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463. リリィの怖いお仕置き

 同じ日の午前、僕、ライルがミケーレとマリアンジェラを連れ、温室で野菜の収穫とニワトリの卵を拾っている時のことだ。

 アンジェラが家を出ようとした時、アントニオから電話が入った。

 あれは、今年の三月だったか、アントニオの紹介で会って話を聞いた天文学を大学で教えているというカルロ・レオーネ氏から、以前話した件でまた話しできないかと言うものだった。

 アンジェラはもちろん承諾し、会う日時を決めた。今回もアントニオが同席してくれると言う。前回はアンジェラと僕と融合中のリリィがリリィの姿でカルロ氏と会った。

 しかし、今回はリリィは外に行くのは無理だ。僕だけを伴って行くことになるだろう。


 約束の日は12月22日、水曜日の午後一時に前回と同じカフェだ。

 今日は日曜なので、まだ三日ほど先だ。

 アンジェラは僕に予定を開けておくようメッセージをくれた。僕からはすぐに承諾の返事が来た。もう、僕は学校のクリスマス休暇に入っているため、アニマルシェルターのボランティアにも行く予定がない。

 アンジェラは子供達と一緒に外に出ようと思っていたようだが、もうすっかり出遅れてしまったのではないかと思う。


 それとほぼ同時刻、アンジェラの書斎の入り口にしゃがみこんだのは…リリィだった。

「アンジェラ…、た、助けて。お腹が空いて、死にそう。」

『ぎゅるるる~』といつものすごい空腹のときの腹の虫を鳴かせてリリィが床に座り込んだ。

「リリィ、まだフライドチキンしか食べられないか?サンドウィッチはどうだ?それならすぐに作れるぞ。」

「う…ん。じゃあ食べてみようかな…。」

 アンジェラはリリィを抱き上げてダイニングのソファへと運び、そっと座らせた。

 そして、すぐにキッチンに立つと、残り物のローストチキンとレタス、チーズを柔らかいパンのスライスにマヨネーズとからしを少し塗って挟むと食べやすいように

 三つに切り、お皿にのせてリリィの座っているソファまで運んだ。

「リリィ、さぁ、少し食べて。今オレンジジュースを持ってくるから。」

「ありがと。」

 リリィはサンドウィッチを受け取ると、一つ手に取り口に運んだ。

 控え目なサイズでぱくっと食べる。モグモグ…。

「ん?おいひい。」

「気持ち悪くないか?」

「うん。変わった味がする。」

「あぁ、マヨネーズにはちみつを入れてみたのだ。どうだ?」

「ふごく、おいひい。」

 オレンジジュースを飲みつつ、サンドウィッチを食べきった。

「アンジェラ、ありがと。落ち着いた。」

 アンジェラは優しくリリィを抱き上げ寝室にまたリリィを運んだ。

「ベッドがいいか?ソファに座るか?」

「ベッドでアンジェラとくっついていたいな。」

「…。そうか…。」

 アンジェラはベッドにリリィをのせると、自分もベッドに横たわった。

 リリィに腕枕をして、優しく髪を撫でる。

「アンジェラ…やっぱり、薔薇のいい匂いがする…。」

「そうか?そんな柔軟剤は使っていなかった気がするぞ。」

 アンジェラがふとリリィの少し大きくなってきたリリィのお腹を触った。

『トン』と少し指に感じた。

「あ、赤ちゃん、動いた。」

 リリィが嬉しそうに言ったのを見てアンジェラはリリィを抱きしめキスをした。

「リリィ、私に幸福を与えてくれてありがとう。」

「やだ~、アンジェラ…私もとっても幸せ。それに、与えてるんじゃなくて、二人で幸せになったんだよっ。」

 そう言いながらアンジェラに顔をぐりぐりこすりつける。

 アンジェラはそんな少し幼稚な事をするリリィも愛おしいと思うのだった。


 アンジェラのスマホにライルからメッセージが入った。

 写真付きだ。

『ピッコリーノがにわとりになった。』

 ミケーレがピッコリーノを頭にのせている写真だ。どうやらピッコリーノがすっかり大きくなって白い羽になった様だ。アンジェラがその写真をリリィに見せて、二人で笑い合う。

