462. マリアンジェラ(3)
僕は今、マリアンジェラの夢の中にいる。夢の中でマリアンジェラが過去の記憶を辿っているのを傍観しているのだ…。
しかし、マリアンジェラがライナ(リリィ)を体内に取り込み、人として生きられるほどの大きさまで成長させた後、助産師が持ち帰った出産時に汚れたタオルやシーツの入ったゴミ袋に戻したところで、目の前が真っ暗になった。
生暖かい風が頬を撫で、遠くから声が聞こえる。
『ライル…ライル…。大丈夫?どっか痛いの…?』
ふと、目を開けた。と同時に僕の目の前には以前にも見た光景が…。
マリアンジェラが超絶至近距離で僕の顔を覗き込んでいた。生暖かい風は鼻息だった。鼻の穴のドアップが迫っている。
「ふえぇぇぇっ。」
驚いて後ろに逃げようとしても下がる場所がない…。変な声を出してしまった。
「あ、起きた。ライル、大丈夫?どっか痛い?お目目から水出てたよ。」
「あ、ちょっと悲しい夢見ちゃったんだ。」
「にゅ?かなしい夢???」
当の本人はあれを悲しい夢とは思っていない様だ。マリアンジェラは僕にくっついてギュッとして言った。
「もう大丈夫だよ、マリーがずっとライルの側にいるからね。」
逆に慰められてしまった。そこへアンジェラが来た。
「お前たち、そろそろ朝食…。っ…何やってるんだ?」
僕の頭にしがみついているマリアンジェラを見てアンジェラがピリッとした反応をした。
「パパ、おはよ。ライルがね、泣いてたからいい子いい子してあげたところ。」
「そ、そうか…。ほら、もう泣いてないから大丈夫だろう。マリーおいで。」
アンジェラはマリアンジェラを僕からひっぺがして連れて行ってしまった。
朝食の間中、アンジェラのピリピリ感は続いた。
僕は、食事が終わったときにその雰囲気を打開したくてアンジェラに声をかけた。
「ねぇ、アンジェラ…何か誤解してない?」
「…。何がだ?」
「アンジェラは僕とマリーが一緒にいるのが気に入らないの?」
「いや、そう言うわけではない。お前も親の一人だと私は思っている。」
「僕、さっき夢を見たんだ。マリーの夢を覗き見た。多分、それはマリーの記憶だと思うんだ。」
僕は立ち上がり、アンジェラの腕を掴んだ。
「…。」
「アンジェラ、君にも見て欲しいんだ。」
夢で見た通りをアンジェラに送り込む。アンジェラの様子がおかしい。
全部の内容を見たであろうその時、アンジェラは僕の腕を振り払って床に膝をついた。『うううぅっ』嗚咽のような声がダイニングに響いた。
マリアンジェラがそれを見て言った。
「パパも目からお水出てるよ。」
椅子から下り、アンジェラに近づいて僕にしたようにアンジェラの頭をギュと抱きしめ、いい子いい子して宥める。
「マリー、お前…。」
「ん?パパ、どっか痛いの?マリーが治してあげるから、痛いとこ言って。」
アンジェラはマリアンジェラを抱きしめ返し、痛いところは無いと言った。
アンジェラはマリアンジェラをスッと席に戻すと、僕に書斎に来るように言った。
僕は黙って従った。
書斎に入ると椅子に座るように言われ、僕は黙って椅子に座った。
アンジェラは一つ小さなため息をついて僕に言った。
「マリーがお前を想う気持ちが少し異常だと思ってはいた。」
「うん。」
「でも、まさか、一回目の時も、二回目の時も、お前を生かしてリリィと私を会わせたことまでもがマリーの仕業だったとは…。」
「え?あ、そっか…。一回目、僕がリリィの細胞で復活したのも、二回目にリリィが人間の形になって生きる事が出来たのも…。」
「そうだ…。ライル、お前とリリィ、二人がいなければ現在がないという事だ。」
「うん。」
「そして、マリーがお前の事を愛しているから、故意にこの世界に生まれ出たという事をさっきの夢を見て理解した。」
「うん。実は、僕、もっと前にリリィの核を治すときに女神の洞窟に行った時、それを知ったんだ。」
「そうだったのか。」
「マリーが僕に執着する訳を知って、僕も…マリーが僕には必要なんだって…。」
僕の目から涙があふれた。泣くつもりなんかなかったのに。
アンジェラが引き出しからティッシュの箱を出して僕の前に置いた。
「わかった。泣くな。」
そういうアンジェラも涙が目にいっぱい溜まっている。
「いいか、ライル。これは少し複雑だ。私はお前にもマリーにも幸せになってもらいたい。だが、普通に考えれば、お前はマリーの伯父で、二人は結婚などできない立場だ。」
「わかってる。でも…」
「あぁ、私もわかってる。お前とリリィはDNA鑑定では血縁が認められなかった。ということは、マリーとの血縁はあっても非常に薄い。」
「うん。」
「天使の出生の理屈がどんなものかわからないが、元にした人間の個体と天使の核とで構成されているのだろう。そう言う意味では、マリアンジェラが初めて天使同士のDNAが結ばれて個体となった者と言える。」
「うん。」
「いいか、ライル。リリィにはまだ言わないでくれ。だが、私はお前たちがこれから先もずっと一緒にいることを否定しない。ただ、リリィには長い時間が必要だと思うのだ。」
「うん、わかった。」
僕が席を立ったところで、ミケーレとマリアンジェラがアンジェラの書斎にひょっこりと顔だけ覗かせ、言った。
「お散歩、行く~?」
「パパ、僕今日温室でピッコリーノと遊びたい。」
アンジェラと僕は二人に外に行く準備をさせ、散歩に出ることにした。
意外にもアンジェラは僕とマリーの関係を黙認してくれる決心をしたようだ。
少しでも長くマリアンジェラと一緒に家族として暮らせるかもしれないとそう思った。それだけで、なんだか僕の中に暖かな感情がエネルギーのように渦巻いているのが分かった。
横からマリアンジェラが僕の顔を覗き込み、そっと手を繋いでくれた。
「行こ。」
「うん。」




