41. 新たな騒動
九月十日金曜日。朝から食欲がなかったな。
そりゃあんな血まみれになって、力使い過ぎたらしばらくボーッとしていたくもなるよね。
ただ、学校で僕の周りにいる人はそんな事は1ミリも知らないで、幼稚な話で盛り上がってるんだけど。
学校に来て三時間、普通に授業は受けてるけど、授業の内容が簡単すぎて眠気が襲ってくる。
どうも、父様の記憶が流れ込んできたときに、父様が学習した全てが僕にも取り込まれたようだ。
不本意だけど、こういう知識はズルだよね。
休み時間になった時に、また「橘ほのか」が近づいてきた。
「朝霧君、ちょっといい?」
「おじさんの事なら話す気ないから。話すなって言われてるし。」
橘ほのかの顔がわなわなと震えている。マジ、怖いなこいつ。どこがどうしてこんな奴がモテたり人気あったりするんだ?
「あの、あのお方は、本当に朝霧君のおじさんなの?」
「しつこい。」
「あの、これって、あの方でしょ?」
橘ほのかは外国で今一番HOTなアーティスト特集と書かれた雑誌の一ページを開き僕に見せた。
「え?」
僕は目を疑った。確かに、徠人にそっくりな男が涼しげに笑っている。
「誰、これ?」
「アンジェラ・アサギリよ。」
「アサギリ?」
「そうよ。あんた、知らないの?この世界的に有名で、崇高で、尊いお方を…。」
「これはうちのおじさんとは関係ないと思うよ。他人の空似だと思う。」
「でもアサギリってあんたの苗字と同じじゃない?」
「そうだけど、知らないよ、そんな人。うちの徠人は、家の動物病院手伝ってるし。」
そう言いながら、実はその写真に写っているアーティストが首に着けているチョーカーに僕の目が釘付けになった。
黒い羽根の形の装飾が付いたチョーカーだった。
もう、橘ほのかにはこの話はおしまいだと言って逃げた。
校門を出ると、徠人がまた待っていた。
徠人を見ている人たちも相変わらずたくさんいるようだ。
「なぁ、ライル。今日頼みがあるんだけどさ。」
徠人が珍しく、僕にお願いとは…なんだろう?
「何?」
「パソコンの使い方教えてくんねえか?」
「いいけど、じゃあ、交換条件で本屋に一緒に行ってくれる?」
「いいぞ。」
そう言って徠人はいつものごとくライルにべったりくっつくのだ。
ライルは本屋で、さっき橘ほのかが持っていた雑誌を探す。
外国で一番HOTなアーティスト、あった。
そこでは中を見ずに本を購入する。
徠人が買ってくれた。
「あれ、徠人。お金持ってるんだ?」
「あぁ、徠夢がな、いい年して金も持ってないと恥ずかしいからって、いっぱいくれたんだ。ある意味使い放題だぞ。ふふっ。」
「たしかに、いい年してってのはわかるけど、使いまくったらなくなるよ。」
「はい、はい。おまえ、徠夢と同じこと言うのな。怖いね~DNAって。」
「それ、しゃれになってないし。」
ははは、と笑って楽しそうにしてる徠人を見て、僕もちょっと楽しい気分になった。
でも、周りを見るとどんどんこっちを見ている人が増えている。
さっさと帰ろう。
家に着いたら、徠人は動物病院に戻って行った。
やはり、動物病院はここ数日異常に混んでいる。
徠人目当ての人が多いのだろうか?
それって、あのアーティストに似ているから?
