483. 囮大作戦(8)
僕、ライルが誘拐され監禁されている建物の地下室で、黒幕と思われる『教授』がいよいよ室内に入ってきた。その人物は室内の照明を点けると、僕に近づいてきた。
僕は眩しそうに眼をこすり、近づいてくる人物の方を見上げるように起き上がった。
やはり、由里杏子だった。白衣を着て、髪は後ろで束ね、僕が知っている杏子よりもずいぶん年齢がいっている様だ、見た目は50歳前後か…、杏子である事には間違いない。
「コジマ君、この子は本当に朝霧の子かい?」
「はい。ミサキの話では、あの朝霧動物病院の院長が6カ月検診で抱いて待合室にいたので間違いないと聞いています。」
「確かに、父親にはそっくりだが…事前に受け取っていた写真では髪は金髪ではなかったと思うのだが…。」
「そ、そうですか…しかし、父親が金髪で、子供も金髪なのは自然かと思いですね…。」
このコジマという男は先ほど他の奴らには隠れて僕を抱きしめ逃してくれると言っていた男だ。
「まぁいい。」
そう言うと、『教授』は大きな黒いカバンから医療器具を取り出した。
僕の腕の服をまくり上げ、ゴムのバンドを締め付ける。血液採取をするつもりなのだろう。僕は大人しくしていると怪しまれると思い、ぐずってみせた。
「やぁだ、うーうー。」
そういって手を払いのけゴムのバンドを外そうとする。
「コジマ君、押さえてくれ。」
男は渋々僕の後ろに回り後ろから体を押さえつけた。その時、男の手が僕の体にじかに触れた。男の記憶の断片が僕の中に流れ込む。
こいつは研究員か…。杏子は大学で研究室を持ち、教授をしているようだ。
幼児のふりをして弱い力で抵抗する。ゴムのバンドがきつくまかれ、大きな注射針が僕の腕に刺された。僕は少し大きな声を出して僕の方を杏子が見るように促した。
「おい、こっち見ろ」
そう言った言葉に一瞬ひるみながらも杏子とコジマは僕の目を見た。
僕は赤い目で二人に命令をする。
『お前たちは僕が許可するまで一ミリも動くことは出来ない。』
二人の瞳に赤い輪が浮かんだ。
警察が突入するまで結構時間がかかった。約10分経過後、慌ただしく足音が聞こえ数人の警察官と石田刑事が突入してきた。彼らが僕の腕に針が刺さっていることを確認したのを見て僕は二人に動くことを許可した。
「何やっている!」
石田刑事が杏子の注射針を持つ手を押さえ僕から引きはがした。注射器にはわずかに僕の血液が入り、証拠としては十分な状況をキープしている。コジマは二人の警官に警棒で押さえつけられ、床に座り込んだ。杏子は抵抗しようとしたが、石田刑事に腕を取られ他の警察官が取り押さえた。
そうして全部で5人が逮捕されたのだ。
僕はその後、病院に連れて行かれ、注射針の刺した痕などをチェックされ、家に戻されたのである。
誘拐と傷害の現行犯で逮捕起訴され、そしてその建物の別の部屋から新聞の切り抜きで作られた身代金要求の脅迫状の作りかけの物が発見された。
石田刑事に連れられ朝霧邸に戻るとすごい勢いでマリアンジェラが石田刑事から僕を奪い取る。
「痛かった?大丈夫?」
僕が頷くと、マリアンジェラもようやく安堵したようで少し笑みがこぼれた。
僕はポケットからスマホを出した。
マリアンジェラが石田刑事にそのスマホから音声データと録画した動画を転送した。
「こ、これは…。」
「スマホを持って行ってたの。証拠として出せるようにって。」
僕に頬ずりしながらマリアンジェラが言った。石田刑事は徠夢の話から、てっきり僕、ライルが大きな普通の姿で潜入していると思っていたようだ。
「それで、ライル君はどこにいるんです?」
マリアンジェラが父様に耳打ちした後、石田刑事を連れ、僕の部屋に行った。
マリアンジェラが僕のベッドの上で僕のバンダナを外し、僕の着ているオールインワンを脱がせた。そしてブランケットを体にかけた。
石田刑事は僕らが何をしているのかわからなかったようだが、父様の一言で僕に注目した。
「この子をよく見ていて下さい。」
僕は元の姿に戻るよう体を作り直した。金色の光の粒子が僕の体を包み込みムクムクと大きくなって元の姿に戻る。
「マリー、クローゼットの中の僕のパーカーとジーンズを取ってくれ。」
顔だけ出してそう言った僕に、石田刑事は腰を抜かしそうなほど驚き、固まった。
「ら、ライル君がさっきの赤ちゃんだったのか?」
「そうです。」
「なぜこんな事を…。」
「徠紗が誘拐されるってわかっていたからです。身代わりになって、犯人も突き止められれば、こういうことは起きなくなるんじゃないかと思ったんです。」
僕はマリアンジェラから着替えを受け取ると、それごと一度消え、今度はベッドの脇に着替えを済ませた状態で立った。
ユートレアの王の間で着替えて戻ってきたのである。
「私は頭がおかしくなりそうだよ。」
「大丈夫、おかしくないですよ。必ず誘拐犯を罰してください。そして、僕の体で何を実験しようとしていたのか暴いてください。コジマという男が実験という言葉を使っていました。」
石田刑事といくつかやり取りをして、僕とマリアンジェラは家に戻ることになった。
夜もかなり遅い深夜になるころ、もう帰ると言うときになりおじいさまが僕に話しかけてきた。
「ライル、大変だったな。ありがとう。徠紗が無事で、犯人も捕まって本当に感謝しかないよ。」
「おじいさま。僕も役に立ててうれしいよ。」
「ところで、マリアンジェラが言っていた留美さんと徠夢の洗脳とは…どういうことだ?」
「さぁ、マリーが何か見たのかもしれない。彼女、僕にない能力も持っていたりするからね。僕にはその洗脳がどういうものかわからないから、解くべきかどうかというところで意見をいう事は出来ないよ。父様と留美さんと話し合って結論を言ってくれたら、きっとマリーが洗脳を解いてくれると思う。」
そこにマリアンジェラが来た。
「マリーおなかぺっこぺこでもうだめ。帰ろ。」
「じゃあ、おじいさま、ちゃんと話して決めてくれよ。」
僕たちはそう言って自室へ行き、そのまま自宅へ転移したのだった。
ちょうど自宅では夕食の時間。マリアンジェラはすぐに普通のサイズに戻り、手を洗ってアンジェラに甘えてピザをいっぱいお皿に盛ってもらっていた。




