466. ライル最大のピンチ
12月24日、金曜日。
日本時間の午後7時、イタリアではちょうど正午である。
日本の朝霧邸でクリスマスパーティーを行うと、僕、ライルの父親である徠夢から招待されたため、つわりがひどいリリィとその夫アンジェラをイタリアに残し、家族と、同居していないドイツに在住の血族達を日本の朝霧邸に連れて行く時間となった。
最初にマリアンジェラとミケーレの他、リリアナとアンドレ、その双子の息子であるジュリアーノとライアンと共に先行して転移する。
リリアナとマリアンジェラは転移の能力を持っているため、リリアナは双子を両手に抱え、僕はアンドレと手を繋ぎ、マリアンジェラはミケーレと手を繋いての転移である。
かしこまったパーティーではないと父様は言っていたが、アンジェラはこういう時、とにかく着るものにこだわる。
いつ注文したのか知らないが、朝、食事の後、皆にこれを着て行くようにと衣装を渡された。
女性は、赤いシフォンのミニ丈ドレス。靴も赤だ。リリアナとマリアンジェラがその服に着替えたのを見て驚いた。
今まで、赤い服なんて着たのを見たことなかったからというのもあるが、少し暗めの赤い色で、なんともゴージャスな感じである。
男性は、さすがに赤は…という事だろうか…ワインカラーのパーカーに黒系のスリムジーンズが用意されてた。わりと普段着っぽい。
双子は、ちょっと違った。帽子もセットになっているサンタさんの衣装だった。二人でサンタさんになってちょこちょこ歩き回る姿はマジでかわいい。
日本の朝霧邸に転移した後、僕とマリアンジェラだけドイツに転移し、マルクス、ニコラス、フィリップ、ルカを迎えに来た。
ドイツに着いた時、アンジェラの祖父であるマルクスがマリアンジェラに言った。
「おっ…マリアンジェラか?年の割にずいぶんでかいなぁ。」
「マルクスじいちゃん、そりゃそうよ。マリーのパパはアンジェラ様なんだから。じいちゃんだって、年の割にずいぶん黒くて筋肉ゴリゴリじゃん。」
マルクスがまるでボディビルのようなポージングをする。
「じじぃ、キモっ」
マリアンジェラはからかう大人に容赦ない。そして、僕らのわかっている限り、一番上の血縁者であるニコラスは…というと、それを見てオロオロ仲裁をするのである。
「マリー、そんなこと言ったらマルクスが可哀そうだよ~。」
本来なら一番上の年長者なのだが、子育てが落ち着いて妻が亡くなったときに、自ら希望して現代に移住しているため、実年齢は40歳ほどだ。
僕達の親族の中では若い部類に入るのだ。でも本当は500年前の人だ。
大体おかしいと思うのは、フィリップとルカが自分の父親であるニコラスを呼び捨てにしている事である。
フィリップはどうやら幼少期に育てられたのは覚えている様だが、何百年も経って若い姿のまま突如として現れた父親は、彼らには単なる若造に見えている様だ。
確かに、ニコラスは教会で司教をしていただけあって、真面目で繊細、そして超ビビりである。親族の中では左徠と性格が似ている。とても王族の王位継承第二位だった王子とはとても思えない貫禄のなさである。
ただ、見た目は一番アズラィールに似ている。いや、皆、顔は全く同じだが、雰囲気やスタイル、行動などが全く違っているので、逆に同じところを見つけるのが難しい。
まぁ、ちょっとしたやり取りもあったが、すぐにドイツの親族を日本に連れて行った。
ちょうど一年ぶりに再会したので、皆、にこやかにハグしたり、会話に花を咲かせている。ちょうど、店を早じまいした徠神がやってきた。
「あ、ライディンおじちゃん。」
ミケーレがアンジェラの兄である徠神に駆け寄りしがみつく。
「ミケーレ、最近あまり店に来ないから、心配してたぞ。」
「おじちゃん、ママがね『つわり』ってやつで食欲ないから、あんまりお外でご飯食べてないの。」
「つわり?何…妊娠中ってことか?」
あはは、ばれちゃった。
「ライル、どうなんだ。」
徠神の追及がこっちに向いた。
