440. ジュリアーノの暴走(2)
午後になり、ホテルに戻ってから家に戻った。
時差が大きいため、家に帰っても子供たちはまだ元気過ぎて、普段ならもう電池切れの時間帯なのだが、まだまだ眠れないと言う感じだ。
早く片付けたい仕事があり、少々子供達の世話が面倒になったアンジェラが要らぬ提案をする。
「マリー、あれ、あの映画の続きを見たらどうだ?」
「にゅ?あの映画…?ってあの、ゾンビの映画のこと?」
アンジェラがニンマリ笑うと、同じ顔をしてニンマリとマリアンジェラも笑った。
「パパ、大しゅき。」
サンディエゴでは午後一時だったが、イタリアでは午後10時である。
でも皆起きてからそんなに時間は経っていない。
いよいよ、映画鑑賞会…といいうべきか、アンジェラの無茶ぶりゾンビビデオ鑑賞会が始まった。
「ちょっとー、なんで僕のベッドにみんなで集まってんの?入り切れてないし…。」
僕、ライルはイヤな予感がしつつも、アンジェラの寝室でビデオは見られると思っていたのに、実際は僕の部屋にぞろぞろと集まってきて、気持ち悪い位たくさんベッドに入って来ていることに嫌悪感を覚えつつ、どうしたものかと考えていた。
僕の他に、マリアンジェラ、ミケーレ、リリアナ、アンドレ+双子だ。
アンジェラとリリィ以外全員である。
「リリアナとアンドレは自分の部屋で見たらいいじゃないか?」
僕がそう言うと、アンドレがすっごい小さい声で言った。
「だってさ、これ、本気でこわいだろ…。」
「声ちっさ、怖いなら見るなよ。つーか、ここで見るなよ。」
マリアンジェラが僕のパジャマのそでを引っ張った。
「ここで見ちゃダメなの?パパが、見てもいいって言ったんだよ。」
「マリー、それはアンジェラの寝室で見てもいいってことだろ?」
「えー、だってママが、じぇったいダメって言うんだもん。」
そりゃあ言うだろうさ、あれだけホラー苦手なら…。僕だってそんなもの見たくない。しかし、涙目のマリアンジェラを見て、仕方なく折れることにした。
「わかった。じゃあ一本だけな。」
「ありがと。」
だいたい、こんなホラーを赤ちゃんに見せて大丈夫なのか?
リリアナとアンドレはそれぞれ一人ずつ赤ちゃんを抱っこしているが、どう見ても何か怖いシーンで赤ちゃんを壁にしようとしている気がする。
そんな心配をよそに、マリアンジェアの好きなゾンビ映画の第三段が始まった。
『ぐあぁぁぁ~』
突然横から襲うゾンビに合わせ、思わずリリアナの体がクネクネと動く。気づけば、僕の脇の下にアンドレが潜り込んでいた。
「アンドレ、もう見るのやめて、双子連れて自分のベッドに行きなよ。」
「…。でも…。」
「でもなんだよ。」
「見たい。」
かぁ~ッ、まじか…怖いのに見たいとか。笑える。しかも、国の最高権力者である王様なのに、こんなフェイクのゾンビ怖がってて受けるんだけど…。
リリィは最初から絶対見ないって言い張ったそうだ。
アンジェラは仕事で、アメリカの本社とミーティング中。
「がうがうがうがう…」
ゾンビが生きた人間を襲って噛みつくシーンで、いきなり僕のスネと腕にかみついたやつら…そう、双子が僕に嚙みついている。
「痛ぇっつの。やめてよ。」
僕が服を掴んで双子をつまみ上げた。ん?ジュリアーノを持つ手がピンクの光の粒子に一瞬包まれた。そのまま双子をアンドレに渡そうとすると、アンドレは僕の脇の下で僕の服を掴んで目をぎゅーっと瞑っていた。
「だからさ、そんなに怖いなら見るなっての。」
