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473. 徠紗の行方

 僕、ライルは12月25日の朝早くに倉庫でもう一つの世界のアンジェラが送ってきた手紙に気づき、アンジェラと共にその手紙を読んだ。

 その手紙にはもう一つの世界でも父様と留美さんの間に僕の妹と同じ名前の『徠紗らいしゃ』が生まれ、その徠紗が誘拐されたと書かれていた。

 手紙は全部で四通、徠紗が誘拐されたこと、身代金を要求する脅迫状が届いたこと、しかし身代金の受け渡しの具体的な連絡がないまま、徠紗の命が惜しければ、今度は翼もちの親族てんしを二人差出し、徠紗と交換しろという要求が書かれていた。最後の手紙には今度は身代金支払いの期日が過ぎたからと徠紗の物とする血液の付いたハンカチが送りつけられた。


 とにかく、僕は慌てて必要そうな物をかき集めリュックに詰めると、もう一つの世界への入り口である自宅倉庫の白い布がかけられた絵画を手にしたのである。

 目の前の景色がグニャリと歪んだかと思うと、急に倉庫のなかの雰囲気が変わった。

 転ばぬように翼を出し、上手くバランスを取って着地する。

 まずは、こちらの世界のアンジェラ、ブラザーアンジェラに会わなければ…。

 僕は倉庫から出て、アンジェラの寝室を通りアンジェラの書斎へと向かった。

 書斎を覗き込むと、アンジェラは不安そうな声で誰かと電話で話をしていた。

「いや、私はそんなつもりで言ったのではない。あぁ、あぁ、わかっているとも。

 私達があきらめてどうするのだ。どうにかそちらに向かいたいが、記者会見をしろと言われている期限がもう明後日なのだ。航空機で移動している時間がないのはわかるだろ。」

 話が落ち着くまで、と思い僕が書斎の入り口で静かに待っていると、アンジェラが僕に気が付いたようで、急に大きな声になり電話の相手に言った。

「あ、ちょっと待て!いや、後からかけなおす。今は他にもっと重要なことが…。

 悪いが、切るぞ。」

 そう言ってブラザーアンジェラは通話を切った。

「ラ、ライル君、君…来てくれたのか…。」

 震える声でそう言ったブラザーアンジェラは目にうっすら涙を浮かべて僕に抱きついてきた。仕方なく彼を受け止めながら言った。

「あ、あのブラザー、遅くなってごめん。色々と忙しくて、倉庫に入ってなかったんだ。手紙は四通読んだよ。ハンカチも持ってきた。」

「あ、ありがとう。来てくれてうれしいよ。私はあまりにも非力で…。」

 なんだか目の下にクマも出来ているし、以前見た時より痩せた感じがする。

「日本の朝霧邸に行った方がいいかな?病院で徠紗がいなくなった時にその場にいた人の記憶を見たりしたいんだけど。」

「あぁ、頼む。私も朝霧の方に行きたいのだが、瑠璃リリィが精神的に参ってしまって、転移が出来ない状態なのだ。」

瑠璃リリィ、そんなにひどいの?」

「あぁ、身代金要求後、受け渡しの連絡がなかったため、警察が公開捜査に切り替えたのだ。そうしたら報道陣が家の前に集まり始め、名前が公になると瑠璃リリィが通う中学校まで報道陣が押し掛けるようになってな。」

