455. MV公開と父親からの電話
12月12日、日曜日。
朝6時、目が覚めてマリアンジェラを起こさないように一人で身支度をした。
そろそろアンジェラの曲が公開される時間だからだ。
僕も、自分のタブレットで動画を確認してみたいと思っていたのだ。
音を小さくして自分の部屋のソファでアンジェラの芸能事務所のウェブサイトを開く。すると、リンクを押していないのに、プロモーションビデオが再生された。
アンジェラの新曲の宣伝をするためのプロモーションビデオだ。
最初に真っ暗な中で金色の羽が一枚くるくると回りながら上から落ちてくる。
それがコトッと机に落ちたかのように静止すると、ペンのようにサラサラと動いて金色の文字を刻んだ。
『LUNA』
曲のタイトルだ。
ミュージックビデオで撮影したシーンの断片が一枚、また一枚とスライドのように切り替わる。
そしてメロディーだけの部分で、少女LUNAと少年アンジェラが霧散するシーン。
『♪ラーララララーララララ~』
ドドーンと音が切り替わり、また黒いバックにタイプライターで打ったように文字が浮き出る。
『Real Angel Project』そして金色の光の粒子になり掻き消える。
たった15秒ほどのPVだが、インパクトがすごい。
まぁ、ファンなら間違いなく即課金だな。
その時、僕のスマホにメッセージが入った。ウィリアムからだ。
『ライル、アンジェラ様の新曲、超クールだ。ミュージックビデオに出ている女性、すごい美人だな。ちょっとマリアンジェラちゃんにも似てるよな?』
さすが、長年アンジェラファンというだけある。公開と同時に何も告知していないのに動画を発見するのがすごい。
とりあえず僕も返信した。
『いい曲だよな。僕も結構好きだよ、この曲。』
さあ、本編を開いてみよう。
ウェブサイトの右上のリンクをクリックするが、再生が始まらない。
いわゆる砂時計状態だ。公開開始からまだ5分も経っていない。
タブレットを持ってアンジェラの書斎に行ってみた。アンジェラは電話で誰かと話していた。僕にちょっと待て、と手でサインを送っている。
電話を終えたアンジェラが僕に座るように椅子をすすめた。
「ライル、どうした?」
「あ、ミュージックビデオ見ようと思ったら、もう開けなくて。」
「そうなんだ。開始3分でサーバーが落ちた。しかもミラーサーバを30カ所も用意しているのにだ。告知を一切していないのに、どういうことだ…。」
「でも、それだけ興味を持たれているってことでしょ?」
「そうだといいんだがな。」
その後30分ほどでサーバーは再起動し、ミュージックビデオは再生可能となった。
しかし、その後もアンジェラのところには本社からの電話が何度もかかってきていた。何が起きているのかは僕にはわからなかったが、あのビデオを一人で完成させたり、最新の機器を使いこなしたり、いい曲を作ったり、いい歌詞を書いたり、アンジェラは本当になんでもできる人だ。目指すジャンルは違えど、出来る大人はカッコイイものである。
一度部屋に戻り、マリアンジェラを起こし、顔を洗わせてダイニングで朝食をとらせた。こっくりこっくりとまだ船をこぎながらの朝食だ。
それでも口はにゃむにゃむと動いている。
そこへ、久しぶりのリリィがやってきた。
「あ、リリィ…すごい久しぶりに姿見た気がするけど…。」
「う、うん。そうなの…食べ物を見ると気持ち悪くなって…。ううぇっ。ごめん。やっぱダメだ…。」
そう言ってよろよろしながら部屋に戻って行った。
フライドチキンだったら食べられるって言ってたっけな…明日学校の帰りに買ってきてあげようかな…。そういや、確かに少し太った気もするな…。
マリアンジェラの朝食が済むころ、皿を片付けていたらスマホに着信があった。
父様からだった。日本は昼過ぎだから、電話がかかって来ても不思議はないのだが、僕に電話がかかってくることは最近なかった。
不思議なことに僕とリリィが分離してからは、僕やリリィではなくリリアナに連絡することが多かったようだ。
