472. ブラザーアンジェラからの手紙
翌日からは、通常通りの生活だ。まだ学校は休みなので、ゆるゆるな生活を満喫する。
昨夜もマリアンジェラの夢にお邪魔して、ぐっすり眠った。朝起きて、スマホを見ると数人からクリスマスのメッセージが届いていた。
学校で知り合った人や、アニマルシェルターの職員からだった。
自分からもメッセージをくれた人には返信しておいた。
僕の生きる世界はとても狭い。場所とか地域とかではなく、人間関係が狭いのだ。
もしかしたら、普通に日本の小学校、中学校、高校、大学と進学していれば普通にたくさんの同級生と友達になれたのだろうか…。
イヤ、そんなことは無いな…。だって小学三年の時だって、同級生なんかまったくと言っていいほど仲良くしたことがない。
それに、仲良くするということは、僕らの秘密がバレるリスクも高くなるという事だ。
僕は、そんな僕達だから、親族が皆長生きで、寄り添いながら共に生きて行けるようにできているのかな…なんて考えている。
そういえば、もう一つの世界のJC瑠璃はどうなのだろう…。
暫くの間大学受験で忙しかったりで連絡を取っていない。
僕はふと思い立ち、倉庫の中のあのもう一つの世界への入り口となっている絵画のところへ転移した。
「わ、やべっ。」
そこには、4通の手紙と、血の付いたハンカチがビニール袋に入れられて落ちていた。
あっちの世界で、何かがあったんだ。
僕は、その場に散乱した手紙や血の付いたハンカチが写るように写真を撮り、アンジェラに送った。そしてメッセージを付け加えた。
『あっちの世界で何かあったようだ。』
僕は一度自分の部屋に転移で戻り、普段はキャビネットの中に書類整理のために入れてあるトレーを持って倉庫に転移で戻った。
僕の後ろ、倉庫の入り口の方からアンジェラが走ってきた。
「ライル…。」
「あ、アンジェラ。久しぶりにチェックしようと思って来たら、こんな事に…。」
僕は触らないように物質転移で手紙とハンカチをトレーの上に載せた。
「ライル、私の書斎へ来てくれ。」
「うん、そうしよう。」
僕たちは二人でアンジェラの書斎へ移動し、万が一僕が触ってしまってどっかに飛ぶのを回避するため、アンジェラが手袋をはめて、手紙を開封した。
「確か、先月、ミケーレがヒヨコが生まれる前の卵を持って、あっちに行ってただろ?ちょっと日記を見てくるよ。」
僕は自分の部屋に戻り、ミケーレが家出した日を確認する。
11月13日だ。一か月と10日ほど、手紙をチェックしていなかったことになる。
アンジェラが手紙の封筒にかkれている日付順に並べた。
12月16日、12月18日、12月20日、12月22日。この日付を見る限り、割と最近だ。
アンジェラが古い方の手紙12月16日のものを開封し、読み始めた。
『しばらく連絡が出来ずにおり申し訳ない。
実は、こちらで問題が起きて、11月の初旬からしばらく家を留守にしていたのです。
その問題と言うのが、瑠璃の両親のところに生まれた瑠璃の妹、徠紗の誘拐事件だったのです。
5月に生まれた徠紗は日本で両親と祖父母と暮らしていましたが、11月の初めに乳児の6カ月検診で病院へ行った際、何者かに襲撃され、忽然と姿を消しました。
病院の診察室での出来事で、監視カメラには一切それらしいものは映っておらず、警察の捜査は難航しております。
徠紗がいなくなって一か月以上経ち、瑠璃の母親と父親の憔悴しきった状態は本当にひどいものです。
私は何かできることは無いかと日本に滞在しておりましたが、先日、自宅のセキュリティが何者かに破壊され、自宅の中に進入されたため警察からの連絡を受け急遽帰宅したのです。
幸い、倉庫には侵入できなかったようで、そちらは無事でしたが、アトリエに飾ってあった瑠璃の絵画が盗まれました。
