416. 犯人の目星
家に戻ると、ダイニングでアンジェラとリリィが待っていた。
「ただいま。」
「おかえり。」
リリィがいつもより元気がない様だ。
「ライル、さっき送ってもらったヤツは警察に提出したぞ。あれなら脅迫という位置づけで捜査してもらえそうだ。」
「そうだね…。アンジェラ、犯人って誰だと思う?」
「さあな、見当もつかなかったが、さっきの筆の文字…あれば日本人だと考えた方がしっくりくるな。」
「そうなんだよ。僕の中では唯一思い当たるのが、杏子だ。」
「杏子…。だが、この今の現実では一度も登場していない女がなぜ私達を恨むようなことが起きる?」
「そこなんだよね。わかんないのは…。ただ仮説ではあるけど、可能性がないわけじゃない事が一つ思い当たるんだ。」
「なんだ、もったいぶらずに言ってみろ。」
「もう一つの世界だよ。」
「ライル、わかるように説明してくれ。」
「アンジェラ、僕が過去を変えたことで、今のここの現実はすごく変わってしまっただろ?僕を産んだ人物まで変わり、テロリスト集団に皆が拉致されるようなことも起きなかった。」
「そうだな。」
「だけど、ちょうど一年くらい前だったよね…10年後にライラの襲撃で大変なことになった事件…。結局、ライラは生まれてこなかっただろ?でもそのライラに何かしたのは杏子だった。」
「そうだったな。もう起きないことと思ってすっかり忘れていたが…。杏子はこの世界に存在しているということか?」
「存在はしていると思う。実際北山先生の記憶には大学で言い寄ってきて父様と北山先生を近づけたのが杏子だとはっきり残っていたよ。」
「謎が多いな。」
「そこで、あの向こうの瑠璃のいる世界の事を思い出したんだ。もし、こっちの世界であの忌まわしい拉致事件なんかが全部起きた後、誰かがうちの倉庫にあるような別の世界に行くゲートを見つけたり、あるいは知っていて向こうに行っていたら…。」
「ライル…それって、過去を変える前の状況を把握している杏子が、ライルが過去を変えた時にたまたま別の世界に行っていて戻った元の世界が変わっちゃってたっていうこと?」
リリィが理解したのか、急に饒舌になりまくし立てる。僕は大きく頷いた。
「そう。あり得なくはないだろ?」
「確かに、昨年のあの未来に起きる脅威を排除するためと思い、あちこちに杏子を探すよう依頼はしているんだが…見つかっていない。」
「ねぇねぇ、もしかしたら、あっちの世界に行ってるんじゃない?じゃなきゃ、私たちが杏子を探すのなんて簡単じゃない。」
「リリィ、僕らが杏子を知っているのは、あくまでも過去が変わる前の話だよ。
実際に触れていない人物のところに転移は出来ないだろ?」
「あ、そっか…。この場合、起きてもいない過去で知っててもダメってこと?」
「多分。」
「確かにライルの言う通り、これだけ探しても見つからないのはおかしい。あともう一つ、疑問がある。」
「アンジェラ…何、疑問って?」
「10年後の未来に起きたはずなのに、杏子は姿が全く変わっていなかっただろ?セキュリティカメラの映像で見ただけだが…。」
「あ、そうかも…。」
謎が多く、解決策も考えられないような仮説だが、なんだがこれが糸口になるのではないかと僕たちは思った。
アンジェラがお爺様に連絡をし、日本の探偵の調査状況を報告してもらうことになった。
リリィがふと言った。
「だったら、瑠璃にも調査してもらったら?あっちにいるかもよ。」
アンジェラと僕は顔を見合わせて少し驚いた。リリィが役に立ちそうなことを言ったからだ。
「リリィ、たまにはいいこと考えつくんだな。」
アンジェラにそう言われニヘラニヘラ笑っているが、けっして褒めたんじゃないよ。どっちかっていうと、普段役に立ってないって言われてるんだぞ…。
アンジェラが、記憶を頼りにスケッチブックに似顔絵を描き色鉛筆で色をつけた。
さすが、天才画家だ。絵は杏子そのままだ。
アンジェラはその絵をコピーし、手紙に『この絵の女、杏子がそっちの世界にいないか調べてくれ』と書き、両方封筒に入れ倉庫の絵の上に置いた。
封筒が、スッと消えた。




