443. ミケーレの才能開花とビデオ撮影
12月4日、土曜日。
学校が休みなので朝ゆっくりしようと思っていたのだが、とんでもないことが起きた。それは、朝6時の少し前、僕、ライルはベッドで眠っていたのだが、何者かがベッドの中にいて、僕の右の脇腹と左のスネを触っている。
ん?マリアンジェラがいたずらしているのかと思い目を開けたのだが…マリアンジェラは僕の左側でスヤスヤと僕の方に向いた状態で、両手を右頬の下で合わせて眠っていた。
僕はそーっとブランケットをめくって犯人を見た。
「うわっ。」
それは、ジュリアーノとライアンだった。何が目的かはわからないが、なぜか僕の脇腹をサスサスとこすっているライアンと、僕のスネにしがみついているジュリアーノがいた。
「お前たち、ここで何やってるんだよ。」
急にブランケットをめくられて眩しかったのか、目を細めた二人が、ちょっと不機嫌そうにむくっと起き上がって座った。
「「あぶぶ。ぶー」」
二人で同じことを言うが全く意味が解らない。
「いやぁ、それわかんねぇし。」
そんなやり取りをしているとマリアンジェラが目を覚ましてしまった。
「ふぁ~、おはよ。」
「おはよう、マリー。起こしちゃったね。」
「どしたの?」
僕が双子を指差すと、マリアンジェラは目をまん丸く見開いてぎょっとした顔をした。
「うえっ、やだ、この子達…マリーとライルの仲を裂こうとしてるんじゃない?」
「いや、それはないだろ?」
スネからジュリアーノを引き離して座らせ、パジャマの中に入っていたライアンを引っ張り出す。
そこへリリアナが、またノックもしないでいきなり部屋に入ってきた。
「はぁ、はぁ…。い、いたーーー。」
そう言いながらすごい怖い顔をして近づいてくる。僕は慌てて聞いた。
「ちょっと、リリアナ、何があったの?」
「あ、ごめん。うちのバカ息子たち、お邪魔しちゃったのよね。回収するわ。」
「…。」
マリアンジェラがすました声で言った。
「リリアナ、質問に答えてないよ。」
少し頬をピクッとさせてリリアナが言った。
「あぁ、うん、歯が生えそろってきて痛いから、おっぱいをもう卒業させようと思ったら、気に入らないみたいで、だれかれかまわずおっぱいを飲もうとしてるのよ。」
ひぇ~。危なく乳首を吸われるところだったのか…。
リリアナが言うには、昨日の夜はアンドレが被害にあったらしい。
しかも、乳首を噛まれて絶叫して目を覚ましたらしい。
「でも、壁をすり抜ける能力は使えないようにしてるよね?」
「普通に椅子を二人で運んでドアを開けたみたいなの。全然気づかなかったし。」
「そう言えば、さっき『あぶぶ、ぶー』って言ってたぞ。」
「そんなの、私にわかるわけないじゃない。とにかくライルの乳首が無事でよかったわ。」
そう言ってリリアナは双子を回収していった。
その日から双子は哺乳瓶で少し温めたミルクを飲ませてもらえるようになったようだ。
双子は現在生後7か月、もう普通に二足歩行もできるし、体の大きさは1歳児を軽く超えてそうだ。
そんなことがあり、すっかり目が覚めてしまった。
お手伝いさんはもう来ていて、朝食の準備を始めている。
「ライル様、マリアンジェラ様、おはようございます。」
「おはようございます。ちょっと早いけど、いいですか?」
「できているものからお出しします。」
そう言ってお手伝いさんは焼きたてのクロワッサンとベーコンとアスパラのオムレツ、そしてカプレーゼをダイニングテーブルの上に置いてくれた。
僕はそれをマリアンジェラのお皿に取り分け、フォークを渡した。
「さぁ、マリー食べて。」
「うん、ありがと。」
僕はコーヒーをカップに入れ、自分の席に着いて飲みながらマリアンジェラが朝食を食べる様子を見ていた。
マリアンジェラの食べる様子を見るのは楽しい。すごくおいしそうに食べるのだ。
あんなに小さい口なのに、すごい勢いで食べる様子は圧巻だ。
「あんまり見られたらはじゅかしい。」
「あ、ごめん。すごくおいしそうに食べるから、見てるこっちも幸せになっちゃってた。ははは」
