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425. 夢の中のお姫様

 アンジェラと共に家に帰ると、アンジェラはすぐに書斎にこもり、関係各所への連絡や届いたメールなどのチェックに忙しいようだ。

 僕は、皆を起こさないようアトリエに行き、コーヒーを飲みながら読書をしていた。

 ソファに深く座っていたのだが、急に後ろから肩をツンツンされ、『うわっ』と声をあげてしまった。

 後ろにいたのはマリアンジェラだ。

「マリー、驚かせないでよ…気配を消してツンツンするのはやめて。」

「え?普通に歩いてきたんだよ。そんなに集中してたの?」

「そうなの?転移してきたのかと思った。」

「ねぇ、今日からまた一緒に寝てもいい?」

「あ、うん。大丈夫だと思うけど。」

「よかったー。」

 そう言いながら、マリアンジェラがソファの横に座った。

「マリー、子供はもう寝る時間じゃないの?」

「ライルが寝るまでここで待っててもいい?」

 僕は読書を切り上げ、マリアンジェラを抱っこして寝室に向かった。

 そういえば、一週間以上ぶりの睡眠ともいえる。

 マリアンジェラをベッドに寝かせ自分もパジャマに着替えた。

 もう寝たかと思ったマリアンジェラがパチッと目を開けた。

「リクエストに応えてくれる?」

「何の?」

「夢で見たいこと。」

「どんな?」

「マリーね、お姫様になりたいの。そして、ライルが絶対に王子さまで、それでね。パパが王様。」

「うーん、何気に難しいね。どんなお話があったかな…。」

 シンデレラ、眠れる森の美女、白雪姫、美女と野獣、人魚姫…一通り有名な話は今までも夢で見せたからなぁ…。

 あまり童話の類は子供の頃に読んでこなかったからなぁ…知識が乏しい…。

 あ、王子が呪いでカエルになっている話があったような…。

 僕はそのお話を思い出しながら、マリアンジェラの首筋に手を当てた。


 一瞬目の前が真っ暗になり、視界が段々と明るくなる。

 あれ?僕はどうやら水の中にいるようだ。

 思った以上にすごくスムーズに泳げる。そして自分の手を見てギョッとした。

 薄い黄色の腕に白い線、指の先は丸く広がって…ぼ、僕がカエルになっている。

 あわわわ…どういうことだ…。

 慌てて、水面に上がってみると、そこには小さな女の子がいた。

 プラチナブロンドの軽くウエーブのかかった髪に、海の底のような深い深い青い色の瞳、まつ毛も眉も髪と同色で、開いた目が僕のいる湖の水面を見つめている。

 そこに、女の子と同じくらいの大きさの黒髪の瞳が透き通った空のように薄いブルーのさわやかな男の子がやってきた。

「マリアンジェラ、もうそろそろ行かないと父上に怒られますよ。」

「ミケーレ、でも…私、大切なものを湖に落としてしまったの。」

「何をしているんですか?大切なものと言ってもどうせ大した物ではないでしょう。ほら、行きますよ。」

「でも…。」

 女の子は男の子に引っ張られて、その場から去ってしまった。

 僕は遠くで見ただけのその女の子に恋をしてしまった。

 可愛らしいピンクの唇と、頬、そして長いまつ毛。どこをとっても美しい女の子の姿をその日から忘れられなくなったのだ。

 僕はそれから、ため息ばかりついていた。

 次の日だったでしょうか…僕の住むその湖の底から不思議な音が聞こえてきました。

 それは四角く薄い板でした。メロディーはそこから聞こえてきます。

 メロディーが鳴っている時に、その薄い板の表面に、あの女の子の顔が絵のように浮かび上がりました。メロディーが止まると、絵も消えてしまいました。

 そう、それはマリアンジェラが湖に落としたスマートフォンだったのです。

 僕はその薄いけど僕には重い板を何度も何度も落としながらも、どうにか湖のほとりまで持ってくることが出来ました。


 僕はがんばってその板を背負い、女の子が進んで行った方向へと歩き出しました。

 とてもとても長い道のりでした。歩いても歩いても、先には森、また森…そうです、カエルの僕にはとても長い道のりだったのです。

 気が付くと、草原に差し掛かっていました。

 でも、僕はそこで重大な失敗に気が付きます。

 僕はカエルなので、乾いてしまうと死んでしまうのです。

 意識が遠のき、背負っている板の重さに耐えられずべちょと潰れてその場に寝そべってしまいました。

 仕方がありません。カエルなのです。このまま鳥にでも食べられて命を落としそうだと自分でも思った時、あのメロディーが鳴りました。

 そして、少し離れたところから『あ、あった。』という声が聞こえたのです。

 僕はもう意識がありませんでした。うっすらと見えた最後の景色に、あの美しい女の子の瞳が見えたような気がしました。僕はそこで意識を失い、目の前が真っ暗になりました。


 マリアンジェラは、小さな国のお姫様です。

 自分用のお城を建ててもらってからは、そこへ度々訪問し、城の周りの自然を楽しむのが楽しみの一つでした。

 二日前、買ってもらったばかりのスマホで森の中の写真を撮りながら歩き回っている時に、湖に映る景色が美しいと思い写真を撮り、スマホを湖に落としてしまったのです。今日はスマホを拾いに戻ってきたのでした。