「わかった。まずは朝霧に行こう。」

 僕はブラザーアンジェラの肩に手をかけ、日本の朝霧邸の自室に転移した。


「あれ?」

 そこは段ボールが積み重ねられたものが溢れかえった部屋だった。

「あ、そっか。こっちの世界ではこの部屋は使われてないんだね。」

 僕とブラザーアンジェラは三階から二階へと歩いて移動した。

 今日は土曜日だ。そして、僕らの世界と同じ時間軸に来ているとすれば、イタリアでの早朝は、日本での正午辺りか…。

 瑠璃リリィに会いに行く前に、誰か他の者に会ってからがいいと思った僕はブラザーアンジェラに言った。

「驚かせちゃうと嫌だからさ、おじいさまにでも挨拶しておかない?」

「あ、あぁそうだな。その通りだ。」

 ブラザーアンジェラは転移できない、ここ日本の朝霧邸に戻って欲しいとさっきの電話で言われたのに、長い時間をかけて移動していては記者会見が出来ないと言っていた。

 当然、誰もブラザーアンジェラがここに来ているとは思いもしないという事だ。

 一階まで下りサロンを覗くと、皆揃っていた。

 祖父の未徠、祖母の亜希子、父親の徠夢、母親の留美、そして多分、伯父の徠太とその娘麗佳だ。

 ブラザーアンジェラがサロンに先に入り皆に挨拶をする。

「皆、聞いてくれ。もう一つの世界からライル君が助けに来てくれた。」

 皆一斉に入り口の方を見た。

 麗佳以外は初対面に近いのだが、僕は皆のその風貌に驚いた。

 皆、普通に年を取っていた。徠夢は35歳、留美は33歳のはずだ。留美は僕の世界の留美と髪型や服装が違うくらいで、見た目の年齢に違いはない。しかし、徠夢、父様は全く違い、僕の父様は見た目が20代半ばだが、こちらの徠夢は普通の35歳だった。

 未徠は57歳のはずだが、僕の世界ではせいぜい30歳くらいにしか見えないのに、ここでは顔にシワがある…普通の57歳だ。亜希子に至っては悲しい位違っていた。

 そうか…僕の世界の祖母である亜希子は、過去に戻って僕が助け、連れて来てしまったため、実年齢も27歳程度なのだ。そして徠太は僕の世界にはいない人物だ。

 彼らの見た目に多少の衝撃を覚えつつ、サロンの中に入って行った。

 皆立ち上がり、僕の方を見る。その中で、一人、僕にすごい勢いで駆け寄ってきたのは麗佳だ。

 彼女は、僕の世界に助けを求めて入り込んだことがあった。

「ライル君…。え?うそ…。助けに来てくれたの?」

 涙ぐみながら、僕の手を取って嬉しそうにそう言った。僕も黙って頷いた。

 彼女は他の五人に僕の世界に行って助けを求めたことを言っていたのだろう。

「彼がライル君だよ。ほら、アンジェラさんの家に行った時に瑠璃リリィを助けてくれたの。すごい能力があるんだって瑠璃リリィがいつも言ってた。」

 徠夢が立ち上がって言った。

「ライル君、6年前にも瑠璃リリィを救ってくれたのを知っているよ。

 その時は体が透き通っていて、あれが人であるという事が私たちにはわからなかったが…。」

「あぁ、すみません。僕はその時のことはあまり覚えていないんだ。自分も死にかけていてこの世界に迷い込んだ状態だったから…。」

 その事実を知らなかったようで、徠夢の表情が硬くなった。

「そ、そうなのか…。そんな中でも助けてくれたのだな…。ありがとう。」

 当時、自我というか意識もあいまいで、自分の体だと間違えて瑠璃リリィの元に来た偶然から起きた奇跡でああったのは言うまでもない。

 未徠が口を開いた。

「ライル君、君に何ができるのか私たちは知らないが、私たちは今窮地に立っているんだ。どんなことでもいいから手を貸してほしい。」

「おじいさま。…と呼ばせていただきますね。僕、徠夢さんの子供としてもう一つの世界では生まれているんです。こちらの世界では、瑠璃リリィの脳腫瘍として取り出され、死んでしまったようですが…。」

