409. ダンスのパートナー
9月30日、木曜日。
その日、ライルはすっかり忘れていたホームカミングのダンスパーティーについて、確認する必要があった。
と言ってもそんなに知り合いが多いわけではない。飛び級をしたため、年齢が少し離れているのもあるが、ライルはかなり人見知りで、声をかけられてもかなり消極的だ。
自分に向かって歩いてくる人物がいると歩いている方向を変えてしまうほどだ。
新しい学年が始まって1カ月ほどだが、ホームカミングのダンスのパートナーにライルを狙っていた女子はかなりの数だった。
しかし、校内でライルを見かけるのは授業中だけで、それ以外はほぼ見かけない。
普通に考えると三歳も年下の男子にダンスのパートナーを望むのはちょっと恥ずかしいと思うのだが、ライルの見た目の美しさはやはり校内一だという事だ。
今まで、どうにか逃げ回ってパートナーにと頼まれることもなく過ごしてきたが、そろそろ限界が近づいてきた。
ライルは、朝、まず音楽室にジョシュア先生がいるかどうかを確かめた。
ダンスパーティーのパートナーについて、生徒ではなくジョシュア先生に聞くつもりなのだ。音楽室を覗くと、先生が授業の準備をしていた。
「ジョシュア先生、おはようございます。」
「やあ、ライル。おはよう。ずいぶん早いなぁ。」
「先生、すみません。知っていたら教えてください。ホームカミングのダンスパーティーへは必ず出るようにと言われたんですが、パートナーは絶対にいなくてはいけないんですか?」
「そうだね、確か必ずパートナー同伴だったと思うよ。」
「やっぱり、そうなんですね。じゃあ、パートナーは校内で見つけないとダメなんでしょうか?」
「どうしてだい?」
「あ、あの…彼女がここの学校の生徒ではないものですから…。」
「なるほど、そうか。確かそう言う場合は生徒の参加費用より少し高めで料金設定がされているが、参加は可能だったはずだよ。掲示板のポスターに運営委員のメールアドレスが書いてあるから、そこに金額を聞いてみるといい。もしかしたら名前などは事前登録かもしれないからね。」
「ありがとうございます。同じ学年に知り合いが少なくて…。助かりました。」
「お役に立てたら良かったよ。お、そうだ。今年もできればチャリティコンサートをやりたいんだが、話は行っていないかい?」
「僕は、まだ聞いていません。」
「後で担当者から連絡させるよ。」
そんな会話を終え、その足で早速掲示板のポスターをチェックした。
なるほど、すごく小さい字でメールアドレスが書いてあった。
僕はすぐに問い合わせをした。
返信はちょうどランチタイムに来た。
寮の部屋のベッドで寝転がって読書をしている時、メールの着信音がした。
内容はジョシュア先生の言う通り、他校の生徒でも21歳未満なら参加可能、参加費用は基本料金+5ドル。セキュリティの面から名前を事前に知らせておく必要があるという。
よかった。これでマリアンジェラをパートナーにできる。さすがにタコダンスはやめてもらおう…。先日のタコダンスを思い出し、ぷっと笑いがこぼれてしまった。
マリアンジェラが来てくれたら、一緒にいるだけでいい。
あとはアンジェラとリリィの許可を得るだけだ。
その日もいつもと同じように夕方5時まで学校での活動をし、学校の寮に帰る。
しかし、寮の入り口で呼び止められた。
「ライル・アサギリ君ですか?」
「あ、はい、そうですけど。」
呼び止めたのは面識のない二人組の男女だ。
「あの、ジョシュア先生に今年もチャリティコンサートでピアノを弾いてもらえるって聞いたんですけど…。」
「大丈夫ですよ、僕で良ければ…。クラシックの曲ですよね。」
「あのぉ…実は…ライル君の持ち歌も歌ってもらうことは出来るのかな?」
「それは…アンジェラ、あ、いや事務所の社長に聞かないと今は答えられないかな…。」
「そうですよね。申し訳ないけど、この名刺のメールアドレスにメールもらえますか?」
「わかりました。」
僕は寮の部屋に入り、シャワーを浴びた後、身支度を整えてから家に転移した。
家の自室のクローゼットに転移した。
「「うわっ」」
目の前にリリィの顔があった。なぜかリリィも驚いている。
「リリィ、危ないよ。何してるの、ここで。」
「あ、うん。ライルを待ってた。」
「どうして?何か話でもあるの?」