そうだとしたら、ものすごく微妙な感じだ。
夕食まで自室で宿題をし、これまで書き込んでいなかった日記ノートに追加で色々と書き込む。
今日のアーティストの話も書いておこう。
そうだ、スマホでアンジェラ・アサギリをチェックしておこう。
見た目は20代前半~20代後半、プロフィールはほぼ未公開だ。
ドイツ在住?え?ドイツ…。アズラィールの出身地だ。
あと、あのチョーカー。アズラィールがしてたのとヘッドが同じに見える。
夕食の時に父様に相談してみよう。
暇な時間に少しピアノでも練習してみようかな…。
最近は、一人で過ごす時間がすごく寂しい。
何かやってないとおかしくなりそうだ。
そう思いながらも、結局グダグダしたまま、だらしなく過ごした僕だった。
かえでさんが夕食の準備ができたと知らせに来た。
「はーい、今行きます。」
アダムを連れてダイニングへ行く。
アダムは「ごはん、ごはん。」と繰り返しぐるぐる回って、ご機嫌な様子だ。
予想通り用意されてたドッグフードを秒で平らげる。
ぼくが、手を洗って席に着くと、徠人が戻ってきた。
「お疲れ様。あれ、父様は。」
「動物病院に鍵、かけてる。」
「あ、そっか。」
「ライル、飯食ったら頼むぞ、パソコン。」
「うん。」
すぐに父様が戻って来た。
「お帰りなさい。父様。」
「あぁ、ただいま。ライル。体調は大丈夫かい?」
「うん、もう大丈夫。」
「そうか、じゃ夕食にしよう。」
僕たちはどうでもいいようなその日の出来事を話した。
そこで、ちょっとの沈黙のあと、僕は二人にさっきの雑誌を見せ徠人にそっくりなアーティストの件を伝えた。
「げ、げげげーっ。マジ?なんかの呪い?」
父様が非常に取り乱して、飲み物をこぼしたり、椅子をひっくり返したり落ち着きのない様子だ。
そうかと思えば、徠人はじーっと雑誌を見つめて…。ぽつりとつぶやく。
「徠夢とライルと同じ現象かもな…。」
あ、そうか…。クローンじゃないけど同じDNAでそっくりな親子とか…。
だとすると…。
「「「こいつは誰だ?」」」
「髪が黒くて蒼いやつで、って言ったら、アズラィールの息子の徠神・徠牙のどっちかだったよね?」
「そうだ、確かそうだったね。徠牙の方だよ、きっと。」
父様が頷いたあとで、徠人が口を挟む。
「アズラィールの息子って生きてたら百歳越えだろ?さすがにそれはないだろ?」
そこで、父様がドヤ顔をする。
「あのね、徠人くん。アズラィールの持っていた黒い羽根の首飾りは、覚醒の封印のために使われていて、なんと、な、な、なーんと、子供の時から使用すると、成長が普通の三分の一のスピードになり、寿命も長くなるらしいのだよ。」
アズラィールとアズラィールの父親の記憶から僕たちが知り得た情報だ。
「おいおい、ということは、アズラィールの息子の髪の毛黒い方が、ドイツに渡って、その封印のチョーカーとやらを手にして、百年以上生きているってことかよ?まるで妖怪だな。こわっ。」
「あくまでも仮説だけどね。可能性はゼロじゃない。だってそのアーティストはアサギリを名乗っているよね。」
「もしかしたら、僕たちが知らない秘密を知ってたりしないかな?」
「ありえるかもしれないぞ。」
「だな。」
思いのほか親戚じゃないか仮説は盛り上がった。
いわゆるお祭り騒ぎ的な感じだった。
ちょっと長めの夕食&団らんを終え、徠人のリクエストに応えて、パソコンの使い方を伝授する。
「こういう文書を作成するときはこのソフトのアイコンをWリック、カチカチっとね。」
「ほほぉ。」
「で、立ち上がったら新規作成して、入力&セーブすると。」
「なるほどね。やってみるかな。」
「いいねぇ。じゃ、ここから打ってみなよ。」
「うむ、うむ。どりゃー。」
「いいですね~。」
という感じで、二人で楽しくアンケートを作り、印刷を終えたのだった。
徠人、意外と漢字も読めるし、覚えもいいじゃん。
昨日の疲れもあり、入浴後、すぐに寝てしまった。
夜中に一度目が覚めたが、徠人はいなかった。
父様のところに行くことにしたのかな?
