493. 和解の時
僕、ライルが思わず留美に強い態度で言葉を発した後、リリィはサロンから逃げるように自分たちの滞在している部屋へと引き上げてしまった。
アンジェラも後を追って行ってしまった。
僕も、放っておけずに後を追った。リリィ達の部屋の手前でアズラィール達の部屋からマリアンジェラが出て来た。
「あ、ライル。マリーねゲームで左徠ちゃんとおじいちゃんに勝ったよ。」
「マリー、リリィの様子見て来てくれないか?」
「にゅ?どうしたの?」
マリアンジェラがそっと僕の手を触った。記憶を読もうとしているのだ。
「うぅ…。」
そう唸り声を上げて、マリアンジェラが僕の手を離した。
「これ、ちょっとひどい。ママのところに行ってくる。」
マリアンジェラはそのままリリィ達の部屋に入って行った。
「ママ、大丈夫?」
「マリー…大丈夫よ。わかってたから、そういうこともあるかなって。」
「リリィ、おいで。」
アンジェラがリリィを抱き寄せ優しく背中を撫でる。
「アンジェラや子供達がいるから、私は幸せだし、別にどうってことないよ。」
作り笑いが引きつるリリィを見て、マリアンジェラが一層機嫌の悪い顔になった。
「パパ、マリーは今日いい子でいられない。」
「何を言っているんだ、マリー。」
その瞬間、マリアンジェラが転移してどこかへ消えた。
マリアンジェラが言った先は、サロンだった。
小さい子供の姿に戻っているマリアンジェラがサロンの入り口付近に転移で出てきて、タタタッと走って徠夢達のテーブルの側に行った。
「おじいちゃん、留美さんちょっと顔かして欲しいんだけど。」
「マリー、怖いなぁ。どうしたんだい?」
徠夢が少し苦笑いで答える。
有無を言わさず二人の手を掴み、徠夢が宿泊している部屋に二人を転移させ、マリアンジェラは二人の目を見て命令した。
「コート着て、出かける準備して」
二人は黙ってコートを羽織りバッグを持った。
マリアンジェラはそのまままた二人の手を取り転移した。
そこは徠夢も留美も来たことがない場所だった。
とても古い教会の扉の前だった。マリアンジェラは15歳の大きさになり教会の扉を開けた。
「とりあえず、ついてきて」
マリアンジェラは二人にそう言って、中に入って行った。二人も続いた。
中に入るとその教会のシスターたちが年越しのミサの準備をしていた。
「こんばんは。」
マリアンジェラが声をかけると、若いシスターが近づいてきた。
「どうしましたか?」
「あの、ちょっとお尋ねしたいんですけど…。ここに、2年くらい前までいた女の子について、誰かに聞くことはできますか?」
若いシスターは少し年配のシスターに話をしに行った。
40代くらいのシスターが若いシスターと共に近づいて来た。
「女の子ですか?」
「はい、突然すみません。この夫婦の娘を探しています。名前は、多分『ライナ』。
こっちの二人の写真と『Rumi.K』ってネームの入った万年筆持っていたと思うんですけど…。」
年配のシスターはハッとした様子で、徠夢と留美の顔を見た。
「ライナの…。」
シスターは大粒の涙を流しながら言った。
「どうしてあの子を捨てたんですか?ライナは、もう…。」
マリアンジェラはシスターに言った。
「捨てたんじゃありません。生まれたことを知らなかったんです。」
「そ、そんなこと…。」
そのやり取りを聞いて、徠夢と留美は昨年の初めにライナが日本の朝霧邸に来ていたことをすこしずつ思い出した。
あれは、きっとライナの能力、自分が消えるための準備として、自分がいたことを思い出さない暗示をかけていたのだろう。
「ライナ…。」
そうだ、そうだった。万年筆を見せられた。自分の物か聞かれた。
あれは、ライナが私の子供かどうかを確認するためだったのね。留美はそう思った。
でも、どうしてライナが教会に捨てられたのか思い至らなかった。
マリアンジェラがシスターに言った。
「助産師の人が盗んだんです。二人生まれたことに気づかなかったことを隠すために。」
「かわいそうなライナ…。ずっと小さい三歳くらいの大きさにしかなれず、やっと見つかった里親は臓器売買の悪い組織だったの。そこにもらわれた後は行方不明なのよ。」
マリアンジェラは話をしてくれてありがとう。とシスターに礼を言うと、シスターの額に指で触れた。
「あなた達に神のご加護を…」
そう言った瞬間真っ白い光が指からあふれ、何も見えなくなった。
