表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/696

42. アンジェラ

 ダイニングでは、父様は食事を終えた状態で、コーヒーを飲んで僕らを待っていた。

「実はね、昨日の夜遅くにこんな封書がバイク便で届いたんだよ。」

 父様の手には金色のベースに黒の羽が描かれた少し大きめの封筒があり、父様が封を開けると、中には三枚のカードが入っていた。

 1枚目は、今日の日付で東京の超有名で豪華なホテルの部屋に三名を招待するというもの。

 2枚目は、夕方からのライブへの招待。

 3枚目は、連絡先の電話番号とメールアドレス、そしてアンジェラ・アサギリの名前。

 父様はそれらを見せると、僕と徠人にどうしたいか聞いてきた。

「徠夢、あの男、どういうつもりだと思う?」

「さあ、わからないけど。昨日はこれを渡しに来たのかもしれないね。」

「父様、じゃあ、やっぱり、あの人は僕らの親戚ってことかな?」

「それは、まだわからないよ。」

 父様は、なぜ僕たちにアンジェラがコンタクトをとってきているのか知っておきたいと言う。そして、彼の正体も知りたいという。

 それには僕たちも同意した。しかし、昨日の徠人の様子から、僕はいまひとつ積極的に関わり合いたいと思えなかったのだ。徠人が軽く言った。

「わざわざそこでなくたってよくね?」

「まぁ、そうなんだけどね。じゃあ、まずは電話で聞いてみるよ。」

 父様は電話をかけたが、電話には本人は出られなかったようだ。

 スタッフが応答したらしく、アンジェラはライブの打ち合わせで今日は夕方まで忙しいらしい。

 スマホの着信番号に送ったのか、十分ほどでメッセージが送られてきた。

「私の父・アズラィールより伝言と品物を預かってきました。会ってお渡ししたい。」


 やはり、アズラィールが関係している様だ。

 なんだろう、伝言と品物って?