 そこにいた全員がその言葉に凍り付いた。

 脳腫瘍として取り出された瑠璃リリィの双子の片割れが、この子なのかと…。

 もし双子の体に取り込まれずに育っていたら…こんなに立派な美しい子に育つのかと、皆同じように考えていた。

「あ、気にしないで下さい。僕の世界では、リリィが脳腫瘍だったんです。

 幸運なことに、僕の妹の方は元気で暮らしています。」

 ブラザーアンジェラが僕に席に座るよう椅子を引いてくれた。


「では、何か用意する必要がある物があったら言ってくれないか。」

 ブラザーアンジェラがそう言ったので、僕もそれに応えた。

「はい。では、『脅迫状』の原本を触らせて下さい。」

「実は、原本は警察が持って行ってしまったんだ。」

 徠夢がそう言ったので、僕は疑問をぶつけてみた。

「なぜ、警察はここにいないんです?誘拐事件ですよね?」

「最初はいたんだが、直接ここに電話や人が来たことがなかったため、引き揚げてしまったんだよ。」

「え?それって、おかしくない?石田刑事に連絡取りましたか?」

「石田刑事…って以前留美が襲われた時に協力してもらった刑事さんのことか?」

「はい。そうです。僕の世界でもいつも僕達のこと助けてくれる信用できる人です。」

「いや、ライル君、今回はその人はいなかったよ。病院で誘拐され、通報した流れで、担当した警察官や刑事たちは私たちの知らない人たちだった。」

「石田刑事の連絡先、わかったら電話してみてください。何かの時に警察関係者が近くにいる方が証拠を残すと言う意味で有利ですから。」

 留美が自室に戻り石田刑事の名刺を持ってきた。そして、それを見て徠夢が電話をかけ始めた。


「じゃあ、今できることからやりましょう。誘拐された時、一緒だったのは留美さん?」

「はい。私とお義母さまが。」

「じゃ、記憶を見るために、ちょっと手に触りますね。」

 僕はそう言って、亜希子と留美の手に触った。パアッと触ったあたりが光った。

 僕は状況を確認することができた。

 留美は看護師に促され、待合室から徠紗を連れて診察室に移動した。その時に亜希子は待合室に留まり、座って待っていただけだったが、途中で電話がかかってきたため、待合室から電話を使っていいエリアに移動したのだ。

 留美は、看護師から徠紗だけでまず診察をすると言われ渡してしまった。診察室の奥に連れて行かれた徠紗が戻って来るものと思い待っていたが、少しして別の看護師から名前を呼ばれ、『診察を始めるので赤ちゃんの上を脱がせて膝の上に抱いてください』という言葉に『徠紗は他の看護師さんが連れて行きました』と言ったところで、騒ぎが起きたと言うことだ。

「徠紗を連れて行った看護師が怪しいですね。」

「はい。でも、そんな特徴の看護師はいないと、病院にも警察に言っても埒があかなかったんです。」

「そうですか…。」

 そこへ、電話をかけていた徠夢が戻ってきた。

「石田刑事さんが警察官を二人連れてすぐにこちらに来て下さるそうだ。」

「そうですか、では、それまでの間にもう一つ…」

 僕はリュックに入れてあったハンカチを取り出した。まだビニール袋に入ったままだ。

「あの、僕、血液を触るとその人のピンチの場面に転移というか、本人に憑依してしまうんです。ただ、徠紗は小さくて、自分の思うように動けるとは限らないので、彼女の中に入るのはリスクが高いと思うんです。」

「そうだな、赤ん坊に入っても歩いて逃げるわけにもいかないだろう。」

「はい、それに気を失っていないと体のコントロールも効きませんから。」

「徠紗の所には転移出来ないということか?」

「この血液を使っては無理です。もし、僕が徠紗に面識があって触ったことがあれば別ですが…。」

 徠夢が頭を抱え込んで言った。

「やはりできることは無いのか…」

「あ、あの…徠紗の髪の毛って数本でかまわないので探してみてください。」

 留美は素早く反応し、立って自室へ走った。

 すぐに留美が戻り、小さなヘアブラシを持ってきた。

 わずかに数本ではあるが、柔らかそうなブラウンの短い髪が絡まっていた。

「片付けなくて良かった…。」

 僕は皆に説明をした。

「僕は多分、この髪の毛を触って、徠紗の頭を触れる位置に転移することが可能です。ただ、そこにもしかしたら敵がいるかもしれないし、徠紗が怪我をしているかもしれない。」

 徠夢の顔が強張る。

「そして、一番の問題は僕がこの世界には存在していない人間だという事です。

 僕が徠紗を助けても、僕が通報できるわけではありません。

 そんなことをしたら、僕は捕まえられ、一生実験動物のように色々な検査をされて家に帰ることも叶わなくなるでしょう。」

 皆、静かに首肯した。

「そこで、石田刑事さんが必要なんです。

 僕が超能力者だと彼に告白します。そして、この世界の住人ではないことも。

 その上で協力をお願いしようと思います。」

「そんな事をして大丈夫なのか?」

「僕の能力の一つには相手に命令を遂行させると言うものがあります。最後にそれを使い、僕の事は公表しないようにさせます。多分、石田さんはそんな事をしなくてもわかってくれると思いますが…。」