「ミケーレは本当にピッコリーノが好きね。」

「ピッコリーノがもし卵を産んだらまた育てたいそうだ。」

 穏やかな時間が過ぎていく。長く、孤独だったアンジェラの人生だったが、ここ数年で180度変わった。この騒がしい日常が楽しくて仕方がない。

「リリィも少し体調が戻ったら、散歩に出た方がいいな。」

「うん。フライドチキン食べすぎて、ちょっと太っちゃった。」

「そうか?このくらいがかわいいんじゃないか?」

「ほんと?へへっ」

 リリィはベタベタとアンジェラにくっついてご機嫌な様子だったが、ほんの少しめくれていたアンジェラのシャツの隙間から、おへその少し上にほんの少しだが古い傷の痕があるのを見つけた。

「ん?」

 リリィはその傷を左手の人差し指でツーッとなぞった。

 リリィが瞬く間に光の粒子になり、アンジェラの手の内からサラサラと崩れていく。

「リリィ!」

 それは一瞬だった。


 リリィが光の中から戻り、見たものは、おぞましいものだった。

 青い手術着を着た男が、目の前でアンジェラの腹にメスを突き立てている。

 その突き立てたメスの側に指をついた状態でその場に転移してしまったリリィはとっさにその男を物質転移で数十メートル離れた場所に移動させた。

 慌てて傷を癒すが、アンジェラは麻酔をかけられているのか、意識がない。

 これは手術というものではないことが周りを見れば、一目瞭然だった。

 アンジェラはサルグツワをされ、両手も両足もベッドに縛られ拘束されていた。

 そして、この場所だ。病院というにはあまりに古く、もし、病院だとしても現在営業しているような場所ではないとすぐにわかるほどの荒れ方だった。

 その部屋の外から、『変な女が突然入ってきて』という声が聞こえた。

 リリィは下着姿のアンジェラを抱きしめアンジェラの体だけを伴いイタリアの家い転移した。

「あれ?」

 家はそこにはまだ建っていなかった。ただの海に面した広大な荒れ地だ。

 どうやら、かなり昔に転移してきてしまったらしい。

 という事は100年以上前だ。アンジェラは30歳過ぎには富を築いてここに家を建てたはずだ。

 連れて行ける場所がこの時代に思い浮かばない。

 朝霧の家に連れて行って徠神に頼むか…。悩んでいるうちにアンジェラが苦しみだした。寒いのに真っ裸である。もう悩んでいる時間もない。

 こういう時は、家に帰るに限る。

 リリィは裸のアンジェラをお姫様抱っこしたまま、自分のいた時間の自分の家の寝室に転移した。

 多分、消えてから10分ほど…。

 呆然とベッドに座っていたアンジェラが、光の粒子が集まり始めたのを見て駆け寄ると、若い男をお姫様抱っこしたリリィが実体化した。

「リリィ…、重いものを持っちゃダメじゃないか。」

 え?そこ?と思いながら、抱っこしているアンジェラをベッドの上にそっと置いた。

 アンジェラは無言でタオルとお湯と下着とパジャマを用意すると、気を失っている若いアンジェラの体を拭きながら、リリィの体を気遣った。

「リリィ、大丈夫か?」

「うん、私はね。それより、その若いアンジェラは、どうしてお腹にメスを突き立てられてたのかな?」

 アンジェラが、不思議そうな顔をして首を傾げる。

「お腹にメス?」

「うん、なんだか古そうな汚い病院みたいな廃墟っぽいところで、青い手術着を着た男がアンジェラのお腹にメスを突き立ててた。」

「いや、全く覚えがない。」

「アンジェラ、臓器の売買かなとも思ったんだけど、ここの家がまだ建っていなかったの。それに臓器移植ってその頃はまだなかったよね?」

「この家がないという事は、少なくとも90年以上前だな。臓器移植はもっとずっと後だろう。」

「アンジェラが何してたころだと思う?」

「大学で教授をしながら絵を描き始めたのが110年ほど前か…。その時はドイツの大学の職員宿舎に住んでいた。」

「そっか…じゃあ成人はしてるのかな?」

 どこからどう見ても高校生くらいのわかいピチピチの男子に見える。

 ミケーレが能力で大きくなっちゃった時の大きさ位の年齢だ。と言ってもアンジェラは殆ど年をとっていないのであまり参考にならない。


 知らないうちに、アンジェラに髪まで整えられてすっかり若くてイケメンの昔のアンジェラが出来上がった頃、リリィはベッドの自分の定位置に横になった。