シスターの視界が戻ったときには目の前にいた三人は消えていた。
三人は次にある助産院の前にいた。
その助産院は年末でも出産のために働いている人が何人かいた。
マリアンジェラは全く躊躇せずに助産院のドアを開ける。
「すみません。デリアさんいますか?」
「はい?私がデリアですが…。」
「デリアさん、どうして留美の赤ちゃんを教会の前に段ボールに入れて捨てたんですか?」
「はぁ?…るみ?」
「そう、この人。」
マリアンジェラは留美を指差した。
「…。」
「あなた、15年前に出産に立ち会った時に汚れたシーツやタオルと一緒に赤ちゃんを一人、連れて行ってしまったでしょ?どうして母親の留美に返さないで、教会の前に捨てたの?」
「そ、そんなこと言ったって…。あんなに小さい赤ちゃんが生きられるはず無いっておもったから、それに結婚もしていない若い女が一人で赤ちゃんを二人もなんて無理だと思ったし…。教会だったら病院に連れて行ってくれたりすると思ったから…。」
「赤ちゃんを連れ去って捨てたこと、認めるんですよね…。」
「あ…。う…。ごめんなさい。私にはわかりません。」
デリアは慌てて助産院の中に入り鍵をかけてしまった。
徠夢と留美は呆然と立ち尽くしていた。
さっき目の前にいた赤の他人によって、自分たちの娘が勝手に捨てられていたのだ。
次にマリアンジェラは過去のイタリアの家に二人を連れて行った。
ライナがいた頃の様子を見せるためだ。
まるでライナはリリィの事を本当の母のように慕い、リリィもライナを大切に思っている。海で散策中のアンジェラとリリィ、ミケーレとマリアンジェラとライナ…。
まるで本物の家族だ。
遠くから見つめていた二人に、マリアンジェラが言った。
「ライナはね、臓器売買のドナーにされそうになったの。閉じ込められている時に他の子に食事を分け与えて命を救って覚醒したんだって。
それでね、他の子も全員助け出せたんだよ。
あちこちの家に勝手に入って少しずつドイツからイタリアへ移動してきたみたい。
たまたまパパの事をTVで見て、自分と同じ天使だって思ったから両親のことも知ってるかもって…。
14歳のはずなのに、あんなに小さいの。お願いだから、うちのママにもう、ひどいことは言わないで。」
留美は静かに声を立てないように俯いて泣いていた。
徠夢も心の底から悲しい気持ちになった。もっと早くわかっていたら、何か違っただろうか…。
マリアンジェラは二人を連れて聖ミケーレ城の徠夢と留美が滞在している部屋に戻った。小さい姿に戻ると、黙って部屋から出て、自分の部屋に入った。
リリィは体調が悪くなったと言って横になっている。
マリアンジェラはベッドのリリィの横にもぐりこんだ。
「ママがマリーのママで幸せ。」
マリアンジェラは、リリィに顔をこすりつけて甘えた。
リリィもそんなマリアンジェラをぎゅっと抱きしめた。
「ほんとに~?」
マリアンジェラは元気よく返事をした。
「うん。でも、おなかすいた。」
「あははは…確かに、ちょっとお腹すいたね。サロンで何か食べてこようか?」
二人は手を繋ぎ、サロンへ行き、そこで夜食として提供されていたアップルパイを発見し食べることにした。
一足おくれてアンジェラもついてきた。
三人で窓際のテーブル席に着き、アンジェラはワインを、リリィとマリアンジェラはココアを飲みながらアップルパイを食べる。
「これ、いつものアップルパイと違うね。」
リリィが言うと、アンジェラが笑いながら教えてくれた。
「徠央が厨房に押しかけて行って作ったらしいぞ。」
「徠神おじちゃんのお店のアップルパイか…。しゅっごいサクサクでおいちい。」
マリアンジェラの頬がもきゅもきゅに膨らんで、相変わらずの食べっぷりだ。
「そういえば、マリー、さっきどこかに行ってたの?」
「うん、ちょっとね。」
そこに徠夢と留美が入って来た。
リリィは少し気まずそうな顔をした。しかし、驚いたことに徠夢がリリィに駆け寄って背中にそっと手をかけ言ったのだ。
「リリィ、さっきはごめんな。具合大丈夫か?」
「あ、父様…。うん、もう大丈夫。」
「そのアップルパイうまそうだな、私たちも一緒に食べていいか?」
「う、うん。いいけど…。」
マリアンジェラが徠夢を見てニンマリ笑った。そして留美の方を見た。
留美は少し下を向いてモジモジしていたが、意を決した様に近づいてきて言った。
