465. 小惑星アポフィス
12月22日、水曜日。
天文学を教えている大学の教授、カルロ・レオーネ氏と会う約束をした当日になった。
アンジェラと僕、ライルはアンジェラの芸能事務所のローマ支社の会議室に転移し、そこから約束のカフェまで歩いた。
約束の時間の5分前、カフェに入るとアントニオと一緒にすでに席に着いているレオーネ氏を見つけた。
僕らは無言でその席まで移動し、空いている席に座った。
先にレオーネ氏が口を開いた。
「すみません、急なお呼びたてで、お時間いただいてありがとうございます。」
「いえいえ、何か面白い情報でも頂けるのではと思いまして、楽しみにして来ましたよ。」
アンジェラが話を合わせる。
一度立って握手を交わした後、アンジェラが僕を紹介した。
「レオーネさん、前回は私の妻が来たのですが、今体調がすぐれないため、今日は妻の弟を連れて来ました。ライル・アサギリです。」
「あ、あぁ、TVのCMとかで時々見かける方ですね。」
「こんにちは。よろしくお願いします。」
僕も握手を交わした。
「それで、今日はどうなさったんですか?」
アンジェラが聞くと、レオーネ氏は淡々と話し始めた。
前回、アンジェラとリリィに会った際、天文学者としての知識から、知っている内容を伝えたが、自分でも興味を持って小惑星について再度調べたのだそうだ。
到底人間が手作業で小惑星を直接調べることは不可能だが、スーパーコンピュータのような演算の得意な装置で計算させることで、より正確な未来の座標を知ることも可能だという。
「ほぉ、それで。何かわかりましたか?」
「はい、実はこの前お話した、小惑星アポフィスが、2029年4月13日に地球に接近するが衝突の危険性はないという仮説はNASAが発表したものなんですが…。」
「はい。私達も確認しました。そのようですね。」
「しかし、私の研究しているデータを使って再計算すると、微妙に軌道が変わり、もしかすると地球に、NASAが計算した結果よりもより近い場所まで近づく可能性があることが結果として出たのです。」
「…。というと…。」
「はい、下手をすると地球に激突する可能性もゼロとは言い切れない。」
僕とアンジェラは黙って頷くほかなかった。
少しの沈黙の後、アンジェラが口を開いた。
「もし、地球にその小惑星が衝突したら、どうなりますか?」
「…うむ。あくまでも仮定ですが。海に落ちれば、世界規模の津波が発生し、小さい島国などは水没してしまう可能性があります。
そして、もし陸地に落ちれば、その場所の壊滅的な被害に加え、火災、火山活動への干渉、そして、空高く舞い上がる粉塵や火山灰は4年以上おさまらず、太陽光を遮り、下手をすると地球の温度が著しく下がり、生物が暮らせない環境へと変わる可能性も否定できません。」
「危険だという事ですね。」
「はい。たかだが長さ300メートルを少し超えるほどの岩のような小惑星ですが、恐竜が地球上から全滅したきっかけが小惑星の衝突で地球の温度が著しく低下したためではないかという仮説もなされるほど、小さなものでも影響は大きいのです。」
「回避する方法は?」
「2021年にNASAが打ち上げた小惑星探査機DARTは2022年9月26日に小惑星にこれをぶつけることに成功しています。」
「ぶつける?」
「はい、地球に衝突の恐れのある小惑星の軌道を探査機をぶつけることで変えるという実験です。」
「探査機をぶつけて軌道修正…なるほど…。でも2029年となるともうすでに遅いでしょう。」
「そうですね。もう、きっと、手遅れです。」
「大変なことになりますね。」
「そうですね。地球から相当離れた場所で爆破でもしない限り、危険がなくなるわけではありません。」
「怖ろしいことだ…。」
レオーネ氏との会談は一時間ほどで終了した。
「レオーネさん、情報、ありがとうございました。」
「いえいえ、とんでもない。私は近いうちにNASAの知人を介して、注意喚起と対策を練るよう依頼しようと思っています。」
