
「まぁ、そうかもね。でも最近ではもう使わない言葉かもね。」
「フーン、そうなの?」
次の場所に行こうという事になったが、マリアンジェラはメイドが食べているスープが気になって仕方ないらしい。
「どうせ触れないよ。草だって手折ったらキラキラになって、元の場所に戻るんだ。」
「マジ?」
「うん。」
でも、どうしてもスープを飲んでみたいマリアンジェラはコンロの上にのっていたお鍋に入ったスープを、そこに入れっぱなしだったお玉ですくってごくんと飲んだ。
「マリー、どうしてそんなモノ飲むんだよ。」
「ん?おいちいよ。シチュ…」
そこまで言いかけたマリアンジェラに、突如異変が起きたのである。