 父様はアズラィールからの伝言なら聞くべきだと思うと言うし、まぁ無視はできないかもね。そんなわけで、徠人も招待を受けることに渋々了承した。


 うちから都内までは電車で三十分、車なら一時間程度だ。

 明日は仕事も学校もあるので、車で行って泊まらずに帰ってくる方向で準備をした。

 午前十時には家を出て、十一時過ぎに指定されたホテルに到着する。

 ホテルのフロントに招待状を渡すと、最上階のスイートルームに案内された。

 部屋に案内してくれたホテルの従業員が、僕らの到着をアンジェラに伝えると言っていた。

 五分ほど経って、部屋に背の高い金髪の女性が現れた。

 その人はアンジェラのマネージャーだと名乗り、アンジェラはライブが終わるまでは直接話すことが難しいと言う。

 とりあえず、お昼はホテルのレストランを予約してあるので、そこで自由に食べてほしいと言う。

 ライブは午後三時から五時を予定していて、ホテルの裏手の大きなドーム型会場で行うとのこと。座席は、招待状を渡してもらえれば、現地のスタッフが用意するという。

 午後五時三十分にはこのホテルのこの部屋でアンジェラとお話しさせていただきたいというものだった。

 マネージャーの女性は、徠人を見てかなり驚いた様子だったが、なぜか顔を少し赤らめていた。よく道ですれ違う人がなってるみたいな感じで…。

 アンジェラを毎日見ている人でも、徠人には赤面しちゃうんだ。


 僕たちはお言葉に甘えてホテルのレストランで食事をした。

 頼んでもいないのに、いっぱい料理が出てきた。

 徠人は肉ばっかり食べて父様に怒られっていた。アダムに入ってた時みたいだなって言ったら、あれは犬の質量からでかい体になってしまい、力をものすごい使ったせいで

 腹が減って仕方がなかったと言っていた。

 なんだ、結構覚えてるんじゃん。

 父様はワインが飲みたくてチラ見していたので、代行でもなんでも頼めるから好きに飲んでいいということで僕と徠人は許可を出した。

 結局値段にびっくりしてグラスに一杯しか飲まなかったみたいだけどね。


 食後、部屋に戻っていると、迎えの人が来た。

 徠人が目立つので、ライブ会場へは裏から入って欲しいという。

 確かにね、またアンジェラ・アサギリに間違えられちゃったら大変な事になるかも。

 会場の裏に回ると、スタッフが案内してくれた。

 スタッフでさえやっぱり徠人を見て驚いている。


 会場は広いけれど、VIPしか呼ばないライブらしく、ステージの前のスペースに約五十ほどの円卓と、飲み物が用意されているディナーショーのようなスタイルだった。

 薄暗い中で、席に案内されて十分ほどで、ライブが始まった。

 会場が真っ暗になり、ステージ中央の床が左右に割れ、下からせりあがるようにアンジェラとバンドのメンバーたちが姿を現す。

 後方から蒼いライトで照らされたシルエットが見事だ。

 黒い衣装を着たアンジェラが語り掛けるように歌う。

 僕はそんなに音楽に興味もないし、どこのバンドとか言われてもピンとこないけど、アンジェラの声はなんだか夢の中で聞いているような心地よい音だった。

 クラスメートの橘ほのかが心酔するのもわかる気がする。

 割と静かなメロディの曲が多く、いやな感じは全くしなかった。

 最後の一曲だと説明された曲が流れ始めた。

 その曲の歌詞は、まるで徠人の人生を描いたような歌だった。


 一人、孤独の闇で自分だけが存在する世界で、どうやって希望を見出せばいいのか…。歌も声も届かない…。そんな闇の中で…。


 そして、その曲の最初のサビの部分で異変が起きた。

 突然アンジェラに翼が生えたのだ。