「幸せ?」
「そうだよ。マリーと一緒にいるとなんだか幸せな気持ちになるんだ。」
ヨイショしたわけではない、最近、マリアンジェラが僕のために神であることを捨てて生まれてきたと知ってから、マリアンジェラを見ているだけで心が温かくなるのだ。自分が愛されていると思える、愛されることを許されていることがうれしい。マリアンジェラが僕の言葉を聞いて目を細めて言った。
「マリーもライルと一緒だと幸せ。へへ」
そこにアンジェラが起きてきた。
「お、早いな二人とも…。」
「パパ、おはよう。今朝事件があったんだよ。」
「事件?」
「そう、ライルの乳首が狙われたの。ライエンとジュリアーノに…。」
「あははは…。で、無事だったか?」
「ギリ、セーフだった。ライエンはパジャマにもぐりこんでて…。」
「そうか…昨日の夜はアンドレが噛まれたらしいからな。」
「知ってたら教えておいてよ。ドア閉めてなかったから侵入されたんだ。」
「すまんすまん、夜中に書斎で仕事をしていたら悲鳴が聞こえてな。慌てて行ったら、アンドレの両乳首に双子が…。ククク…。なかなか離さなくて大変だったんだ。」
笑いこっちゃないと思うんだが…。災難だったな、アンドレは…。
その後、皆が起きてきた。賑やかな朝食を終え、アンジェラが僕を書斎に呼んだ。
今日ビデオの撮影に行けるかという打診だった。
特に予定もないので快諾し、午前10時に撮影を始めることになった。
今回はアンジェラも撮られる側になるということで、助っ人を連れて行くことにした。最初は、リリィを連れて行こうと考えていたようだが、妊娠中に重たいものを持たせるのがいやらしく、アンジェラがアンドレにお願いしたようだ。
ところが、それを聞いていたミケーレが『僕がやりたい』と言い始め、アンジェラが困ってミケーレに言った。
「ミケーレはまだ小さいから大きなカメラは持てないんだ。」
その一言でミケーレが暴走した。着ているものをビリビリにして体が大きくなった。また服をダメにした。
マリアンジェラの冷たい一言が突き刺さる。
「ミケーレ、服脱いでから大きくなるか、服も一緒に大きくしないとダメだよ。」
「だってぇ。」
僕は自分の部屋のクローゼットにミケーレを連れて行き、下着と普段着を着せた。
大きくなったため、連れて行かないと言えなくなったアンジェラはミケーレを連れて撮影に行くことにした。
僕は前回同様LUNAに変化してこの前も来た衣装を着た。
撮影の前にアトリエでメイクもされた。髪は今回は少しサイドを三つ編みにして後ろでまとめ、小さな花の飾りをいくつもつけられた。
それを見ていたマリアンジェラはうっとりしながら言った。
「きれいね。」
なんだか恥ずかしい。
「ライル、翼は後で出してくれ。最初はここの地下室で撮影する。」
僕達は地下の隠し部屋に移動した。
ミケーレはここに初めて入る。僕はリリィと分離する前に入ったとき以来だ。
中は以前よりきれいに掃除されており、照明が増えていた。
前は避難場所として作っておいたって言う程度だったからね。
アンジェラはその中でも少し広くて天井の高い部屋に僕らを連れて行った。
そこには小さな丸テーブルとそれに合わせた椅子が2脚置いてある。
アンジェラが絵コンテ入りの紙を僕に渡した。
またシーンごとに指示が書いてある。
シーン1はアンジェラを撮影するものだった。
アンジェラがミケーレにどうやってカメラを使うか教えている。
この前の本格的な撮影用の機材だ。
「いいか、ミケーレ。ここのシーンでは最初、真っ暗な部屋で私の顔のアップだ。
真っ暗だから何も映らないが、ここで10秒後にこのろうそくに火をつける。
その時に私の顔が左半分だけ映るようにしてピントを瞳に合わせるんだ。」
ピントの合わせ方や、ズームのイン、アウトのやり方を教え、火はライルがつけてくれ。音は気にするな。映像しか使用しない。
ミケーレは目をキラキラ輝かせてアンジェラの言う通りに作業をした。
真っ暗闇のなか、何も映らない黒い闇、そこでろうそくにパッと火がともり、映し出されたのはアンジェラの顔、半分、そして瞳に焦点を合わせる。