リリアナはすでにブランケットの下に完全に潜り込んでおり、片目だけ出したり隠れたりしている。
笑いを通り越して疲れを感じるよ…。
そんなこんなで、どうにか二時間近くを乗り切った。
おかげで映画の内容なんて頭に入らなかったよ。
映画が終わっても自分のベッドに行くのが怖いとか言って人のベッドで一緒に寝ようとするアンドレとリリアナを双子共々物質転移で彼らのベッドに送った。
マリアンジェラとミケーレはこのまま僕のベッドにいると言うので、それは了承した。
ようやく皆静かになった深夜2時過ぎ、僕も今日はミケーレの夢でも覗き見して眠ろうと思った頃だった、急に『ガタン』と音がして、その次に悲鳴が聞こえた。
「ぎゃーっ。」
アンジェラの悲鳴だ。慌てて転移で飛んでいくと、ジュリアーノがアンジェラのスネにかじりついていた。
アンジェラの顔から汗がダラダラ流れている。よほど驚いたのだろう。
ぞんざいにも扱えず、困っているようだ。
「アンジェラ、大丈夫?」
僕が声をかけると、救いを求める目で僕を見たアンジェラが言った。
「ライル、こ、これ、こいつを取ってくれ。」
「あははは…。ジュリアーノ、すごい力だな。」
僕は笑いながらジュリアーノの首筋に手を当てて一瞬で眠らせた。
「ライル、助かった。ドアが閉まっていたのに、いつの間にか侵入されて、いきなりスネをガブリとやられたんだ。」
僕がジュリアーノの記憶を見ると、どうやらドアや壁をすり抜けてここまで来たようだ。
「アンジェラ、こいつ、結構すごいぞ。壁とかドアをすり抜けてる。」
「そ、それは…危険だな。一人でどこかに行ってしまったりしそうだ。」
「確かにそうだね。じゃあ、もう少し大きくなるまで能力を使わないように暗示をかけておくよ。アンジェラはアンドレとリリアナとリリィにそのことメッセージで伝えておいてくれる?」
僕は眠らせたジュリアーノを一度起こし、赤い目を使って命令した。
『許可するまで、お前の壁やドア、色々なものをすり抜ける能力は使ってはいけない。』
ジュリアーノの目に赤い輪が光った。
アンジェラがメッセージを送った後、すぐにアンドレがアンジェラの書斎にジュリアーノを迎えに来た。
「アンジェラ、すまない。迷惑をかけたのだろう?」
「いや、驚いただけだ。壁やドアをすり抜けて、入って来たらしく、いきなりスネを噛まれたのだ。」
アンジェラが赤く歯形がついたスネを見せた。
「ぷっ。ひどいな、ジュリアーノは…。」
「ライル、笑っていないで、人や動物を噛まないように暗示をかけろ。」
僕は、アンジェラの言う通り生き物を噛まないように追加で暗示をかけた。
「あ、あとね。海にいきなり入って行っちゃっただろ?あれ、海の水と砂が透けて、イセエビが見えたようなんだ。」
「そういえば、助けられた時にちぎれたイセエビの尻尾を手に持っていたってリリアナが言ってました。」
「それ、海の中で食べちゃってたんだよ。」
「野獣か。」
アンジェラが静かに突っ込みを入れ、場がシーンとなったところで、ぼくとアンドレはそれぞれ部屋に戻った。ジュリアーノは朝まで起きないように眠らせてあげた。
マリアンジェラとミケーレは前世の記憶が断片的にあったせいか、子供らしからぬ落ち着いた行動が多かったが、ジュリアーノとライアンは予測がつかない赤ちゃんらしい行動がある意味怖い。もう少し聞き分けができるようになるまで能力は使わないように暗示をかけた方が良さそうだ。
ふと、自分も小さい時に知らず知らずに大変な事をやらかしていたのではないかと不安になるライルだった。