悪いことばかり続きます。そちらは、何も起きていませんように。
アンジェラ・アサギリ・ライエン』
「ライル、他の手紙を読んでからだが、お前、あっちの世界に行って徠紗を助けることはできないか?」
「アンジェラ…。きっと前回、これが最後だと言って手助けしたから、頼みにくいんだろうね…。うん、行ってみるよ。次の手紙、読んでくれる?」
次は12月18日のものだ。
『二日前に手紙を置いたばかりであるのに、また書くことになってしまった。
実は今日、日本の朝霧邸宛に、新聞の見出しの文字を切り抜いたものを貼り付けた脅迫状が届いたのだ。
そこには【身代金をよこせ。代金は2億円。三日後の12月21日までに用意しろ】というものだった。
金は私が国際送金でなんとか間に合わせることが出来そうだが、この情報が本物かどうかもわからず非常に困惑している。
誘拐されてからかなり時間が経っており、警察はこの脅迫状はにせものではないかと踏んでいる。他の証拠や状況は相変わらずないままだ。
神が私達に手を差し伸べてくれますように。
アンジェラ・アサギリ・ライエン』
「アンジェラ、僕、すぐ準備をするよ。」
「そうだな。残りの手紙は写真を撮って5分以内に送る。」
「わかった。」
僕はシャワーを浴びて、動きやすい黒のパーカーと綿パンを着た。
ちょうど5分経った頃、スマホを確認すると、アンジェラが撮った手紙の写真が届いていた。
ざっと目を通すと次のように書かれていた。
『12月20日、また、あなた達に宛てて手紙を書いている私を許してほしい。
昨日、手紙に脅迫状が届いたと書いたが、それを否定するような声明を出した者が現れた。その声明によれば、私達が聞いたこともない宗教団体が徠紗を誘拐したとされ、その声明の文書は以下の通りである。
【私たち《永遠の翼》は、人類が不老不死の恩恵を得るための方法を模索する中で、一つの結論に達した。それは、本物の天使=異界からの侵略者の血肉を食らうことで成就される。そのため、その末裔の一人である《ライシャ・アサギリ》を拉致した。
その命を助けたければ、翼のある血族を二人以上差し出せ。返事は記者会見を行い、アンジェラ・アサギリ・ライエンが行え。期限は一週間とする。】
翼のあるものは私と瑠璃だけだ。今日、親族で会議を行う予定だが、徠紗を無事に取り戻せる確証が全くないのだ。
こんな時、あなたならどう対処するのだろう。
早くこの手紙に気づきアドバイスをいただけることを願う。
アンジェラ・アサギリ・ライエン』
そして最後の手紙、12月22日のものだ。
『12月22日。もうダメだ。私には出来ることはないだろう。
今朝早く、朝霧の家に血の付いたハンカチが送られてきた。
そのハンカチと共に入れられていた手紙には、ハンカチについた血は身代金を用意しなかったために殺された徠紗のものだと書かれていた。
しかし、しかしだ。実際には身代金の受け渡し方法が具体的に私達に知らされた事実はない。瑠璃は追い込まれ、精神状態が悪く何も聞き入れられない状態だと言う。すぐに私も駆け付けたいが、私は転移する能力も持ち合わせていない。
自分の無力さに失望するばかりだ。
記者会見を開くための時間も迫っている。12月26日には記者会見を行うつもりだ。
アンジェラ・アサギリ・ライエン』
スマホの写真で手紙を読み終え、僕はリュックに必要そうな物をいくつか詰め込んだ。
そして僕の家のアンジェラにメッセージを送る。
『ヤバそうだから、すぐに出る。こっちの家族の事は頼んだよ。
あと、同じことが起きる可能性もあるから、朝霧に連絡して、家から出ないように言って欲しい。』
すぐに『了解』と返事が来た。
僕はスニーカーを履き、リュックを背負って倉庫に転移し、もう一つの世界への入り口であるあの布のかかった絵に手をかけたのである。
目の前の景色がグニャリとゆがんだ。