なんだか寂しいな。
そんなこと思ってる自分がおかしい。変なの。
あんなに嫌がってたのに。徠人のことが気になっている自分に気づいた。
ちょっと恥ずかしいな。
そんなことを考えながら、また深い眠りに落ちて行った。
九月十一日土曜日、朝六時。
徠人から脳内に呼び出し。
「ライル、起きた?俺だけど、ちょっといいか?」
って…
「だから~、人の背後に全裸でくっついてるのにわざわざそれやめてくれる?」
徠人は僕のベッドに戻ってきていた。
くるっと向き直って、徠人の正面に向く。徠人が僕の目を見て言う。
「おい、素直に言えよ、寂しかったって。」
ドキン。徠人の言葉に胸が鳴った。恋人の言葉なら惚れちゃうだろうな。
「何言ってるんだよ。僕だって、ちょっと寒かっただけだよ。」
「そうだろ?やっとわかったか。かわいいな、おまえ。ふふっ。」
そう言って下半身を押し付けてくるのはやめてくれ。キモイ。
結局、徠人は手刀を体に突っ込む方法を教えろと言って人の腹にぐいぐいチョップをしてくる。父様に激しく拒否られってこっちに来たみたいだけど…。
朝から超テンションが上がっているようだ。
そんなくだらないやりとりで盛り上がっている時、徠人が真顔でいう。
「おれもアーティストやったら売れるかな?」
「同じ顔じゃ、ただのそっくりさんになっちゃうよ。」
「あ、そりゃそうだよな~。しまった~。先越された感、半端ねえな。ふふっ。」
アンジェラ・アサギリのネタも尽き、どうせ僕たちとは無縁の世界のアーティストな訳だし、会って確かめることも出来ないよねなんて、言っていたらその日、思わぬ方向に
最悪の事態が起きたのだ。
朝八時半、土曜日なのでゆっくり朝食をとろうとしていたら、家の電話に着信がありかえでさんが対応した。
電話の相手は北山先生のようだ。かえでさんはすぐに電話を切ったが、普段はつけないダイニングのテレビの電源を入れた。
ん?どうしたんだろう?みんな、テレビの方向を向く…。
テレビのチャンネルをかえでさんが変えたときだ。かえでさんが声を上げた。
「た、大変です。ワイドショーで、この家を報道陣が囲んでいるのが写っています。」
「「「えーーーっ???」」」
テレビのワイドショーによると、某写真週刊誌が、世界的アーティストであるアンジェラ・アサギリが日本で未成年のゲイの恋人と愛の日々と題され少年とのツーショット写真を多数掲載、とある。
「だー、誰がこんな人違いをするんだよ~。」
僕と徠人が写ってる写真がいっぱい掲載されている。しかも僕の目の所には黒い線が引いてある。
僕の額に徠人がキスしてる写真や、抱き寄せられてる写真も、ここ数日の写真ばかりだ。
「あははは~、暇なやつもいるもんだな。」
徠人は余裕で笑ってるけど、父様と僕は笑えない。
思いっきりテレビでは「アサギリ動物病院」って看板が写ってるし、今日と明日は休みだけど月曜日からは学校も、動物病院も大変なことになりそうだ。
そんな時だ、どうにも外が騒がしい。
ピンポーン、ピンポーン。インターホンが鳴り響く。
かえでさんが対応したが、父様を呼びに戻って来た。
「そ、外の報道の方々がアンジェラ・アサギリさんにお話を伺いたいと申しています。」
ひえ~、人違いにもほどがあるでしょ。
アンジェラなんてここにいないんだし、どうすれっちゅーの?