「あの…いや、やっぱりいいや。夕食、少しでも食べてね。」
リリィはライルが食事をとっていないことを知っていて心配していたのだが、はっきり言ってしまってもどうにもできないので、言葉を飲み込んだ。
「そうだね、少しでも食べないと、エネルギーが無くなっちゃったらいざというとき困るもんな…。」
意外にもライルは食べるとこに前向きである。
クローゼットを出てダイニングに向かうライルに、リリィはひょこひょこついて行った。
そう言えば、アンジェラの後をついて歩くリリィはまるで「刷り込み」されたヒヨコのようだ。
ダイニングにはアンジェラがいた。なんだ…ここにアンジェラがいるの知ってて来たのか…。
「ライル、おかえり。」
「ただいま~。」
「食事、少しはとれよ。」
「うん、そうする。」
「なぁ、ライル…私からの提案なんだが…。」
「何?」
「リリィと融合できるなら、私ともできるのではないか?」
「…ん?」
「イヤならいいんだが…。」
「あ、そっか…。試してみる価値はあるかも…。」
アンジェラの提案を受け、ライルは自分の指をナイフで傷つけ、少し血を出した。
アンジェラの指も同じようにする。お互いの口に血を含む…、ライルの体が霧のように霧散した。
「うまく行ったのか?リリィ、どう思う?」
「あー…アンジェラ、多分失敗したと思う。アンジェラはいつも通りの素敵な私のアンジェラのままに見えるよ。」
アンジェラの血液を口に含んだ直後、ライルの視界は瞬時に変わっていた。
目の前に、若い十代後半で、色の浅黒い男が、恨みを込めた表情でこちらを睨みつけ、僕の首を絞めている。ものすごい力だ。
イヤ、それは、僕の首ではなく、絞められているのはアンジェラの首だ。
僕はアンジェラがこの目の前の若い男によって殺害されそうになって、気を失った場面に憑依したのだ。アンジェラが意識を失い、僕が体の主導権を得た。
その男の腕を掴み、その男共々海のど真ん中に転移した。『ザパーン』と水面に落ち、驚き慌てた男はさすがに手を放した。くそっ、アンジェラの首の骨は折れている。瞬時に癒し、事なきを得た。
僕は翼を出し、少し上空へ羽ばたき、男の様子を見た。
残念ながら男はすでに溺れて海の底へ沈んで行った後だった。自業自得であろう。殺人罪だ、死して償いたまえ。
僕はその後、転移する前の場所へと戻ってみた。
それは、オペラの劇場の舞台裏だ。目撃者は誰もいない。あの男は一体誰なのか?
ここは、一体、どれくらい古い過去なのか?
そこに、しばらく座り込み体の痛む場所を次々と癒していると、若い美しい栗毛色の女性が入ってきた。
「アンジェラ様、探しましたよ。もうすぐ舞台の稽古が始まります。」
「すまない、少し体調が悪いのだ、申し訳ないが私の部屋まで連れて行ってくれないか。」
「まぁ、それは大変ですわ。さあ、つかまって。」
女性は手を貸しながらも恥ずかしそうに頬を赤く染め、控室と思われる場所の前まで引っ張って行ってくれた。
「ありがとう。」
「アンジェラ様。なんだか、いつもと雰囲気が違いますね。」
そう言って女性はどこかに行ってしまった。
僕は控室のソファに横になると、アンジェラの外に出た。
そして、翼を出した時に背中の破れたブラウスを脱がせ、室内にあった別のものを着せ、他に悪いところがないか確認をした後、その場を後にした。
僕は、自宅のダイニングに戻ってきた。
「ライル…どこかに行ってしまっていたのか?」
「あ、うん。忘れてたよ、僕とリリィの能力の一つを…。アンジェラが死にかけてるところに行っちゃったんだよ。舞台裏のようなところで、褐色の肌の若者に首を絞められててさ…。首の骨が折れてて…危なかった。」
「な、なんだと…。それは本当か?」
「うん、でも名前とかわかんないうちに帰って来ちゃったし、殺人犯だからね。助けなかったよ。あ、手は下してないよ。逆に何もしなかっただけ。」
「そ、そうか…ライルが助けてくれたんだな。ありがとう。」
アンジェラの話では、彼がオペラ俳優だったころ、ものすごく人気が出て妬まれることも多かったらしい。その若者もその一人、主役をアンジェラに奪われ、片思いの女優がアンジェラのことを好きだからとその男を振ったことがきっかけで、何度も襲われたらしい。
