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410. 融合の実験

 10月2日、土曜日。

 僕、ライルは今日は学校が休みのため、朝から家でダラダラと過ごしていた。

 多分、皆、朝食を終えた頃だろうか。

 一人だけ食事をとらないのも微妙なので、もう少し後からダイニングに行こうと思いながら、タブレットでメールをチェックしていた。


 あ、そうだった。ホームカミングのチャリティコンサートで、自分の楽曲を演奏していいかの返事をしていなかった。

 僕は慌ててこの前受け取った名刺のメールアドレスに宛てメールを送った。

 一応『チャリティ』だし、大学進学の時にボランティアとして活動したことが有利に働くはずだ。こういうことは積極的にやらなければいけない。

 日本のように試験の成績だけが選考基準ではないのだ。こういう機会は大切にしなければ…。

 休みだというのに、すぐに担当の生徒から返信が来た。

 当日は僕の持ち時間が20分あるらしい。クラッシックの曲を3曲程度弾いた後で自分の曲をやってほしいとのこと。

 僕はそのメールにも了承すると返信をした。


 ふと気づくと、ベッドの足元にマリアンジェラがよじ登ってうつ伏せに寝転がり、僕の様子をじっと見つめていた。

「マリー、いつからいたんだ?食事は終わったのか?」

「少し前からいたの。ライルは朝ごはん食べないの?」

「うん、食べてもいいけど、味がしないから食べることが少し苦痛に感じるんだ。」

「そっか…。それ、どうにかできたらいいのにね。」

「そうだな…。」

「パパとくっつくの試したらダメだったんでしょ?」

「あ、あぁ、そうなんだよ。アンジェラは今までに何度も死にかけてるようでさ、そう言う場面に飛んじゃうだけで、ご飯どころじゃなかったよ。」

「ねぇ、じゃあマリーで試してみたら?」

「え?マリーで?」

「マリーはまだ三歳だから、死にかけたりしたことないよ。」

 確かに、そう言われてみれば、そうかもしれない。

 マリアンジェラはライルの手を引き、アンジェラのところまで連れて行った。


「パパ~、あのね。」

「どうした、マリー。」

「ライルとマリーでくっつくの試してみてもいい?」

「またライルが変なところに行っちゃうだけじゃないのか?」

「アンジェラ、マリーがまだ三歳で死にかけたりしたことがないから大丈夫じゃないかって言うんだよ。」

「確かに、そう言われてみれば、そうかもしれないが…。」

 マリアンジェラの説得の末、アンジェラが折れて、ライルとマリアンジェラが融合できるかどうか試してみることになった。

 念のため、リリィとアンジェラが立ち合い、ライルの部屋で実行に移す。

「マリー、本当にいいのか?ちょっと噛むから、痛いよ。」

「大丈夫よ、マリーはね、キラキラでコーティングされてるから、痛くなんかないよ。怪我してもすぐに治っちゃうんだよ。」

 どや顔でマリアンジェラが言う。

 ライルは正直に言うと乗り気ではなかった。食事の味がしないから食べないだけで、食べられないわけではない。

 エネルギーは食べ物以外でピアノを弾いて集め、吸収することもできる。

 ライルの体は、『キラキラ』とマリアンジェラが表現した物質ですべてが出来ている。

 ライルが人間の姿でいようと思えば、血も出るし、心臓も脈打つ、しかし、それはあくまでもそのように見えているだけだ。

 血はライルの情報を持ったキラキラかもしれないが、ライルからひとたび離れれば、それは人間の血液とは異なり、空中で霧散するのみだ。

 ライルの頭の中ではそんなことが巡っていた。


「じゃ、行くよ。」

 マリアンジェラが、ライルのベッドに座って、ライルを自分の横に同じように座らせて言った。ちっちゃいくせに偉そうでかわいい。

 ライルが自分の指を噛んで血を出してマリアンジェラに差し出す。マリアンジェラはただ指を差し出したのだが、そこからはタラッと血が流れていた。

 お互いの指を口に含む。

 ライルとマリアンジェラの目の前がグルグルと回り始めた。


 フッと空気が変わった。

 ライルは目を開けた。成功したのか?

「ん?」

 そこは、女神の洞窟だった。どういうことだ?融合できたのではないのか?

 僕、ライルの意識は確かにマリアンジェラの中にあった。

 指も、足先も、白く美しいしなやかで、これはマリアンジェラの体に違いないが、僕には体を動かす権利も、何も与えられてはいなかった。

 憑依なら、こういうことはある。コントロールできない体にただ入り傍観するのみだ。失敗したのか?