徠人が他人事の様にぼそっとつぶやく。
「これじゃ外に行けねえな。遊びに行きたかったのにな。」
「徠人がべたべたするからこんなことになったんじゃないのかよ。」
「ライル、徠人がべたべたしてなくても多分同じ結果だっただろうね。僕が出て言ってこようか、人違いですよって。」
「父様まで週刊誌に顔出しされちゃうよ~。」
「あ~、そうかもしれないな。じゃあ、どうしようか?」
そんなとき、またピンポンピンポーンとしつこくインターホンが鳴る。かえでさんがまた対応してくれ、父様の耳元にひそひそ話す。
「あ、そうですか。わかりました。電話でちょっと話します。」
父様がスマホを取り出し、どこかに電話をかける。
「あ、石田さん。ええ、はい。そうなんですよ。人違いされてるみたいで…。
迷惑なんですけど、外に行くのも躊躇される感じで…。はい。え、いいんですか?はい、お願いします。」
父様が通話を終了し、(^^)vサインを出す。
「父様、どうしたんですか?」
「石田刑事さんが事件の進捗を説明したいから、近くまで来たそうだよ。それで、騒ぎを見て電話をくれたんだ。中に入るために、人違いだって言って追い払ってくれると言ってるよ。ちょっと待ってようか。」
「ほほぉ、言うこと聞くのかね、報道の奴らは…。」
更に十分ほどして、インターホンが鳴った。
石田刑事ともう一人警察官がドアの向こうに来ているようだ。
セキュリティカメラの映像で確認する。でも、報道陣は少し離れた所に移動しただけで、まだ家の周りにたくさんいるようだ。
かえでさんがドアを開けると石田刑事と警察官一人が入って来た。
ドアの隙間から家の中の写真を撮ろうと一斉にシャッターの音がする。
こわい。怖すぎる。
石田刑事が引きつった顔で入って来た。
「どうなってるんだ、一体?あんたたちは、芸能人ではなかったよな?」
石田刑事が僕たちにそんなことを言ったので、あの雑誌を石田刑事に見せた。
もちろん、本人ではないことも伝えた。
「はぁ~、恐ろしいくらい似てるな。こりゃ、間違えられても仕方ない。」
「仕方ないってことはないだろうよ。実際俺じゃねえし。大体、日本にいないアーティストがどうしてこんな所にいるって思いこむんだよ。」
徠人はちょっと機嫌が悪くなってきてるようだ。
テレビを見ていたかえでさんが、あわてて知らせてくれた。
アンジェラ・アサギリは一週間前に来日した後、行先を関係者にも知らせず雲隠れしているようだ。
「全く、いい迷惑だな。ふん。」
「何をしに日本に来たんだろう?」
「知るか。飯がまずくなる。お前も早く食え。」
「うん。」
急いで朝食を済ませ、リビングに移動して石田刑事の話を聞いた。
この前舌を噛んだ女から聞いた情報がほとんどだった。
その情報によると、彼女は遺伝子研究の研究者で、アメリカの大学の研究室で研究していたそうだ、それは六年前までで、その時にある宗教団体からしつこく勧誘を受けたそうだ。勧誘を断ったのだが、家族を殺すと脅されその宗教団体の運営する研究室に移ったらしい。
今の段階では、まだその宗教団体の名前は教えられないとのこと。
その研究所では、ある特定の人物数人の遺伝子を比較する研究をさせられたそうだ。
遺伝子は少なくとも十二人分あったそうだが、DNAの配列が全く同じものが複数あり、全部で三種類に分けられたそうだ。
その研究所では、それを天使の遺伝子だと言い、宗教団体の崇拝の対象にしているようだったと言っているそうだ。、
そして宗教団体関係者は、その遺伝子を継ぐ者を探していると言っていたそうだ。
あの女は、そのアメリカの研究所から日本の別の場所に移る際、どうも催眠術か何かで警察に捕まったら自殺するように命令されていたらしい。
