448. ライナとミケーレ(1)
追加での撮影は続いていた。少女姿のLUNA風リリィに姿を変え撮影をするのだが、アンジェラの無茶ぶりが段々エスカレートしてくる。
「なぁ、ライル…少女でズームで寄っておいて、そこで大人に変化してもらって、少し引きを撮りたいんだが、出来るか?」
「えー…変化は出来るけど、メイクとかどうなるのかわかんないし…。」
「頼むよ、とりあえずちょっとやってみてくれ。」
やはり、単なる変態リリィオタクだ。
言っても聞きやしない。仕方がないのでいう事を聞く。2度撮り直し、満足したのか、見たことのないような笑顔を見せる。
「アンジェラ、顔…。」
自分がにやけていることに気づいていなかったのか、ハッとした様子でいつもの無表情を取り繕うアンジェラを見て、こっちが笑っちゃいそうだ。
どうやらカメラはまだ回っていたらしく、こっちの変な笑い顔まで撮影されてしまった。
そして、次の撮影は家の外の森だった。
少女姿のまま外に出た。
もう外はかなり寒い。幸い僕の今の体は気温が低いのはわかるが、それが辛かったりすることは無い。鳥肌も立たないし、顔色が悪くなることもない。
ブランコに座り、ゆるく漕ぐ。
漕いでる途中で翼を出すように指示されているので、そのようにする。そして徐々に大きくなる。
ブランコを漕ぐと風が起きて、髪がなびいて気持ちいい。指示されていなかったけど、そんな感覚が新鮮で、ふっと笑い顔になってしまった。
うわっ…僕の表情を見て身悶えしている変態は視界の端に見えた。
アンジェラの美への追及はかなりしつこい。
今度は子供の姿でひたすらブランコを漕いでくれと言われたが、若干飽きてきて漕ぐスピードが遅くなった時だ、何者かが、前面から翼を出し飛んできて僕を真正面から抱きしめられた。
「ライナちゃん、また、捕まえた。」
ミケーレだ。満面の笑みで、今にもキスされそうだ。
「ミケーレ、だから…僕はライルだってば…。」
シュンとするミケーレにアンジェラが声をかける。
「ミケーレ、今のよかったぞ。ちょっとこっちの服に着替えて、もう一回やってくれないか?ライルはミケーレのサイズに合わせて少し小さくなってくれ。」
「むぅ…。」
面倒なことを頼むな…と思いながらもつい従ってしまう僕だった。
ブランコをゆるめに漕いでいると、本当にミケーレがあの衣装で飛んできた。
顔が、まるで目がハートになっているのではと思うほどの好き好きオーラを出し飛びこんでくる。
「つ・か・ま・え・た。」
僕の体をがっちり掴み、ミケーレは僕の額にキスをした。
「え?」
ミケーレの勢いを支えきれず、ブランコを握る手が離れた。
二人の姿が金色と青の光の粒子になって霧散した。
アンジェラは幻想的な映像が撮れたことに感動したが、すぐに戻ると思った二人が10分経っても戻らないことに焦りを覚え、家の中に戻り、リリアナとマリアンジェラにライルとミケーレの場所を探すように頼んだ。
しかし、どこにも二人の気配が感じられないとリリアナもマリアンジェラも声を揃えて言った。マリアンジェラが悲しい顔で言った。
「バカ、バカ、パパのバカ。」
まさか、ミケーレがライルにキスをするなんて思わなかったのだ、そして、まさかそんなことで二人が消えるなんて思いもしなかったのだ…。
『ドスン』と大きな音を立て、僕は腰を地面に打ち付けた。ミケーレが僕の上に馬乗りのままだ。
「ミケーレ、下りて。」
「ライナちゃん、ごめん。」
「だから、僕はライナじゃないって、僕はライルだよ。撮影のために上位覚醒している時のリリィの子供の時の姿を想像して変化しているんだ。」
僕はそのままの姿をキープしたままミケーレに繰り返し説明した。
「わかってはいるんだけど、僕、ライナちゃんにどうしても会いたいんだ。」
「ミケーレ、ちょっと難しいかもしれないけどさ、ライナはもういないんだよ。」
「どうして?ねぇ、どうして?」