 途中、双子の弟の王子ミケーレのスマホで、自分のスマホに電話をかけました。

 電池が残っていることを確認するためです。

 完全防水のスマホは湖に落ちたくらいでは壊れません。

 呼び出し音が鳴り、電池があることは確認できましたが、どうやらすぐ近くでそのメロディーが聞こえてきました。

「あ、あった。」

 思いもよらない場所にあったので、マリアンジェラは駆け寄って覗き込みました。

 スマートフォンを背中に背負うようにして薄い黄色のカエルが下敷きになっています。

「カエルしゃん、マリーのスマホ拾ってくれたのかな?」

 その言葉にミケーレは笑いながら言います。

「カエルはそんなこと出来ないんじゃない?」

「そっか。」

 マリアンジェラはスマートフォンをポーチの中にしまうと、気絶しているカエルを持ち上げました。

「ねぇ、ミケーレ…カエルって食べられる?」

「うぇ~、それはないんじゃない?鳥とかなら食べるかもしれないけど。」

「そっか…。」

 マリアンジェラは半分干からびた死にかけたカエルを大事に抱きかかえ、お城まで持ち帰りました。

「うわっ、マリー、また変なもの拾ってきて…。」

 そう言ったのは王妃である彼女の母でした。

 それを見て、父である王は言いました。

「どんな生き物でも命は大切にしないとダメだぞ。」

「はーい、父上。マリー、このカエルしゃんをペットにするのよ。」

 ちょっと変わった色のカエルを気に入ったマリアンジェラはお城の庭園にある噴水でカエルを少し濡らすと、お城の中に持ち込み、生け花用のガラスの鉢にカエルを入れました。

 そして、汲んだお水も入れてあげました。


 翌日になり、僕は見たことのない場所で目が覚めました。

 とっても立派な装飾品がある部屋の中で、あの女の子が眠っています。

『あ、あの子の部屋だ』

 僕はうれしくなりました。でも、カエルなのでお話をすることもできません。

 ジッと見つめていると、女の子は目を覚まし、僕の方へ近づいてきます。

 上からギュと握られ、ぐえっとなりながらも我慢しました。

 好きになった女の子に近づけてうれしかったのです。

 女の子はジッと僕の目を見ました。そして、僕を持ったまま別の部屋に走って行きました。

「父上、父上、見てくだしゃい。カエルしゃんのお目目がマリーと同じ海の色ですよ。」

 王である父はカエルの目を見て驚きました。本当に姫と同じ色のとてもきれいな青い瞳だったからです。

 とても珍しいカエルであることは間違いありません。王は姫に『大切に育てなさい』と言いました。

 姫はおままごとをするときも、絵本を読むときも僕を相手にしてくれました。

 僕はまるで人間のように扱われている生活の中で、ふと昔の記憶を思い出しました。

 僕も昔は人間で、魔女と契約を結び裏切った父王のせいで呪われ、カエルに姿を変えられてしまったのです。

 それは、一体いつのことかも思い出せないほど昔のことでした。


 呪いが解ければ人間に戻れるかもしれません。でも、解き方はわかりませんでした。僕は呪いのせいで食べ物も食べる必要がなく、大きさも変らず、年をとることもありませんでした。

 永遠にカエルのまま、苦しみ続けるのです。


 お城に来てから1年が過ぎた頃、姫の双子の弟の王子があることに気が付きました。

「マリー、このカエルは何を食べているの?」

「え?何も食べないよ。」

「え、それはおかしいでしょ…。」

「そうなの?」

 王子はそのことを乳母に告げ口します。1年も食べ物を食べずに生きるカエルを気味悪く思った乳母は、姫が出かけている時に、僕を布袋に入れると、そのまま生ごみに捨ててしまいました。


