474. 口裏合わせの救出劇
僕が石田刑事を連れて建物の外へ転移した時、僕たちは草むらの中に出た。
草むらと言っても冬なので、草は枯れて生い茂っているわけではない。
「建物の裏側みたいですね。表に回りましょう。」
僕が小さい声でそう言うと、石田刑事も首肯した。二人でそろりそろりと建物沿いに移動する。建物の裏には、他の所有者の土地なのか、簡易ではあるが、フェンスが張り巡らされていた。しかし、すぐ側に人が住んでいるような建物はなく、草むらの先に木が生い茂る雑木林があるという感じだ。
「石田刑事さん、スマホの位置情報で場所を特定して、大気中の警察官の方に応援の要請など、お願いしてください。」
「あ、あぁ、わかってる。」
石田刑事は裏から建物の写真を撮り、その位置情報をつけたデータを情報としてメールを送った。そしてその後電話をかけた。
「俺だ、朝霧さんの所の赤ちゃんの居場所が分かった。今送ったメールのファイル見てくれ。あぁ、地図アプリのスクショも送った。今のところ、確認できたのは女が一人。病院で看護師のふりをしていた女で間違いない。これから表に回って車の台数とか中の様子を探る。そこから遠かったら、この場所に近い警察署動かせ。緊急要請だ。いいか?」
石田刑事はテキパキと指示すると、僕の方を見た。
「表の方へ、急ぐぞ。」
僕は首肯して、石田刑事と共に草むらを進んだ。ようやく草のほぼない場所に到達し、音を立てないように建物の影に隠れながら、窓の中をチラ見しつつ進む。
昼間であるため、中に照明などがついているかは不明。カーテンがかかっており、中を見ることも出来ない。
ようやく表に回ると、それは大きな洋館だった。
これ、見たことあるな…。僕が変える前の僕の世界で、僕を誘拐した犯人が連れて来た場所だ。
「この裏、大学のキャンパスと研究所があるところかもしれません。
朝霧の家から車で20分ってところでしょうか。」
それから10分ほどで、サイレンを鳴らしていないパトカーが10台ほど静かに屋敷の周りを囲んだ。
石田刑事の指示の元、建物の裏にも数名の警察官を配置する。
さあ、突入の時間だ…と思っていたら、なかなか先に進まない。
「どうしたんですか?」
「僕が石田刑事に聞くと、何人中にいるかわからないから、こういう時はすぐに突入しないんだ。正面は当然、施錠されているだろうし。」
そういう石田刑事のまったくごっもっともな返事に、どうしようか少し考えた後、僕は提案した。
「あの、ちょっと他の人を連れてやったことないんですけど、さぐりに行きます?」
「だから、バレないようにしなきゃいけないんだよ。」
「大丈夫です。声出さないでください。息できなかったら僕を叩いて教えてください。」
僕あそう言って、あの、土の中にもぐる能力を使った。
石田刑事と僕の足が土にめり込んでいく。
「あっ。」
思わず声を出した石田刑事に僕は口を押えて言った。
「声、出さないで下さい。」
僕達の体は土にめり込み、完全に見えなくなった。
一応、警察官たちには見えない墓所に行き、コソコソやったのは言うまでもない。
石田刑事と僕はそのまま家の中へと進み、パントリーの様な小さな倉庫の中に出たのである。
小さい声で石田刑事に伝える。
「次、こっちの部屋に顔だけ壁から出して人がいるか見ましょう。」
キッチンに顔を出し、誰もいないことを確認する。
そのまま突っ切って、次の部屋の壁との境でまた体を壁に潜り込ませる。
ちょうどキャビネットの中に顔が出た。室内からは見えないので好都合だ。
男が三人とあの女が一人。合計四人だ。
僕は石田刑事を連れて、元居た場所に転移した。
石田刑事がよろめく…。
「変な汗がでるな…これ…。」
多分転移の事を言っているのだろう。
「じゃあ、僕正面玄関の鍵を内側から開けて来ますね。ドアが開いたら合図です。一斉に中の四人を抑えて、石田刑事は警察官を何人か連れてさっき徠紗がいた場所を探してください。多分地下です。」
「ら、ライル君、鍵に指紋をつけないように…」
「わかってます。触らないので、大丈夫です。鍵を開けたら見守ります。徠紗が救出されたら、僕は先に朝霧の家に帰ります。」
「あ、あぁわかった。うまく行くことを祈るよ。」
「はい。ありがとうございます。石田さん、最後に僕の能力の事は口外しないで下さい。その代わり、もし石田さんが困ったときに言ってもらえれば、手助けしますよ。」
「え?そ、それは…。」
「約束、してくれますか?」
「お、おぅ。約束する。」
「では、鍵を開けます。」
石田刑事は警察官たちに指示を出した。入り口のカギとドアが開いたら静かに突入し、廊下を右手に入ったすぐの部屋にいる賊を四人を確保する。
そして、石田刑事が他の数名を率い地下への入り口を探す。
伝え終わってから一分も経たずに、小さくカチャと音がして、表の玄関のドアが開いた。
武装した警察官がそっと音を立てずに現場へ侵入した。
石田刑事の胸が今までで一番高鳴っていた。
『こんな、マジックみたいなことで侵入できたり、赤ちゃんの場所がわかるなんてよ…。あの子は神様なんじゃねえのか…。』
神など信じたことのない自分がそんなことを考えるだなんて…本末転倒だと石田刑事はクスリと笑った。
石田刑事は三名の警察官を連れて地下室への入り口を探し、施錠されていたドアを壊して中に入り、徠紗を救出したのである。
僕はそれを見届けて、朝霧邸に戻ったのだ。