今回、その催眠術を解いて自分の命を助けてくれた人に会ってお礼を言いたいと懇願しているらしい。
「それって僕に会いたいってことですか?」
「まぁ、そういうことだ。心神喪失状態にあったと言うことが証明され、警察に協力しているので、情状酌量の余地はあると思うが、あの女も被害者といえば、被害者だな。
どうする、ライル君、会うか会わないか、すぐじゃなくてもいいから返事をくれ。」
「ちょっと考えさせてもらえますか?家の周りも騒がしいし、なんだか嫌な感じがして。この騒ぎが収まってからでもいいですか?」
「おう、もちろんだ。」
石田刑事と警察官の話はそこまでだった。
石田刑事たちが帰るので、僕らは立ち上がって玄関の前のホールまで見送りに行った。
玄関のドアを開けたとき、なぜかアダムがドアの隙間から外に走り出してしまった。
「あぁ、だめ!アダム、帰っておいで。」
あわてて僕も玄関から飛び出し、アダムを追った。
「ライル、今は出ない方がいい。」
後ろから徠人の声が聞こえたが、アダムを追いかける方を僕は優先した。
急に現れた渦中の未成年に、報道陣が一斉にフラッシュをたく。
顔を腕で隠しながら、アダムが進んだ方向に人を押しのけて進む。
アダムが路上で吠えている。いや、喜んでいるようだ。
その先には一台のリムジンが停まった。
アダムに追いつき、抱きかかえようとしたところで、リムジンから一人の長身の男が降りてきた。
そして、その男は僕の前に跪き、片手を僕に差し出して言った。
「お迎えにあがりました。天使様。」
そこへ、後ろから徠人が僕を追いかけてきた。
「おい、大丈夫か…。って、おい。ええええ?」
その手を差し出した男は、アンジェラ・アサギリ、その人だった。
報道陣からどよめきが起きる。
アンジェラが二人いる、この状況に誰もが驚き、一瞬シンとなった。
「ライル、なんでこいつがここにいると思う?」
「僕にもわかんないよ。」
その時、後ろから父様が走って来た。
「だ、大丈夫か???って何?誰?どうして?」
父様が一番パニックになっているようだ。
僕を脇にかかえると徠人は家の方に向かって足早に戻り始めた。
「ちょっと待ってくれないか?」
アンジェラが徠人に普通に日本語で話しかける。
徠人はかなり機嫌が悪い様子で、ちらっとアンジェラの顔を睨みつけてから報道陣に聞こえるように大きな声で言った。
「あのな、有名なアーティストさんと間違われて、うちの家族は、超迷惑をこうむってんだよ。この報道陣解散させろ。自分の甥っ子にベタベタして何が悪いんだよ。ふんっ。」
僕は徠人の脇に抱えられたまま、アダムで顔を隠した。
目が点になっていた報道陣は、徠人に素直に道を譲り、僕たちは家に入った。
その後、僕らの家の前でアンジェラ・アサギリがここの人たちに迷惑をかけたことを報道陣の代わりに謝罪すると言ってカメラの前で頭を下げた。
アンジェラが去った後は、報道陣もすぐにいなくなった。
石田刑事たちも一部始終を見てから帰ったようだ。
徠人はしばらくサロンでコーヒーを飲みながら、一人でぼーっと外を眺めていた。
僕は、少し時間をおいて、徠人の側に行き、後ろから抱きついて、徠人の耳にキスした。
「大丈夫だよ。僕はどこにも行かないから。」
徠人はいつものようなふざけた言葉も何も言い返さなかった。
本当に僕がいなくなると思ってたんだと思う。
だから毎日学校への送り迎えをしたり、ベッドに入ってきたりしてたんだと思った。
アンジェラが何者かまだわからない。味方かどうかも。
徠人はアンジェラをかなり敵視している様だ。
