451. ミケーレの新たな能力
「わあっ、危ない!」
床に頭から落ちそうになったマリアンジェラに手を伸ばした時、周りでかすかに聞こえていた音が全て消えた。
「なっ…なんだ?」
僕はマリアンジェラを両手で掴み抱きしめた。しかし、マリアンジェラは驚いて目を見開いたままの状態だ。
「マリー、マリー、どうした?マリー」
慌ててマリアンジェラの心臓のあたりを触っても鼓動が聞こえない。
鼻先に耳を当てても、息が確認できない。
「マリー!」
僕は絶叫し、泣き叫んでいた。マリアンジェラが死んだ。
まだ床にぶつかっていないはずだ。寸前で間に合ったはずだ。何故、どうして…。
「うわぁぁぁ~っ。」
その時、僕の肩をトントンと叩く小さな手があった。振り向くとそこにはミケーレがいて、少し首を傾げて言った。
「ねぇ、ライル…。どうして泣いてるの?」
「ミケーレ、マリーが、マリーが息をしていないんだ…。」
ミケーレがマリアンジェラの顔を覗き込んでから僕の方を見上げて言った。
「それ、パパと同じ感じ?」
「え?」
僕はマリアンジェラを抱きしめたまま、少し前に書斎に戻ったアンジェラのところへ行った。
アンジェラは手に一枚の紙を持っていた。
「アンジェラ、アンジェラ、マリーが…。」
そう言って書斎の中に入りアンジェラの正面に回り込むと、アンジェラは瞬きをせず、じっと紙を見つめている。
「アンジェラ?」
アンジェラの心臓に手を当てるが、動いていない。息もしていない。
な、何が起こっているんだ…。
僕はダイニングに戻り、ミケーレを探した。
ミケーレはコップにオレンジジュースを継ごうとして首を傾げていた。
「ライル、ジュースが出てこないよ。」
液体が瓶を振っても動かない状態だった。
「ミケーレ、何が起こってるか知ってるか?」
「ううん。わかんない。」
「どうしてここに来ようと思ったんだ?」
「えー、喉が渇いたからジュース飲もうと思って来たら、ライルが『わあっ、あぶない!』って言ってて、ビックリしたの。」
「それで?」
「パパのところに行ったら、目開いたままで言うこと聞いてくれないから、こっちに来たの。頭がちょっとゾクゾクってなって、気がついたらライルの横にいたからトントンってした。」
どうやら、僕の声に驚いて、ミケーレがわけの分からない能力を使ってしまったのかもしれない。
僕は、ミケーレを自分の方に抱き寄せてマリアンジェラと反対側の膝に乗せ静かに言い聞かせた。
「ミケーレ、さっきは大きな声出してごめん。もう、大丈夫だから。僕、もう大丈夫だからさ。」
ミケーレはキョトンとしていたが、数秒後、僕を見上げて言った。
「僕、ライルのこと大好きだよ。」
「うん、僕もミケーレのこと大好きだ。」
ミケーレが僕にハグしてくれた時、ザワザワと冷蔵庫やエアコンから 出る音が聞こえてきた。
「にゅ?ミケーレ、どして抱っこされてるにょ?」
マリアンジェラがしゃべった。
「ま、マリー、マリー、僕の大切なマリー。」
僕が頬ずりしてマリアンジェラを抱きしめると、ミケーレは膝から下りてアンジェラのところに行った。
ミケーレがアンジェラを連れてダイニングに来た。
「ミケーレ、ジュースは一杯だけにしなさい。」
「はーい。」
アンジェラがジュースをコップに注いでミケーレに渡している。
「ライル、なんか変なことあったね。」
「そうだな、ミケーレ。」
僕の横の椅子に座ってジュースを飲むミケーレの頭を撫でた僕の手が紫色の光の粒子に包まれた。
マリアンジェラは僕に抱っこされたまま僕を見上げている。
「マリー?」
「ぶふふ、さっきすごいこと聞いちゃった。」
「え?」
「ぼくのたいせつなマリー。ってライルが言ってくれた。」
「あ…。」
顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。ミケーレはすました顔でジュースを飲み終え、コップをシンクに置き、子供部屋に戻って行った。
アンジェラがコップを洗って片付けた後で、僕はアンジェラに声をかけた。
「明日の朝、絵本を見る前にちょっと時間取ってくれるかな?他にも話したいことがある。」
「あぁ、もちろん。じゃあ、朝食の後、書斎に来てくれ。」
僕は部屋に戻りマリアンジェラを寝かせると、さっき起きたことを日記に記した。
『ミケーレの新しい能力が発現した。時間を止める能力だと思われる。
何がきっかけか不明。本人も認識なし。』
意識がないまま発動し、戻らなかったら最悪だ。
もしかするとものすごく素晴らしい能力かもしれないが、発動条件もわからず、今回は僕が動けたから一部始終を見ることが出来たが、下手をするとミケーレが時間のはざまに取り残される可能性もある。
少し不安な気持ちが僕の中でモヤモヤと広がった。
しかし、ベッドに入りマリアンジェラの夢の中に入れば、不安は取り除かれた。




