43. 僕の願い
僕はアズラィールの体にしがみつき、髪を掴んでいた右手を離した。
僕たちは、気が付いたら朝霧の城跡に降りていた。
父様にスマホで電話をかける。
「父様、迎えに来てください。城跡にいます。一人では連れ帰れません。」
「ライル、わかったよ。」
ほどなく父様と徠人が車で迎えに来てくれた。
待っている間、少しでも助けになればと癒しを続けたことは言うまでもない。
家に到着し、アズラィールを客間のベッドに寝かせる。
何も知らないアンジェラが怪訝そうな顔で部屋を覗き込む。
「今はちょっと時間との勝負だと思うから、できれば静かに見ていて欲しいな。」
アンジェラは頷いた、とにかく今は僕を信じるべきと思ってくれたようだ。
僕と父様はアズラィールの全身を調べ、どう対応すべきか話し合いながらとにかく先を急いだ。
アズラィールは肝臓がんだった。しかも全身に転移していた。
肝臓の機能は低下し、意識もなく、いつ急変してもおかしくなかった。
僕は躊躇なく、彼の体に干渉したのだ。
「痛かったらごめんよ。」
僕は意識のないアズラィールに声をかけてから細く絞った光を指先から出し、排除すべき細胞を焼き切る。そしてその部分を癒し、正常な状態に持っていく。
何回も、何か所も、その病変の曇りがなくなるまで。
4時間以上その繰り返しだった。父様も全部の力を使って癒してくれた。
こういう奇跡っていうのがあるって、みんな予想していなかったと思う。
目が覚めた。
僕は、アズラィールのベッドの脇で目を覚ました。
徠人が僕を心配そうに抱きかかえ見つめている。よかった、脱がされてはいない。
父様はその横でベッドにもたれかかって放置されている。
ひどいな徠人、双子の兄をそんな扱いにして。
そんな時だ、アンジェラが部屋に入ってきてベッドの上のアズラィールを正面から見つめ、号泣した。
「ち、父上。父上…。ずっと探してたんだよ。ずっとずっと、百年以上も…。」
僕はそんなアンジェラに小さい声で謝った。
「アンジェラ、ごめんね。アズラィールを黙って死なせたくなくて、こっちにつれてきちゃったんだ。」
アンジェラはまっすぐに僕を見つめると、僕の手を取って額にキスした。
アンジェラの瞳が青い炎で燃え、全身が光につつまれる。
「すべては、天使様の思いのままに。」
アンジェラがそういった時、僕の背中にまた大きな翼が生えた。
徠人がものすごく機嫌悪くなってアンジェラにきつく当たったのは言うまでもない。
アズラィールが目を覚ましたのは、その後二日経ってからだ。
十月十日日曜日。
アンジェラは世界的なアーティストなのに、僕の家にずーっといる。
すでに一か月は滞在していると思う。
アンジェラの能力を完全コピーできたおかげで、翼の収納は完璧にできるようになった。僕は一週間体調不良で学校を休んだが、今は学校に行っている。
ただし、日常通りとはいかず、毎朝と毎夕お迎えに三人の保護者がついてくるようになった。
徠人は前からぼくに超過保護なのでわかるが、アンジェラやアズラィールまで僕の送り迎えについてくる。
おかげで、報道陣だけではなく、アンジェラのファン、徠人のファンまで家の周りに大勢いる日常が普通になりつつある。
これは、いわゆる僕の黒歴史でもある。
先週、学校に行ったら、橘ほのかがドヤ顔で言った。
「やっぱり朝霧君、アンジェラ・アサギリの親戚なんじゃない。うそついたお詫びにサインもらってきてよね。」
とか言われるし。こわすぎだよ、この女。
アンジェラが言うには、世界的なアーティストこそステージのオファー以外は全部プライベートでどこにいようと自由なんだとか…。
そんなもんなんでしょうかね。
そうそう、アズラィールの能力について触れておこう。
覚醒時の赤い瞳の君、アズラィールの持っている能力は集団の意識操作や情報コントロールらしい。それこそ、冗談じゃないレベルで怖い能力だ。
世界征服できるくらいの能力だと言っていた。
アズラィールはすでにそれを自分でコントロールするすべをわかっているため、首飾りをつける必要がないと言っていた。
徠牙がいなくなってから、あの時代にドイツまでたどり着けたのは、その能力で役人を懐柔し、当時行くことが困難だった外国まで行くことができたんだとか…。
あの首飾りは、日本を出るときに外して日記と共に鈴に託したと言う話だ。
それで日記が途切れていたのか…。
あぁ、平凡な日常こそが幸福である。
うちは結構家が広めで、いわゆるお屋敷なんだけど、さすがに大人がゴロゴロ増えるとにぎわいもすごいことになっている。。
僕の隣の客間1は徠人、と言っても徠人は殆ど僕の部屋にいるけど。
客間2にはアンジェラ、客間3にはアズラィール。
僕は実は今とても満足している。
毎日みんな揃って朝ご飯を食べ、昼間はみんな忙しく活動し、また夜には楽しく食卓を囲む。
たまにアズラィールが徠人をアダムって呼んで蹴られたり、徠人が夜な夜なあちこちで悪夢を求めて全裸でベッドに入ったりしては楽しく騒ぎを起こしたりしている。
もう、みんなどこにも行かないでいて欲しい。
それが僕の切なる願いだ。