「あの、さっきはごめんね。去年、しばらく一緒に過ごして、ライナのこと自分の娘だって認識していたつもりだったんだけど、どうしてか、すっかり忘れてしまっていたみたいで…。しかも、ライナとリリィが同じ人だったなんて、全然知らなくて…。」
リリィは少し首を傾げて言った。
「うーん、多分ね。それ私がやったの。みんなの前から消えるために、悲しまないように全部忘れるようにって。だから仕方ないの。あとね、私、リリィとライナが同じ人だって、自分でも知らなかったんだよ。ははは…」
「「えー?」」
アンジェラとマリアンジェラがハモった瞬間である。
「そんな驚かないでよ。小さいライルと融合する前にね、イタリアのお家で過ごしてて、リリィがすごく大好きだったの。こんな優しい可愛いお母さんになりたいなって…。でも、自分がいるべきなのはここじゃないなって思って。独りぼっちのライルと一緒にいたいなって思ったんだよね。記憶はちょっと曖昧だけどね。」
「リリィ…。」
アンジェラが心配そうに言った。
「あ、でもその後に起きたことが凄すぎて、へへへ…。」
「え?何、ママ…教えて~。」
「小さいライルが集めた羽にライルが触るたびに、過去の死にかけのアンジェラのところに飛んで行っちゃって、行くたびにライルじゃなくて、私になっちゃうの。何回も会っているうちにアンジェラのこと好きになっちゃって…。自分のことリリィだって言っちゃったし…。」
「え?じゃあ、自分になりたいって思ってたってこと?」
「そうみたい…。おかしいよね。ふふ。自分がライナだったのかもって思ったのは、つい最近なの。ミケーレが、ライルが女の子に変化してる姿にしつこく『ライナちゃん、ライナちゃん』ってくっついて行くってアンジェラに聞いて、それで思い出した感じ…。自分にまで暗示をかけてたんだろうね、きっと…。だって覚えてないもん、イタリアの家に行く前のことなんて一つも…。」
アンジェラがリリィの肩を抱き寄せ頭にキスしている。
徠夢がアップルパイを持って来て留美と一緒に隣のテーブルに着いた。
留美は涙を流して俯いていた。
「あ、留美さん。気にしないでね。急に自分と年のそんなに変わらない娘とか、あり得ないし…。ドン引きだよね~。あはは…。」
笑いながら明るく言うリリィにますます留美の涙は量を増した。
そこにライルが来た。
「マリー、ここにいたのか…。また食べてるの?食べ終わったら、ちゃんと歯磨きしてよ。」
「このアップルパイおいしいよ。ライルも食べたら?」
「あ、でも…。」
そう言ったライルの顔にマリアンジェラが飛びながら頭突き?をしたように見えた。
「わっ。」
一瞬でわからなかったが、マリアンジェラはライルの唇を噛んで融合したのだ。
金色の光の粒子が混ざり合いライルになった。
「驚いたなぁ、もう。マリー危ないじゃないか…。」
当然返事はない。しかし、変化がいきなり現れた。
ライルの周りに光の粒子が現れ全身を覆いつくすと4歳くらいのライルになったのだ。
「え?何これ?」
ライルの頭の中に声が聞こえた。
『お子ちゃまになってアップルパイを食べて、両親に甘えてね。』
「ひどっ、マリー、何すんだよ。」
そこでリリィが一言…。
「今、あんたたち、チューしたでしょ。」
「え?あんなのチューじゃなくて頭突きだろ?」
ライル渾身の反論である。ぷんすか怒っているライルを徠夢がひょいと持ち上げ、膝の上に乗せてテーブルに着いた。
「ライル、ほらアップルパイ、食べよう。」
「え?あ、うん。」
アップルパイを食べ始めて視線に気づいた。目の前の留美がものすごい見ている。
「な、なに?」
「あ、ごめんね。去年まで来てたライルと同じだな…って。」
「そりゃ、同じ人間だもの…。違ったら怖いよ…。あ、これおいしい。」
もぐもぐ食べていると、留美が言った。
「かわいい。」
「ん?ハズイ。見ないで。」
ライルがマリアンジェラを外に出した。ポロンと出て、シュタッと着地した。
ライルは小さいままだ。
「マリー、服まで小さくなったじゃないか…このまま戻ると破れちゃうだろ。」
「あっれ~、マリーと同じくらいの大きさのライルも可愛い~。ね、そのままあっちでゲームしようよ。」
「やだ、やだってば…。」
マリアンジェラは小さくなったままのライルの手を引っ張って連れて行ってしまった。
「騒がしいな。」
アンジェラが微笑みながら言った。
「楽しい騒がしさでしょ。」
リリィもそう言って微笑んだ。