僕は少し不安を抱きながらも電話に出た。
「はい、もしもし。」
「ライル、元気だったか?」
「僕は元気ですよ。リリィは元気ないみたいだけど。」
「何?どうしてだ?」
「え?つわりらしいです。」
「なんだと…、三人目が出来たのか?」
「あ、もしかして知りませんでした?三人目と四人目らしいです。」
「そ、そうか…。」
言っちゃまずかったのかな、知らせてるとばかり思ってた。
「どうかしましたか?」
「ライル、大学受験はどうなったんだ?」
「願書は提出済なんですが、出したところの合格発表が3月末に集中しているんです。まだ、ずっと先なのでどうなるかわかりません。他になにかありますか?」
「そうか…。いや、その、クリスマス、24日にこっちで集まらないかと思ってだな…。」
「皆に聞いてみないと今すぐは答えられないですね。」
「あぁ、できれば2、3日中に返事をもらいたいんだ。準備もあるしな。」
「わかりました。確認して連絡します。」
僕は電話を切った後、アンジェラ、リリィ、リリアナ、アンドレにメッセージを送った。
二時間後、アンジェラが本社からの電話がようやく一区切りついたとかで、サンルームでピアノを弾いていた僕のところにやってきた。
今日はあいにくの雨だったので、散策はとりやめだったのだ。
「ライル、クリスマスの件なんだが…。」
「うん、どうするの?」
「リリィは行かないと言っているんだ。」
「あの調子じゃ仕方ないよね。」
「ただ、子供たちは連れて行って欲しいと言っていてだな…。」
「ふぅん。じゃ、リリィ以外は行くって言っちゃっていいの?」
「…。そうなるのか…。しかし、リリィを一人には出来ない。」
確かに、あんなよろよろしている状態で何かあっては大変だ。
僕はアンジェラにリリィと一緒に家に残るように言った。僕がマリアンジェラとミケーレの面倒をみればよいだけの話だ。
僕は父様に電話をかけ、リリィの体調が悪いので、リリィとアンジェラは不参加で他の家族は行くと伝えた。それに関しては特に問題なかったのだが、父様が僕になにやら聞きたいことがありそうで、歯切れが悪い。
「父様、何か聞きたいことがあるの?」
「あ、あ、うん。そうだな。」
「はっきり言ってもらえないとわかんないよ。」
「実は、少し前からまた家の前に報道関係の車が来ていてな。ルーナは誰かとインターホンを押して何度も聞いてくるんだ。中にはアンジェラの浮気相手じゃないかと言うやつもいてだな…。」
「ははは…アンジェラはミュージックビデオを新しく出したんだよ。新曲のタイトルがLUNAなんだ。そして、あれはリリィの上位覚醒した姿なんだよ。実際はリリィは調子悪いから、僕が代わりに変化して撮影したけどね。」
「そうか…あれはリリィの姿なのか…。」
「え、父様も見たの?」
「はっ、ははは。アズラィールが見ろ見ろってうるさくてだな…。見た。」
「どうでした?とても二日間で撮影したとは思えないくらい良く撮れてると思うんだけど。ミケーレも撮影に参加したんですよ。」
「そうなのか…あの小さい子はマリアンジェラではないよな?」
「あ、あれも僕です。」
「え?」
「世の中にいない人物でというので、あくまでもリリィの小さい時をイメージして髪色をプラチナブロンドにしたんですよ。感想を聞きたいですね。」
「あ、え、う、まぁ、探したくなる気持ちはわかるな。」
「誉め言葉として受け取っておきます。」
「これは、誰だと聞かれたらどう答えればいいんだ?」
「『わからない』でいいんじゃないですか?実際探しようがないし。」
「そ、そうか…。わかった。」
「面倒かけてすみません。」
「あ、いや。お前が謝ることではない。アンジェラが売れている証拠だしな。」
「父様、24日の集合時間はあとでメッセージで知らせてください。」
「わかった。あと、マルクスとルカ達を連れて来てもらえると助かる。」
「はい。連絡してみます。」
僕は父様との通話を終えた。
以前より少し話しやすくなったかな…。