 本物の白くて大きな天使の羽が衣装の背中を突き破り、大きく広げられる。

 ふわりと少し体を浮かせ、またステージに着地しながら、まだ歌は続く。

 そうか、アンジェラは名前のごとく天使の翼を持っているんだ。と漠然と思った。

 バサッと広げた翼を一度閉じ、後ろ向きになったまま、翼をまた広げる。

 曲の終わりはそんな衝撃的な光景だった。

 アンジェラの羽が何枚か、風に舞う。キラキラ、ふわふわ、幻想的に…。

 僕の頭の上にも飛んできた。羽が青く光る。

「ダメだ、ライル触るな!」

 徠人が言った時には一瞬遅かった。

「あっ。」

 僕の服の背中が割け、僕にも翼が生えてしまった。

 やってしまった。周りでどよめきが起きている。

 僕は父様のジャケットを上からはおり、こそこそとライブ会場を後にした。


 スタッフに誘導され裏口からホテルに戻り、部屋に入る。

 父様が、心配そうに僕の背中をチェックする。

「これじゃ、服も切らなきゃ脱げないね。ちょっと下からめくって覗いてみようか。」

「おい、徠夢。今までこういう現象あったか?」

「いや、こういうのは初めて見たよ。」

 父様が服の下から翼の付け根を覗き込み、スマホのライトを当てて触っている。

「ひゃ、ひゃ、ダメ、やめて。くすぐったい。」

 翼がバッサバッサ動く。

「おい、ライル。おまえさ、命助けた人の能力が勝手にコピーされちゃうって言ってなかったか?」

「そうだよ。」

「あいつの事助けたりしたか?」

「いや、助けてないって。昨日初めて見たんだし。」

「そうだよなぁ。謎だな。」

 そんな何の解決策にもつながらない様な会話をしつつも、父様は真剣に翼をチェックしてた。


「この翼って実際使えるのかな?」

「おまえ、あほか?何のんきな事言ってるんだよ。下手したら手術だよ。

 しかも人間の病院なんていけないからな、こんなのくっついてちゃ。もれなく徠夢先生のお世話になることになるぞ。」

「徠人、何、その言い方。まるで僕がヤブ獣医みたいじゃないか。」

「いや、そういう意味じゃないけどよ。」


 ドアベルが鳴った。

 父様がドアを開けると、顔を泣き顔のように歪ませたアンジェラが走って僕に近づいてきた。

 徠人が、怒った顔でアンジェラを思いっきりブロックする。

「おい、おまえ。ちょっと待て。ライルに簡単に触るな。」

「ご、ごめんなさい。こんなことになるとは思っていなくて。なんで、こんなことに…。」

「あん、こっちが聞きたいよ。これの縮め方あんのかよ。」

「私のは、興奮すると出て、冷静になると元にもどるのですが。」

「ひぇ~、僕今全然興奮なんてしてないのに~。」

「仕方がない、寝かせてみるか…。」

 徠人は僕をベッドに横にして、いつもの様に背後からぼくにくっついて首筋に手を当てる。紫色の光が出て僕は意識を手放した。

 しかし、翼が消えることはなかったようだ。

 すぐに機嫌の悪い徠人に起こされた。

 やっぱり全裸じゃないから能力が伝わらないとかぶつぶつ言ってたのは僕しか聞いていないと思うけど。


 翼への対応は後で考えるとして、アンジェラの話を聞かせてもらうことにした。

 アンジェラ・アサギリは僕たちが考えた通り、アズラィールこと朝霧徠竜の双子の息子の一人、朝霧徠牙だった。

 アズラィールが僕からの伝言を聞き、覚醒したのは僕がアズラィールを癒してから一か月ほど経った時だったそうだ。

 ただ、緑次郎夫婦が見守る中、封印の首飾りを外したところ、目が赤く輝き「支配せよ。」と不穏な言葉を発したため、緑次郎がすぐに首飾りをかけてそれ以後外すことはなかったというのだ。

