417. チャリティコンサートとベスの行方
10月7日、木曜日。
結局、何も解決しないままホームカミングが始まった。
本当は、もう始まっていたというべきか…。全身真っ黒の服を着て学校に登校する日。何かしらのキャラの仮装で学校に行く日。友達とペアルックで学校に行く日。
など、今週は初めからそういうノリだったのだ。
そんな中、ここ数日、日本の朝霧邸周辺も、ライルの学校周辺も、結局、騒がしいままだった。
この日は午前10時から一般にも学校が解放される予定だったが、学校側が防犯上の理由から在校生の家族、あるいは卒業生であると証明できる者のみの入場を許可する形に変えた。
僕、ライルは家族の安全のため、今日は家族には参加してもらわないことにした。
学校側も来校しない家族に配慮し、校内に6カ所設置した定点カメラによるライブ配信を行うことにしたのだった。
入り口では、一人一人の持ち物を検査され、思いのほか厳重なセキュリティ体制だ。午前中はチアリーディングなどがあり、午後にアメフトの試合がある。
ライルが出演予定のチャリティコンサートはアメフトの試合が終わった後の午後3時から体育館で行われる予定だ。
そして、ダンスパーティーは明日、金曜日の夕方から、体育館で行われる。
早い時間から家族を伴った生徒がたくさん来校しているようだ。
僕は適当にあちこちを見学しつつ、時間をつぶした。
途中、ウィリアムに遭遇した。ウィリアムは彼と同じクラスの男子二人と一緒に行動していた。僕にも一緒にどうかと聞いてくれたが、三歳も年齢が違う男子のお邪魔をしてはいけないと思い、遠慮した。
まぁ、本音は合わせるのが面倒だったんだけどね。
フードトラックなどもいくつか出店していて見た目はおいしそうだ。
味覚に問題がなければぜひ食べたいのだが…それは、明日マリアンジェラが来るときにお願いしたいと思う。
チアリーディングは思ったより本気でやっている感じが良かった。アメフトは体格のいい選手があまりいなくて、対戦相手に押され気味だったがギリギリで勝ったような感じだった。どちらかと言うとショーのような感じだな。
さて、アメフトは最後まで見ずに、僕は自分が出演するチャリティコンサートの会場に入った。
出演予定の吹奏楽部の生徒などが、ちらほら集まってきており、楽器の調整をしていた。ジョシュア先生と運営委員の生徒たちもいた。
僕は今朝アンジェラに渡された黒のシャツブラウスを着て、出演する予定だ。
明日のダンスパーティーで着る衣装と同じ刺繍が金糸で施されているが、生地がふわっと柔らかいシフォン系の素材でできており、腕を動かすのが楽だ。
開始5分前になると、最初に演奏する吹奏楽部の生徒たちが演奏する位置に移動を始めた。
観客席はほぼ満員で、立ち見も少しいる様だ。
もう観客の入場も落ち着いた頃かと思っていると、どうやらグラウンドにいた人たちが押し寄せてきた。後ろだけではなく、左右の空いたスペースにも大勢立ち見がいる。入場を締め切る形でこれ以上入れなくしたようだ。
チャリティコンサートなので、演奏を見た後で、少しでも良かったと思えばドネーション(きふ)を出口のところにあるボックスに入れることになっている。
今年はチャリティコンサート二回目なので、運営委員も少し頭を捻ったようで、入り口では一人一枚のメッセージカードを配った。
そのカードには何も書かれていない。見た人が感想を書き込み、回収ボックスに入れるのだ。正直言って、演奏する方の立場としては若干恐怖ではある。
そんなことを脳内で循環させているうちに、吹奏楽部の演奏が始まった。
昨年より、人数も増えた様で、迫力を増した様だ。演奏しているのは中学生から高校生までの部員で、上手いやつもいれば、そうでないやつもいる。
でも、まぁ、王道の部活動とも言える。
約30分経ち、吹奏楽部の演目が終わり、次はいよいよ僕の番だ。
と言っても、その二組しか出演しないのだから、約半分は僕の演奏にかかっている。すごいプレッシャーだ。
吹奏楽部の生徒が席を立ち、その椅子を持って横に移動した。
学校のグランドピアノが数人に押され、中央に配置される。
横にいたジョシュア先生が僕の肩にポンと触れた。僕はピアノの前に進み、静かに礼をした。会場はシーンと静まり返っていた。
うわ、やっべ。こっわ。なんでこんなに静かなんだよ。
