431. 願書提出
11月22日、月曜日。
私、リリィは、朝目が覚めた時にふと昨日のことを思い出した。
そうそう、昨日、産婦人科に行って、赤ちゃんの超音波の写真をもらってきたのだった。今回はちゃんと記録をつけておこう。
アンジェラがライルにプレゼントした日記帳と色違いの茶色い皮の表紙の日記帳を私にも買ってくれた。
そこに超音波で撮られた写真を貼り付け、日にちと病院名を書いた。
『出産予定は5月中旬』っと。
そのとき、寝室をライルが覗き込んだ。声を出さずに手招きをしている。
ん?何だろう…。アンジェラを起こさないようにそーっとベッドから出て廊下に行き、ライルに誘導されアトリエへ行った。
「リリィ、昨日ちょっと過去に行って少し事態が変わっちゃったんだ。」
「え?どんなことが?」
「ミケーレがヒヨコと家出をしたのを止めたんだけど。」
「えぇ?家出?あ、そうなの?それで?」
「ミケーレが家出した時にさ、最初、リリィが追いかけてもう一つの世界の方へ行こうとして、その前に体を封印の間に置きに行ったんだけど…。体から出られなかったって言っていてね、僕が代わりに行ったんだよ。」
「え?どうしてだろう…。」
「わかんないけど、必要に迫られた時にまた同じ状況になると焦るだろうから、教えておこうと思って。危ないことは絶対にしないで、僕が代わりにやるから遠慮なく言いなよ。わかった?」
「うん。わかった。ありがと。」
「それだけ…、あ、このことは、アンジェラに、『変わる前の記憶』を見せてるからね。知ってるはずだから…。」
「うん。」
少し不安げな顔のリリィだったが、きっと今、体を休眠状態にすると不都合が起きる為、出来なくなっているのだろう。すべての事に意味があるはずだ。
僕、ライルは、少し早い時間だったが、過去に戻り、週に一時間のボランティアを6か月分、まとめてやってきた。これで、朝学校に行った時に校外学習のボランティアのところにも正々堂々と書けるぞ。ものすごく疲れたが、仕方がない。
24回連続で同じ服を着てやってた人という認識をされてしまったかもしれないな…。後から考えると少し笑える。
ズルをして、過去に行った少し後に戻ってきた。
自分の寝室に戻ると、まだマリアンジェラがスースーと寝息を立てて眠っている。
犬を触りまくったので、シャワーを浴びて、服を着替え、マリアンジェラの横に自分も寝そべって髪を撫でた。マリアンジェラは最近、また少し大きくなって、顔立ちがすっきりしてきた。
どこから見ても美少女だ。
ついつい触りたくなって、鼻とか頬とかをいじっていると、マリアンジェラの目がパチッと開いた。
「にゅにゅ?」
ハッとして手を止めた…。マリアンジェラがむくっと起き上がって、周りをきょろきょろ見渡すと、一言言ってまたバタッと寝てしまった。
「ごはん、おかわりで、おねがいしまふ…。」
何、これ。かわいいなぁ…。寝てても食べる事ばっかり考えてるんだ…。ぷっ。
その時、アンジェラが起こしに来た。
「朝食、出来たぞ。マリー、起きなさい。」
「ふぇ?ごはん?」
「そうだ、今日は和食だ。早く顔を洗って食べに来なさい。」
「わしょく…。おかわりできる?」
「あぁ、早く起きたらおかわりできるだろうな…。」
目をごしごしこすって、もそもそ起きているなと思ったら急に洗面所に転移して、すごい勢いで顔を洗って、ダイニングに転移したようだ。その時間、わずか5秒。
僕が手を洗ってダイニングに行った時には、もう白米をおかわりして、だし巻き卵とサンマの塩焼きを追加していた。
「おはよう、マリー、起きてからが早いね。」
「うん、おはよう、ライル。マリーね、夢でサンマ食べてたんだよ。おかわりした所で、本当にそうなったからビックリよ。おいちい。大根おろしとしょう油、白米最高。」
「そうか、よかったね。」
「うんっ。」
横でミケーレがアンジェラに骨を取ってもらったサンマを頬張っている。
「パパぁ、お魚…生臭いよ。」
「これがおいしいんだよ、ミケーレ。」
「うー。」
サンマは日本の実家から『いいのをもらったから取りにおいで』とリリアナに連絡があったそうだ。なぜリリアナかと言うと、リリアナはちょくちょく食材を買いに日本に行っては、実家に入り浸っているのである。そして、おばあ様とおじい様にとてもかわいがられているのだ。変な感じだけどね。
朝食を終え、子供達とアンジェラ達は散策に行ったようだ。
僕は、また進路の話をしたいので、早めに学校に行くことにした。
イタリアでは10時だがアメリカではまだ朝4時だ。寮生が起き出してきて朝食を食べる時間までにはまだしばらくある。静かなうちに願書の校外活動の部分をまとめ、余った時間でエゴサーチをした。
うわっ、まだあの流出画像とホームカミングのダンスパーティー映像の件が全然落ち着いていない…。
イタリアの家は敷地がものすごく広く、外からは絶対に見えない上に、僕たちは殆ど門から出ることはないので、場所が特定されていない。おかげで、パパラッチやメディアの待ち伏せなどは見たことがない。
そう言うわけで平穏な生活を送れているのだが、そう言えば日本の朝霧邸やアメリカの家はあっという間に報道陣に囲まれてしまったっけ。
そんなことを考えているうちに丁度良い時間となった。僕は授業の道具とタブレットを持って校舎の方へ移動した。
朝一の時間にカウンセラーのオフィスを訪ねる。
「おはようございます。」
「あ、ライル君。今日も早いね。おはようさん。」
僕はタブレットを出し、まとめた校外活動の項目を入力したページを開き、カウンセラーに見せた。
「ほおっ、動物の愛護団体のシェルターで動物のお世話をしてるの?」
「はい。」
「動機は何かな?」
「あ、うちの父親が獣医で、動物の命を助ける仕事をしてまして、興味があるというか、自分にできることをやりたいな、と…。」
「いいね。継続することが大切だよね。うん、いいね。」
「どうも。」
「じゃ、これでね、送っちゃいましょう。願書を、この前のリストのところにね。それで、結果次第で、違うところを検討するかどうかも、後で決めましょうかね。」
「はい。そうします。」
僕は、最初に決めたアイビーリーグの大学ばかりに願書と成績表、先生からの推薦状、テストの結果、校外活動のレポート、指定されたトピックのエッセイなどをオンラインで送った。
あとは待つだけ…のはずだ。
合格通知が郵送で送られてくることを考え、アメリカの自宅の住所を入力した。
さあ、どうなるのだろう…。
その日も学校では特に問題なく授業を受け、あっという間に一日が終わった。
寮の部屋に戻り、少し勉強してから家に転移したのだった。