「あ。うん。リリィは妊娠してるみたいだよ。フライドチキンばっかり食べてて、他の物は受け付けないらしいよ。」
「そうか…。そりゃ、めでたいな!わっははは。」
確かに…。子供をもうけても2人だけというのが多い。4人も子供を持つのはアンジェラが初めてだ。父様にもこの前電話で伝えたが、そのせいで今日はアンジェラとリリィは不参加だ。
今日は朝霧邸のホールにパーティー用のテーブルと椅子がいくつか用意されていた。ここからイタリアに移住して5年以上経った。
なんだか自分の家ではない様な変な感覚だ。
リリアナとアンドレが双子を抱いて立食用のフィンガーフードのところにいた。
マリアンジェラが僕の横で、僕のパーカーの裾をくいくいと引っ張る。
「マリー、どうかしたの?」
「抱っこ」
ん?珍しい。こんなに早く疲れちゃったのか…?いや、違うようだ。双子が抱っこされているのを見て、うらやましいと思たのだろう。
マリアンジェラを抱っこして、食べ物の前に移動した。
「マリー、何か食べたいものはある?」
「ん…えび。」
エビが入った生春巻きがあった。
タレをつけて食べさせると、嬉しそうにモグモグしている。
「おいち。」
僕も思わず笑顔になる。そこに父様と留美が徠沙を連れて登場した。
「皆、集まってくれてありがとう。今日は一年ぶりの再会だ。色々と積もる話もあるだろうし、それぞれ楽しんでもらえたらと思う。」
話が終わるか終わらないうちにリリアナの腕からジュリアーノが脱走し、徠紗のところに駆け寄った。
同じ日に生まれたと言うのに、徠紗はようやく寝返りができる程度、言葉はまだまだ『ばぶー』と『まんま』程度だ。
ジュリアーノが徠紗を見つめて言った。
「あかちゃん、こんにちは。」
それを聞いた留美が目を大きく見開いて驚いた様子を見せ、言った。
「ジュリアーノちゃん、すごいわね。お話できるの?」
「おはなし、できる。ジュリアン、ママだいすき。」
生後半年で普通に走り回り、もう意思の疎通ができるほど話すことが出来るとは…留美は正直言って、朝霧の親族が普通じゃない事にまだ戸惑いを隠せない状態だった。そこにミケーレが来てジュリアーノに言った。
「ジュリアーノ…今日はわがまま言わない、いいね?」
「あいあい、キャプテン。」
いつの間にキャプテンに昇格したのだろう。これはマリアンジェラが時々ふざけてアンジェラに言っているセリフだ。ジュリアーノが椅子に座った留美に抱かれている徠紗の頬を椅子によじ登って触って言った。
「かあいいね。」
いつもの暴君とはずいぶんと違い、外面はいい様である。そこにライアンがやってきて、同じように椅子によじ登り徠紗の顔をまじまじと見る。
留美が徠紗をライアンに向き合うように抱きなおすと、徠紗が眉をしかめて声を出した。
「ばぁぶ。」
ライアンが思わず『ぷっ』と吹き出し、留美に言った。
「あかちゃん、うんち出たって。」
「え?」
と言って留美が臭いを嗅いで慌ててどこかに行った。その様子を見ていたマリアンジェラと僕は顔を見合わせて同時に言った。
「ライアン、すごいな。」
「ライアン、しゅっごい。」
そう、今まで能力がこれと言って見せていなかったライアンだったが、赤ちゃんの意思を読み取ることが出来たのだ。もしかしたら、頭で考えていることもわかっちゃうのかな…。マリアンジェラにもそういう能力はあるが、かなり集中して読み取ろうと思わなければ使えない能力だった。
思わず二人で微笑みあってしまう。
僕は空いている椅子に座り、膝にマリアンジェラをのせた。
そこに未徠がやってきた。
「ライル、マリアンジェラ二人とも元気だったか?」
「おじいさま、お久しぶりです。僕は元気です。学校が忙しくて、あ、でもこっそりこの家の自室で勉強してたこともあったんですけど。ははは。」
「そうなのか?アメリカの学校は大変か?」
「大変っていうほどでもないんですけど、飛び級したので、もう高校が今年で終わりになるんです。」
「高校?ライルは中学生じゃなかったか?」
