488. 年末の親族旅行(3)聖ミケーレ城の奇跡
夕食が食堂でサーブし始めるのが午後5時だと言う。まだ2時間ほど時間があり、話の流れから庭園を散策することにした。
ミケーレはアズラィールに手を引かれ、マリアンジェラは僕に抱っこされ、アンジェラとリリィ、そして父様と留美も一緒に出て来た。2階にあるサロンの大きな窓の横に一つ扉があり、そこがバルコニーになっている。暖かい時期ならそこにあるテーブルで食事や飲み物を頂くことも可能だ。
そのバルコニーからはタイルで壁面を装飾された白い化粧石でできた階段を降り庭園へ出ることが出来るのだ。
「うわっ、すごい…薔薇の香りが甘いわ。」
留美がシャンパンのせいか、頬をピンクに染めにこやかに言った。
確かに、甘い香りと、柔らかな暖かさの空気が頬をなでる。
遠くからではわからなかったが、いたるところに蝶が飛び、小鳥が木々に止まりさえずっている。ミケーレの興味は小鳥に移ったようだ。
「ねぇ、パパ…あの鳥さんたち、もうすぐ寒くなったらどうなっちゃうの?」
「ミケーレ、あの鳥たちはその辺りで冬を越す鳥だと思うから、家の軒下や木の生い茂ったところに雪を避けて移動して行くのだと思うぞ。」
「えー、いなくなっちゃうの?」
「そうだな…。今、ここは温かいから虫もいて鳥にとっては過ごしやすいんだろう。
急に寒いところに行って死ななければいいが…。」
ミケーレの顔が急に曇った。
「パパ…もしかして僕のせい?ここを暖かくしたから死んじゃう鳥さんもいるかもしれない?」
「…。そう言うこともあるかもしれん。」
ミケーレはそれを聞き、落ち込んでしまった。
マリアンジェラはそんなことお構いなしに、庭園を清掃していた従者に頼んで、薔薇以外の可愛らしい花も切り花として何本かもらっていた。
「お部屋に飾ってもらえるんだって。きれいねー。」
「ここは季節に関係なく花が咲いているんだね。」
マリアンジェラが持っているのはカスミソウとキキョウだった。
「お庭のお手入れのおじちゃんが花言葉を教えてくれたんだよ。」
「へぇ、教えて。」
「それがね、この二つは偶然、同じ花言葉なんだよ。」
「えー、早く教えてよー」
リリィも花言葉を教えて欲しいと催促した。
「パパにぴったりの言葉でね。ふふふ…」
「え?アンジェラに?」
『魔王』とかじゃないよな??なんて脳内で独り言を言った僕を許してくれ。
マリアンジェラがパアッと明るい表情で言った。そして、いたずら子っぽく笑った。
「『永遠の愛』だって。ぷふふ。」
周りの皆は『シーン』としてしまったが、ミケーレが助け船を出した。
「そこ、感心するところだよね?『ほんとだー、パパにぴったり~』とか言ってさ。」
アンジェラがおもむろに通路に咲いていた赤い薔薇を一輪摘み、リリィに渡した。
「私の愛する妻に。」
「あ、ありがと。」
やることがいちいちクサイ。その時、ミケーレが呟いた。
「赤い薔薇の花ことばは『アイラブユー』だよ。」
留美がそこでため息をついて言った。
「ふぁ~、生きてる間に一度でいいから言ってもらいたいようなセリフね…。」
父様は赤面したまま無言だ。
ミケーレはまた呟いた。
「おじいちゃん、黄色い薔薇はやめた方がいいよ、『嫉妬』って意味なんだよ。」
皆がそれを聞いて大笑いをした。
「ミケーレは色々な事を知ってるんだな…。」
アズラィールが褒めた。アンジェラが誇らしげにミケーレの頭を撫でた。
「ミケーレは将来私の跡を継いでくれる優秀な息子だからな…。」
アンジェラもミケーレに期待をしている様だ。
僕らは1時間ほど広い庭園を回り、サロンに戻ったのだった。
食事の前に、ミケーレがアンジェラの許可を得て、サロンの窓を開け、ピアノを弾いた。ピアノの椅子に腰かけると、ミケーレは僕と同じ年くらいの大きさになり、この前の撮影の時のように『エリーゼのために』を上手に弾いたのだ。
難しい曲ではないが、音が空気に乗って、庭園に響き渡る。
ピアノを弾き終わる事には緑の葉の色が更に濃さを増し、花の種類がぐっと増えた。
ミケーレは本当の春になるまで、毎月ピアノを弾きに来たいといった。
「自分の城だ、好きにしなさい」
アンジェラはそう言ってミケーレがすることを許したのだ。
後にこの庭園の事を『聖ミケーレ城の奇跡』と呼ぶ人も出るほどだ。