 城に戻った姫はカエルがいないことに気が付き城中を探し回ります。しかし、カエルはとうとう見つからず、姫は寝込んでしまいました。

 熱が下がらず寝込み続け一週間が過ぎた頃、王は姫の様子を見かねて家来に姫のカエルを見つけてくるように命令します。

 自分がカエルを捨てたことがバレ、お城をクビになった乳母は家族にそのことを話します。

「なんて馬鹿なことをしたのだ」

 乳母の息子はゴミ捨て場に布の袋を探しに行きます。いくら何も食べなくても生きていられたカエルでも、さすがに色々なゴミの下敷きになり潰れてしまっては生きていられるはずはありません。

 ゴミを掘り返し、ようやく袋を見つけた時にはもう辺りは真っ暗になっていました。


 汚れた布袋を持ち、お城を訪ねた乳母の息子は、姫に会って母の代わりに謝罪したいと申し出ました。

 大切なカエルを生ごみとして捨てられ、寝込んでしまっていた姫は、カエルが見つかったと聞き、どうにか体を起こしその乳母の息子と会うことにしました。

 姫は汚れた袋を開け、中でぐったりしているカエルをそっと外に出し、カエルの体をきれいに拭いてあげました。

 しかし、カエルはもう動くことはありませんでした。

 姫は悲しくて悲しくて、ただただカエルを抱きしめて泣きました。

 姫の両目からポタポタと涙がこぼれ、そのうちの一滴がカエルの半分開いた目に落ちました。

 一瞬、カエルの瞼がぴくっと動いたような気がしました。

 その時です。カエルの体が金色の光の粒子で包まれ、むくむくと大きくなったかと思うと眩い光を放ちました。

 光が静まったその真ん中には金色の王冠を被り、肩まである輝く金髪をなびかせ、立派な衣服をまとった美しい青年が横たわっていました。

 呪いが解けた瞬間でした。

 その場にいたすべての者が驚きました。そして悲しみました。

 それは、100年もの昔から隣の国に伝わっていた悲しい王子の伝説の本人だったのです。

 伝説では、隣の国の王は愛する妃の病を治すために魔女と契約をしてしまいます。

 その契約の内容は、その当時世界で一番美しいとされるその国の王子と結婚することでした。しかし、妃の病気が治っても王は約束を守らず、王子を隠してしまいます。王子は暗い部屋でひっそりと隠れて暮らしていましたが、魔女に見つかってしまいます。魔女は怒り、王子を美しくない生物・カエルへと姿を変えてしまいます。そうして外に放り出された元王子のカエルは100年もの間、湖で暮らしていたのです。

 まさか本当の話だったなんて…人々は驚き、人間の姿に戻った王子の美しさに目を奪われます。

 しかし、王子は息を吹き返しませんでした。

 生気のないうつろな目を半分開いたまま、力なく横たわるだけでした。

 姫は、いつの間にかカエルをペット以上だと思っていたのです。

 それは何かはわかりませんでしたが、姫はカエルが幸せになることを願っていたのです。

 ぐったりと横たわる王子の顔を自分に引き寄せ、頬ずりし、キスをしました。

 キスで目が覚めるという絵本の話を思い出したからです。

 何度も何度もキスをしました。


 そこで、姫はひょいと持ち上げられます。

「にゅ?」

 横で眠っているライルの顔をがっちりロックしてタコチューを繰り返すマリアンジェラを見かねたアンジェラが、娘を捕獲した瞬間だ。

「マリー寝ぼけるのもいい加減にしなさい。」

 涙でぐちょぐちょのマリアンジェラ、マリアンジェラのよだれでぐちょぐちょのライル…そして、彼はやはり涙で目を潤ませて目を覚ましたところでした。


 長い長い夢のちょうど終わる時間、徹夜明けで不思議な光景を見たアンジェラは朝食の時に夢の話の内容をマリアンジェラから聞かされたのだった。

「マリー、『カエルの王様』のお話は読んだことがあるか?」

「あるよ。」

「ずいぶん話が違っている気がするが…。」

「あ…う~ん。確かに違ってる気はするけど…。夢と絵本は別物でしょ?

 マリーは出来ない約束なんかしなかったし、カエルちゃんにいつも親切にしてたし、それにさ、マリーが見たのは可哀そうな王子様がマリーのチューで目覚めるお話だもん。」

 悪びれる様子のないマリアンジェラの発言にアンジェラも返す言葉がない。

 ライルはコーヒーを飲みながら苦笑いだ。

 アンジェラが意外な一言で締めくくった。

「まぁ、夢にしろ現実にしろ、どんな生き物でも命は大切だという事がわかることは素晴らしいことだ。」

 アンジェラにいい子いい子されてマリアンジェラの顔のニンマリが止まらない。


 僕はキスを伴わないお姫様のお話を探し回ることになった。

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