瞳にはろうそくの火が写りゆらゆらと揺れている。
そこで一回撮影を止めた。映像の確認である。
「うん、いいな。ミケーレ上手だ。」
アンジェラは褒めたが、ミケーレがアンジェラに言った。
「パパ、もう一回撮ってもいい?最後のところでピントをわざとずらした方がかっこいいと思うんだ~。」
アンジェラは「そうか?」と言い、ミケーレにもう一度最初からやらせた。
そして、撮れた映像をチェックする。
「ミケーレ、すばらしいな。お前には才能がある。」
ミケーレは褒められてご機嫌だ。その後は、同じようにLUNEになった僕を顔の右側だけ同じようにろうそくで照らし撮影した。
映像をチェックして、次は聖ミケーレ城へ移動した。
聖ミケーレ城には大きな庭園がある。
しかし、行ってみるとさすがに12月ともなれば、草は茶色く変色し、薔薇も全く咲いていない。
「ちょっと季節があれだな…。」
アンジェラがそう言った時、ミケーレが言った。
「草が緑で、お花が咲けばいいの?どこからどこまで?」
「まぁ、できれば庭園の中は全部だな。あと緑は若草色の春っぽい色合いがいいな。」
「うーん。草の色はその草にしかないから変えられないけど、少し生える程度だったらできるかもしれない。」
ミケーレがそう言うと、城の中のサロンに転移して連れて行けと言う。
三人でサロンに転移すると、ミケーレは窓を開けた。庭園を一望するサロンから下を見下ろした後、サロンにあるピアノでミケーレが曲を弾き始めた。
『エリーゼのために』だ。いつの間にこんなに上達したのだろう。
ミケーレがピアノを弾き始めると暖かい風が外から吹き込んできた。
雪こそ積もっていなかったが、かなり寒い地域である。僕は外に視線を移して驚いた。芝は緑に、薔薇は蕾を膨らませている。
曲が終わることには5分咲きの薔薇が庭園を埋め尽くした。
「パパ、あまりお花は開いていない方がきれいでしょ?これでいい?」
アンジェラは感動のあまり言葉が出ない様だ。
「…。すごいぞ、ミケーレ。」
そのまま撮影の内容を確認した。庭園を歩くアンジェラに正面から翼を出し飛んでいるLUNAが近づき、薔薇を一輪渡す、というもの。
撮影は真横から、アンジェラを遠目で追い、中央迄来たら少しずつズームする。
「私はものすごくゆっくり歩くからな、カメラはぶれないように気をつけて人物が中央迄来たらズームだ。頭から足まで、体全体が左半分に入るように。いいか?」
ミケーレは黙って頷いた。
ミケーレはアンジェラの言う通り、完璧に撮影機材を使いこなし、美しい映像が撮れた。
「次は、その手渡しているところを、あっちの端っこから飛びながらゆっくり撮影して通り過ぎる。自分の影が入らないように撮影の角度に気をつけるんだ。」
その撮影もうまく行った。
そして、最後にイタリアの家の敷地内にある森で撮影を行った。
そこには、いつのまにか、隣接する二本の大木の枝からロープがぶら下げられ下には木の板がくくりつけられていた。そう、ブランコが取り付けられていたのだ。
ブランコの座面は地上3mほどの高さにありまるで森の中でブラブラと揺れているようだ。LUNAがそのブランコで揺れると上から花びらが降るという設定だ。
そのために先ほど行った聖ミケーレ城の庭園の薔薇の花びらを大きなカゴに回収してきた。これは一発勝負だ。
ここでは花びらを撒く前に何度かアクションでアンジェラのダメだしをくらった。
もっと上向きに顔を起こしてブランコを漕げ、とか…。
LUNAの撮影の後、アンジェラがそのブランコで悲しげに座るシーンも撮影した。
がけっぷちに座るアンジェラに羽ばたくLUNAが手を差し伸べるシーンを最後に撮影は終了した。
ミケーレは再度アンジェラにたくさん褒められ、ご褒美にハンディビデオカメラを買ってもらった。
本当にアンジェラの跡を継いで芸能事務所を経営するのかもな…。僕はそんなことを思ったのだ。
アンジェラは映像の編集のため、書斎にこもってしまった。