手と足の同じ方が前に出ているんじゃないかと思うくらい緊張した。
ピアノの椅子に座って、一呼吸…。大丈夫…できるよ。
フッと息を出し、最初のピアノの曲を弾く、ラ・カンパネラだ。
静かな場内に響き渡るその曲は、あっという間に人々の心を捉えたのだった。
5分と少しで曲は終わり、次は英雄ポロネーズだ。
この曲は結構長い。10分弱だ。そしてピアノの最後の曲はテンペスト第三楽章、僕の一番好きな曲だ。5分半ほどの曲だ。
そして、最後…恥ずかしさマックスの自分の楽曲だ。なぜか照明が少し落とされ、スポットライトが当てられた。
こういう演出、要らないから…。
今日はピアノの部分が少し複雑にアレンジされたバージョンで披露することにした。とりあえず、歌い終わった。
信じられないくらいの拍手をもらった。やっぱり恥ずかしい。
どうにか無事、チャリティコンサートを終えた後、ジョシュア先生からお誘いがあった。音楽室でチャリティコンサートの出演者と実行委員が集まり、打ち上げをやるからこの後おいでというものだった。
断る理由もないので、アンジェラにいつもの時間に帰れないかもとメッセージを入れて参加することにした。
音楽室に着くと、コーラやソーダ、そしてポップコーンやカラフルな着色が毒々しいドーナツが箱ごと机をいくつかくっつけたところに無造作に置かれていた。
ポップコーンも飲み物もそこら辺にある紙コップで自由に取って食べて下さいというシステムのようだ。
メンバーが全員移動してきた頃、最初にジョシュア先生が挨拶をした。
「みなさん、今日はお疲れさまでした。そしてありがとう。今回集まったお金は学校から動物保護団体に寄付されることになっている。今後は老人ホームや孤児院などでのコンサートもやって行きたいので、また参加してくれるとありがたい。
そして、去年のホームカミングでチャリティコンサートならば、という事で引き受けてくれたライル君に、こういう機会を僕達にもくれたことを感謝するよ。」
そうか、元々はただのコンサートで、チャリティではなかったんだな…。
チャリティならやってもいいと言ったのはアンジェラだ。
「これらの活動は、ボランティアとして学校の成績にもきっちり入って行くからね。やっておいて損はないよ。」
そのあと、実行委員の二人からねぎらいの言葉があり、皆で雑談をしながら飲み物を飲んだりして一時間ほど過ごした。
途中、元クラスメイトで吹奏楽部に所属しているエイドリアンとケイトが話しかけてきた。
「ライル、元気だった?」
「うん。君たちは?」
「僕らは変わらずだよ。いきなり三学年も飛び級するなんてすごいな。授業はどうなの?」
「自分で移動して授業を受けるから、同じクラスって言っても全員の名前が覚えられないというか、話したことない人もいるかもって感じだよ。」
「そうなんだ…。あ、そういえばライルはベスとよく話してただろ?」
「あ、うん。急に学校で見かけなくなったよね。」
「そうなんだ。どうやら、彼女のお兄さんが大学の教授だったらしいんだけど、隠れて人体実験をしていたらしく、逮捕されたって、その大学に通っている従兄弟が言ってたんだよ。ベスのところは両親は亡くなっていて、保護者だったお兄さんが捕まったから、ベスは遠くに住んでる伯父さんの家に引き取られることになったって言ってた。」
「エイドリアン、それマジ?私、知らなかった。」
「ケイト、あの噂は知ってる?」
「え、何よ。」
「その大学で、ここ数年行方不明になっている人が少なくても20人くらいいるらしいんだよ。どんな人体実験かはわかんないけど、その人体実験の被害者だったりするんじゃないかって…、これは噂だけどね。」
「エイドリアン、それってメディアで報道されてるのか?」
「いや、それがさ…従兄弟が言うには教授たちが立ち話しているのを聞いたらしいんだ。警察は表沙汰にはしないかもしれないって言ってたようだよ。世の中がパニックになるからかもって…。」
「恐ろしいな…。」
意外なところでベスがどうして学校に来なくなったのかわかった。
ベスの兄、トーマスがあの宗教団体の事件で、家宅捜索の際に何か見つかったのだろう。僕達のところには何も報告がないのはどういうことだろう。
家に帰ったらアンジェラに報告しようと思う。
そんなこんなでお開きとなり、僕は寮の部屋に戻り、そこから家に転移した。