「去年の12月に11年前の僕のところに行っちゃったんだよ。」
「じゃあ、そこに行けば会えるんじゃないの?」
「僕と融合した時にライナの体は僕に吸収されちゃったんだ。だから、ライナとしては存在しないんだ。」
「そんなの嫌だよ。ライルは何でもできるじゃない、何とかしてよ。」
「無茶言わないでよ。ほら、撮影のじゃまだから、少しおとなしくしててよ。」
僕はアンジェラがいる方を振り返った。
あれ?いない。あれれ?ブランコがない。ブランコが繋がれていた大きな木も生えていない。地面の草がボウボウだ。
ここは、何かがおかしい。
「おい、ミケーレ。お前、何かしたか?」
「僕には何かするようなすごいこと出来ないよ。お花を出すのと、ちょっとだけ先の事がわかるようになったくらいだもん。」
「ん?ここ…家の敷地だよな?」
「ねぇ、とりあえず、おうちに行こ。」
僕はミケーレと共に翼で飛んで家のバックヤードに下りた。
「なっ…ない。ミケーレ、サンルームがないよ。」
「あれ?ドアがないけど、どうやって入る?」
僕はミケーレを連れて二人で家の中に転移した。転移は出来たが、家の中の雰囲気が違う。ミケーレが子供部屋の方に走って行ったが、そこで大きな声を出した。
「僕とマリーのお部屋がない。」
「え?」
僕はまた、別の世界にでも迷い込んだのかと思い、アトリエに行った。
大きな少年天使の絵が一枚だけ飾られていた。
「ミケーレ、ここは過去だ。少なくても6年以上前…。」
「え?なんで6年前以上前に来ちゃったの?」
「まぁ、いい。帰ろう。おいで。」
僕はミケーレの手を取って転移した。『ヴーン』と音がした。
普段転移するときにはそんな音はしない。
「ん?なんだ?」
周りの状況は変わっていない。
「まずい、まずいぞ、ミケーレ。僕達の暮らす時間に戻れない。」
「どうしよう…」
「出来ることがあるかどうかちょっと確認してみよう。」
僕はアンジェラの寝室のクローゼットからアンジェラの下着や衣服を出し、子供の姿のLUNAが着ている服を脱いでから元の姿のライルに変化した。
『ヴーン』、またあの音だ。僕はライルに戻れなかった。
ショックを受けながらまた白いワンピースを着る。
「さっき、外からここへは転移出来たよな?」
「うん。できた。」
「じゃあ、この時と同じ時間だったら違う場所に行けるのかな?」
僕は今のこの状態では時間を超えられないと思い、自分と同じ能力を持つ者、そう、過去の自分に会いに行くしかないと思ったのだ。
「日本の朝霧邸に行こう。」
「どうして?」
「このままここにいても、アンジェラとリリィも結婚していないこの場所で、大人に変化も叶わない僕と、ミケーレじゃ生きていけないだろ?アンジェラだって、帰って来るかわからないし。6年以上前なら、普通に飛行機で世界中を回っていたって言うときだろう。」
ミケーレが心細くなり、ぐずぐずと泣き始めた。
「泣くなよ。男だろ。」
「ぐすん、それ、モラハラだよ。」
どうにも余計な言葉ばかり覚えている様だ。
僕はミケーレを連れ、日本の朝霧邸のホールに転移した。
転移は成功した。やはり時間だけ超えられないのか…。いや、大きくもなれなかった。他にも出来ないことがあるのかも知れない。
「ねぇ、僕お腹すいた。」
「ミケーレ、少しくらい我慢しろよ。」
「だって…」
そう言ってぐずぐず泣き始める。
その時、エントランスのドアがガチャリと開いた。僕は慌ててグランドピアノの横に置かれている大きな植木鉢の影に隠れた。
入ってきたのは、ランドセルを背負ったライルだった。
飛び出しそうな勢いのミケーレの口を押えて制止する。
過去の僕は、タタタッと階段を上り、二階の昔僕が使っていた部屋に入って行った。過去を変えてから、記憶がごちゃまぜなので、この頃どんなことがあったかなどはあまり覚えていない。
過去の僕が部屋から出て、洗面所で手を洗い、サロンへ移動した。