 アズラィールが二十五歳の時に双子の徠神と徠牙が誕生したが、その頃から双子が狙われる事件が多発したということだった。

 当時の日本では金髪や碧眼は目立ちすぎるというのもあったと思う。

 二人はなるべく外に出ず、屋敷の奥で育てられたが、徠牙が七歳の時に外に出てしまい、目の蒼い徠牙を鬼の子と言って、通りがかりの武士に刀で切られてしまったというのだ。

 その後、回復した徠牙は、アズラィールの生まれ故郷近くのドイツの農村で、一族の封印の羽を手に入れ、それを身に着けて隠れて暮らしていたという。

 今回、アズラィールからはなぜか僕と一緒に買ってそれぞれ持っていたはずの神社のお守りを渡して欲しいとかくまってくれていた親戚から言われたために来たそうだ。

 ただ、それを言われたのは徠牙がまだ子供の頃、ドイツに渡った後だったという。

 お守りの中に手紙を託したので、天使様に渡して欲しいとアズラィールの伝言を聞かされたが、どうしてかは聞いていないそうだ。

 ドイツでアズラィールは失踪したらしい。

 そして、これを渡すときは、2021年9月以降になってからではなければいけないとも言われたそうだ。

 それは、きっと僕がアズラィールに出会う前では意味がないからだと思う。


 そこまで聞いて父様が少し疑り深い調子で言った。

「なんだかまた嫌な感じになって来たねえ。徠牙君、いやなんと呼べばいいのかな…。

 不思議な感じだね、ひいおじいさんの弟さんだからね。」

「アンジェラと呼んでください。」

「アンジェラ君、ライルの能力は知っているかい?」

「癒しの天使様だと聞いています。」

「それだけではないんだよ。命の危険が発生している所へ転移するんだ。時間も場所も関係なく。まだ手紙は読んでいないけれどね、アズラィールは誰かを助けて欲しいから

 ライルを頼っているんだと考えていいと思うんだよ。それは必ず危険を伴うと言うことだからね。」

「ダメだ、絶対ダメだ。そんなの俺が許さない。」

「徠人、心配してくれてるのはわかるけど、まずは手紙読んでみようよ。ね。」

「じゃあ、僕が読むことにするよ。ライルは絶対触らないで、いいね。」

「はい、父様。」

 お守りの中には半紙に細かい字で書かれた手紙と紙に包まれた少量の髪の束が入っていた。


 ライルへ

 これを読んでいると言うことは、徠牙と会えたのだろう。

 このお守りを取り合ってふざけていた子供たちの一人、徠牙が門の外に出てしまい、切られた上に崖に捨てられて死んでしまった。

 もし、助けることが出来るとしたら、それはライルにしかできない。

 徠牙には、助かったら君のために一生尽くすようにと命じておくよ。

 そして、徠牙が助かったら、君の時代からお守りの中の僕の髪を掴んでこっちに子供の徠牙を連れて来て欲しい。君に会って最後に話がしたい。

 僕も、もう残された時間がなさそうだから。待っているよ。アズラィール


「こ、これは…。どういう…。」

 アンジェラが顔面蒼白で僕たちを見つめながらそう言った。

 そうだ、目の前にいるアンジェラ=徠牙をたすけて欲しいという内容のものだった。

 しかも、もう死んだ息子を助けに行って欲しいと言っているのだ。

「父様。一旦家に帰りましょう。ここからだと、戻った時に一人では対応が難しいですから。」

「わ、わかった。とりあえず帰ろう。徠人もいいな?」

「だ、だけど。またライルを一人で行かせるのか?」

「徠人、大丈夫だよ。心配しないで。」

 徠人の顔が曇る。


 二台の車で朝霧の家まで戻ったのが夜九時ころだった。

 転移した時の時間は夜とか昼とか関係なかったかな?

