428. 勉強の成果
10月20日、水曜日。
朝早くから真面目に勉強をしてしまった。
でも、家の中はやたらと騒がしく集中できないため、只今日本の朝霧邸の自室である。ここに来る理由の一つは、勉強机があること。そして、時差があり、日本はとっくに朝の時間を終え、お爺様と父様は仕事に行っており静かだ。しかし、ここにはまだ生後六か月の僕の妹、徠沙がいる。
あの、絵本の情報からすると、徠沙は天使ではない様だ。ごく普通の赤ちゃんだ。
リリアナのところの双子はもう立って歩き回っているし、翼を出して飛び回るようにもなってしまったが、徠沙はやっと離乳食のおかゆを少し食べたり、すりつぶした野菜を食べるようになったところらしい。
リリアナのところで『イクラ丼』を双子にどんぶりで食べさせているのを見たら、きっと父様は気絶するだろう。
静かだが、時々赤ちゃんのぐずる鳴き声がする。
北山先生は父様との結婚を機に現在は仕事を辞め、家で過ごしている。
ストーカーに襲われたこともあり、外に出るのが少し怖いようだ。
その時、突然部屋のドアが開いた。
「わあっ。」
驚いて声を出してしまった。開けたのは北山留美、僕の実の母で、小学生の時の担任だ。しかし、僕が生まれた時は父様と彼女は結婚しておらず、結婚したのは2年ほど前だ。
「ごめんね。いたの?」
「あ、はい。ちょっと勉強するのに、家が賑やかすぎて…。」
「こっちもちょっとうるさいでしょ…。」
「いや、あっちに比べたら、全然ですよ。」
会話が続かず、留美が部屋を出ようとする。
「あ、北山先生。なにかこの部屋に用事があったんじゃないんですか?」
「時々、換気をしようと思って、今日は天気もいいから…。」
「そう、僕、もうそろそろ行くから、どうぞ。」
「ライル君、また呼び方が『北山先生』に戻っちゃったのね。」
「え?あぁ、すみません。」
僕にとっては実の母でも、なじみがない変わる前の僕の一回目の幼少期と、生まれた時から覚醒していたせいで、勝手に過去から11年後に来ていた2回目の幼少期とが、実は僕の中ではしっくり来ていない。
全く忘れたわけではないが、三歳の時に、リリィとの融合で心のよりどころが出来た僕は、当時、ほんの少しの間本当の母親だと言って毎日会っていたことなどすっかりどうでもよくなっていたのかもしれない。何しろ母として再登場したのは14歳になってからだ。
帰ろうと思い、問題集を閉じてまとめていると、留美が話しかけてきた。
「ライル君、アメリカの学校に行っているのよね?」
「あ、はい。そうです。」
「今、中学三年なの?それとも、一学年下げて入ったの?」
「え?あぁ、言ってませんでしたね。僕、飛び級して今12年生、日本で言う高三です。それで大学への願書提出のために受けなきゃいけない試験があって、勉強中なんです。」
「えぇ?高三?日本の中学の時も頭いいなとは思ったけど…すごいのね。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ大学受験なのね。」
「はい。日本の大学は年齢制限があるので、アメリカで大学に入って先にできる勉強をと思っています。」
「す、すごい…。」
なんだか、動揺している風の留美をその場に置き去りにして、僕は家に転移した。
家に着き、ガチャガチャとうるさいダイニングでコーヒーを飲みながら問題集を開いていると、何やら脇の下がモゾモゾしてきた。
ん?マリアンジェラが『にゅ』と顔を出して、問題集を覗き込む…。
「うっは~。しゅっごい字が小さいね。マリーは勝手にギブするよ。」
どうやらマリアンジェラは勉強は好きではないらしい。
ミケーレは絵本に書いてある文字も、最近はアンジェラの書類まで読めるようになっているらしい。
マリアンジェラは僕の膝に乗りたいだけだったようだ。
そこにアンジェラが来て、マリアンジェラに言った。
「マリー、ライルは今週勉強で忙しいんだよ。こっちにおいで。パパが抱っこしてあげるから。」
「え、いい。」
アンジェラが超絶ショックを受けた顔に顔面百面相中。
「マリー、パパのところに行ってあげて。アンジェラは寂しいんだよ。」
僕が言うと、渋々僕の膝から降り、アンジェラの方に行った。
アンジェラの膝にのせられて、じーっとこっちを見ているマリアンジェラだったが、急にアンジェラの方に向き直り、アンジェラに抱きつくと、ぽつりと言った。
「ねぇ、パパ~。マリーも学校に行きたいな。」
「え?学校にか?」
「うん。」
「そうか…もうちょっと先かと思っていたけど、知らべてみよう。」
どういう風の吹き回しだ…とアンジェラは思ったが、意外にもタイミング的にはちょうどよかったと後からわかることになる。
そんな日々を送りつつ、あっという間に11月初めの土曜日に試験を受け、その二週間後に結果が出たとメールがきた。
11月19日、金曜日。
ウェブサイトで点数を確認する。
とりあえず、そのページを見られるようにタブレットに設定し、カウンセラーのオフィスへ急いだ。結果が出たらすぐに来るようにと言われていたからだ。
「こんにちは、失礼します。」
「あ、待ってたよ。ライル君、結果はどうだったかな?」
僕はタブレットでウェブサイトの結果ページを開いた。
「わぁお。君、何歳だっけ?」
「15歳です。」
「すごいね、満点。初めて見たよ…。じゃ、もう願書出しちゃいましょうかね。」
そう言って、タブレットの操作を画面上で教わりながら、希望する大学に願書を送った。
テストのスコアも学校の成績表も、推薦状のスキャンした物も、オンラインで送付することが出来るのだ。
「校外活動とかボランティアがちょっと少ないかもね。」
「これって、証明とか要りますか?例えば、老人ホームの慰問演奏とかで行った場合に。」
「行った回数とか、施設名とかがあればいいんじゃないのかな?」
「わかりました。来週までにまとめます。」
「それじゃ、そこが固まってから送信しましょうかねぇ。」
「はい、よろしくお願いします。」
どうにか二週間詰め込んだおかげで、満点取れたらしい。
一回で済んでよかった。
ボランティアは過去に戻って月一で開催するようアンジェラに頼んでみよう。
全く難しいね、こういう自主的に何かやるってのは…。
僕が一番苦手とするところだ。




