482. 囮大作戦(7)
更に三時間ほど過ぎた。スマホの時刻を見ると夜8時半だった。
どうやら二人を残し、男一人と女が食べ物を調達してきたようだ。
四人で夕食をとっている。その時一人のスマホが鳴り会話の後、『あと30分ほどで教授が来る』と他の者達に伝言した。よし、いいぞ。僕はスマホで『30分後に黒幕が来る』と徠夢に連絡した。メッセージが既読になり次のようにメッセージがきた。
『その建物の近くまで警察車両で包囲中。まだ少し距離を取っている。30分後を目途に近づくそうだ。その後突入するからそれまで気をつけるんだぞ。』
僕は誰かが歩いてくる気配を感じスマホを録音状態にしてベッドのマットの下に隠した。
足音の主は女だった。
『ガチャガチャ』と鍵を開ける音がして、その後にドアが開いた。
女は室内の照明を点けるとこちらに向かって歩いてきた。
女の手にはおにぎりがあった。女は僕の頬を揺らし、起きるように声をかけた。
「おい、ちびすけ。起きてるか?」
僕は今起きたかのように目を開け、眩しそうに眼を瞬かせた後、周りをキョロキョロしてから女の方を見た。
女はおにぎりの包装を外しその辺に投げ捨てると、手に持ったおにぎりを僕の前にヌッと出した。
「食いな。」
女はそう言って僕の手におにぎりを持たせた。僕は上半身を上げ、じっとおにぎりを見つめた後、とりあえず食べているふりをする。
「お前も災難だな。こんなに可愛いのに。実験台にされる運命なんて…。」
実験台…?女が急に僕の股をまさぐる。『ひええっ?』
どうやらオムツを替えるかどうかを確認したようだ。
「早く食べちまえよ。」
女は口が悪いが、少し気遣う風で僕にそう言い捨てて、照明を消し、部屋から出た。
僕は物質転移でおにぎりを朝霧邸の自室のゴミ箱に捨てた。
上位覚醒してから、僕は食物を経口摂取することは出来ても、排せつしたことがない。
生身の体がないため、取り込んだエネルギーが全て分解され、キラキラの一部になるのだ。当然のごとくオムツもしていなければ、汚れることもない。逆に赤ちゃんのオムツが汚れないことは怪しいという事になる。なるべく早く解決に導かねば…。
女が出て行った直後、元々この洋館で待機していた名前のわからない男が、こっそり入ってきた。
照明を点けず、真っ暗な中でスマホのライトを点け、手探りで僕の側まで来た。
「ごめんよ。本当に、ごめんよ。こんなに可愛い天使様を、傷つけるなんて、教授はどうかしてる。頭がおかしいとしか思えない。」
男は僕を抱き上げ、ギュと抱きしめた。
「どうにかして、逃がしてあげるからね。待っててね。」
そう言って男は僕をまた元の場所に戻した。
天使様って言ったよな…。この男は宗教がらみ…あるいは教授の直属の部下なのか…。
僕の頭の中に『実験』『教授』『天使』などのキーワードがグルグルと駆け巡った。
僕は冷静に考えようとするが、情報が少なすぎて何も浮かばなかった。
次は証拠を残す必要があるか…。
もし、教授が僕に危害を加えるなら、この場所だ。
そして到着予想時刻は今から10分以内だ。
僕は自分のスマホを録音から録画に変更し。キャビネットの空きっぱなしの扉の奥、そして一番上の段にn配置し、録画をする体制にはいってのだった。
スマホが落ちてこないようその辺にあったものをスマホが倒れないようにキャビネットに詰めた。
建物の表に車が停まる音がした。
足音が玄関まで続き、中から鍵を開け、招き入れる音が聞こえた。
僕は録画を開始し、自分はベビーベッドの上で横になった。
元々この建物にいた男が報告をしている。
「教授、あの赤ちゃんは地下室に移しました。泣くと外に音が漏れるのではとミサキとカズヤが言うので…。」
教授だと思われる人物が返事をした。
「それは、かまわない。案内して。」
それは、女の声だった。よく知る女の…。そう杏子だ。変えてしまう前の世界で、自分の母だと慕っていた女の声だ。
僕はある意味期待に震えていた。由里拓斗と同様に、この世界にいてはいけない存在の杏子がここに現れるのだ。
あの女の所在が明らかになれば、少しでも接触することができれば、今後探すのが簡単になる。
そして、一連の僕達親族に絡む理由を明らかにするチャンスになるのだ。
その教授の手によって、地下室の照明が点いた。




