456. 何故毛をむしるの?
同じ日の夕方、アンジェラのところには、朝から電話が途切れることなくかかって来ていた。
後から聞いた話では、殆どがLUNAに関しての問い合わせだったそうだ。
アンジェラは一貫して芸名の『LUNA』だけを公表し、素性は伏せる方針だ。
『LUNA』への出演依頼も、今のところはNGだ。
「アンジェラ、クリスマス・イヴの件、父様に連絡したよ。マルクス達も連れて来てほしいって言ってたから、僕から彼らに話しておくよ。二人は安心して家で過ごして。」
「すまない。手が回らなくて…。」
「大丈夫だよ。僕、今、割と暇だし。あと一週間学校に行けば冬休みだから。」
「おぉ、そうか…。冬休みか…。あぁ、そうだ。マリーとミケーレの学校の話も進めているところなのだが、どうにも時間が取れなくてな…。」
「え?マリーとミケーレが学校?」
「言ってなかったか。来年の9月から、お前が今通っている学園の幼稚園のPre-Kで入れようかと思っていたんだ。」
「あぁ、あそこの隣にある幼稚園か…。」
「そうだ。」
「でも、そうすると寮に入るわけじゃないよね?」
「さすがに幼児は通いで、アメリカの家から徒歩かバスか車だな。」
「そっか、僕は大学では寮に入ると思うから残念ながら面倒は見られないよ。」
「そうか…。リリィが朝連れて行くことになるだろうからな、徒歩が一番簡単か…。」
「バス待つより歩いたほうが早いかもね。」
「そうだな…。学園長にはほぼ決まりで話を通しているんだが、一度見学に来るように言われているんだ。あと、問題はミケーレの能力の暴走だ。」
「あ、それなら赤い目で言えば、多分回避できる。」
「そうか?」
「二人とも賢いから大丈夫だよ。それにあの学園、結構人気高いらしいから早く決めないと定員になっちゃうかもしれないよ。」
「わかった。リリィの状態が落ち着いたら見学に行かせるよ。」
もう来年には、二人が幼稚園に入る年かぁ…なかなか感慨深いものがある。
ミケーレはいつの間にかドイツ語、イタリア語、英語、フランス語、そして日本語まで絵本レベルならすらすら読めるほどになっている。
マリアンジェラは少し読み書きに力を入れないとダメかもしれないな。
それより、他の4歳児と比べたら異常に体が大きくて驚かれるんじゃないのかな?
想像するだけで顔が笑い顔になってしまう。
珍しくリリアナが僕の部屋に来て、夕飯が出来たと知らせてくれた。アンジェラは忙しいから、先に食べてくれと言っているらしい。
「そういえば、リリアナ達はいつも部屋にこもってること多いよね?何してるの?」
リリアナが横目で僕を見る。
「まるで修行のような子育て中よ。」
「ぷはっ。修行?」
「笑わないでよ。あいつらものすごくやんちゃなんだから。怖くて部屋から出せないのよ。ニワトリの羽はむしるし…この前はアンドレの羽までむしって…。」
「ブッ。まじで?」
「そうよ。くしゃみしたら翼がでちゃって、そうしたらワラワラと寄って行って、ブチブチッってすごい音で、もう顔面蒼白よ。禿げたニワトリみたいになる前にどうにか助けたけど、ジュリアーノは王様になったら暴君になるわ。」
「はははは…。」
「ライアンはジュリアーノに比べたら大人しい方だけれど、冷酷なの。」
「え?冷酷?」
「そうよ。いつだったか、Gが出た時に仕掛けてあったGホイホイにうっかり私の髪がくっついちゃって、そーっと剥してたら、容赦なくバリッって引っ張られて。ごっそり毛が抜けたわ。」
「うわ、災難だね。」
「そして、それ見て笑うのよ。クスクスって。」
「大変そうだね。」
「本当よ。この前アンジェラに大画面のテレビ買ってもらったから、かろうじて部屋でネットの動画を見せたりして間を持たせてるけど。あっ、そろそろ行かないと…アンドレがきっと髪引っ張られてる頃だと思う。」
ついついリリアナの話が面白すぎて、聞き入ってしまった。
ダイニングに行くとアンドレの髪を頭によじ登って引っ張るジュリアーノを、マリアンジェラが大きく変化して引きはがそうとしていた。
「こら、ピンクちゃん。やめなさい。アンドレが可哀そうじゃない。涙出してるよ。もう、ちから強いなぁ…。」
「あぁ、マリーありがと。後は私やるね。」
リリアナがジュリアーノに向かって両手を出して大げさに言った。
「あら?こんなところに素敵な王子様が…私にハグしてくれるかしら?」
ジュリアーノがアンドレの髪を引っ張っていた手を止め、リリアナに両手を伸ばした。完全にマザコンだ。リリアナもジュリアーノの額にキスをしている。
