423. 記者会見
幸せを実感した朝だったが、世の中そんなには甘くなかった。
昨日のダンスパーティーでの動画があちこちでアップされてしまったのだ。
幸い、翼などは出さずに対処したが、常人ではあり得ないことをやってのけてしまったために、あっという間に話題となってしまった。
そして、アンジェラとリリィの上位覚醒した状態の容姿までもが映像の一部として公のものとなってしまった。
もちろん正体不明の美しい人たちとしてではあるが、マリアンジェラの本名がばれてしまったため、アンジェラの親戚であることはすぐに取り上げられるだろう。
さて、どうやってこの話題を乗り切っていくのか…。
朝食を終えた頃、アンジェラが僕とリリィ、リリアナとアンドレを呼び、書斎でオンラインミーティングに参加するように言った。
子供達は乳母が面倒を見ている。
アンジェラが日本とイタリアの事務所のスタッフとアメリカにある本社の一部の重役と繋いでミーティングを始めていた。
議題は数日前に各部署に振っておいたことの進捗、主に『リアルエンジェル・プロジェクト』の企画についての提案だ。
事前に送られてきているプレゼンのファイルを印刷したものを書斎で皆に配り、アンジェラがオンラインミーティングのマイクをミュートにして家族にだけ聞こえるように言った。
「前回のハッキングの犯人は未だ見つかっておらず、今後も捕まる保証がない。それを踏まえて、私達がどのようにこれから過ごしていくべきか考える時期に来ていると思うのだ。今までもそうだが、私たちは命を狙われたり好奇の目にさらされたりすることが多くあるだろう。」
「逆に何かする必要があるの?放っておけばよくない?」
僕が言うと、アンジェラは少し渋い顔をした。
「まぁ、ではとりあえずスタッフを待たせているので、会議を始めよう。」
アンジェラがマイクのミュートを解除し、参加している全員に声をかけた。
「じゃあ、会議を始めよう。今回は本社のサーバーがハッキングされたことで皆に迷惑をかけてすまない。ハッキングについては、このまま放置はできないため、流出した写真についての、まぁ、いわゆる言い訳的なことになってしまうが、世間から好奇な目で見られないような方向に持って行きたいので、企画提案をお願いしたということだ。ここまでは大丈夫か?そして、昨日のライルの学校のイベントでのハプニングだ。これは人命救助のため子供たちが自身の意思で動いた結果だ。どう騒がれるかにもよるが、今回はこの件には触れない。」
会議に参加している者達が相槌をうち、先に話が進む。
アメリカの企画を担当した部署から、3つの案に絞り提案書が映し出され説明がなされた。
第一案は、天使を題材にした映画・ドラマなどを製作し、そのプロモーションで撮影した写真だという既成事実を作る。
第二案は、コスプレ用衣装の企画・販売、本物みたいに見えるコスプレ商品の試着だというくだりで話をまとめてはどうか。
第三案は、いっそ天使だという事を公開してはどうか。
というものだった。
アンジェラは苦笑いのまま、第三案について言及した。
「いずれ、まぁ、遠い未来に、天使だという事を公表するときが来るかもしれない。今ではないことは確かだ。第三案は却下だ。」
アメリカの幹部が発言した。
「少し時間がかかるかもしれませんが、第一案に第二案も合体させてはどうですか?現代ならCGもすごいですが、コスプレも層が厚くて営業という点では長い目で見て行ける商品かなと思いますが。」
他のスタッフが口を開いた。
「アンジェラ様のあの歌の歌詞の内容で映画を作ってはいかがですか?探し求める恋人は今は未だ出会っていない未来の人で、自分を常に助けてくれるのに、側にいることは叶わない…。あの曲、エンディングに流れたら最高に痺れますよ。」
「それだと実話になっちゃうじゃん。」
リリィがぽろっと言うと、スタッフたちの間に変な空気が流れた。
「い、今なんて言いました?」
スタッフに聞き返されて、リリィがアンジェラの顔を見る。
「ん?」
アンジェラが顔の前で腕をクロスしている。どうやら、これは言っちゃいけない事だったらしい。