 行く前に、いくつか打ち合わせをしておきたいところだ。

 僕からアンジェラに質問をする。

「アンジェラはどうして封印の羽を身に着けているのに羽が出るの?」

「私はこう見えてすごい年数を生きてるので、力は強いようで、興奮すると抑えきれなくなります。」

「他に何か能力はあるの?」

「いえ、これだけです。」

「手に触ってもいい?」

「えっ?」

「事前に状況を把握したいから、ちょっと見させてもらうだけだよ。」

 僕はアンジェラの手に手を乗せた。二人の手が青い光につつまれた。

「うっ。」

 僕は顔を恐怖で歪めてしまった。

 アンジェラは自分の記憶を封印しているのだろうか…。

 刀を持った武士が二人、徠牙に向かい「呪われた朝霧の血はこうしてやる。」と言って何の躊躇もなく切り捨てられてしまった。

 こんな恐ろしい体験をしているのに。かわいそうに、僕が助けてあげるよ。

 僕の決心は固まった。


 僕は父様に石田刑事を呼んでもらうように頼んだ。

 万が一、僕が帰って来られなくても、自分の意思でどこかに行ったと証明するためだ。今までいくつかの能力を見せてしまったのだからもう少し付き合ってもらおう。

 徠人は最後まで反対していたが、僕の気持ちは変わらなかった。


 石田刑事がうちに来たのは午後十一時過ぎたころだった。

 石田刑事はアンジェラが家にいることにも驚いた様子だったが、僕の背中に生えてしまっている翼には正直疑いの目を向けていた。

 翼の付け根まで確認し、作り物ではないとわかったとは言ってくれたが頭がついていかないと言う様子だった。

 必要であれば、証拠のために動画を撮るように皆に言い、準備をする。

 徠人がスマホとビデオカメラを使って別の角度から撮影を開始した。


 僕はふせんとペンで転移先のアズラィールに向けたメッセージを書きポケットに入れた。

「じゃ、行ってくるね。多分、裏庭に出ると思うから、よろしくお願いします。」

 そう言って、アズラィールのお守りを手に取る。

 手の先から順に僕の体が光の砂になってさらさらと消えてゆく。

「ライル、ライル。やっぱり行っちゃだめだ。俺は許さないぞ。」

 徠人が泣きわめいて暴れているのを父様が押さえている。

「徠人、大丈夫だよ。必ず帰ってくるから。待ってて。」


 アンジェラは、父親から聞いていたことを目の当たりにして、胸の鼓動が飛び出すような感覚を覚えた。

「本当に天使様はいたんだね、父上。」

 自分の父に瓜二つの徠夢、自分に瓜二つの徠人、二人も自分のために大切な家族を行かせる決断をしてくれた。

 その後、三人と刑事は長い三時間を過ごすこととなる。


 僕がお守りを手にして転移したのは、昔の朝霧邸の門のすぐ前だった。

 地面に落ちているお守りを掴んでいた。

 落とさないように、紐を手首に通し、パーカーの袖の中にお守りを入れた。

 道の前方に馬に乗った武士の恰好をした男が二人、馬から降りたかと思うと少し大きい何かを掴んでそのまま馬にまたがった。

 後ろから距離を取りついていく、少し行った先の崖からそれを投げた。

 僕はその二人が馬で去ったあとの崖の下を見た。

 肩口から刀で切られた男の子が、崖の途中の岩に引っかかっている。

「あぁ、徠牙。今行くよ。」

 僕は、すべてに意味があるのだと思った。

 僕に翼が生えたのは、彼を助けるためだったんだ。

 飛べるかどうかはわからない。自分を信じるしかない。時間がない。

 死んでしまっては、取り返せないのだ。

 僕は少し横の広い場所で助走をして、自分は飛べると信じて崖から飛び降りた。

 体が引力に引き寄せられ、落下していく…。

「あぁ…、もしかしてダメなパターン?」

 絶望の中、自問自答しているとふっと体が浮き上がった。

 心なしか、翼が大きくなった気がする。どうにか、飛ぶことが出来たようだ。

 急いで上昇し、徠牙の引っかかっている岩へと急いだ。

 大丈夫、まだ息はある。でも、そんなに長くは飛び続けられない。

 僕は、徠牙を抱き上げて、全力で上昇した。そのまま家の裏庭まで飛び着地する。

 地面に徠牙を寝かせ、傷の修復を始める。先に内臓を修復し、出血の量を抑える。

 太い血管や外傷がある程度つながったところで、僕は少しふらついた。

 ダメだ、このまま続けると自分の意識が飛ぶ。

 ポケットから付箋を取り出し、この次元で手にしているお守りの中に半分突っ込んだ。

 そして、徠牙の着ている着物を脱がせてそこに置く。

 これで、アズラィールに伝わればいいんだけど。

 僕は、徠牙を抱きかかえ、翼を広げ、少しだけ空中に体を浮かせた。

 腕に通していた紐を外し、お守りを手放す。

 僕と徠牙の体は金色の光の粒子に包まれその場から消滅した。


 僕は、自分の家の裏庭の真ん中に少し浮いていた。

 今まで、夕方の少し薄暗い周りの景色が一気に真っ暗になる。

 やっぱり時間帯は関係ないんだ。

 僕の目の前に、父様と徠人とアンジェラ、そして石田刑事が立っていた。

 父様が駆け寄ってくる。

「ライル、大丈夫か?」

「うん、どうにか。」

 父様が僕の腕から徠牙を受け取り、家の中に急ぐ。

 徠人がホールの中央にマットを敷いて、そこに父様が徠牙を寝かせる。

「内臓と大きな血管などは修復できたのですが、気を失ったら戻って来れなくなるので、途中で止めています。かなり出血しているのでもし、輸血が必要なら病院へ搬送した方がいいかもしれません。

 とりあえずこれから完全修復を試みますので、いいでしょうか?」

 父様が徠牙の血圧を測りながら頷いた。

 徠牙の体の表面に残っていた傷もどんどん薄くなり、呼吸と心拍は安定している様だ。

 アンジェラは自分の子供の時の姿を見て、恐怖に怯えていた。

 自分で封印していた恐怖の記憶が蘇ったようだ。

「おい、アンジェラ。しっかりしろよ。働け。お湯とタオル持ってこい。」

 徠人に言われ、あわてている様子のアンジェラ。

 体温が奪われないように血を拭きとった後は、僕のパジャマを着せて客間のベッドに寝かせ、父様とアンジェラが交代で様子を見ることにした。


 血圧は少し低いが容体は安定したらしい。

 人間の医者ではないので、これ以上の医療行為は難しい。

 とりあえず、回復するまではうちで徠牙を預かることになった。

 僕は体に纏わりつく疲労感をなんとか振り払い、徠人に支えられ自分の部屋まで行った。部屋の前で意識が途切れた。


 僕は夢を見た。

 あの黒い球の夢だ。

 ゆらゆら揺れる球は蒼い炎をまとい、そしてその周りには血管が張り巡らされた肉片の様になり、その肉片は脈打ち、少しずつ成長している様に見えた。

 あれって何かの生物だったのかな?