甘やかしすぎなんじゃない?と僕とマリアンジェラは思っていた。
そして意外な光景…ミケーレとライアンが並んで食事を摂っているが…ライアンはミケーレの真似をして、静かに一口ずつ咀嚼して、時々ナプキンで口元を拭き、ずいぶんとお上品に食事をしている。
「ミケーレとライアンはおりこうさんだな。」
僕が言うと、二人同時にはにかんだ。シンクロしている。
ライアンがプレートの上にのっていたものを完食すると、ベビーチェアの上に立ち上がって言った。
「ドーレ、テイトウ。」
テーブルの上のポテトサラダを指差している。
アンドレは無言でポテトサラダをライアンの皿に追加した。
ライアンはニマッと笑って座り、ポテトサラダを食べている。
続いてミケーレもアンドレに言った。
「アンドレ、僕にもポテトサラダちょうだい。」
「はい。どうぞ。」
「ありがと。」
すると、ライアンも真似して言った。
「あんがと。」
「しゅごい、ライアン、ありがと言えたね~。」
小さい普通の姿に戻ったマリアンジェラは感心しながら頷き、自分のプレートにのせたものを次々に口の中に放り込んでいる。
ライアンはミケーレが大好きなようだ。ミケーレの真似をしているようにも見えるな。
食事が終わった後、ミケーレはライアンの食器もシンクに片付けてあげた。
ライアンはじっとミケーレを見つめて言った。
「あんがと。にいちゃま。」
ミケーレの顔がパアッとうれしさにあふれた。
「ライアン、僕のこと『にいちゃま』って言ったの?」
「ん。」
ミケーレはライアンをギュってして頭をなでなでした。
確かに同じ遺伝子をもつ彼らは先に生まれた方が兄で、あとから生まれた方が弟に見えるが…実際はライアンは兄で弟はジュリアーノだ。
そして、彼らは500年前の王子たちだ。
複雑な相関図を頭の中で描きつつ、僕はアンドレに質問をした。
「ねぇ、アンドレ、ユートレアに戻って跡継ぐとか考えてないの?」
「歴史を変えたくないのでな。一度は王位を継ごうと思っているが、その後は妹に渡すつもりだ。」
「そっか、アンドレにとっては、ここは未来で、歴史を調べればどうなったかわかるのか…。」
「そういうことだ。」
「でも、本当にいいの?普通王様になりたいって思うんじゃないの?」
「ライル、王になって辛い思いをするより、この時代で楽しいことを存分にできる人生の方が私には何百倍も魅力的だぞ。」
「そうなのか。」
「ネットでポチッとやって欲しいものが翌日届くとか…ワクワクどころではないぞ。」
「…意外にミーハーなんだね。」
「それに、アンジェラが許してくれたおかげで最愛のリリアナと結ばれたのだ。」
アンドレがどや顔で言い切った。ある意味潔い。
「もし、アンドレが王だったら、ユートレアは無くならなかったんじゃないかな?って思ったんだけどさ…。」
「私も色々と調べたのだ。小さな国がひしめき合っていた過去から統合を繰り返し大きな国へとなっていくときが必ず来た。それは致し方ないことだ。城をそのまま残してくれただけでもありがたいことだ。」
「そっか。確かに、今でも同じ城を同じ血筋で所有しているのはうちくらいかもね。」
「ライル、私はあまり積極的に挑むタイプではないが、この今の平穏を保つためなら何でもしたいと考えているのだ。」
どうやら、アンドレはあんな強烈な『かかあ天下』の現状でも、過去のユートレアにいるより幸せだと思っているらしい。
『おめでたい』一瞬、そんな言葉が頭の中を通り過ぎた。
そして、いきなりの暴君ジュリアーノの登場。
リリアナに抱っこされてたジュリアーノがいきなりアンドレに飛びついて髪の毛を引っ張り始めた。
「リリアナ、ジュリアーノはなんでアンドレの髪を引っ張るんだ?」
「そんなの知らないわよ。」
僕はジュリアーノの首に手を当て眠らせた。
「あ…。え?」
「どうした、ライル…。」
「こいつ、超マザコンで、アンドレに嫉妬している様だ。ニワトリみたいにむしって禿げさせて、リリアナが振り向かないようにしようと企んでいる。」
「は、禿げ?」
アンドレの驚きの表情がなんだか切ない。
僕はジュリアーノの目を覚まさせ、赤い目で命令した。
『アンドレはお前の大切な父親だ。髪を引っ張ったり、暴力などもってのほかだ。アンドレのためにすべてを捧げるのがお前の役目だ。』
ジュリアーノの目に赤い輪が浮いて消えた。
これで髪の毛はもうむしらないと思う。
頑張れ、アンドレ。