 妊娠のせいで腰がだるいため、横になりたいのだ。

 しかし、微妙な位置関係だ。アンジェラがピリピリしながら椅子を持って来てガン見中だ。

「リリィ、今だけ子供部屋で寝ていなさい。」

「えー、いいじゃん。若いアンジェラ、じっくり見たって…。」

 ちっともいう事を聞かないリリィに小言を言っていると、ベッドで寝ている若いアンジェラが目を覚ました。

「うっ」

 と頭を押さえる。何かかがされたのかもしれない。頭痛のためか…。

 直後、『ハッ』と頭をあげると同じベッドに入っているリリィに気が付き、満面の笑みで両手を広げた。

「リリィだね。あぁ、会いたかった。」

「おい。私を無視するな。」

 若いころの自分に無視されて切れ気味のアンジェラだった。

「え?あ?ど、ど、どちら様で?」

「おまえと同じアンジェラだ。お前は今何歳で、どうしてここにいると思う?」

「私は今24歳で、大学で芸術科の教授をしています。アンジェラ・アサギリ・ライエンです。」

「お前、さっき青い手術着を着た男に腹にメスを突き立てられていたらしいぞ。」

「ええっ?私はどこも悪いところはありません。手術とは無縁のはず…。」

 自分の腹をさぐると少し赤い痕が残っている。

「どうしてでしょう?」

 動揺する若いアンジェラにリリィが話しかけた。

「あ、あのおでこ触ってもいい?」

 若いアンジェラが顔を真っ赤にして頷いて言った。

「リリィ、夢のようです。」

「おい。私の妻だ。」

 自分自身に容赦ない威嚇をする夫を生暖かい目で見つめながら、リリィは彼の額に

 手をのせた。

「あ、家で夕食、でっかいソーセージ食べてた?」

「は、はい。」

「その時に二人組、髭の小太りの男と、目が細くてつり上がってる茶髪の男が来た?」

「はい、同僚の別の学部の助教授達です。差し入れと言ってビールを持ってきたので、飲んで…記憶がそこからありません。」

「これは、睡眠薬か何かを盛られたね。」

「だな…。」

 アンジェラはタブレットを取り出し、その大学でその年代に起きた事件を検索した。

「これか?」

 そう言ってアンジェラはタブレットをリリィに見せた。

 スクロールしながら記事を読むリリィを横から覗き込んで、若いアンジェラが目を白黒させている。

「これ、なんですか?」

「あ、これはね、タブレットって言って、いろんな情報をインターネットって言う情報網から調べて表示できるの。私のお気に入り見る?」

 首を縦にカクカクと頷く若いアンジェラに、アンジェラの定番の曲のミュージックビデオを再生して見せてあげる。

 始まって20秒くらいのところで、若いアンジェラが涙を流してタブレットをわしづかみにしている。

「濡れたら壊れるぞ。」

 サイドチェストの引き出しからティッシュを出して、涙を横からちょんちょんと拭いてあげるリリィも苦笑いだ。最後に盛大に鼻をかんで若いアンジェラがため息をついた。

「ここは未来、なんですね?」

「あ、うん。そう2027年の12月19日だね。」

「え、と…113年…ってあなたは私?え?137歳?」

「そうだ。」

「さっきの記事によると、学内で自爆テロが5件発生していて、腹の中に爆薬が仕込まれていたと…そして時限装置で吹き飛ばされたということですね…。」

「あぁ、多分お前もそのテロの片棒かつがされそうになったと言うわけだ。」

「私はどうしたら…」

「あ、何もしなくていいよ。さっき見たことも、ここに来たことも忘れとこうか…。」

「え?どういう?」

 リリィが若いアンジェラの首筋にそっち手をのせ、眠らせた。そして、ここに来てからの記憶を消す。

「どうするんだ、リリィ。」

「ちょっと…やっつけてくる。」

「リリィ、何かあったら困る。ライルに任せたらどうだ?」

「やだっ。」

 そう言い残してリリィはキラキラになってどこかへ行ってしまった。


 リリィはさっき若いアンジェラがメスを突き立てられていた場所に戻ってきた。

「こんにちは~。」

 男たちが奥の別室から5人武装した状態で出てきた。

「あらやだ、女の子一人に5人も…。危ないですよ~」

 かなり煽っている気がする。

「なんだ、この女、さっきライエンの所に現れたやつじゃないか?」

「せいかーい。ピンポンピンポン、ピンポーン!」

「やっちまえ。」

「あ、ちょっと待って。私の目見て。」