 そんな話をしているうちに、ドアベルが鳴り来客を知らせる。

 亜希子が急いでドアへと走った。

 少しして、亜希子が来客を連れて来た。石田刑事だ。

 警察官は外の車の中で待機中だということだ。

「いやぁ、赤ちゃんが誘拐されたっていうのは本当らしいな。ここに来る車の中で照会したら、病院で連れ去られたって言うじゃないか…。奥さんが妊娠中に拉致されたのを追いかけたことを思い出してぞっとしたよ。

 しかし、なんで本部の連中は解決もしていないのに撤収したんだい?」

 徠夢は俯きながら小さい声で言った。

「どうして撤収したか、なんの説明も受けていませんよ。」

「はぁ…そうか…。すまんかったなぁ。俺にできる事ならなんでもするから、言ってくれ。」

 そこで、僕が話しかけた。

「石田刑事さん、初めまして。僕、朝霧ライルと言います。このうちの遠い親戚です。」

「ライル君ね、背、大きいな。何歳だ?」

「15歳です。」

「で、ライル君は遊びに来ていたのかい?」

「いえ、僕は今回、徠紗らいしゃを助けに来ました。」

「何だい…ヒーローごっこかい。何の手掛かりもないっていう報告が上がっているそうだからね。まずは連れ去られた場所からでも何かないか探さないといけないんだよ。」

「石田刑事さん、僕は超能力者なんです。」

「いやいや、そんなバカなこと…。」

 そういう石田刑事の手を取り、さっき見た留美が疑わしい看護師とやり取りした記憶を見せた。石田刑事が思わず僕の手から自分の手を引っ込める。

「な、なんだ。なんだい、今のは…。」

「今のは、留美さんの記憶をあなたに見せたんです。」

「そ、そんなことできるはず…。」

「お願いがあるんです。僕は徠紗には会ったことがありません。でも彼女の髪の毛を触れば、きっとその場に行けるはずなんです。ただ、そこがどんな場所か全くわかりません。僕と一緒にそこへ行って、場所を特定し、応援を呼んで徠紗を助けて欲しいんです。」

「そんなバカなこと…。できるわけが…。」

「できるかどうか試してみたくありませんか…。」

「うっ…そ、そりゃあ…。」

「では、まず、場所を特定しましょう。警察官の方たちには、ここで待機してもらって下さい。」

「ら、ライル君、しかし、行くってどうやって行くんだい。」

「目を瞑ってください。」

 僕は石田刑事の肩に手を置き、徠紗の髪の毛を握りしめた。

 その指先から順に僕の体が金色の光の粒子になり、砂のように空中に崩れていく。

「あぁ…。」

 その様子を初めて見た未徠と亜希子は目を開いたまま閉じることが出来なかった。


 石田刑事の肩に置かれていた手が離れ、肩をトントンとつついた。

 石田刑事が目を開けると、そこは薄暗い部屋の中だった。

 真っ暗と言うほどではないが、目が慣れていないためよく見えない。

 人の気配は僕と石田刑事しかいないように見えたが、僕がスマホのライトを点けると、僕の右手には徠紗の髪があり、その先にスヤスヤとベビーベッドで眠る徠紗がいた。

 多分、睡眠薬かなにかで眠らされているのだろう。

 思わず石田刑事が何かを言おうとしたが、僕はとっさに彼の口を押え、スマホのライトを消した。

 そのまま部屋の奥へと進み、キャビネットの影にしゃがむ。

 廊下を歩く音だろうか…『コツコツ』と音がして、やがてドアの前に立ち、鍵をガチャと開ける音がした。

 そして、懐中電灯を持った人物が徠紗が寝ているのを確認した。

 その人物は部屋を出て、また鍵をかけ出て行った。

 その時、廊下の照明に照らされ、顔が見えた。あの看護師の格好をした女だった。

 僕は石田刑事に耳打ちした。

「石田さん、徠紗は無事の様です。この場所を特定して、警察を呼んで突入してください。外に出ますよ。」

「…。」

 僕は建物の外へ石田刑事を連れて転移した。


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