多分、おやつを食べるのだ。
僕とミケーレはそーっと歩いてサロンへ行き、中を覗いた。
ライルは一人で、冷蔵庫からロールケーキを出して食べ始めていた。
ミケーレは僕の手を振りほどいて、サロンの中に入って行った。
「ライル!僕だよ。」
ミケーレの姿を見た過去の僕は、一瞬驚いたが、立ち上がってミケーレを見ると、金色のオーラに包まれて女の子に変わった。
「アンジェラちゃん?」
「ライナ?ライナちゃん?僕、ミケーレだよ。アンジェラは僕のパパだ。」
ビックリした顔の女の子は、にっこり笑って言った。
「ミケーレ、少し大きくなったね。ライナは今、リリィっていう名前なの。
ねぇ、どうしてここにいるの?」
「僕、ライルと一緒に動画撮影してて、ぶつかったらおかしなことになっちゃったんだ。」
「ライル?」
そう言うと、リリィはライルに戻って言った。
「僕がどうかしたの?ミケーレだっけ?リリィの記憶の中にいる男の子だね。」
「記憶の中じゃないよ、僕はここにいるじゃないか…。」
ミケーレがこっちを見て手招きをする。『はぁ…』ため息が出た。
目の前に出ていくとライルはリリィに変わった。
「マリアンジェラ?」
「違うんだ、僕はライルで…ちょっと変装してるんだよ。」
「ライル?」
リリィがまたライルに変わった。すごいバグってる感じの出入り具合だ。
「ねぇ、そんなにライルとリリィが出たり入ったりして学校では大丈夫なの?」
僕は思わず聞いてしまった。
リリィが出てきて言った。
「普段はリリィには絶対にならないの。アンジェラちゃんがいる時だけリリィになるんだよ。だってアンジェラちゃんが、すぐリリィ、リリィって泣くから…。」
「それ、ずっと変わってないよ。」
寒い空気が流れた気がした。ミケーレが懲りずにリリィに話しかける。
「ねぇ、ライナちゃん。僕、ライナちゃんに会いたかったんだ。ライルと別々になって、イタリアに帰ろうよ。」
ミケーレがリリィの手を引っ張る。
「ミケーレ、それは出来ないの。私、このままライルの中にいないともう生きられないの。ごめんね。」
シュンとして下を向くミケーレに、リリィが冷蔵庫からロールケーキを出してくれた。
「ミケーレと白いライルもロールケーキ食べよ。座って。」
そう言って、お皿にのせたケーキとフォークを出してくれた。
不思議とそこでは僕にもロールケーキの味がわかった。おいしかった。
コップにコーヒー牛乳をついでもらい、懐かしい味がした。
ミケーレはコーヒー牛乳に感動していた。
「これ、イタリアにも売ってるかな?」
「いや、ないだろ、多分。」
リリィが急にライルに変わった。誰かが帰ってきたのだ。
それは、未徠だった。サロンに入ってくるなり、未徠はミケーレを見つけて叫んだ。
「徠人、徠人じゃないか。生きていたんだな。」
「お、おじいちゃま、僕は徠人じゃなくて、ミケーレだよ。」
「ミケーレ?」
「そ、徠人の生まれ変わり。って言っても、まだこの時点では生まれていないけどね。」
未徠は僕をまじまじと見ると過去のライルに聞いた。
「ライル、説明してくれないか?」
「そっちの白い髪の子が未来の僕で、こっちの黒い髪の子はアンジェラって人の子供らしい。」
「アンジェラ?徠牙のことか?おじいさんの弟の…。戦争で死んだはずだが…。」
「まぁ、そのうち分かるよ。ねぇ、過去の僕、お願いがあるんだ。
2027年の12月10日に連れて行ってくれないか?」
「え?そんな、日にち指定したら行けるとか、ありえなくない?」
思いもよらぬ自分本人からのダメだしである。
そうか、大きくなった僕の能力をコピーしたのは分身体で、こいつは使えない能力もあるのか…。
「じゃ、僕の能力をコピーして。なぜか今の僕は時間を超えることが出来ないけど、普段なら出来るんだ。」
僕はそう言って手を差し出した。
過去の僕は少し躊躇したが、僕の手を取った。手の周りが金色の光の粒子でパアッと光った。




