481. 囮大作戦(6)
時間は少し遡る。僕、ライルが看護師の格好をして近づいた誘拐犯に連れて行かれた後の話だ。
女はいくつかある診察室の中から、人のいない診察室を選び、そこを通って裏口からいとも簡単に僕を連れだした。そして、待機させていたガラスをスモークで黒くしたワゴン車に僕を乗せると、中にいた男が僕に薬品を嗅がせた。
薬品の量は結構なキツサだ。僕には何の影響もないが、眠らされたふりをする。
運転手の他に男が一人、先ほど薬品を嗅がせたヤツと看護師のコスプレをしていた女だ。
三人の会話をじっくり聞く。
運転手に女が聞いた。
「タカシ、屋敷までどれくらいかかる?」
「まぁ、20分ってとこじゃねえか?」
もう一人の男が質問をする。
「なぁ、ミサキ。教授は今日来るのか?」
「その予定だけど。誘拐の成功報酬持ってくるはずだよ。」
「その後はどうなるんだ?」
「カズヤ、教授が、一か月そのガキの面倒をみれば更に金出すって言ってたよ。」
「へぇ、たっぷりくれるならやってもいいけどな。」
僕はその会話を聞いていくつか気になる事があった。
教授…由里拓斗の事か?イヤ…今の世界では由里拓斗の存在は確認できていない。
別の教授がいるのか?あと、こいつらは宗教には関係なさそうだ。金で雇われたクズに違いない。
それ以外は大した会話もないままあの大きな洋館に到着した。
僕は眠っているふりを続行した。
「泣いたらうるさいからよ、地下室にベビーベッドを移動しておこうぜ。」
カズヤと呼ばれた後部座席にいた男が言った。
他の二人も同意した。車から降り、建物の中に移動すると、中に男が一人いた。
「計画通りか?」
「あぁ、うまく行った。」
「さっき教授から電話があった。今日の夜、遅い時間に金を持ってくるそうだ。
その時に今後の計画について話してくれると言っていた。」
「そうか。おい、ガキに泣かれると外に音が漏れると嫌だからな、地下にベビーベッドを移してくれ。」
「しかし、見ていなくていいのか?」
「どうせ眠らせておく時間の方が長い。勝手に動き回ったりしないさ。」
僕は洋館にいた男に抱かれたまま地下に連れて行かれた。
そこはもう一つの世界の徠紗がいた部屋と殆ど同じだった。男は割と丁寧に僕をベビーベッドに寝かせて呟いた。
「かわいそうにな。こんな小さい子を…。」
どうもこの男は他の三人とは少し違うようだ。
ここには監視カメラなどは無さそうだ。あいつらがここに来ない限り僕も自由に動き回れる。少しここにいるやつらの動向を確認したい、その中で次何をするかを判断しようと考えたのだ。
誘拐されたのは午後3時20分頃だった。
現在の時刻は、多分6時頃だろうか…。もうすっかり外は暗くなっている様だ。
ゆっくりと深呼吸して集中すれば、壁や土の先も透けて見える。
この部屋は誘拐犯たちがくつろいでいる居間の様な場所のちょうど真下にあたる様だ。
動き回らなくても、耳を澄ませば会話が全て聞こえる。
ベビーベッドの上で寝転がって考え事をしていると、目の前にマリアンジェラが転移してきた。
「ライル、大丈夫?」
小さい声で言いながら僕の背中をさする。
「大丈夫だよ、マリー。そっちはどう?」
「タブレット渡して場所を特定するって言ってたけど、どうしたらいい?」
「実はさ、今日の遅い時間に黒幕が来るらしいんだ。あいつらは『教授』って呼んでたけど、誰かはわからない。」
「そっか…じゃあ、その人が来ている時がいいね。待ち伏せして、その人が入るのを待っててもらおうか?」
「そうだね、それがいい。あと、僕のスマホ持ってきた?」
「うん、これ。」
「ありがと。何か動きがあったら知らせることにするよ。」
僕はスマホをベビーベッドの毛布の下に隠した。
「じゃ、もう少し、がんばってね。」
「うん。」
マリアンジェラは戻って行った。真っ暗な中で何もしないのも疲れるな…。
眠れるわけでもないし…。
僕はベビーベッドに寝転がったまま、上階の4人が何か会話をするのを待っていた。