アンジェラは首を絞められ気を失った後、控室で目を覚ましたが、なぜかブラウスが破れ着替えており、履いていたパンツはびっしょり濡れていたのだが、わけがわからなかったらしい。前日に殴られて外れた関節の痛みも無くなっており、不思議な出来事だと思ってはいたようだが、ずっと意識がなく真相がわからないままだったそうだ。
「あの俳優はどうなったんだ?」
「あ、そうだな…太平洋のど真ん中でサメに食べられちゃったとかじゃないかな?」
「え?」
「あっ、殺そうとしたわけなじゃいんだ。首絞められててさ、慌てたらそんなところに転移しちゃったんだよ。手を放させようと必死でさ。さすがに放してくれたよ。
首の骨とか周辺組織を治すのに集中してたから、その男のことは見ていなかったんだけど、気が付いたらもう沈んじゃってて…。」
「そうか…そう言うことだったのだな…。急にいなくなったその男は神隠しにあったと大騒ぎになっていたのだ。」
「まぁ、試してみて良かったよ。融合はできなかったけど、アンジェラが無事で。」
「ライル…」
リリィが僕に抱きついてきた。なんとなく、なぜリリィとは融合できてアンジェラだと彼の過去のピンチの場に行くのかわかった気がした。
「アンジェラ…君は今までの人生で危うい場面が多すぎるんだ。それに比べ僕とリリィは殆どの時間を共にしてきただろ?お互いの知らない人生の局面なんて皆無と言えるんだ。だからじゃないのかな?アンジェラと融合できなかったのは…。」
「そうかもしれないな。」
アンジェラは穏やかにそう言った。
僕は、ふと今日確認したかったことについて思い出した。
「あ、話が変わるんだけど、二人に許可をもらいたいんだ。」
「なんだ?」
「あ、あのホームカミングのダンスパーティーは、パートナーを連れて行かないといけないんだ。」
「じゃあ、マリーを連れて行きなさい。」
「え、いいの?」
「ライル、マリーがもしお前に別のダンスのパートナーがいたら、どう思うと予想する?」
「あぁ、そうだね。きっと落ち込んでしまうよね。」
「そうだ。私はお前たちの事、全てを否定するつもりはない。マリーがお前のことを想い、この世に自ら転生したのであれば、親として、その気持ちを踏みにじるとこはしたくない。それに…」
「それに…?」
「いや、まだ今の段階では言うべきではないだろう。もっとマリーが本当に大人になったときに話したいことがある。」
「うん。ありがと、アンジェラ。あ、それともう一つ…ホームカミングのチャリティコンサートでのピアノ演奏に加えて僕のオリジナルの楽曲の演奏はしても平気なのか聞いて欲しいって言われたんだ。」
「そうだな…一度に限ればいいだろう。宣伝にもなるだろうし。問題ない。」
「ありがとう。」
僕はその後、アンジェラが用意してくれた今日の夕飯を食べた。
味はしなかったけれど、彼らの愛を知るには十分だった。
皆、僕の大切な家族なのだ。
食事を終えた時、リリィが心配そうに僕に話しかけてきた。
「ねぇねぇ、ライル。ダンスってさ、どんなやつ?社交ダンスみたいの?それともクラブ系?」
「僕にはクラブ系が何かはわからないけど…多分、体揺すって音楽に乗ってるだけのダンスと言うほどでもない感じだと思うよ。」
「ふぅん。じゃ、服は?」
「ネットで調べた感じだと、女子はミニ丈のフリフリワンピースで、男子は色付きのワイシャツにパンツらしい。」
「ほぉ…よくわかんないわね。ま、いいわ。アメリカのお店に聞いてみるね。どうせならかわいいの着せてあげたいから。」
どうやら、アンジェラとの話を聞いていてマリアンジェラにも衣装が必要だと思った様だ。
「え、じゃ、僕の分もお願いしていいの?」
「当然じゃん。パートナーと柄合わせしなくてどうすんのよ、ねぇ。アンジェラ。」
「あ?あぁ、そうだな。うちのデザイナーに作らせてもいいぞ。」
「え?いいの。ライル、良かったね。すごいのできるよきっと。」
ちょっぴり浮いちゃうんじゃないかと、不安に駆られながらも、二人の好意的なノリの良さに便乗する僕だった。
寝る準備をして、寝室に入ると…ベッドにマリアンジェラがパジャマ姿で大の字になって寝ていた。
くすっ。寝相悪っ。ブランケットをかけ、電気を消して、そっとマリアンジェラの首筋に手をのせる。
今日もいい夢見ような…。言葉には出さず、脳内で呟く…。僕も3秒ほどで夢の中に落ちた。