「なんでもないでぇ~す。」
しかし、映画製作となると規模も予算も期間もそんな簡単にできるものではない…。特に期間が長くかかるのは今の方向性とは違っている。
結局は、何も決まらないまま、ハッキング被害にあったことだけを記者会見で発表し、遺憾であるというに留めることとなった。
その中でもし画像について聞かれたら、コスプレ衣装だと言い張ることになった。
記者会見は三日後、アンジェラが代表として、アメリカの本社会議室にてメディアを入れて行う。警察の担当者にも捜査の進捗に関して説明してもらうとの事だ。
その後、あっという間に三日が経った。
10月12日、火曜日。
日本では夜やイタリアは昼過ぎという時間だが、アメリカでは朝の9時過ぎの頃、たくさんのメディアを集めてライエンホールディングスのアメリカ本社の会議室で記者会見が開かれた。
事前に記者会見を行うことをウェブサイトで告知しており、メールにて申請を行ってもらった。
思ったより多くのメディアが集まり、日本やヨーロッパの特派員も含め40社ほど、どちらかと言うと芸能関係に特化したメディアが多く集まった。
司会は本社の副社長が行い、中央の壇上の横に壁で仕切られたそでがあり、アンジェラがそこでスタンバイをする。
メディアが入った後、入り口を封鎖し、許可のない者は入れないようにした。
警察関係者も総勢20名が待機し、捜査の進捗などの報告はその中でも責任者として選ばれたエリート刑事のガイア・ウィンストンが担当した。彼もアンジェラの横に待機している。
最初に、副社長が本日メディアに集まってもらった経緯を話し、会社として今後どのような対応と、犯人に対しての刑罰を望むかなどを説明した。
次に、ウィンストン刑事が壇上に立ち、捜査の状況を説明したのだった。
最後に〆という形で、アンジェラが壇上に立ち、今回ハッキングされた写真はタレントにコスプレ衣装を溜めさせたテスト用のデータであることを告げ、盗まれ、弊社に許可なくネット上にばらまかれたことを遺憾に思うと発表した。
記者からはいくつか質問を受けたが、特に返答に困るような質問もなくやり過ごせそうだった。会見は全て生中継で行われていた。
最後の質問が終わり、副社長が本日の会見の終了を告げ、アンジェラが壇上から下りようとした時だった。『バン、バン、バン、バンッ』という大きな音と共にその場は騒然となった。
誰かがアンジェラめがけて発砲したのである。
場内に悲鳴が響き渡った。
その場にいた者達が一番何が起きたか把握できていなかったであろう惨事が起きたのである。
皆、銃声に驚き、その場に伏せた。そして、恐る恐る顔を上げた。
きっと、アンジェラが、その場にひどい姿になって横たわっているのではないかと思っていたに違いない。
しかし、そこにはプラチナブロンドの美女がアンジェラの前に立ち、腕で銃弾を受け止めていた。
しかも、その美女には翼があった。
美女はそこにいたメディアの中から二人を指差し、目を見開いて言った。
「あんた、と、あんた。どういうつもりよ。私の大切なアンジェラに何するのよ。」そういうと、美女はその二人に人差し指を向け、銃を撃つふりをした。
「ばん、ばん。」
最後に指をフーッとふいて、ちょっとふざけて笑った。
指からは金色に輝く、光の矢が飛び出し、目的の二人に命中。二人は感電したように痺れて意識を失った。待機していた警察が二人を拘束し、美女の方にも迫ってきた。
美女は一言捨て台詞を言って、金色の光の粒子になりその場から掻き消えた。
「警察がこんなにいて、どうして発砲を止められないのよ。」
美女が手に握っていたものをその場に投げ捨てた。犯人が発砲して、その美女が腕で受けた拳銃の弾である。
アンジェラは、苦笑いをしたまま固まっている。
記者の一人から急に質問がなされた。
「今のは一体、誰だったんですか?」
アンジェラは、仕方ないとばかりに落ち着いた声で言った。
「私の守護天使です。それ以上はお答えできません。」
中継されてしまった映像は、その日から何度も何度もワイドショーやニュースで取り上げられた。