レオーネ氏がカフェを後にした後で、アンジェラがポツリと言った。
「私達がなんとかしなければいけないのだろうな。」
それは、今までに見たことのない悲しい顔だった。
「アンジェラ…。」
僕はそのカフェでティラミスをお持ち帰り用に箱詰めして貰い、またアンジェラの芸能事務所のローマ支店から自宅へと転移したのだ。
アンジェラの書斎へと転移し戻った僕らを、廊下で待ち構えていた者がいた。
「ちょっとー、どうして置いてくのよ。私も行きたかったー!」
リリィだ。癇癪をおこしてぎゃんぎゃんとうるさいこと、この上ない。
「リリィ、体調が悪かっただろ?ほら、そんなに大きな声出すと、お腹の赤ちゃんがビックリするぞ。さあ、おいで…。ほら、ライルがティラミスを買ってきたからね、子供達と一緒に食べるといい。」
アンジェラが、今までの毅然とした雰囲気から、急にグニャグニャのおっさんに変わるのを横目で見ながら、つい深いため息をついてしまった。
『はぁぁ。』
「にゅ?ライルぅ、ティラミス、一緒に食べよ。」
マリアンジェラが僕のため息をつくのを見て、控えめに話しかけてきた。
「マリー、ただいま。なんだかリリィが騒がしいね。」
マリアンジェラがクスッと笑って言った。
「ママがね、赤ちゃん返りしてるみたいだって、パパが言ってたよ。」
「赤ちゃん返り?変なの…。」
僕はマリアンジェラとダイニングに移動した。
リリィはすっかりつわりは治ったかのように、三個目のティラミスを食べていた。
人数分の倍の数買ってきて良かった。18個も買ったら結構店員さんが驚いていたけど…、少ないと絶対喧嘩になる。
マリアンジェラとミケーレもちょうどおやつの時間だ。
パッケージの蓋を開けて二人の前にスプーンと一緒に小皿にのせて置いてあげると、二人ともお行儀よく食べ始めた。
マリアンジェラの方が一口がミケーレの三倍くらい大きいけど。
「んんっ、おいひい。これ、ケーキ?よくわかんないけどおいひいね。」
「ん、僕もこれ好き。」
リリアナ達もダイニングに来て、ワイワイ食べ始めた。
「チビ達には早いかな?」
「ライル、もう遅いわよ、そんなこと言っても。」
テーブルの下で、容器に手を突っ込んで食べているジュリアーノを発見。
ライアンは最近の定位置、ミケーレの横に座ってスプーンを片手に待っている。
アンドレが蓋を取り、ライアンの前に容器を置くと、ライアンがアンドレにニッコリ笑って言った。
「パパドーレ、あんがと。」
アンドレもニッコリ微笑み返し言った。
「どういたしまして、ライアン王子。」
さすが、歴史上もっとも子育てに参加した王様ってことで、ギネスブックに載せてやって欲しい。僕の勝手なつぶやきである。
僕はみんなが食べるのを見ながら、リリィ、そしてリリアナとアンドレにも今日、レオーネ氏から聞いた話をした。
「じゃ、やっぱりぶつかるってこと?」
「まぁ、可能性が高いって言うことをそのレオーネ教授は認識してくれたってこと。」
「対策は今のところないって話よね?」
「そうだね。今のところないし、今からじゃ遅いってことだ。」
リリアナがそこで辛辣な一言を発した。
「ねぇ、私達が命を懸けてまで、その小惑星をどうにかする必要ってあるの?」
少し前にダイニングに入ってきて紅茶を淹れていたアンジェラが口を開いた。
「リリアナ、落ち着きなさい。私達が小惑星をどうにかするってのは、最終手段なんだよ。人間の力だけでできれば本当はそれに越したことはない。しかしだな、放っておけば、人間だけではなく、私達も生きていられないかもしれないのだぞ。」
「それなら、私たちは500年前のユートレアに行く。」
そこで突然、ミケーレが言った。
「リリアナ、500年経ったってリリアナもアンドレもきっと生きてて、またこの場所に来るよ。だってフィリップも何百年も生きてる。」
「…。」
「ミケーレに一本取られたな、リリアナ。」
アンジェラは冷静な顔で言った。
話は堂々巡りで何も解決には至らなかった。アンジェラは、血縁者たちにもこのことを知らせようと思っていることを家族に伝えた。