なぜアンジェラはこの家の場所を知っていたのか、なぜ僕に向かって「お迎えにあがりました。天使様。」なんて言ったんだろう。全てが謎のままその日は終わった。
翌日、九月十二日日曜日。
朝、暑苦しくて目が覚めた。
徠人が僕の後ろにべったりくっついて、汗ばんでる。
「ねぇ、そんなにくっついたら暑いよ。」
徠人は無言でエアコンのリモコンの温度を下げる。
すごく機嫌悪いみたいで、返事もしない。
もぉ、何怒ってるんだよ~。
僕は徠人の方に向いて、徠人の両方の頬っぺたをにゅーってつまんで聞いてみた。
「何で怒ってるの?」
「おまえ、そこでつまむ必要ないだろ?」
「何で怒ってるのか教えてよ。」
「おまえには、俺なんかより、ああいう金もあって有名人の方がいいんだろうな。って思ったら、自分には何もできないなって思っちまって。」
「ははん。徠人、やきもち焼いたんだ…。」
「うるせー。そんなんじゃない。」
徠人の顔が赤くなる。
「僕には徠人の方がかっこいいし、一緒にいたいと思ってるよ。」
徠人の目が紫色に光る。そして、徠人は小さく頷いた。
「ねぇ、今使った能力ってなに?」
「お、おまえ見てたのか?」
「目が開いてたら見えるよ、普通。」
「そ、そうだよな。おう。おまえが本当にそう思ってるかどうか、確認したんだよ。」
「へぇ、嘘がわかるってこと?」
「まぁ、そんなもんだな。」
「ね、もう一回やってみて。僕は、徠人のこと、父様と同じだけ世界で一番愛してるよ。」
徠人の顔がものすごく赤くなる。そして、目が紫に光った。
途端に徠人がくるっと後ろ向きになった。え?嘘だって思ったのかな?
「ねぇ、どうしたの?」
「なんでもない。暑くなっただけ。」
本当は徠人は泣いてたんだと思う。
五才で誘拐されて、ずっと一人だったんだ、愛されたいって思うよね。
「大丈夫、僕はどこにも行かないからね。もう少し眠りなよ。」
そう言って、僕は徠人の背中に手のひらと頬をくっつけた。
僕の手のひらから紫の光が出て徠人の体を覆う。
僕は夢の中にいた。
真っ暗な空間の中で、冷たく体を刺すような空気…。
少し離れた所に何かある。
近づくとそれは丸まって泣いている小さい子供だった。
「お母さん、寒いよ。助けて…。」
ただただ泣くだけの小さな男の子。それは徠人、その人だった。
僕は、その子を抱きしめた。
「もう大丈夫だよ。これからずっと一緒だからね。」
その子は僕の目をまっすぐ見て、僕の首に手を回してしがみついた。
「うん、ずっと一緒。約束ね。」
「そうだよ。だから泣かないで…。」
僕たちは夢の中で一緒に抱き合いながら眠った。
そこで、めちゃめちゃ暑くて目が覚めた。
目の前に、涙でぐちゃぐちゃの徠人がいた。少し暑いけど、もうちょっとこのまま我慢しようと思った。
結局その日、僕たちは父様の小言で目を覚ました。
「ライルも徠人も休みだからっていつまでもグダグダ寝てるんじゃないぞ。しかも、エアコンをこんなに低い設定にして、なんでそんなベタベタくっついて寝てるんだい?」
「あ、父様。おはようございます。」
「うるせーよ、徠夢。いい気分で寝てたのに。もう。」
徠人はいい夢見れたかな?きっとあれが徠人の能力の一つなんだろうな。
「父様、今日、どっか連れて行ってよ~。約束してくれたらすぐに起きるから。」
「実は、招待状が届いたんだよ。その話もあるから早く起きてきなさい。」
なんだかよくわからない招待状の話をされ、強制的に起こされる。
徠人も自分の部屋でシャワーを浴びて服を着てきた。
僕も、なんとなくこの前徠人に買ってもらったお揃いの服を着てダイニングに向かった。
徠人も同じ服を着ていて二ヤニヤニヤしてしまった。