 5人がリリィの目を見る。5人の目に赤い輪が浮き出た。

 5人とも武器を床に落とした。

 そして、アンジェラがメスを入れられていた部屋に5人とも入って行く。

「えーっと、あ、これがリストね。うわー、うちのアンジェラちゃんが一番だったの?ひどい人達ね。」

 爆破装置のタイマーは5時間後すでにタイマーはスタートしている。

 大学の教授が仕事中に大学を生徒を巻き込んで爆破させると言うものだ。

「あ、いいこと考えたっ!」

 リリィは手術用のゴム手袋を右手にハメると、腕まくりをして爆破装置を手に取った。

「はい、並んで、並んで…。ちょうど5個あるよ。」

 そして、犯人たちの腹部に一個ずつ、爆破装置をメスなど使わずにずぼっと埋め込む。

 そして、5人に赤い目で命令を下した。

「4時間半後にお前たちにこのテロをやらせている組織の本部に全員で行け。そして、腹に何が入っているか思い出せ。すぐに取り出さないとバラバラになるよ。」

 リリィはゴム手袋をパチンと外すと、ギュとそれを丸めて握りしめた。

 ゴム手袋は黒い光の粒子になり空気中に消えた。

 リリィもニコリとも笑わない顔で、その場を後にした。


 家に戻ってアンジェラに報告をする。

「ねぇねぇ、どうなったかタブレットでチェックして~。」

 アンジェラがチェックすると、記事がとんでもないことになっていた。

『悪の反社会テロ組織、仲間割れの末、自らの本部を襲撃か?』

「リリィ、どういうことだ?」

「あ、うん。爆弾が5個あってね、ちょうど5人いたからね、手術代サービスでお腹に埋め込んであげたんだ。でね、自分たちの本部に行って、爆発の30分前にお腹に何入ってるか思い出せって命令して、帰ってきたの。」

 アンジェラの表情が凍り付いている。

「え?アンジェラ、リリィが殺したんじゃないよ。大学に行かないで、テロ組織に行けって言っただけだし。急げば取り出せるくらいの時間はあったはずだよ。

 メスも持たせてあげたし。あ、まぁ、自分で取り除くのは勇気要るよね…。

 でもさ、あんな簡単に人の大事な夫に傷つけるんだから、これくらいお仕置きでやらないと、性格直らないよ。」

 アンジェラの頭の血の気がサーッと引いた。

 元の記事では650人以上の大学生が犠牲になったと書いてあったので、まぁ、それが130人余りのテロリストが死傷したと言う結果に変わったのだ、かなり寒い結果だが、最悪の事態は免れたと言っていいが…リリィ…怒らせると怖いのである。


 アンジェラの額から変な汗が出た瞬間。

 足元にマリアンジェラがにゅと顔を出した。

「パパ、おなかすいた。お昼ご飯まだ?」

「あ、あぁ。すぐ準備するぞ。」

「あれ?あれれ?ミケーレ?アンドレ?誰?」

 ベッドで眠らされている若いアンジェラに興味津々だ。

「24歳のパパだよ、マリー。うふふ。」

「え?まじ?」

 そう言うとベッドによじ登って超絶至近距離で観察中。多分、鼻息がそよいでいることであろう。

「ママ、スマホ貸して。」

 リリィからスマホを借りて若いアンジェラの写真を撮りまくっている。

「マリー、もうやめなさい。起きてしまうだろ。」

「ほーい。」

 そう言ってどっかに行ったマリアンジェラだったが、リリィが念のためどこか悪いところがないかからだを総チェックしている間になんだか紙切れを持って戻ってきた。

 マリアンジェラはそれを若いアンジェラの胸ポケットに入れた。

 リリィがこっそり盗み見る。

『パパだーい好き。マリアンジェラより』

 そして、アンジェラとマリアンジェラの似顔絵が描いてあった。

 どうして今の本人じゃなく、過去のアンジェラに渡すのかな?


 でも、アンジェラ本人だけは知っていた、職場の同僚に酒に何か入れられて眠ってしまった遠い過去の日、気づけば、自分は職場のデスクで目を覚ました。見たことのない服を着ており、胸のポケットに二つの似顔絵とうれしいメッセージが書かれていた。

 私は、娘を持つんだな。名前はマリアンジェラ…。とてもいい名前だ。

 その紙切れは、今でもアンジェラの書斎の宝物ボックスの中に入っている。

 ちょっと茶色く変色しているが、アンジェラの大切な宝物だ。


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