 どう見ても知性のある生物には見えないが、もしかしたら進化の途中かもしれない。

「黒い球さん、この前はありがとう。おかげで、大切な家族を助けることができたよ。」

「…。」

 黒い球は答えなかったが、悪意があるようには感じなかった。その時、僕の頭の中に直接話しかける声がした。

「おい、その球はなんだ?」

 僕の背後からぴったりくっついているくせに、なぜ口で話さないのか…。

 僕も頭の中から返してやる。

「ひ・み・つ」

 徠人がキレて僕の肩にかみつきながら叫ぶ。

「おまえ何で俺に秘密なんか持ってるんだよ、説明しろ。おいっ。」

「あはは…。面白いね、徠人。でも、噛むなよ、変態。」

 僕は徠人に一番最初に覚醒した時の夢の話をした。その時はあの球はただの球だった。

 あの血管はなんだろう。今日は何も話しかけてこなかったのも不思議だった。


 ベッドの中でくすぐり合いになりドタバタ騒いでいたら、アンジェラが突然ドアを開けて入ってきて、悲鳴をあげ目を覆った。

「きゃー、何?何してるんですか、本当にゲイ?叔父さんと甥はダメよ!」

「やめてよ~、アンジェラ。急に日本語が片言になってるし。おネエ言葉だしさ。寒いから一緒に寝てただけだよ。ね、徠人。」

「お、おう。そうとも言うな。」

 徠人の歯切れが悪い。

 あまりアンジェラが騒ぐので、石田刑事まで部屋に入ってきてしまった。

「おいおい、あんたら。それはちょっと見られたらまずいんじゃないのかね。ある意味犯罪だぞ。」

「部屋に勝手に入ってきて見てるのはそっちじゃねえか。」

 僕は徠人の能力の話をして、どうにか説得をしようとした。

 しかし、誰も信じてくれない。ただ変な事しようとしてたと思っているみたいだ。

 徠人は開き直って、アンジェラと石田刑事に実演してやると言ってドン引きされてた。

 次の日の朝、アンジェラのベッドに徠人がいたことは記憶に新しい。

 アンジェラの夢の中には天蓋付きのベッドで大量のぬいぐるみと戯れながらケーキを食べてたアンジェラがいたと徠人がばらしたせいで、二人は喧嘩になっていた。

 スターは大変だね。きっとケーキとかぬいぐるみを我慢してるんだ。


 石田刑事は朝食をうちで食べたら、帰って行った。

 徠牙はその日の午後には目を覚ました。

 父様をアズラィールだと思ったようで、混乱している様だ。

 アンジェラと徠人を双子の漫才師だと思ってたと思う。

 まさか、片方が自分自身の将来の姿とは、思っていなかったみたい。

 一応、将来は世界的に有名な超かっこいいアーティストになるから頑張ってって言っておいた。

 徠牙はすごくアダムが気に入ったようで、すごい遊んであげてた。それと、徠牙がスケッチブックと色鉛筆でお絵描きをしていたのを見てすごく驚いた。徠牙は絵がすごく上手かった。「すごい絵が上手だね。」って褒めたら、うれしそうに笑ってくれた。

 あと二日経ったら、体調をみて、徠牙をアズラィールの所へ送り届けることになった。

 僕は以前犬のアダムが人型になっていた時に使っていたリュックに服と下着、そしてアダムにそっくりな犬のぬいぐるみを入れて持たせることにした。

 それを見たアンジェラがめそめそ泣き出した。誰からもらったものかわからなかったけど、ずっと昔に自分の持っていた宝物を目にしたからだと後で父様に言っていたみたい。


 徠牙が来て丸3日経った。僕はその間学校を病欠していて、今朝はいよいよみんなで食べる最後の朝食を迎えた。

 徠牙はどこにも行きたくない、ここにいると言い張ったが、ドイツでアズラィールの妹であるアンナおばさんが面倒みてくれることになっていると伝えると渋々承諾した。

 一方的な旅だけれど、僕や徠人や父様やアンジェラの事も忘れないでと伝えた。

 夕食後、徠牙に僕のおさがりの服を着せ、リュックを背負わせて準備をする。

 いよいよ出発の時間だ。

「じゃ、アズラィールに徠牙を渡してくるよ。」

 僕は徠牙を離さないようにしっかりと抱え、アンジェラの手のひらにのせたアズラィールの髪の毛の束をつかむ。


 僕の手が、腕が金色の砂になってさらさらと消えていく。

 徠牙を掴む手に力が入る。

 自分の視界も光に包まれ、やがて目の前がはっきりしてきた。

 僕はアズラィールの髪の毛を握っていた。

 アズラィールは本来であれば三十歳を過ぎている頃だと思うのだが見た目は思いのほか若い。せいぜい二十歳ほどだ。

「あ、アズラィール。」

「ありがとう。ライル。僕の願いを聞いてくれて。待ってたよ。」

 徠牙を下ろすと、アズラィールが徠牙を抱きしめ、その後何やら話している。

 徠牙は不満そうだが、アンナおばさんの所に僕にバイバイして駆けて行った。

 アズラィールが僕に向き直る。

「ライル、僕はね。どうやら病気になってしまったようなんだ。徠牙がいなくなってから、三年。ここドイツへ来るために苦労もした。

 そして、我々が狙われている理由も調べ、少しわかってきたところなんだが、もう時間がなさそうだ…。」

「アズラィール、何を言っているんだ。君は、まだ生きてるじゃないか。どうして僕がここに来たと思うんだよ。」

「ライル。もういいんだよ。日本に行って最愛の人にも出会えた。こんな形で離れたまま僕が去るのは少し不本意だけれどね。」

 僕はアズラィールの頭に手を乗せ髪を掴んだままアズラィールに聞いた。

「もう、お守りを託し終わったかい?」

「あぁ、もう妹に渡してある。思い残すことはないよ。ライルが徠牙を救ってくれるってわかったからな。」

「アズラィール、終わらせないよ。僕はみんなが大切なんだ。知ってたかい?君は僕、僕は君だよ。それはこれまでも、これからも変わらない。さあ、準備はいいかい?」

 僕は、ドイツ語で書いたメモをそこに置いた。

 それには、アズラィールを救うため、連れて帰ると書かれていた。アンナおばさんに宛てたメモだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