 そう思った瞬間、ここから抜けずにしばらく見てみようと思ったのだ。


 それは、マリアンジェラの感情を読み取ったことから始まる。

 深い深い悲しみ、深い深い愛おしいと思う感情。

 目の前にいくつもの死体に限りなく近い負傷した体が転移してきた。

 その一つ一つを拾い上げては抱きしめ、額にキスをした。

『辛いことは忘れていいのよ。完全な状態でまたやり直せばいいの。』

 そう思いながら、同じことを繰り返した。

 額にキスをすると、その体は黄金の糸で覆われ、まるで繭のように形を変えた。

 そして、その場所の天井に糸で吊るされ、時間をかけて元通りの状態に癒してくれることを保証しているようだった。

『女神の洞窟?』

 いくつも、同じように繰り返し作業をしたとき、足元に数センチの血の塊のような物が落ちていることに気づいた。もちろん、気づいたのはマリアンジェラだ。

『ん?』

 親指の爪よりわずかに大きい位か…ゴミかと思うほどの大きさの物質に、そっと手を添えると、その小さな塊から愛があふれた。

『皆が困っているなら、僕が助けないと…。』

 その細胞の塊に意思があるなんて…マリアンジェラはすごく不思議に思った。

 その塊を女神の洞窟の先にある、女神の間に持ち帰った。

 これを、もっと詳しく調べようと思ったのだ。

 マリアンジェラは、『それ』を自分の体に入れて大きく育つまで待ったのだ。

 その体の中で、その細胞は増殖し、そして意思を記憶をマリアンジェラに見せていったのだ。


 そのちっぽけな細胞は、本来なら生まれてくるはずのない、ライルの双子の妹のものだった。そして、そこの中に入れられて、ここ女神の洞窟に来たのは、ライルの核だった。

 ライルが、封印の間で、石の座に杭打ちされている者達を癒し、解放した。

 なろうと思ってなったわけではないが女の子の姿になってしまった。その時のことは何も理解が及んではいない。


 核には全ての体験、情報、思想が凝縮されている。

 愛の女神はその小さな細胞と核を自分の中に取り込んだ時に、それを全て自分のことのように体験することになる。

 親から愛されず、孤独に育った自分、何にでも一歩下がり、感情的にならないように抑えて挑む自分。けれど、本当の愛とは何かを知りたがっている自分。

 苦しくて、悲しくて心が砕け散りそうになった。

 それでも前を向き、自分の愛している人たちを守ろうと努力した。自分が愛されるという保証はどこにもないのに…。


 愛の女神は、気の遠くなるほどの年月を過ごしてきた。地球だけではない全ての世界に共通する神、不変のこの地で、その世界に絶対に必要な生命だけを輩出し、必要に応じて、改変する。そんな役割を担う女神だ。

 ライルの核に触れたことは、それまでのすべてを覆すほどの衝撃を与えた。

 愛の女神は人ではない。神だ。神は万物を操作し、世界のことわりを創り出すほどの立場である。その彼女が、このライルを個人的に庇護したいと思い、神であることを放棄したのだ。

 ライルの核を覆っていたただの肉片を一人の人間として世に出すため、エネルギーを使った。

 肉片はライルの物ではなく、どうやら乗っ取られた元の体に寄生していた細胞であったのだが…。愛の女神には、それは逆に好都合であった。

 大きく育てて、この細胞を女性として一人前にし、ライルの一番近いところで私が親族として生まれれば、いつまでも、ずっとそばにいることが出来る。


 そう…ライルの悲しみを見るうちに、愛の女神はライルに恋をしたのだった。

 こんな悲しい思いをした子を、どうして放っておけるのか…。

 私が、どうにかして、ライルを愛し、幸せを感じて欲しい。

 本来、一つの個体を愛することなど許されていない愛の女神が、真実の愛に目覚めてしまったのだ。


 細胞が、愛の女神の中でむくむくと増殖し、一人の人間として機能できるほど大きくなっていった。その細胞の中に、自分の核の一部をひっそりと埋め込み、あるトリガーをきっかけに、自分がその世界に転生できるように細工をしたのだ。

 愛の女神は、その個体を、他の生命体と同じように女神の洞窟の前室とも言える空間に金の糸でぶら下げた。


 ある日、その繭たちは、メッセンジャーである天使の個体に導かれてどこかの世界に行ってしまった。


 フッと空気が変わった。

「ん?」

 起き上がり周りをきょろきょろと見回す。

 リリィとアンジェラが、僕を見ている。

「ライル、どうだ?マリーと融合できているか?」

「ぼ、僕…、ちょっとだけ夢を見たみたいだけど、大丈夫そうだよ。」

 マリアンジェラとライルは融合した。ライルは自分の姿を鏡に映してみた。

「ライルの姿…しかし、髪はプラチナブロンドだ。」

 あれれ?確かに上位覚醒後本当はプラチナブロンドになってしまった髪を、ごまかして金髪にしていたのだが…。

「アンジェラ…お腹すいちゃった。今日の朝ごはん何?」

「ほら、おいで。今日は、ベーコンとトマトとチーズのサンドウィッチと、桃のゼリーだぞ。」

 僕は、小走りにダイニングへ急いだ。心が躍るというのは、こういうのを言うのだろうか?僕のじゃない感情も、同じように心を躍らせているのが分かった。

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