422. 予期せぬトリップ
ミケーレの叫び声で目が覚めた頃には、すっかり外は明るくなり、もう起きてもいい時間だった。
いつの間にか、小さい姿に戻ったマリアンジェラも目をごしごしこすって、僕を揺する。
「ねぇ、ライル朝ごはん食べに行こ。マリー腹ペコで死ぬ寸前よ。」
いやいや、寝る前に大量のフードトラックグルメを全部食べてただろ…と脳内で突っ込みを入れつつ、かわいいから許してしまう僕だった。
「マリー、おはよ。」
そう言って、額にキスをした。
マリアンジェラの目が、キラキラしてパアッと大きく開く。
「お、おはよ。」
顔を洗って、手を洗わせて、ダイニングに行くと、大きいままの不機嫌そうなミケーレとアンジェラがダイニングテーブルに座っていた。
「おはよう。」
僕が言うと、アンジェラがいつも通り、チラッとも見ずに低い声で『おはよう』と返してきた。どんだけリリィと僕に対する態度違うんだよ。僕のベッドに寝てたくせに…。
マリアンジェラは挨拶もしないまま、座って自分のプレートをヌッとアンジェラに差し出す。アンジェラも黙ったまま、大皿に盛られているマッシュドポテトとベイクドベーコン、そしてトマトのカプレーゼを黙ってのせてあげる。
この親子は絶妙な関係だ。お互いまるで遠慮もない、そしてお互い大好きときてる。
リリィが焼き上がったばかりのクロワッサンを大皿に山盛りにしてテーブルにのせた。
「ミケーレ、何個?」
「一個。」
「マリー何個?」
「ん…二個。」
「え?どこか痛いの?大丈夫?」
リリィが過保護にマリアンジェラに聞くと、マリアンジェラがドヤ顔で言った。
「へへ、ママ…、今は二個だけど、後で10個食べるから大丈夫だよ。」
そ、そうですか…。みんながホッとしたところで、雑談タイムだ。
リリィがポケットからアンジェラのチョーカーを出した。
「アンジェラ、ベッドに落ちてたよ。」
「ん?」
アンジェラの驚いた顔が強烈に引きつっている。アンジェラはチョーカーを外すと大きな白い鳥さん(はくちょう)になってしまうという黒歴史があるのだ。
しかし、今日は白い鳥さんにはなっていない。
慌ててアンジェラがチョーカーを着けた。
リリィがアンジェラに言った。
「寝ている時にチョーカーがベッドの中に落ちてて、触ったらね、空から落下中のアンジェラのところに飛んじゃったの。」
「リリィ…」
「ちょっと寝ぼけてて…少ししてハッと思って翼を出して飛んだんだけど、あれっていつのこと?」
アンジェラは静かに話し始めた。
あれは、約8年前、アンジェラがすでに世界的なアーティストとして有名人になっていた頃、色々なCMやメディアへの出演依頼が殺到していたらしい。
しかし、アンジェラは断り続けていた。だが、どうしても断れない撮影があって、スカイダイビングをすることになったということだ。
それが、罠だった。
スカイダイビングのインストラクターと称してヘリコプターに一緒に乗った男が殺し屋だったのだ。
上空で、急に後ろから殴られ、パラシュートを外されてヘリの外に押し出された。
すでにアンジェラは気を失っていたが、そこにリリィが現れたらしい。
僕もそこから一部始終を見てしまったので、だいたいの結末はわかるが…。
「で、誰が殺人依頼していたの?」
リリィが聞くとアンジェラが答えた。
「その時に所属していた芸能事務所の社長だよ。私に信じられないくらいの保険金をかけていたのだ。」
そう来たか…。恐ろしい。人間とは本当に強欲な生き物だ。
アンジェラは続けた。
「結局、犯人が自供し、その芸能事務所は解散した。そこに所属していたタレントを救済するために、私は今の芸能事務所を立ち上げたのだ。」
「こっわ。」
僕の心からの言葉である。アンジェラはニヤニヤしながら続けた。
「あれは、私がいずれリリィとベッドを共にする関係になると理解するに至った経験であった。」
え?ネグリジェ?帰ったらチュー?ギュっとしてじゃあね?
実際を見ちゃった僕には恥ずかしくて言えないが…。
「ねぇ、ライルどうしたの?お顔赤いよ…。」
マリアンジェラの指摘に僕は真顔で答えた。
「だってさ、今日アンジェラの夢に入ったら、その場に遭遇しちゃったんだ。
リリィもアンジェラも、どんだけお互い好きなわけ?ちょっとハズイ。」
アンジェラとリリィがお互いの顔を見て赤くなっている。
ミケーレはぷんぷん怒って呟いた。
「ママ、僕のこともちゃんと大切にして。」
リリィがミケーレの側に行って、頭を撫でて額にキスしている。
「大切よ、とっても。」
ミケーレが満面の笑みになり、プシューと小さくなった。
「「「あ?」」」
皆で、笑いながら朝食を楽しんだ。
何気ない日常の朝食の風景…。こういうのが幸せっていうんだろうな…。