「本来なら中三なんですが、今高三をやっています。大学にも願書を出したのですが、結果は三月の終わりにならないとわからなくて…。」
「そうか、じゃあ今はゆっくりできるんだな。」
「はい。」
「ライルはいつも賢くて私の自慢だよ。いつでも帰ってきて食事しながらでも色々と教えておくれ。」
「あ、はい。」
歯切れが悪かったのは、一人では食事の味がわからず、食物を摂取しないためだ。
「おじいちゃま~、マリーは誘ってくれにゃいの?」
僕の膝の上にのったマリアンジェラが未徠を横目で見てぽつりと言った。
「マリアンジェラはまだ小さいから、勝手に来たらアンジェラやリリィに怒られるだろう?両親と共に来るならいつでも歓迎だよ。」
「むぅ。ライルだってマリーの親だから一緒にきてもいいんだもん。」
「あ…、そういうこともあったな…。ちゃんと両親に言ってくるならいつでもウェルカムだよ。」
「じゃあ、天丼。」
「え?」
「おじいちゃま、マリーは天丼が食べたいのよ。だから、天丼の日を教えてちょうだい。」
僕はそれを聞いていて笑いを堪えるのに必死だ。
そこに、徠夢もやってきた。
「マリー、大きくなったな。」
「おじいちゃん…。そう言えば、もう一人のおじいちゃんはどこ?」
「あぁ、アズラィールは徠神の店でバイトをしてから来ると言っていたから、そろそろ戻ると思うんだが。」
そう言えば、さっき店を早じまいしたと言って、徠神が来たが、徠央や徠輝はまだ来ていない。マリアンジェラが僕の膝から下り、徠神に聞きに行ってしまった。
父様と二人きりになった。
「ライル、その後どうだ?」
「あ、うん。特に変わったところはないよ。大学の合格発表が出る3月末までは普通に学校に通うだけ。」
「そうか。」
妙な間があり、徠紗のオムツを替えた留美が戻ってきた。
「本当に出ていて驚いちゃった。ライル君、抱っこしてみる?」
留美がそう言って返事も聞かず徠紗を僕に渡した。
「あ、うん。」
徠紗を抱っこした。不思議そうに僕の顔を見る徠紗だったが、僕も不思議だった。
この赤ちゃんが、僕と全く同じ両親から生まれた妹…。正直なんの感情もわかなかった。マリアンジェラやミケーレ、ライアンやジュリアーノに対する保護欲の様な感情は一切わかない。
「小さいね。これが普通なんだろうけど、うちの子達皆異常に成長するの早いからな。壊れちゃいそうだ。」
そう言って留美に徠紗を返した。
徠夢がまた僕に話しかける。
「ライル、その、なんというか…。」
「どうしたの、父様。」
なんだかかしこまった感じで、何かを言おうとしているようだ。
「今まで、本当にすまなかった。」
「え?」
「私は、ダメな父親だった。いや、父親失格だ。今、徠紗を育てていて、自分がどれだけお前にひどい仕打ちをしてきたのかと改めて感じる。どうしてお前を愛してやれなかったのか、抱きしめてあげなかったのか…。」
僕は微妙な気持ちでそれを聞いていた。『愛してなかった』と告白されたのである。
「父様、そんなはっきり言われると、逆に困るな。僕は今一緒に暮らす愛する家族がいるから、それなりに幸せだよ。」
それは皮肉を込めた僕の言葉、『あなたとは家族になれなかったけれど、僕には家族がいる』『あなたには愛されていないけれど、僕には愛する別の者達がいる』そう言う意味合いを込めての言葉だ。一応謝っているつもりのようだし、ここではあまりもめたくないな。そんな事を考えていると、マリアンジェラが戻ってきた。
「あと5分で来るって言ってるんだって。」
アズラィールと他のメンバーの話らしい。そう言ってマリアンジェラが僕の横の椅子に座って僕の手を握った。
しかし、徠夢の話はまだ終わっていなかったようだ。
「ライル、ちゃんと聞いてくれ。」
「聞いてるよ。」
その時、感情が高ぶったのか、父様が僕の両頬に手を置き、顔を正面に向けて目を見るように僕の顔の向きを変えた。
マリアンジェラと繋いだ手の感覚が失われ、両頬を触る父様の手の感触も一瞬で消え、僕の目の前が真っ暗になった。




